追憶:無力感
課された役割の重み。
視線が孕む期待の熱。
掛けられた声に宿る抑揚。
日常生活における処遇。
姉二人と僕の間には、その全てに埋め難い差があった。
「は? あいつらのメンテナンスを、お前が?」
「はい」
為すべきことを探していた。何かをしなければならないと感じていた。
定刻に呼び出され、姉二人に魔法を掛け、その姿を眺め続けた後、宛てがわれた一室へ戻り、次に呼び出されるその時を待つ。
その繰り返しに言いようのない焦燥を覚えた。僕が部屋でうずくまっている間も姉二人は戦闘カリキュラムを遂行していると耳にしたのも原因かもしれない。分からない。ただ、気が急いていた。
故に僕は姉二人の訓練後の経過観察と体調保全に携われないかと提案した。
「んー、どうします?」
「……また妙なことを言い出したな、こりゃ。正直に答えろ。お前……何が目的だ?」
責任者の男が低い声で尋ねた。細められた目は得体の知れない何かを検分する研究者のそれだった。
【鎮静】。平静を装い答える。
「目的は、効率です」
「ふむ、続けろ」
「はい。現在の僕の稼働率は……約一割から二割ほど。余裕を持て余している状態です」
「戦場であの二人に補助を与えるのがお前の役割だ。稼働率の低さは問題にならん。それ以外のことをするな、という指示を忘れたわけではあるまい」
「最適を学んで行使しろ、という命令も忘れておりません」
「…………ほう?」
男がほんの少し瞼を上げた。漏れ出た声には感嘆の色が滲んでいる。僅かに上がった口角は面白いものを見つけた反応に違いない。
【六感透徹】。男の一挙一動を余さず観察し、経験として保存する。似たような反応を引き出すための糧とする。
「二人の育成効率を上げる……それが僕に与えられた役割です。しかし、僕は二人の現状に即した補助を掛けられているか、判断する術がありません。より正確に言うのであれば、自らの憶測しか判断材料がない」
「それでは不十分だと?」
「ヒアリングとフィードバックを僕が直接行うことで、より最適な補助の行使が可能となります」
「…………」
「……また、現在メンテナンスに携わっている人員が……他の業務に携わる余裕が生まれます。人手が空けば、他のタスクの効率化も、図れるかと」
「メンテナンスに割り振られるようなやつぁ下っ端だ。そんなやつが一人か二人浮いたところで大した効果なんてねぇよ」
男は眉を曲げてそう吐き捨てた。
アプローチを間違えたか。失策を悟る。
しかし次に返ってきた言葉はその意に反して快活なものであった。
「だが、面白ぇ」
男は白衣のポケットから手を抜いて顎を撫でた。好奇の視線を注ぎながら言う。
「あの命令文からこんな思考を導くかよ。先の二人にゃ現れなかったパターンだ。従うのみにあらず、現状分析と改善提案を自発的に行う……か。中々だ。中々だぞ、お前」
どうやら僕の言動は男の琴線に触れたらしい。
「誰かの入れ知恵ってわけじゃねぇよな。効率化と専従の背反を自分から解消しようとした……? だったら初めから……何故このタイミングで? 補助魔法の熟達が刺激を促したか? ……まぁ、いい。憶測を飛ばすだけってのぁ、効率が悪い」
上機嫌そうに何度か頷いた男がポケットから端末を取り出した。短い操作の後、すぐに端末をしまう。
男が僕の肩に手を置いた。
「お前に権限を付与した。これでお前はあの二人の待機室に出入りできる」
「…………!」
「えっ、ちょ……いいんすか? そんな勝手に」
「あ? 局長は俺だぞ。誰にも文句は言わせねぇよ」
「でも……なんか、こう、三人で密かに脱走計画とか企てないっすかね?」
「くっくっ……それはそれで面白ぇかもな? そうであって欲しいと思うよ。俺は俺の設計通りに動く玩具が好きだ。だが俺の設計通りに動かねぇポンコツのほうがもっと好きでね。被造物ってのは造物主の想定を裏切ってこそだろ?」
「……この前の特定分野に突出した人間はどうのって話……そっくりそのままお返ししたいっすわ」
二人のやり取りを黙って見守る。機嫌を損ねないように。余計なことをして掌を返されないように。
幾つかのやり取りの後、責任者の男が僕に向き直った。
「そういうわけだ。特例としてお前の勝手を認めよう。お前にはあの二人の世話、訓練後の経過観察及び報告を命ずる。結果で報いてみせろよ」
「はい」
こうして僕は新たな任を授かった。
あの二人を守る。そのためにできることがあるはずだ。為せることを為せ。その焦燥に突き動かされて、僕は二人の部屋を訪ねた。
▷
二人の部屋は僕が宛てがわれた部屋をそのまま二つ繋げたような間取りであった。
就寝用のベッド。机と椅子。兵法や魔法の学問体系が記された本。よく分からない装置。天井に設置された、常にこちらを追うように出来ている黒い円筒。
それらが二つずつ。それだけだ。
「調子は……どう?」
戦闘訓練中の私語は認められていない。『するな』という指示を下されたわけではないが、『やれ』と言われていないことはしてはいけないのだ。そう理解していた。
したがって、これが僕らの間で交わされた初めての会話だった。
「回復魔法を使用した。損傷箇所はない」
「回復魔法による処置を受けたので同じく」
「…………そっ、か」
手元の用箋挟に視線を落とす。状態の点検項目は良好、備考に回復魔法使用のためと記載する。
「じゃあ、気分は?」
「平常通り」
「同じく」
「……そう」
精神の点検項目に良好と記載する。備考欄に書き留めておくべきことは思い付かなかった。
「じゃあ、食欲は――」
僕は点検項目に記された確認事項を二人に問い掛けた。
二人がそれに答える。淡々と……ほんの少しも表情を動かすことなく。
二十分程の時間を費やして合計三十ほどの質問を終えた。結果は全て良好だった。これといった特記事項は見当たらなかった。
……これは、良くない。そう理解する。
これでは何も変わらない。成果を示せない。何も為したことにならない。
報告書に目を落とす。最後に残ったのは自由確認項目だった。
「……じゃあ、実践訓練の時の話を聞かせてくれるかな」
「なぜ?」
「それは……僕にも、まだ他にできることがあるかもしれないから……」
「補助魔法があるだけで動きやすい。それ以上のことは、望んでいない」
「もっと動けるようになったらそれに越したことはない、はずだから」
「……そう」
そして僕はヒアリングを開始した。
補助魔法を受けた時の感覚。どの補助が特に相性がいいか。そしてその逆は。どういう補助があると有り難いか。補助がない訓練時はどう感じるか。
糸口を探るように、こと細かく掘り下げる。
変化があったのは戦闘中に困っていることを尋ねた時だった。
「困っていること、は…………」
Type:Reign Shellと呼ばれている少女が眉尻を下げた。僕が初めて目にした表情の変化。
察せられる感情は悲哀、懊悩、躊躇い……痛苦。
「囲まれて、叩かれて、死ぬ時は……痛いな」
喉に石が詰まった。そんな気分だった。
吸い込んだ空気が肺腑を満たしてくれない。胸に穴でも空いたのかと思うほどに苦しい。僕はこんなにも呼吸が下手だったか。
【鎮静】を掛ける。そうしたら少しばかり楽になった。
深い呼吸を意識して続ける。心臓の鼓動が落ち着いたのを確認してから僕は言った。
「そう、だよね。痛い……なら、掛ける補助を変えよう。痛覚を麻痺させる補助を掛ければ」
「必要ない」
より適した補助を。その一心による提案はすげなく却下された。
「どうして……?」
「求められている結果に寄与しないから。より多くの敵を速やかに殲滅すること。私たちに求められているのは、それだけ」
「その効率を落とす選択は望ましくない。補助は今まで通り身体能力の底上げでいい」
「……そう。そうか」
二人に求められているのは、より効率的な仮想生物の排除、殲滅。
僕に求められているのは、二人を補助し、そして守ること。
壊れないように。死なないように。
……死なせない。死なせたくない。
為すべきことは、決まった。
「それなら、僕も鍛える。もっと効果的に魔法を使えるように」
二人が経験によって研鑽されていくのならば、僕の魔法にも同じことが言えるはずだ。
鍛え上げる。二人を苦しめないように。二人を死なせないように。
「他にも……何かあったら言ってほしい。相手にされるかは分からないけど、責任者の人に掛け合ってみるから。今は僕が二人のメンテナンスを任されてるし」
「どうして」
Type:Saint Clairと呼ばれる少女が僕に問うた。
「あなたに与えられたのは私たちへの補助、それだけのはず。命令を逸脱する行為。それをして、あなたは何がしたいの?」
そこに非難の色はなかった。
純粋な疑問を吐露するように、あるいは独り言のように、少女が目を丸くして呟く。
僕は言った。
「責任者の人に言われたんだ。二人は……僕の姉みたいなんだって。家族は支え合うもの。そう、僕は理解してる。それだけだよ」
僕の言葉を聞いた姉二人はただ目を瞬かせていた。
報告書に視線を落とす。
精神の欄。記入した『良好』の文字を二重線で消す。新たに『懸念あり』と書き加え、備考の欄に『痛苦と死に対する忌避感あり。丁重な扱いを心掛けることを強く推奨』と記載した。
▷
責任者の男に目を掛けてもらえるようになってから色々なことを聞き出した。
疑似人体形成型即時収斂再生可能呪装。そして型番が続く。持たされた役割により名前を変えているのだそうだ。
その本領は費用対効果にあり。
その真価は成長性にあり。
幾度も再生を果たし、際限なく成長する人を模した呪装。
そしてその肉体もまた――人に準じているのだと。
その事実を聞いてから、僕はメンテナンスを理由に様々な便宜を図るよう掛け合った。
「……これは、なに?」
「料理を貰ってきたんだ」
「栄養剤なら毎日供給されてる」
「それだと味気ないでしょ。……本を読んだんだ。人は、こういう食事をすることで英気を養うんだって」
ある時は食事のメニュー変更を訴え。
「この、音を出す黒い物体はなんだ」
「再生機だって。音楽があれば安らぐかなと思って」
「この花は」
「視覚と嗅覚を落ち着かせる効果があるみたい。ここが少しでもリラックス出来る場所になれば、メリハリがつくというか……日々の効率も上がるかなって思って」
ある時は備品の拡充を訴え。
「なんだこの服は。いつものはどうした」
「毎日同じ規格の服だと飽きるかなって。衣食住の充実が日々の暮らしを豊かにするって本に書いてあった」
ある時は生活の質を高めるよう訴えた。
ヒアリングも欠かしていない。日々の戦闘訓練を見て気付いたことや感じたことを伝え、モチベーションの上昇と更なる成長を促す。
「魔法発動までの速さがこの前よりも上がってるね。凄いよ」
「…………そう」
「支給された剣の呪装、慣れてなくて使いにくいって言ってたけど、僕は……その、かっこいいと思ったよ」
「…………そうか」
研究員に随伴して実践の補助、そして訓練を終えた姉二人のメンテナンス。
その役割をこなす傍らで補助魔法を鍛え続ける。そんな日々が続いた。
寝る間を惜しんだ。食事を惜しんだ。疲弊を理由に休むことは許さなかった。
僕は……姉二人よりも苦しんでいないじゃないか。自己弁護の暇があるならあの二人を守れ。守れるよう、全霊を尽くせ。
そう言い聞かせ、余暇の全てを己の成長の糧として注ぎ込んだ。
そしてその日がやって来た。
▷
「素晴らしい」
責任者の男――今は局長と呼ぶことになった彼が、こんなにも陶酔に満ちた声を出したのは、僕が知る限りにおいては初めてだった。
「Type:Guardの補助を抜きにして……溶岩地帯の仮想生物群を単騎制圧」
溶岩地帯に現れる仮想生物は特に悪辣な性質を持つ個体が多かった。最も制圧に難儀した場所である。
「それも……二体同時に」
姉二人は別行動だった。
複数ある溶岩地帯へそれぞれが赴き、そして一度も斃れることなく帰参を果たした。大健闘だ。
「Type:Guardを起動してからの経過期間は……六ヶ月と二日、十一時間四十六分三秒……! 試算の半分どころかッ! 四半も掛からずの目標達成だ! こんなにも嬉しい誤算が生まれるものとはな! これだから研究は止むに止まれぬものよ! なぁ!? 諸君!!」
局長の煽りに反応した研究員が喝采を上げる。
この研究は本来もっと長いスパンで行われる予定で、しかし大幅な期間短縮が実現した。計画の仔細を知らされていない僕には、それは大変な偉業なのだろうな、と想像することくらいしか出来ない。
「いやぁ……ほんと急激に伸びましたねぇ〜。こんな成長曲線を描くなんて想像できないっすよ」
「メンテナンス役が変わってからの伸びが著しいな」
「初めは無駄なことするもんだと思ってましたがね。いやはや、こんな結果を見せられたら何も言えませんよ」
功を奏した。そう考えていいのだろう。
姉二人は強くなった。僕が補助をしていた頃とは比較にならないほどに。僕の補助魔法の効力も上がった。それも後押しした。
日々の実戦を凄まじい効率で熟し続けた姉二人は、もはや仮想生物に遅れを取ることはなくなった。
「お前の功績だ、Type:Guard。お前は本当によくやってくれたよ」
珍しく含みのない笑みを浮かべた局長が言う。
僕は答えた。
「最適を熟しました。それだけです」
「そうか。お前は本当に……俺の予想を超えたよ。魔力の可能性……その深奥を垣間見た気分だ。非常に貴重な体験をもたらしてくれたよ」
局長は惜しみない賛辞の言葉を吐き出し、そして刃先の分かれた短剣のようなものを手に取った。変わらぬ口調で言う。
「ここに計画は成った。あの二人が軍部に引き渡せるほどに仕上がった時点で……お前の役目は終わりだ」
いつかの言葉が脳裏に響く。
『先の二体が育ちきったらType:Guardはどうするんすか?』
『あ? んなもん決まってるだろ。廃棄する。計画書にも書いてあっただろうが』
ああ、僕は……廃棄されるのか。
当初の予定通り。鹵獲と機密漏洩防止のために。そうか、そうか。
「お前の抹消を以って計画の成就とする」
短剣を握った局長が歩を進める。
それは人としての本能だろうか。それとも呪装としての危機感知だろうか。
身体が震えた。短剣の刃から目が逸らせない。知れず、一歩後退する。
「動くな」
命令されると同時、身体がぴくりとも動かなくなった。動かそうとする意思が消えた。動かしてはいけないと、そう理解した。
「いい子だ。ではお別れだ。安らかに眠るといい」
ああ、死ぬ。いや、壊されるのか。分からない。死という現象は理解している。生命活動の停止だ。でも僕たちは死んでも生き返る。再生する。ならばあの剣によってもたらされるのは……何なんだ。それが分からない。怖かった。未知は怖い。廃棄……捨てること。捨てられる。消える? それは、そんなの、嫌だ。嫌だ。嫌だ!
刃先が迫る。呼吸が荒れる。でも身体は動かない。動けという命令を下せない。動くなと言われたから。嫌だ。死にたくない。死にたくない!
「……あ? なんだ? どういうつもりだ、Type:Saint Clair」
割り込んだ影が局長の腕を掴んだ。僕の姉だ。レア姉と、そう呼ぶことになった、僕の……家族。
「……お前もか。Type:Reign Shell」
もう一人の姉が僕と局長の間に割って入った。これ以上近づくなと言いたげに両手を広げる。レイ姉と呼ぶことになった、僕の家族。
「なんだ……この反応は」
「誰も命令は下していないはずだぞ」
「メンタルエラーか?」
「……んな上等なもの、積んでないって言ってませんでしたっけ……?」
研究所内がにわかにざわつく。
姉二人の背中の間から覗く局長の顔は酷く複雑なものであった。
「……どういうつもりだと、聞いたんだがな」
「…………」
「…………」
二人の姉は答えない。局長は険しい顔で姉二人の顔を交互に見比べた。僕からは姉二人の顔は見えなかった。
「…………計画を変更する」
低い声で局長が言う。
「Type:Guardの廃棄を保留に変更。理由は現存する補助魔法の発展及び改良に寄与する公算が高いため。研究所内からけして出さないことを条件にして上から許可を取る」
「マジすか? 通りますかね……そんな急な変更が」
「通す。死にたくねぇなら黙って従えっつって脅しつけるほか……ねぇだろ」
「…………」
「よぉ、これで満足か? 安心しろよ。俺ぁ約束は守る」
数秒の後、姉二人は局長から離れた。局長が踵を返して短剣をしまう。
助かった。そう理解した瞬間、膝が砕けた。汗が吹き出す。息が荒れる。どくどくと脈打つ胸を抑える。耳鳴りが酷い。
「……平気?」
「……大丈夫?」
両脇から屈み込んで顔を覗いてくる姉二人から逃げるように顔を伏せた。涙が溢れる。安堵もあった。でも、それ以上にどうしようもない無力感があった。
この期に及んで、僕はまだ守られる側なのか――
やがて姉二人が軍部に移動した。その後も癒えぬ劣等感は僕の胸を苛み続けた。




