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追憶:劣等感

「Type:Guard。聞こえるな? 返事をしろ」


 言葉を聞くのは初めてだった。

 しかしそれが自分を呼ぶ声であることを理解できた。

 呼ばれているのだと理解した。

 そして返す言葉も理解している。


「はい。聞こえています」


 どう反応し、どう言葉を返せばいいか。

 僕は初めから()()を理解していた。疑問を覚えることはなかった。


 目の前に立つ二人のうち、若い男が目を見開いて顎を撫でた。

 感動の仕種、だろうか。


「おぉ……本当に作れるモンなんすねぇー。まるで人間じゃないですか! 魔力式による言語野と思考能力の再現、そして身体の構築もここまできたかぁ……」


「先の二体がいるだろう。何を今さら驚いている」


「いやぁ、こうして実験に携わったのは初めてなもんで」


 会話だ。その相手は自分ではない。

 であるならば反応の必要はない。そう理解した。


「しっかしよく出来てますねぇ。コレ、ほんとに呪装なんすか?」


「だから何を今さら……。Type:Saint ClairとType:Reign Shellは見ているだろう」


「いやいや、やっぱこう、作った瞬間に立ち会うと実感も一入(ひとしお)って言うんすかねぇ」


「まあ分からんでもない。成果を前にして疼くものがなければ科学者としては失格もいいところだ」


 目を動かして室内を見回す。

 何人かの人間がこちらを見つめている。先の男のように好奇に満ちた視線、皺の寄った険しい視線、色のない無機質な視線。いろいろだ。

 一人の男と目が合う。彼はこちらを五秒ほど見つめた後、何事かを書き留めていた。


「意識と呼吸は安定しているな。受け答えも可能。眼球の動きから察するに、身体機能も正常そのものだ」


「さすがに三体目ともなると欠陥は生じないか」


「なんか反応が赤ん坊みたいっすね。これで言葉は理解できてるってのは、逆に不気味っすわ」


「都合がいいに越したことはないだろう。人と同じ教育課程を経なければ使い物にならない兵器など欠陥品でしかない。そんなものを研究成果として上に提出したら何を言われるか……」


「無能の(そし)りは免れんな」


 更に部屋を見回す。

 後方には人はいなかった。冷たい色をした何かが並んでいる。細長い束が幾つも伸びていて部屋の外と繋がっている。点灯と消滅を繰り返す文字がある。

 一部の内容は理解できたが、それ以外のほとんどは理解できないものであった。


「これ、どの程度の知識を持ってるんすか?」


「最低限の教養と生きるのに不便しない言語能力程度だな。生まれた時から飛べる鳥みてぇなもんだ。手間のかからん親孝行仕様ってわけよ」


「楽でいいっすねぇ。脳の保有する情報の数値化と限定的な再現……いやぁ、本当に魔力様々っすね。これがあれば無限に人手を生み出せるじゃないっすか」


「軍部では実際にそういう話も上がってるみたいだな。暴発の危険性がある呪装を持たせる特攻兵、生かす必要のない兵站輸送兵、本丸を誤魔化すための囮役、限定的な魔法だけ覚えさせた雑用係。他にも単純な労働力や慰安役に使えるんじゃないかってな」


「慰安役? 使えるんすか……?」


「理論上はな。けど俺ぁゴメンだね。人の形してても魔力式の集合体だぜ? それ知ってたら虚しさの方が勝つだろ……」


「ははっ、そうっすね!」


 部屋を見回しても得られる情報がなくなった。これ以上理解できそうなことは何もない。目の前で会話をしている男二人へと向き直る。

 若い男と目が合った。男が僅かにたじろぐ。


「うおう……こっち見た。馬鹿にされて怒ったとかじゃないっすよね?」


「偶然だ偶然。んな上等なモンは積んでねぇよ。意思を持った兵器なんてそれこそ欠陥品だろうが。反抗されねぇように調整されてるっつの」


「っすよねぇ」


「進化人類なんつーモンを作り出した馬鹿な国はそこら辺の調整が甘かった。自分らの作った作品に一斉離反されるなんて笑い話が生まれちまったのはそのせいよ」


「まぁ、その反省を活かして作られた侵略的仮想外来生物群繁殖環境敷設式なんてイカれた物には今も苦しめられてますけどね」


「それに対抗するための呪装がこれだろ。なぁ、Type:Guard」


 呼ばれたことを理解した。それが自分の型番(なまえ)なのだろう。頷きで返す。


「自覚があるようで何より。よーし、起動確認は上々だ。性能検証に移る! あの二体を用意しておけ! 魔空穿行輸送車(ワープカーゴ)を使う! 場所を変えるぞ!」


 痩身長駆の男の命令にその場の全員が従う。

 彼がこの場における責任者なのだろう。僕はそう理解した。


 責任者の言うことには従え。そういう知識がある。返す言葉も理解していた。言う。


「はい、分かりました」


 ▷


 責任者の指示に従って移動すること数分。

 長方形をした乗り物に乗り込み、ほんの数十秒後に出ろと促される。

 扉から出た先は屋外だった。一面が砂に覆われた黄金の地。それを砂漠というのだと理解していた。


「よーし、残る二体も降ろせ! 紐付けを終えたらType:Guardの性能確認、のちにルーティンタスクを消化する!」


 責任者の男の声掛けに了承の意を示した人たちが乗り物を操作して他の扉を開く。

 降りてきたのは二人の女性だった。砂の海に似た髪色と、空の色に似た瞳を持つ二人。

 目が合う。感覚で理解する。あの二人は――自分と似た存在なのだろう。


「よく見ておけ。あれがお前の――守るべき対象だ」


 責任者の男に促されて二人を見る。

 男が長い髪を腰まで伸ばしている一人を指差した。


「あれがType:Saint Clair。持たされた役割は破壊と治癒。前線の要になるべく調整された素体だ。ただまぁ、成長の途上でな。仰々しい型番だが……現状、名前負けもいいところだ」


 言い終わった男が隣のもう一人を指差す。


「んであっちがType:Reign Shell。先の素体があんまりにも脆いんで護衛用にっつって用意した素体だ。君臨せし外殻……近接戦を熟せるよう肉体強化に重きを置いた調整を施してあるが……こちらもまだ脆い。仮想生物に囲まれればあっさりと壊される」


 壊される、と、その男は言った。

 人に使うには不適切な言葉で――しかし僕はその言葉に疑問を抱かなかった。


「そこでお前の出番というわけだ」


 男が僕の肩に手を置く。


命令文(コマンド)を言い渡す。あの二人を守れ。お前にはその為の魔法が使えるよう調整してある」


「守る……」


「そうだ。あの二人は……そうだな、お前の姉みたいなもんだ。そいつらが壊れないようお前が補助をしろ。耐久を上げるも良し、俊敏性を強化するも良し、感覚を研ぎ澄まさせるも良し。方法は任せる。いちいち指示を下すのは効率に響くからな。最適を学んで粛々と行使しろ」


 守る。その言葉を聞いた時、何か視界が開けたような感覚がした。

 空気が喉を抜けていく。手足に力が充足していく。

 自分はその為にいるのだ。これが腑に落ちるという感覚なのだと思った。


「……よし、紐付け完了だ。総員、実験を開始する! 誘引剤の散布準備急げ! 仮想生物が寄ってきたら性能検証だ!」


「了解」


「Type:Guard、準備しろ。魔法の使い方は分かるな?」


「はい」


「やれ」


「はい」


 守れ。その命令に従い魔法を発動する。

 より強靭な肉体を。より洗練された感覚を。存在の格を押し上げる。それが僕の役割だ。


膂力透徹(パワークリア)】。出力を担う魔力式を補強する。

敏捷透徹(アジルクリア)】。動作を担う魔力式を補強する。

耐久透徹(バイタルクリア)】。組成を担う魔力式を――――


「んあ? おいおいおい、何してんだお前!」


 魔法を発動した瞬間、男が声を荒げて僕の肩を掴んだ。

 険しい表情。敵意にも似た響きを持った声の圧。責められているのだと理解したが、その理由が分からない。

 思わず力ない声が漏れる。


「……え?」


「え? じゃねぇよ馬鹿。自分に魔法を掛けてどうすんだ。戦闘用に調整されてねぇ素体を強化したって焼け石に水だっつの」


「……ですが、守れと」


「はぁ? チッ……そっからかよ。いいか? お前の役割は外付けの補助輪のようなもんだ」


 乱暴に言い放った男が再び二人を――僕の姉を指差す。


「お前はアレに魔法を掛けるんだよ。戦闘用に調整された素体に、な。アレの生存率を上げ、仮想生物をブチ殺す効率を確保し、構成式の最適化と学習を促す。お前はその為の補助をすればいい。分かりやすく言おう。それ以外はしなくていい。分かったな?」


 守る。その意味を履き違えていた。そう理解した。


 僕が守るんじゃない。僕はただあの二人に魔法を行使して生存率を上げた後――ただ見守っていればいいのだと。


「…………分かり、ました」


「ならやれ」


 促され、二人に近付き、魔法を発動する。

 僕の魔法を受けた二人は顔色一つ変えなかった。


「……よし。少々手違いがあったが軌道修正は完了した。では予定通り実験を開始する! 誘引剤散布始めろ! 防護用の呪装を持たない者は車内にて待機だ! 観察と検分は怠るな!」


「了解!」


 そこからは、本当に、ただ見守るだけだった。


 車体から散布された何かが仮想生物とやらを呼び寄せたのだろう。前方から砂塵とともに大量の何かが迫って来た。

 子どものような何か。蛇のような何か。岩のような何か。

 いずれも僕の知識にはない異形の生物であった。


 それらの前に姉二人が立つ。

 狂ったように手足を振り乱しながら迫る大群を幾つもの魔法が迎え撃った。


 閃光、炎、氷礫、岩塊。

 迫る異形は次から次へと駆逐され――しかし圧倒的な物量を全て消し去るには至らなかった。


 もう一人の姉が群れへと飛び込む。

 徒手空拳。振るった拳が、蹴りが、何かの冗談のように異形の身体を吹き飛ばす。


 その戦いは終始有利に進んでいた。進むと思われた。しかし形勢は不利に転じた。


 魔法の威力と連射性が落ち、異形を消し去る速度が落ちるにつれて戦線が押し込まれる。

 やがて二人は四方を異形に囲まれ――押し潰された。


「ふむ、だいぶ持ったな」


「やっぱり補助が効いてますね。この調子でいけばそれなりに早く物になるかと」


「よし、再生成だ」


「了解!」


 無感動のやり取りの後、一人の男が何かしらの装置を操作する。

 直後、光の粒が寄り集まって形を成し、姉二人が目の前に出現した。数十秒前に見た姿と何一つ変わらない状態。無機質な表情からは疲労や恐怖といった情を汲み取ることはできなかった。


「おい、なにボサッとしてる」


 男に背中を叩かれる。


「早く補助を掛けろ」


「…………はい」


 魔法を発動する。可能な限り生存率を上げられるよう最適を行使する。それが僕の役割だ。


 補助を受けた二人が間髪を入れずに異形の群れに向かう。僕はその後姿を、ただ見守った。


「殲滅効率は二倍近くか。この調子なら使い物になるまでそう時間はかからなさそうだな」


「そっすね。場所を変えて同じタスクを二、三年繰り返せば、計算上は仮想生物群の単騎制圧も可能になるかと」


「上出来だな。これだけの物を作りゃ軍上層部から小言を貰うこともないだろ。追加予算を引き出すのも視野に入る」


「いいっすねー。しっかし……これ、ほんとに量産しないんすか? これで一個小隊でも組めばうちの国一強になると思うんすけどね」


「お上が技術漏洩と鹵獲(ろかく)されるリスクなんかを秤にかけた結果だ。俺らが口を出すことじゃねぇよ。そも、お上は既に軍部以外の使い道の方にご執心なんでね」


「ああ……さっき言ってたやつっすね」


「悪趣味なこった」


 所在ない。手持ち無沙汰だ。

 姉二人が戦うところを遠くで眺めるだけ。その現状に、なにか胸に(わだかま)るものを感じた。問いかける。


「あの」


「あん? どうした」


「他に、なにかできることはないのでしょうか」


「ねぇよ」


 竹を割ったような物言いだった。


「さっきも言ったろ? お前はあいつらに補助を掛ければいい。それ以外はするな」


「…………分かり、ました」


 責任者の言うことには従え。そういう知識がある。だから僕は了承した。


 二人が異形を迎え撃ち、そして潰されていくのを見守る。そして補助を掛ける。その繰り返しだ。それが僕の役割なのだ。


「そういえば、なんすけど」


 軽佻浮薄そうな男が言う。


「先の二体が育ちきったらType:Guardはどうするんすか?」


「あ? んなもん決まってるだろ」


 責任者の男が言う。


「廃棄する。計画書にも書いてあっただろうが」


「えっ、そうでしたっけ……?」


「はぁ……さっきも言ったろ。鹵獲される可能性を排除するのは当然の処置だろうが。さてはお前……技術的な項目にしか目を通してねぇだろ」


「えっ? いやぁ……はは……」


「ったく……どうしてこう、特定の分野に突出したやつは頭が残念なことが多いのかね……」


「いや、いや、ほんと面目ねっすわ……」


 男二人の会話を聞き流しながら、僕はただ二人が戦う様を見守り続けた。


 次の日も。その次の日も。


 次第に胸の蟠りが強くなっていく。鬱屈としない閉塞感が常に付き纏って離れてくれない。

 何かをしたいという提案はすげなく却下された。僕の力は誰かを守る力じゃない。自分の代わりに誰かを死地へと向かわせる力だった。


 僕はそれを劣等感と呼ぶのだと知った。

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