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追憶:絶望、逃避、懺悔

「戻ったよ」


「おかえり、ガルド」


 おかえり、という言葉を耳にして今さらながらおかしな気分になる。

 まるでこの『滅び』の地が帰って来る場所みたいじゃないか。こんな冒涜的な灰の地が家なんて嫌だよ、僕は。


 とはいえ。僕は周囲を見回した。


 木目のテーブルにチェア。簡単な調理器具に本棚。そして寝床。

 最低限の家財一式が配置されたこの一角は、見ようによっては家のようにも見えた。


 全てが野晒しという酷い有り様だけど、気候……というより空間そのものが死んでいるこの地では雨風を凌ぐ必要すらない。屋根がいらないのはこの地の唯一の利点かもしれなかった。


 魔王は椅子に座っている。

 書物を広げ、物事を書き留めるにはテーブルが必要だった。

 それらをしまうには本棚が必要で。

 食事を用意するには調理器具があった方が都合が良く。

 眠りに就くなら少しでも疲れがとれるよう寝具が欲しい。


 そうしてできあがったのが世にも珍妙な屋根壁なしの生活空間だ。砂のような地面は安定とは程遠く、頻繁に家具が傾くのが不満点だった。


 僕は魔王の対面の椅子に座ろうとして――やめた。

 床に敷かれたマットに身を投げ出す。


 ざり、と音が聞こえた。魔王が椅子を引いたのだろう。

 足音が迫る。マットのすぐ横に魔王が座り込んだ気配がした。寝返りを打つフリをしてその反対を向く。


 魔王の分の寝具はない。あいつは睡眠を必要としないから。


「疲れた?」


「ん……まあ」


「ん。そう」


 その言葉を最後に会話が途切れる。

 魔王はいつも報告を催促しなかった。なんの進捗もない現状に文句を言うこともない。僕が話さなければ――その結果を察してか――それ以上会話を続けることもしなかった。


 その気遣いに居心地の悪さを覚えて言い訳のように言葉を紡ぐ。


「やっぱりどこに行っても……昔の資料が残ってるところはなかった」


「何年も前のことだからね。建物も、書物も風化するし。残ってる方がおかしいよ」


 魔王はいつも僕を否定しなかった。微睡みのような善意で頭の奥を撫で付けてくる。


「魔力溜まりも幾つか回ったけど……どれだけ探っても共通点みたいのが掴めなくてさ。改造の糸口とか、稼働停止の方法とか……やっぱ、まだわからないや」


「まだたった二年だから。無理ないよ。焦らなくていいから」


 たった二年。

 違う。もう二年だ。


 ゴール地点が見えない研究なら以前もしたことがある。魔王を殺すために開発した【全能消去(オールクリア)】の時も似た工程を踏んでいた。


 でもあの時とは決定的に違うことがある。目に見える成果が微塵もないのだ。

 魔法の研究の時は少なからずの手応えがあった。暗闇の中を、しかし確かに歩いていて、このままならいずれゴールに辿り着けるという淡い希望。


 今回の研究には、それがない。一歩、いや、半歩すら進んだ実感がない。

 昨日と同じところで足踏みしている。

 十日前と同じところで足踏みしている。

 百日前と同じところで足踏みしている。

 そうして今日、また同じところで足踏みしてから眠りに就こうとしている。その事実を直視するのが怖かった。


 後ろ向きな思考ばかりが胸中を占める。

 そもそも……連綿と続く歴史を観測し続けた魔王が無理だと言うのなら……僕はまるで意味のないことをしているのではないか。

 認めたくない。はぐらかすように言う。


「次は……一旦城に帰ってみようと思うんだ。あそこなら……もしかしたら当時の研究を記した資料が眠ってるかもしれない」


 あり得ない可能性だ。僕はただ……この場をやり過ごすためだけに適当な言葉を吐いている。

 頭の中ではそれを理解していて――それでも言葉は止まらなかった。


「過去の情報を記録した呪装なんてのもあるからさ、それを探してみるのもいいと思うんだよね。当てのない旅をすることになるかもしれないけど……ほら、しないよりはマシだし」


「うん」


 ただ焦っていた。焦らなくていいと言われても湧き上がる焦燥を止められない。


 勇者は成長し続ける。昨日の自分を常に凌駕し続ける生態を有している。

 魔法を研究している時はその事実を寄る辺として狂気に身を捧げることができた。


 対して今は……これほどの時間をかけても何一つ得られていない。……僕にはもう、成長の余地など残されていないんじゃないか?


 進むどころか、日を追うごとに択が消え、可能性が潰えていく。

 気分が滅入る。後退している。それが怖い。


 僕らは長く生きすぎたんだ。限界、なのかもしれない。

 寄る年波に追い付かれた小心な老人はこんな心細さを味わうのだろうか。踏み出す先が下り坂しかない……絶望感を。


「あとは……そうだな……エルフを頼ってみるのもいいかも。あの魔物避けの、迷彩結界だっけ。あれも何とかして複製できないか調べたりとかさ」


 辛うじて息継ぎをするみたいに、姑息な言葉で煙に巻く。


「それでも駄目だったら、やっぱりさっき言ったみたいに、各地を巡ってみた方がいいかな。そうすれば……」


 ――成果を得られなかった言い訳作りの時間が稼げるかもしれない。


 頭の片隅をよぎる浅ましい考えに自己嫌悪の情を抱く。それでも鬱屈した感情が止まらない。

 こんなつもりじゃなかった。できると思っていたんだ。

 出てくる言葉の全てが自己弁護のためのそれで嫌になる。嫌になってもやがてまた明日は来る。進まぬ一歩を踏み出さなければならない。


 城に戻ったらどうしようか。皆になんて言おうか。何日ほど滞在しようか。……何日くらい戻ってこなくても怪しまれないだろうか。


 僕はいつからか、そんな後ろ向きなその日暮らしをするようになっていた。


 ▷


「おかえり……大丈夫?」


「ん……ああ。まあ……」


「……何があったの?」


「…………宰相に相談したんだ。色々と。そうしたら……記憶を消されかけた」


「…………そう」


 城に戻った僕はひたすら蔵書を漁り続けた。結果は――分かりきっていたことだが――空振りに終わった。


 僕だけでは限界がある。そう結論付けた僕は宰相に相談した。国事を司る彼ならば世界の現状に対して何か方策を打ち出してくれると思ったのだ。


 まあ、無駄だった。

 魔王でも、僕でも無理だったんだ。一般人の彼には荷が重すぎたに違いない。


「私にできることはお前の記憶を消して苦しみから解放させてやることだけだ……って。ははっ……それじゃ何も変わらないのに……。命令が効かなくなるように調整してもらってなかったら、危なかったかも」


「そう……。ガルドが助かったなら、よかった」


 ……いっそ命令されて記憶が消されてた方が良かったかもしれない。そうしたら宰相のせいにできたのに。


「……寝ようかな」


「うん。お休み」


 その日は夢を見た。遠い昔の夢だ。


 ――んな上等なモンは積んでねぇよ。意思を持った兵器なんてそれこそ欠陥品だろうが。反抗されねぇように調整されてるっつの。


 だったら"これ"はなんなんだ。なぜ僕はこんな機能を持っている。いらないだろう、胸の痛みなんて。


 目が開く。朝なのか夜なのか判然としない昏い空が迎えてくれた。最悪の寝覚めだった。


 ▷


「おかえり」


「ああ……」


 短く答えて椅子に座る。いつも通り成果はなかった。それでも報告はしなければならない。搾りかすのような義務感が僕に口を開かせた。


「今回は……いろんな街を見て回ったよ。思わぬところに、何か手がかりがあるかもしれないって」


「うん」


「まあ、なかったんだけどさ。……そもそも、そんな手がかりがあったら大騒ぎになってるよね。……騒ぎなんてない。世界は、平和そのものだったよ」


「……ガルド」


 気遣うような声音。それが逆に僕を苛める。

 甘えてはならないという信念と、じゃあどうすればいいんだという諦念が互いを削り合うみたいだ。


 そうして生まれた屑が澱として溜まっていく。吐き出さずには、いられない。


「平和、なんだ。ほんと、拍子抜けするくらいに。衛兵なんて昼間から飲んだくれててさ。勇者が何とかしてくれるからいいだろって」


「ガルド」


「僕らがどれだけ苦労してるかなんて誰も知らないんだ。厄介事を押し付けて、それでおしまい。国の言う事を鵜呑みにして、みんな踊らされてるよ」


 口を衝いて出てくる澱が止まらない。


「話してることも下世話なことばっかりでさ。金がどうの飯がどうのって。どこへ行ってもおんなじだ。人って、そんなもんなのか。あれが生きるっていうことなら、醜いよ」


「…………」


「救う意味なんて、あるのかな」


 言ってから、はっとする。

 それは口にしてはならない一言だった。気の遠くなる時間をかけて人を救うために献身し続けた魔王の前で……そんな、全てを否定するようなことを口にするなんて最低だ。


「ごめん、違うんだ。今のは……違う。忘れて、欲しい」


「大丈夫。そんなつもりはないって、ちゃんと分かってるから」


鎮静(レスト)】。鬱悶の情を晴らすには至らないが、それでも幾らかマシになる。……これでさっきみたいな失言はしないだろう。


 息を深く吸い、そして吐く。そうして頭を冷やしていると魔王が話を切り出した。


「そういえば、さ」


 それとなく話を振るようでいて、その実、どこか悲壮な雰囲気を漂わせ。


「何回か……三折(エクス)、使った?」


「え? ……ああ。ちょっとやむを得ない事情で」


 邂逅を果たしてから間もなくのこと、魔王は僕にエクスを使用しないよう進言してきた。

 あの魔法はどうやら僕に良くない影響を与える……らしい。個人的にはそんな実感はなかった。むしろ身体に影響が残らないよう調整したのがエクスという魔法なのだ。


 身体能力の底上げを目論んだ僕は【全能透徹(オールクリア)】という魔法を開発した。評価としては……欠陥魔法の域を出ない。身体にかかる負荷が大きすぎて使い物にならないのだ。姉さんに掛けたら酷く苦しんでいたことを思い出す。


 それを改良したのが三折(エクス)である。

 式を編んで術を発動。さらに折り曲げて効果を増進。それを強引に捻じ曲げ、負担をもたらす不要式を体外へと排出。これが三折(エクス)の全容だ。


 持たざる者の格を天賦の才まで届かせる補助魔法の秘奥。姉さんを――世界を守ると決めた僕が研究の果てに完成させた意思の象徴であり、けして違えぬ誓いの証明だ。


 それでも……身体に負担があるなら使わないに越したことはない。普段使いは控えていた。それでも、今回は……。


「街を歩いてたら偶然姉さんが近くに飛んできてさ。こっちに向かってきたから……魔法を使って撒いてきたんだ」


 今はまだ……姉さんたちに合わせる顔がない。まだ約束を果たせていない。だから、僕は逃げた。まだその時じゃないと自分に言い聞かせて。


「…………そう」


「……何かまずかった?」


「それは……ううん。でも、前も言ったけど……あんまり使っちゃだめ」


 気が立っていた。魔王に甘えていた。余裕がなかった。


 あらゆる要因が重なり合った結果――僕はその一言に食って掛かった。気遣いすらも神経を逆撫でる材料にしかならなかったのだ。止められない。


「……使うなってさ、それ僕の魔法が欠陥だって言いたいの? 言っておくけど、あれは僕が編み出した補助魔法の完成形なんだ。悪影響もないように調整してある。あんまり馬鹿にするなよ」


「……ごめん。でも……」


「でも?」


「…………」


 煮え切らない態度に苛立ちが増す。その捌け口を閉める栓は機能していなかった。


「なんかさ……僕に隠してることがあるでしょ」


「ガルド。信じて」


「そっちこそ僕を信じて話してみろよ」


「…………」


 酷い揚げ足取りで吐露を迫るも、魔王は頑として口を開こうとしなかった。訴えかけるような視線だけを寄越す。

 そんな目をされてもどうしようもない。信じられない。馬鹿にするだけ馬鹿にして、結局真意を語る気がないなら、こっちにだって考えがある。


「そう。ならいいよ」


 勝手に探らせてもらう。使いたくない魔法とか、そんなことはもはやどうでもいい。関係ない。


 僕は魔法を発動した。【伝心(ホットライン)】。魔王の考えが流れ込んでくる。制止の声よりも早く。魔王の隠した真意が頭に浸透する。


「だめッ!」


「…………は? …………あ?」


 そうして僕は知った。

 僕の作り出した三折(エクス)という魔法は、魔力を致命的に破綻させ――浄化することすらできない穢れを生むのだと。


「ガルド! ガルドッ!」


 守るという意思が生み出した魔法がもたらしたのは奇跡なんかじゃなかった。


「破綻した、魔力……浄化できない、穢れ……」


 辺りを見回す。

 灰の大地。枯れた空気。昏い空。滅びた世界。

 一目見た瞬間に嫌悪した。存在してはいけない綻びに見えた。在るだけで間違いであり、絶対的な理不尽であり、許されることなき不条理であり。

 世界を壊し尽くす穢れた魔手。魔王が封じていた厄災そのもの。世に顕現した『滅び』の概念。


 ああ。これ、全部僕のせいかよ。


「違う! そんなんじゃないッ! そんなんじゃないから! ガルドの思いから生まれた魔法が、こんな……」


 魔王が何か言っている。その全てが耳から抜けていく。理解できない。

 折れた。そう感じた。


「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 全てを放棄して。何もかも遺棄して。尽く投棄して。

 ただ叫んだ。


「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 何が守る? 何が救う?

 馬鹿らしい。僕がしてきたのは世界の破壊じゃないかッ!!


「なんだよこれは! なんなんだよッ! なにがしたいんだ僕は!? なにをしてきたッ!」


 上下左右が滅茶苦茶だ。ただ熱くて、ただ寒い。何もかもが支離滅裂だ。僕はどうして生きている。


「ガルド……! ガルド!!」


「どうしてだ! どうして僕がこんな思いをしなければならないんだよ! どうして……世界は、あんなにも、平和なのに……っ!」


 瞼に残るのは全てを丸投げして無責任に笑う人の顔だった。

 ずるい。羨ましい。妬ましい。なんで僕はそっち側じゃなかったんだ。


「どうして僕は……勇者なんかに生まれたんだッ! 人間でよかった……人間がよかったよ……」


「ガルド……ッ」


 滲んだ視界にめちゃくちゃな顔をした魔王が映る。眉を寄せて、涙まで流して。その両手で僕の顔を掴んでいる。


 何をそんなに心配しているんだ。僕は世界を壊している張本人なのに。


 償わなくては。贖わなくては。

 なのに、死んでも贖えない。考えうる限り最大の権利の凌辱がまるで意味を為さない。死が贖罪にも罰にもならない。こんな、命に銅貨一枚の価値もない存在の死では――


「――いや、あるじゃないか」


 死を以っても贖宥を与えられない存在。勇者。魔力でできた……式の集合体。


 なら死ねる。死ぬことができる。

 左手を開く。胸に手を当てる。そうして僕は唱えた。



「【全能消去(オールクリア)】」



 身体を真っ二つに折られたような。

 全身の骨を砕かれたような。

 言い表せぬ痛み――痛みなのかすら分からない感覚が全身を苛む。


 こりゃ魔王に悪いことしたな。

 そんな謝罪の言葉も喉を出てこない。潰れる魔物のような声しか出てこない。


「だめッ! やめてッ! 行かないでよ、ガルド……!」


 意識が宙に溶けていく。いつもとは違う感覚。身体の深い部分に穴が空くのを感じる。

 ああ、これ、本当に……死ぬかも。


「ずるいよ……『私』を終わらせてくれなかったのに、自分だけ終わろうとするなんて……! 期待させるなんて、ずるい……!」


 痛みが消えてきた。視界が暗く欠落していく。


「生きていてくれれば……それだけで良かった……私を、一人にしないで……もう……戻れないよ……耐えられない……」


 指一本動かせない。耳朶を打つ声が曖昧だ。理解が追いつかない。


「使命があなたを苦しめるなら……私が全部引き受ける。勇者が重荷になっているなら……私があなたを解放する」


 目を閉じる。言葉はもう聞こえない。


「だからお願い。生きて。それだけでいいから……人として生きて、ガルド。【共鏡(インテグレート)】」


 意識が落ちる。

 ごめんね、姉さん。ごめん、魔王。僕は――――


「【洗脳(リライト)】」

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― 新着の感想 ―
姉上達も魔王もガル君も何とか報われてくれんかな…
あー、本当に可哀想だし、ガルドが自己嫌悪するのも分かる、もうしょうがないってコレは 報われてくれ
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