物の序での救世譚
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意識が覚醒する。
同時、俺は意思を飛ばした。
オリビアぁ! あれから何日後ぉ!?
『うおぅッ! びっくりするから急に大声を送ってくるのやめろっつってんだろ馬鹿!』
返ってきたのは全くもって『聖女』らしからぬ荒々しい抗議の意思だった。
さして長い付き合いでもない。それでもこいつの図太さはよく知っている。クロードが絡むと途端にポンコツになるが、それ以外のことでくよくよするようなタマじゃない。
腹をぶっ刺してやったってのにピンピンしてる肝の太さよ。頼もしいことこの上ない。気分を落ち着けるにゃちょうどいいぜ。
『んで、あれから何日後よ』
『誰の肝が太いって? どっからどう見ても儚い系の聖女様だろうが。まぁいい。あのクソみたいな茶番からは……今日でちょうど二日後だよ』
二日。二日か。なるほどね。上々だ。
最悪の場合は年単位の放浪も覚悟していたが……やはり俺。そしてクロード。首尾よく処理すりゃざっとこんなもんよ。
『それさえ分かれば不足ねぇ。切るぞ』
『あ? それだけでいいのかよ?』
『内心を整理するためのワンクッションみてぇなもんだからな。事情を聞き出すんならもっと相応しいやつがいんだろ』
『……ああ。そういやそうだな。まぁ、あれだ。うまくやれよ?』
『ほっとけ』
からかうような意思を受け取ったせいか、にやけ面のオリビアの顔を幻視する。
どこが儚い系の聖女だよ。看板に偽りありじゃねぇか。これが飯処だったら苦情の嵐で潰されてるぞ。
とりとめもない思考を弄んで平静を保つ。余計なことを考えないよう精神を慣らす。
……よし。俺はいま、冷静だ。
共鳴の式は融通が利かない。だが事前に瞑想しておけば余計な思考を覆い隠すことはできる。
これは業務連絡のようなものだ。そう強く思い込んでから俺は魔法を発動した。【伝心】。
『ルーブス、その後の首尾はどうだ?』
憎たらしい怨敵……だった冒険者ギルドの頭、ルーブスに意思を送る。
返ってきたのはほんの少しの驚き。それも一瞬。すぐに冷徹な意思が届く。
『……無事に策が奏功したようですな、勇者ガルド殿。よもや裁きの剣ですら脅威に足らないとは』
『下らない世辞はいい。俺の復活が成ったのはクロードの補助あってこそだ』
『左様ですか』
不意を打って魔法を仕掛けたせいか、世辞に隠れた向こうの意思が漏れ出てくる。
報告する内容の整理、選別をする時間の捻出。ルーブスがなにかに付けて前置きの言葉を用いるのは……常に会話のイニシアチブを握り続けるための下準備なのだろう。
『まずは、現状の報告から』
整理を終えたルーブスが意思を寄越す。
『国は勇者ガルドが本当に死んだと信じ切っております』
『騙し切ったか』
『ええ。誰もが目を向けている中、勇者ガルド殿は裁きの剣で刺し貫かれた。そのことはもちろん、宰相が派遣していた間者も通信用の呪装で国に報告しておりました。追って我々ギルドが擁する【伝心】の使い手が同様に国へと報告を上げたため……もはや疑う余地なしと判断したのでしょうな。女神様の命を完遂したとして……霊験灼かな御褒めの言葉を頂きましたよ』
『そりゃ良かったじゃねぇか。女神の加護はいいぞ。死んでも死にきれないっつー言葉を現実のものにしてくれる』
『ええ。とても胃に効く御言葉でしたとも』
二人して国家反逆をテーマに諧謔を弄する。女神なんてクソ食らえだという方針においてのみ俺とルーブスの思惑は一致を果たす。その点に絞ればこいつとは仲良くできそうな気がした。
意識を切り替える。国は欺けた。ではその後はどうなった。
問わずとも意思が返ってくる。
『間者は捕らえております。勇者ガルド殿の差配もあり、労することなく特定できましたので』
あの時、俺は七人の人物に【伝心】を繋げて協力を依頼した。
ギルドマスター、ルーブス。
老獪なこいつは茶番の火付け役から進行役、そしてその後の処理を託すのに適任だった。こいつを構想に入れなければ今回の勇者ガルド殺害劇は成らなかっただろう。
『聖女』オリビア。
こいつは薪だ。同時に消火役でもある。こいつの死を偽装することで民衆の怒りを煽り、実は生きていました〜からのとどめを担わせることで事態を収束へ向かわせる。表向きの主役ってことになるか?
陰の相棒、クロード。
俺の死を偽装するにはこいつの助力が不可欠だった。一つでも仕損じれば終わりの綱渡りを一発で成功させにゃならんのだ。俺一人じゃ荷が勝つ。さすがクロードだ。多分、今の俺よりもよほど優秀だぜ。
そして……『遍在』のミラ。
次期ギルドマスター候補、ノーマン。
街に潜んだ間者を炙りだす役目は俺が請け負った。そしてほいほい釣られた間者を引っ捕らえる役目を……俺はこいつらに託した。
『あの二人は働いてくれたか?』
『ミラからの伝言があります。あれ程の魔法を掛けていただいたのだから当然です、だそうで』
『けっ、可愛げのねぇことを』
俺は『遍在』に目と耳の補助を掛けた。あたかも弱体の補助を掛けたかのように見せかけて。そして人々が茶番に夢中になっているさなかでの暗躍を任せた。ノーマンの【六感透徹】も合わされば間者の特定はそう難しいことではなかっただろう。
『間者はどうしてる?』
『治安維持担当の詰め所にある牢へ一時的に連行しております。定期報告も"問題なし"とだけ伝えるよう……洗脳してあります』
『そうか。ご苦労』
孤児から成り上がったアンジュ。
あいつは【洗脳】の魔法を使える。あの便利な駒の存在をギルドに知られるのは極力避けたかったが……背に腹は代えられない。アンジュが躊躇いなく協力すると返事してくれたことがせめてもの救いだ。
宰相子飼いの手先を捕らえたせいでその後の連絡が途絶えたら確実に怪しまれる。俺たちは宰相に連絡し終えた後の間者を速やかに捕らえ、かつこちらの企みが露呈しないよう飼い殺す必要があった。
そういう後ろ暗いことに【洗脳】はよく機能する。俺だからこそよく知っている。
『……アレは使い心地が良くねぇ魔法だ。ちと詫び入れておいてくれ』
『もちろんその後のケアは致しました。しかし、ガルド殿からも一言差し上げるのが道理ではありませんかな?』
『……ん、そうだな。違いねぇ』
チッ。こいつに窘められるとはまだまだだな。
非常に癪だが今は捨て置く。その後どうなったかを聞いておかなくてはならない。
『で、あの茶番の最終的な筋書きはどうなったんだ?』
『断頭台の上で裁かれた勇者ガルドは"他人の姿と能力を得られる禁忌の呪装"を手にした偽者だった、ということで終幕となりました。その方が波風が立たないだろうという理屈で国にも連絡しております。もちろん、此度の真相はギルド側で信頼できると判断した者には伝えております。騒ぎは広まらぬよう手配しておりますので』
『いい手管だ。引退後は物書きにでもなるといい』
『書面と向き合うのは懲り懲りなので遠慮したく』
軽口を叩きながら現状を整理する。
宰相の手先は抑えた。
エンデは天命に従ったと判断され見逃された。
勇者ガルドは死んだと思われている。
完璧だな。全くもって隙がない。これで姉上二人を抑えるための時間ができた。
『……それなのですが』
俺の思考が伝わったのか、ルーブスが言葉を選ぶような慎重さで意思を飛ばしてくる。
神託下れり。
国は今代の勇者シンクレア並びに勇者レイチェルの役目が終わりを告げたことを発表した。
今後は新たに女神様が遣わした別の勇者様が国を守護することとなる。
降臨の儀が行われるのは――今日。もう始まっているとのこと。
宰相め。俺がいなくなったと見るや姉上二人の再起動に踏み切ったか。
まあ妥当な判断だな。あの姉上らがこうまで意思を獲得したってのに今の今まで記憶を消さなかったのは……俺の報復を恐れてだろうしな。鬼の居ぬ間に洗濯ってか。抜け目ないねぇ。
『……勇者ガルド殿、平気……なのですか?』
ちっとも慌てていない俺の意思を察してか、ルーブスが躊躇いがちに訊いてくる。
平気かと問われると……そうだな……。
『なんとかなる。つーか、なんとかする。今日が決行の日だってんなら宰相と姉上らは揃ってるんだろ? ちょうどいい。さっそく奇襲からのカチコミを見舞ってくるわ』
『……そう、ですか。いやはや敵いませんな。こうまで堂々と振る舞われると……どう報告したものかと頭を悩ませていたこの身が酷く矮小なものに思えてなりません』
『気持ち悪い世辞はいらんっつってんだろ……。で、他に連絡事項はないか? ないなら切るぞ』
『ああ、そう言えば二件の言伝が』
言伝? 誰だ。
オリビアはさっき話したし……クロードか? いやあいつなら魔法で連絡を寄越すはず……。
『一件は石級……いえ、今は鉄級となったルークですな』
ああ……ルーク……ルークね……忘れてたわ。
あいつかぁ。うん。俺、茶番を貫き通すためとはいえおもっくそ力入れて蹴り飛ばしたからね。そりゃ恨み言の一つも残すか。
『あいつは何と?』
『昇格祝いを奢ってくれたら許します、とのことで』
チビめ。言うようになったじゃねぇか。その度胸に免じて俺の舞台の邪魔をしたことは水に流してやる。奢りはしねぇがな。
『そうか。もう一件は?』
『銀級のメイからです。一発殴らせろ、とのことです』
『断ると伝えておけ』
俺は黒ローブには【伝心】を使わなかった。だってアイツ絶対演技とかむかないじゃんね。
考えてもみろよ。あれだけ暖まった舞台でアイツの棒演技が挟まったら興醒めもいいところだぞ。むしろ伝えなかったからアイツはあそこまで迫真の演技ができたのだ。ここは俺の采配を褒めてほしいね。
俺は黒ローブを信頼しなかったのではない。信頼したからこそ魔法を使わなかったのだ。そこは履き違えないでもらいたい。
アウグストは知らん。アイツには普通に【膂力曇化・三折】掛けて置物になってもらっていた。あの筋肉馬鹿が場に出てきたら何もかもが台無しになるだろうしな。仕事をしなかったことが一番の仕事だよ。
さて、下らん言伝も聞きおわった。
他にはないか? そう問うと、何やら鬼気迫る意思が返ってきた。厳かな雰囲気で問われる。
『……実は、一つだけ……とても気掛かりな件がありまして。ずっと気に病んでいることがあり……。僭越ながら、勇者ガルド殿の見解を伺っても宜しいでしょうか』
【伝心】には嘘が混じらない。迷いも躊躇いも寸分の違いなく届く。
この気の重さ……。俺はごくりと唾を飲んだ。
なんだ、こいつ……俺に何を聞こうとしてる? ただ事じゃないぞ。やつの胃の痛みが伝わってきて俺の胃にまで侵食してくるかのようだ。
『……許可する。言ってみろ』
『……それでは』
そうしてルーブスは気に病んでいることの詳細を語り始めた。
数日前のこと。
深夜にギルドマスター室を訪れた男がいたのだという。
というか、俺だそうだ。
俺こと勇者ガルドは……厳重な警備を難なく掻い潜って一人でギルドマスター室に来たかと思えば、なにやら奇怪で珍妙な表情を保ったまま要領を得ない発言を繰り返し、混乱させるような言動で煙に巻いた後に首を斬って自害したのだという。
あの、一見して奇行にしか思えない一連の行動にはどのような意図があったのでしょうか。
どのような深謀遠慮の策を練った結果、私を試すような行動に出たのでしょうか。
そう問われて俺は――誤魔化せない。意思が飛ぶ。打てば響く。それが共鳴式だ。
――あーあれね? あん時の話ね。あれはなぁ……【鉄面】っつー、表情から内面を探られないようにする魔法を作ったはいいけど調整不足でさ。変な顔になっちったんだよね。ぬぺっとした顔にね。他意は無かったんだけどさ。いかんせん調整不足で。だから深い意味なんて無かったんよ。なんか……すまんね?
『…………っ、…………ッ……!』
言葉にならない意思が届く。それは胃の痛みを必死に訴えかけてくるようだったので俺は【伝心】を切った。苦情は受け付けてないんでね。
「…………さて、と」
呟き、息を吐き出す。
止まれないところまで来た。そう実感する。
次が最後のぶつかり合いだ。国と俺のエゴ、どちらが勝つか。
消極的な現状維持で露命を繋ぎ、打ち立てた政策と受け継いだ兵器を使い倒してまやかしの平和に微睡むか。
これまでの歴史全てを白紙に返し、明日も知れぬ混沌を受け入れ、皆が平等に不幸を享受する普遍的世界に回帰するか。
進むも地獄、引くも地獄。もとより生きるってのはそういうこったろ。
人生とは地獄で踊ることと見つけたり。同じ地獄なら、俺は俺とその周りが満足できる方を選ばせてもらう。それが人だろ。
進もう。足踏みするのはもう飽きた。
即断即決。仰向けになっていた身体を起こす――――が、強引に頭を掴まれて元の位置に戻された。
細い手が抗議のように俺の頬をつまむ。俺は言った。
「あんだよ」
「また、無茶ばっかりしてる」
赤茶けた大地が連綿と続く荒野。そこで魔王は俺の頭を膝に乗せて膨れっ面を晒していた。
見上げた先、俺の視界を覆うように黒の視線が注がれる。機嫌も愛想も悪く見えて、しかし瞳は不安を訴えるように震えていた。
追憶が目の前の光景と重なる。それは奇しくも『俺』が終わった日のそれと似通っていた。
逃れるように目を瞑り、言う。
「無茶なんてしてねぇよ。クロードも付いてたしな。わりと勝算の高い賭けだったぜ?」
「失敗したら死ぬ賭けをする時点で無茶なの。馬鹿」
「失敗を恐れて賭けができるかっつの。ま、お前の協力もあったしな。失敗なんざはなっから眼中になかったよ」
「……馬鹿」
魔王が消え入りそうな声で呟き俺の髪をわしゃわしゃと撫で付けた。なすがままになり再び目を瞑る。
協力を要請した最後の一人。それが魔王だ。
【刻憶】によって俺は全く同じ俺を再構成したが、世界にばら撒いた記憶の断片が巡り合うには途方もない時間を要する。
女神像に刻まれた再生成の式に身体が馴染んでいない状態では復活が機能しない可能性も高かった。
そこで魔力の扱いに関しては右に出る者がいない魔王の出番というわけだ。
いやはや、バラバラになった俺の身体を二日という短期間で元通りにするとは恐れ入る。こればっかりは魔王以外のやつにはできない芸当だっただろう。そして……他にも調整してもらったところがある。
「姉上らとの遠隔知覚の式は消してくれたか?」
「うん」
「よし。これで奇襲を仕掛けられるな。俺の接近を悟った宰相が姉上をエンデに差し向けることもねぇ」
勇者は一定範囲にいる互いの位置を把握できる。実に厄介な機能だが、それがなくなった今なら悟られることもねぇ。再起動で寝ぼけた二人に寝起きドッキリをかましつつ宰相の心をへし折れるってわけよ。
「……良かったの?」
「あ? 何がだ」
「その繋がりは……二人との絆みたいなものだと思ってたから」
「馬鹿言え。同じ街ならどこにいても位置が分かる気色わりぃ機能なんて普通のやつにゃねぇんだよ。むしろ清々したっつの」
「……強がり」
「強がってねぇ」
何が面白いのか、魔王がいつまでも髪を撫で続けるのでさせるに任せる。これが協力の報酬になるなら安いもんだ。
……結局、杞憂に終わったが……こいつには宰相が姉二人をエンデに派遣した際の対処を頼んでいた。
王命に従って勇者ガルドを処理したエンデを切り捨てる道理はない。あの街が国を守る防波堤として機能しているのは動かしがたい事実だからな。国に従順ならば滅ぼさずこれまで通り監視を続けるはず。それが当然の帰結。
だがあの宰相の腹の中は俺でも読みきれない。ご苦労、では死ね! と言って姉上を差し向ける可能性も否定できなかった。追い込まれたやつってのは何をするか分からんからな。
そんな緊急事態に備えてもらっていたのだから対価は支払おう。もっとも、頭を撫でくり回すのが報酬として相応しいのかは判断しかねるが。
「…………」
「…………」
沈黙の時間が数分。そして魔王が手を止めた。
俺は上体を起こした。誰に言うでもなく呟く。
「そんじゃ、行くかね」
「ガルド」
背に掛けられた声は酷くか細いものだった。
「あなたは、いま、何がしたいの?」
叱られるのを恐れる子どもにも似た震え声で。
「どうして、また、背負い込んでるの?」
あの日と同じ、泣き出しそうな声でとつとつと。
「あなたの意思を、ずっと見てきた。守りたい。救いたい。その真摯な願いが……ずっと、ずっとあなたを苦しめていた。だから……解放したの」
言い訳とも、懺悔とも違う。
「記憶を封じた。勇者としての務めを忘れられるように。エクスの魔法を忘れられるように。あなたが潰れないように」
いつか魔王に問うたことがある。なぜ俺を洗脳したのかと。
答えは単純だ。全ては何もかもを投げ出して一人死のうとした馬鹿を救うため。
「あなたが思う『人』でいられるように、考え方を変えた。あなたがそう望んだから……そうしたの。そうすることであなたを守れると思った。生きてくれると。それなのに――」
立ち上がる。服に付いた汚れを叩いて落とす。吹き抜けた風が、鬱陶しいほどに装飾華美な外套を揺らした。
「――あなたは、また背負い込んでる」
よく言うぜ。世界の命運なんぞを背負わされたのはどこの誰なんだか胸に手を当てて考えてみりゃいい。
それに――俺が背負い込んでる、ね。
違うな。見当外れもいいところだ。俺は預けた荷物を引き取っただけよ。そしてぶん投げてくるのさ。身軽にしてる連中どもにな。
俺は言った。
「何がしたいって? ンなもん決まってるだろ」
したいことなんて山ほどある。俺は指折り数えた。
「美味い肉を食いてぇ。喉を潤すのはもちろん上物のワインだ。付け合わせには揚げた芋でもありゃ最高だな。舌を休めるための葉物がありゃ尚のこと良い」
王都の高級料理店を思い出す。一儲けした後、金に糸目をつけずに頼んだフルコースの味は忘れられんね。こんな美味いもんを秘匿してた宰相に怒りの念が湧いたくらいだ。
「だがたまには安モンの肉も食いてぇ。筋が張ってて噛み切れねぇような肉をもっちゃもっちゃしながらよ、塩気が消えてきた頃に安酒で押し流すのが乙なんだな、これが。ハズレの店を引いた時は最悪だが……そんときゃ適当なやつをひっ捕まえて愚痴ればいい。そうして飲んだくれてるうちにまずい飯の味もしなくなるってもんよ」
エンデの街のひでぇ酒場を思い出す。出てくる料理が三流ならば、たむろしてる連中も掃き溜めみたいな野郎どもで、それがまた乗りだけは良かったりするんだ。
「そうして飲み明かした次の日は、寝るぞ。ひたすら寝る。カーテンなんて閉め切ってよ、昼過ぎくらいに気が向いたら起きる。これだね。んで外をぶらつきながらあくせく働くやつらを見て悦に入るのさ。ベンチでボケっとしてたら俺を恨めしそうに見てくるやつが何人もでてくる。当の俺はそんなやつらを見下しながら果実水を啜るのさ。考えるだけで胸がすくだろ?」
人の不幸は蜜の味。汗水垂らしながら気張ってるやつらの負の感情は薄めた果実水すらも極上の甘露へと変えてくれるだろうよ。
「その後は、あてもなく街をぶらつくのもいいな。なんか面白そうなことをやってたら首を突っ込んで、馬鹿なやつらが喧嘩をおっぱじめたらどっちが勝つかで賭けをする。まぁ、俺くらいになると賭けに負けることはねぇからな。手に入れたあぶく銭を弄びながら、また適当な酒場に足を運ぶ――最高の生活じゃねぇか。なぁ?」
だが。そう前置きして続ける。
「世の中にゃ煩わしいもんが多すぎる。魔物。呪装。それらに振り回されて、自分のことは常に後回しのアホな姉上。そんなもんを管理する宿命を背負わされた王に宰相。世間から爪弾きにされたイカれたエルフ。……それら全てを、自分のせいだと思いこんで、運命なんつう下らねぇ理屈で背負い込んでる馬鹿な女」
全くもって煩わしい。ふとした瞬間にそいつらの顔が頭をよぎったらよぉ、飲んでる酒が不味くなるじゃねぇか。そんなふざけたことがあるか? 俺はそう思うね。
「俺は俺を煩わせる全てを許さない。俺ぁな、さっき言ったみてぇな慎ましい生活ができりゃそれで良いんだ。それだけでいい。昔の連中が押し付けた滅びの運命なんてクソみてぇなモンが邪魔するってんなら――」
俺は振り返った。泣きそうな顔をしている魔王に向き直る。
約束は守るさ。今度こそな。俺は言った。
「物の序でだ。世界くらい、救ってやるよ」
次章『クズ勇者のその日暮らし』最終章。
書き上げ次第投稿します。
ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。




