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真なる系譜のプロローグ

 世界の誰もが与り知らぬ所で降って湧いた厄災が徒党を組んで人類に牙を剥いた。


 魔物。

 獰猛で残忍、生涯の全てを人類への敵対に費やす、極めて悪辣な性質を帯びた化生(けしょう)


 その耳目は人を感知する為に存在し。

 その肉体は人を追い詰める為の形を成し。

 その爪牙は人を根絶せんが為に振るわれる。


 かの者らに言葉は通じない。

 誰何(すいか)の声に意味はなく、ただ悪意と暴虐による返礼があるばかり。

 獣に似て、されどその有り様は摂理に背く。親を持たず、子を成さず、食することなく、死して残るは石の欠片のみ。


 魔に連なる物。ああ、まさに人類の敵対者よ。

 かの者らの蹂躙により、人は地に満ちること叶わず。在りし日の繁栄は見る影もなく、人は明日をも知れぬ日々に望みを失いつつあった。


 逃げ惑い、辛くも露命を繋ぐ人々。その様を見て笑う影あり。


 魔族。

 我らと同じ人の姿を取り、しかし思想は魔へと寄り添う人ならざる者ども。


 その邪智で魔物を操る術を会得し。

 その呪法で悪辣な呪装を量産し。

 その果つることなき欲で人から全てを奪う。


 かの者らには言葉が通じた。

 命乞いも、哀願も、懇請も、切望も。

 魔族はその全てに耳を傾け、その意を解し、笑みを浮かべ、(しか)して加虐の手をより一層強めた。


 かの者らの耳は願いを聞き入れる為に非ず、ただ人の断末魔を愉しむ為に有り。

 目は人の苦悶を見届ける為に有り。

 鼻は死臭に酔う為に有り。

 四肢は命を手折る為に有り。

 口は、その全てを嘲笑い、哄笑を上げる為に有り。


 ああ、紛うことなき悪逆の徒よ。理に背く叛逆者よ。汝に如何なる趣意あらん。


 彼の者は答えた。全ては魔王に忠誠を捧げんがため、と。


 魔王。

 其は遍く悪意の源にして、あらゆる悲劇の元凶なり。


 彼の者が放つ瘴気は此の世を地獄の様相へと変じさせた。

 吐く息は魔物を生み落とし、腕を払えば天地が枯れ、身動ぎ一つで生命の豊穣を無へと帰す。


 絶望。破滅。虚無。終末。

 あらん限りの無益と厄災を象徴するかのような存在は、それそのものが目的であるかのように、人類に対して苦境を強いた。


 その魔手が及ばぬ地帯へ逃げ果せようとも、彼の者らは底知れぬ悪意を糧に追い縋る。

 いかに堅固な城塞を築こうとも、彼の者らは呪装と暴威で以て安寧を妨げる。


 一敗地に塗れ、縮退を迫られ、存亡の機に瀕し、そして人々は悟った。


 打つ手無し。世はもはや辺獄と成り果てにけり。


 脆弱な人類に残されたのは滅びの運命のみ。

 凶報は巡る。望みを絶たれた人々は膝を折り、枯れ果てるまで涙を流し、どうせ力尽きるのならばとばかりに叫んだ。


 何故かような暴虐が許されるのですか!

 何故諸悪の権化が大手を振っているのですか!

 世界よ、世界よ、何故我らを見捨てたのですか!


 さにあらず。

 世界――否、神は我らを見捨て給わざりき。


 無垢なる一念、天へと通ず。

 ああ、天を仰ぎ見よ! 煌々たる女神の降臨を!


 我ら、いつしか忘れ去りけり。女神に捧ぐ信仰を。我らを守り給いし神への、敬虔なる思いを。

 滅びの運命によりて、我らついに思い出でたり。女神様は絶えず我らを御覧じ給ひし、と!


 人の思いに応えて降臨せし女神様は人類を憐れみ慈悲を与えた。魔を祓う力を持つ救世主を遣わしたのだ。


 勇者。

 死を超克し、幾度でも蘇り、魔を滅ぼす使命を果たし続ける不屈の英傑。


 麗しき金色の御髪は女神の権現たる証左。陽光よりもなお眩しき輝きを放ち、夜空に浮かぶ月よりもなお深き安らぎを人々に齎す。


 仰ぎ見る人々へ、勇者様は澄んだ笑みを返した。

 綺羅を纏う御衣(おんぞ)に慈悲を湛えた(かんばせ)は、ただ在るだけで人に希望を抱かせた。


 人々は(こいねが)う。

 平和を。安寧を。悪の討滅を。


 果たして、勇者は我らの願いに応え給ひし。


 見遣れ天を奔る裁きの光を! 千々と分かたれる魔物の群れを!


 凶悪なる爪牙で屍を積み上げ、人の安寧と尊厳を踏み躙り、悍ましき悪意で人に絶望を強いてきた魔なる者どもは――天罰の代行者たる勇者の力により瞬く間に塵と化したのだ。


 されど魔は完全には滅びず。女神様は人々にかく()り給へり。


 地獄の底より這い出したかのような醜悪なる存在は、常に世界のどこかで姿形を成し、そして人類を虐げんと徒党を組み、幾度でも牙を剥くであろう。


 人々は再びの絶望に見舞われた。


 さすれば安寧の日はとこしえに失われしや。

 ああ、いかにしてこの先を生きゆかむ。

 いづこへと歩み、生き永らふべきか。


 神、静かにり給ふ。

 人よ、案ずるなかれ。我が半身たる勇者をば、この地に留め置かん。汝らに降り掛かる厄災は、彼の勇者らにて払い浄められん。


 かくして人は滅びの運命から解き放たれた。

 女神様が遣わして下さった勇者様は今なおこの地にて悪の根絶に邁進し、人類の平和のためにその御力を振るって下さっている。


 魔物が群れを成そうとも、勇者様の魔法の前では物の数にも入らない。御手から放たれるは女神の裁き。邪智暴虐の化身は為す術なく無へと帰るだろう。


 いかに屈強な魔物であろうとも、勇者様の力の前では赤子にも等しい。高みより振るわれるは女神の怒り。残忍無慈悲なる悪意の権化は千々に裂かれるであろう。


 ああ、光で裁き、光で癒やす女神の杖よ。

 聳え立ち、庇い守りし女神の剣よ。

 我らが今あるは、偏に汝らの御力の賜なり。


 ならば我らは敬虔なる祈りで以て応えよ。女神様と勇者様への信仰を再び失したその瞬間、滅びの運命は再び我らを呑み込むであろう!


 感謝を! 今を生きられることに感謝を!

 感謝を! 女神様に感謝を!

 感謝を! 勇者様に感謝を――――


 ▷


 感謝の言葉なんていらんから高ぇ酒でも寄越せや。


 思わず口を衝いて出そうになる言葉を飲み込む。

 いやはや、ほんとに見事なプロパガンダだぜ。

 分かりやすい悪をドン! 凄惨な歴史をドン! 滅びの運命とかいう下らん結末をドン! そして絶望の渦中に降臨する神と勇者をドドン!


 虚実織り交ぜて絢爛豪華な救世譚を演出してやりゃ、晴れて信者の群れの出来上がりって寸法よ。政策としちゃ上等だね。こんなでっち上げで内憂の目を潰せるってんなら、そりゃ利用しない手はないわな。


 分かりやすい対立構造を用意すれば人の敵意は確実に『外』へ向く。そうして『内々』で団結を深める。

 国が欲したのは諸々の不満を吐き捨てるための捌け口と民の支えになる希望だ。魔王と勇者ってのは、何の因果なんだか、それにピッタリと当て嵌まっちまった。


 一度嵌まっちまったら泥沼よ。苦し紛れに打ち出した女神信仰はものの見事に民草の間に根を下ろした。今となっては……それが偽りの歴史であると知っているのは一握りである。


 この政策は止められない。もはや人の手で止められる段階にない。国の支えに据えちまったんだ。全部嘘でした、なんて通じるわけもなし。

 突き進むしかなかった。その結果が……目の前で行われている女神と勇者を讃頌する集会である。


 王都第一教会。

 王都内に複数ある教会の中で最も規模の大きい建物の中は信者の群れでごった返していた。


 女神像が安置してある告解室を出る前から分かる程の高揚と熱気。いざ扉を開けると、飛び込んできたのは熱が入りまくった神父の語りだった。


 身振り手振りに加え、感極まった表情に臨場感たっぷりの声の抑揚は神父というよりもむしろ詩人のそれである。まこと惜しいことだ。あいつの天職は聖職者じゃねぇ、役者だぜ。


 あまりに熱が入ってるもんだからつい聞き入っちまった。

隠匿(インビジブル)】を発動し、壁に背を預け、恒例の勇者と女神を讃える聖句を聞き流す。


 そうして抱いたのが先の感想である。

 感謝じゃ腹は膨れねぇんだよ。酒を寄越せや。肉でもいいぞ。ここにいる連中一人ひとりから銀貨一枚ずつでも徴収すりゃいい金になる。不快を晴らすための一杯にゃ困らんだろう。


「ただ、まぁ……」


 こいつらが感謝を捧げてんのは……俺じゃなく姉上二人だろうがな。

 信仰ってのは現金なもんだねぇ。ご利益有りきだ。もしも勇者が唐突に務めを放棄して逃げ出したら……ここにいるうちの何人が掌を返すんだろうな?


 教会の神父は神も勇者も否定するだろうか。

 民衆は守ってもらっていた事実から目を背け、非難の対象を魔王から勇者に変えるのだろうか。

 末期の言葉は勇者への恨み言を吐くのだろうか。


「くだらねぇ」


 実にくだらん仮定の話だ。

 あの馬鹿姉二人は……そして魔王は逃げない。絶対に。自己犠牲の塊どもめ。お前らがそんなんだから俺が苦労してるんだぜ。ったく。


 ……恨み言なんて吐かせるかよ。そのために俺がいる。死ぬまで扱き使われて、逆らえば石を投げられるなんて奴隷の所業じゃねぇか。認められるかっての。


「勇者様に感謝をっ! 魔王の脅威と戦い続けている勇者様に感謝をッッ!」


 悪ぃな。終身刑じみた役目とは……もうじきおさらばだ。

 お前らだって魔物がいない平和な世界を望んでるんだろ? だったら互いに良いこと尽くめじゃねぇか。何も悪いことなんてねぇ。


 踊れよ民衆。俺らが背負わされた荷物を平等に受け取って、それでも軽快に踊ってみせろ。それでこそ人の時代だろ?


「んじゃ、行くかね」


 本来は荘厳な雰囲気が求められる教会も今日ばっかりは狂熱に彩られている。

 神託の公布、それに新たな勇者降臨の儀の真っ最中だからな。信者からすりゃ一大イベントだ。そら盛り上がるわな。


 つーわけで水を差しに行きますかね。


 教会の扉を蹴破る。

 空は快晴。日差しは良好。絶好の国家転覆日和だぜ。


 街のそこかしこから女神と勇者を讃頌する声がこだまする。老若男女の上げる礼賛の声が祭囃子の如き賑やかさで王都を彩っていた。


 王城を見る。

 国防級の呪装『光天幕』に包まれたその威容は、新たな勇者が降臨する際の演出としては申し分ない。

 七色のヴェールが天に漲り、あらゆる干渉を跳ね除け幕の内側を聖域へと変える。再起動の場を見られるわけにはいかないからな。熱心な信者の侵入を防ぐ意味合いもあるんだろう。


 国も必死だ。だが俺も必死なんでね。辞表を叩きつけにいかせてもらうよ。姉上二人の分も、揃ってな。


偽面(フェイクライフ)】発動。

 一般市民に化けた俺は狂騒に湧く王都の大通りへと踏み出した。

最終章の更新告知を兼ねた更新となります。

『クズ勇者のその日暮らし』最終章は


・5/31(土)0時より1時間毎に第181〜200話まで公開


となります。更新告知から確認する場合は途中の話へ飛ばないようお気をつけください。

少し早いですがご挨拶を。

皆様の応援のおかげでここまで書き続けられました。ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
三日後ォ! 楽しみに待ってます!
終わるのは寂しい
爆弾魔のときからですけど更新方法がおしゃれですよね、 大好きな作品です。完結まで走り切ってください!!
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