茶番で終わらせるために
「僕は……僕も、いま何が起きてるか分からないけど! それでもこれだけは分かる! 勇者ガルドさんが、僕らの敵になるなんて、有り得ないッ!!」
ああ……思えば。俺は少し前のことを思い出していた。
こいつにゃちょいちょい計画を狂わされてるよなぁ。鑑定師イレブンになってボロ儲けしてた時もそうだった。クソすっとぼけた態度で俺の邪魔をしてくれやがって。あれには温厚な俺も苛々させられたぞ。
「僕は……僕の故郷は、勇者ガルドさんに救われたんだッ! 魔物の群れに襲われて、死ぬ寸前だった僕と、僕の友人はッ! 勇者ガルドさんに救われた!! あの人は勇者だ!! 国賊なんかじゃない!!」
イレブンが処刑されそうになった時もそうだ。
声高々に俺の悪行を暴露しやがって。俺が初めて首を飛ばされるきっかけを作ったのはお前と言っても過言じゃねぇぞ。
「溶岩竜が襲ってきた時だってそうだ!! 僕たちは、この街はっ、勇者ガルドさんがいなかったらとっくに死んでたんだッ!! あの人が、僕たちを傷付けるなんて……そんなこと、絶対にあるわけないッッ!!」
最初にパーティを組んだ時もだな。嵐鬼騒動……ありゃあ酷かった。
逃げろっつったのに戻ってきやがって。お前が尻尾巻いて逃げてりゃ何もかも上手くいってたんだぜ?
お前が馬鹿みたいな勇者願望を発揮したせいで俺は俺の正体を明かさなければならなくなった。姉上にも頼るハメになった。鉄級のエイトが無駄に注目を浴びたのはあの事件のせいだ。本当に、清々しいほどの馬鹿だよ。
「それに、僕は……僕たちは、前にも勇者ガルドさんに救われたんだ! 嵐鬼、騒動の時に……グッ、がぁッ……!」
過去を想起していた俺はふと我に返った。目を見開く。
まずい! 何やってやがるあの馬鹿……!! ふざけてんじゃねぇぞ!!
「ルゥゥゥゥゥゥゥク!!!」
俺は叫んだ。言葉を遮る。
予想外だ。予想外の馬鹿だぞあのチビ。あいつ、俺の無罪を主張するためだけに死のうとしやがった……!
【奉命】。認識を切っ掛けにした強制自壊式。口止めとして機能する魔法……俺はルークにその魔法を掛けている。
内容は『嵐鬼騒動における真相の他言禁止』だ。
その誓いを破ったとルーク自身が認識した時、やつは想像を絶する苦痛を味わった末に死ぬ。恐らく見せしめも兼ねた惨たらしさを昔の連中は求めたのだろう。俗悪で、しかし効果的な魔法だ。
これで縛り付けておけば絶対に他言しないと思っていた。油断したよ。まさかここまで突き抜けた馬鹿だとは思いもしなかったぞ、ルーク。
「っ、あ……ガルド、さん……でも……!!」
ルークが胸を抑えながら呻く。
危ないところだった。あと少しでも制止が遅れていたら……ルークはあっさりと死んでいただろう。喜劇の茶番がたちの悪い悲劇に変わるところだった。まったく笑えねぇ……。
よもや俺を守るために掛けた魔法が俺を追い詰めるとはな……。恨むぞ、チビめ。
「ルーク、来い」
「っ、え……?」
「そんなに俺を信じているなら、登って来い。一人でな」
「っ、はい!」
自分が頼られてるとでも感じたのだろうか。ルークは場に似つかわしくない笑顔を浮かべて断頭台まで歩みを進めた。
人混みをかき分け、制止の声を無視し、引き留めようとする手を強引に振り払い。
広場の中央。街に害をもたらすものを見せしめとして処刑するための断頭台。目立つように組み上げられた足場は広場を一望できる高さがある。
無警戒に断頭台へと登ってきたルークが笑顔を浮かべた。その顔には一切の曇りがない。
「僕は分かってますよ、ガルドさん。ガルドさんには、何か狙いがあるんですよね?」
真っ直ぐなやつだ。呆れるほどに真っ直ぐで、故にそういうことを指摘されるのが一番困るのだという発想に至らない。そう思うなら黙っててくれや、マジで。
俺はルークの頭に手を添えた。優しい声色を作る。
「ルーク。お前は俺を信じてくれるんだな?」
「っ! はい! 僕はガルドさんのことを、信じています!」
「この先、何があってもそれは変わらないか?」
「当然じゃないですか! ギルドマスターがあなたを国賊だと非難しても、僕は絶対にガルドさんを疑いません!」
そりゃ盲信だぜ。一体何がそうさせるのやら。行き過ぎててむしろ引くわ。
しかしお誂え向きだ。ならばその純粋さを利用させてもらおう。
「その言葉を聞きたかった。それじゃあ……やるとしようかね。【寸遡】」
「え……ぁ?」
【寸遡】。直前直後の記憶を飛ばす魔法だ。
知られたくない秘密を即座に消したい場合に有用。また、一瞬とはいえ意識が飛ぶので掛けられた相手は無防備な姿を晒す。
ルークが身体を弛緩させる。やるなら今。
鍛えたと言えど未だ未熟な肉体。筋が締まっていない腹部に向けて――俺は拳を叩き込んだ。
「かッ……は……ッ!」
拳が腹に沈み込む。完全に不意を打った一打。意識を刈り取るには十分だ。
ルークが腹を抑えて膝を折る。【膂力透徹】発動。俺はルークを蹴り飛ばした。
断頭台からルークが吹き飛ぶ。錐揉みしながら血を撒き散らしたルークは民衆の頭上を滑り、広場の片隅に立っていた屋台へと突っ込んだ。
誰もが言葉を失っている。しんと静まり返った広場に屋台の崩落音が鳴り響く。
一瞬の沈黙。直後、ニュイの発した金切り声が広場を揺るがした。
「ルーク!? ルークぅぅぅっ!!」
黒ローブが声を震わせて続く。
「あんたは……ッ! あんたは! さっきから何してんのよ!? ふざけるなッ!!」
集まった民衆が騒ぐ。
「あの野郎……! マジでやりやがったぞ!?」
「救護班を呼べッ!!」
「あのクズをひっ捕らえろーッ!!」
【響音】発動。俺も叫んだ。
「くくっ……! まったく哀れなクソガキだなぁ! ええ、オイ!? 事ここに至ってなお現実を理解できてねぇんだからよォ!!」
煽れ。再び火を付けろ。ルークがぶっかけた冷水を油へと変えて。
「救った。救ったさ! 国を欺くためには恭順を演じる必要があったんでなぁ! それを……くフッ! ふははっ!! 信じているなどと、笑わせてくれる!」
呵々大笑。この街のやつらが重んじる義を踏み躙る。
「分からねぇなら教えてやる!! テメェらは家畜なんだよ!! 柵で囲んでもらって、エサを与えてもらって、ああ飼い主は優しいなぁって勘違いしてる畜生さ!! はなっから食われるために生かされてるって事実に気付かねぇ哀れな動物! その末路が、そこでゴミみてぇに埋もれてるクソガキの姿さ!!」
敵意が殺意へと昇り詰める。街の各所から悪罵の合唱が巻き起こる。
ああ、懐かしい。久しく聞いていなかった処刑時のあの感覚だ。街が一体となって許し難き悪を弾劾するこの光景。いっそ感動すら覚えるね。
俺は笑った。肩を竦めて言い放つ。
「まあ、崇拝されるってのも悪い感覚じゃなかったぞ? 愚劣な家畜でも俺の自尊心を少しばかりは満たしてくれた。ありがとうな、エンデの諸君。存外楽しめたよ、戯れの救世主ごっこは」
興奮が最高潮に達した。【響音】を掛けた俺の声ですら通らないほどの大熱狂が広場を支配する。
獣の如き咆哮。絶え間ない罵倒。無秩序に吹き荒れるそれらに指向性を与えたのはルーブスの号令であった。
「あの国賊を捕らえろォォ!!」
堰を切る。そう表現するに相応しい人の濁流が押し寄せた。
市民も冒険者も関係ない。居合わせた全ての人間が、ただ己の信念に従って俺を捕縛するために殺到する。
力なき者は断頭台を登ろうとし。
力持つ者は武器を掲げた跳躍で迫り。
魔法の才を持つ者はけして逃さじと狙いを定め。
俺は――その全ての叛意を掌握する。
【心煩】。各々が抱く叛意に狙いを定める。
【奉命】。人の認識に作用する式を抜粋、転用。
【風殺】。地へと引かれる力を操作――増幅。
併せて三つ。練り上げる。
叛意を許さぬ王の法。独裁を肯定する呪装の名は『逆徒への誅罰』。その模倣式。唱える。
「【叩首】」
ズン、と。見えざる巨人が掌を落としたかのように。
二足で立っていた者は膝を付き。
断頭台を登っていた者は転がり落ち。
跳躍していたものは羽根をもがれた虫のように倒れ伏す。
それはまるで一人の愚王を讃えるかのように。
気炎を吐いていた口からは苦悶が漏れ出で、得物を掴む手は地に張り付く。揃って頭を垂れる様は臣下の礼を彷彿とさせた。
「ぐ……うぅ……なんだ、これ、は……!」
「身体が、動か、ねェ……!」
「うぉ……ォォ!」
様相一変。
公開処刑さながらの大騒ぎは一瞬で鎮火し、残るのは一人立つ俺に対し恭順を示す民衆の姿であった。
俺は断頭台に腰掛けた。忌々しげに足を組む。
「ふぅ……チッ、手間取らせやがって」
思わず本音がまろび出る。
本当はもっとスマートにやる筈だったんだがな。ルークのせいで拗れたぜ。
ともあれ、よし。この光景を見りゃ俺が本物の勇者ガルドであることを疑う者はいないだろう。仕込みは完了した。時間稼ぎも上々。
残るは最後の仕上げのみ。さあ、大詰めどんでん返しの始まりだ!
「あー、めんどくせぇ。おう、お前ら、俺が何でお前らのことを煽ったのか分かるか? この魔法を発動させるためだよ。馬鹿でも分かるように言い換えよう。全て俺の術中よ」
「勇者、ガルド……!」
「さっきも言ったが……俺は姉上らと違って大規模破壊は苦手でね。だからこうした。敵意と殺意に対するカウンター。これなら……お前らを纏めて処理することが適う」
「…………!」
「協力ご苦労。それじゃあ……悪いな。俺の為に死んでくれ」
俺は指を打ち鳴らした。小粋な演出というやつだ。
地へと押さえつける力が強まる。悪罵の大合唱は既に消え、民衆は苦悶の声を奏でる悪趣味な楽器のようになっていた。
俺の茶番は観客参加型なのである。臨場感たっぷりだな?
「ふぅ……これで、終わりか」
空を眺めながら独りごちる。
俺は完全に油断していた。故に付け入られた。民衆の中から飛び出した一つの影が音もなく断頭台へと降り立ち、そして俺を羽交い締めにする。
俺は叫んだ。
「なにィッ! 何だと!? 貴様、誰だ!! なぜ動ける!?」
俺は正体不明の男――まあ、クロードなのだが――に問い掛けた。虚を衝かれた演技をしながら振り払おうと試みる。
「なんだ、こいつ……! 貴様! 何をしたァー! ぐおおおっ! 力が、抜けるゥー! 呪装か!? 貴様、妙な呪装を使ったなー!?」
俺はへなへなと脱力しつつ叫んだ。
しかし。そう宣言してくつくつと笑う。
「今さら抵抗しても無駄なことよ! この広場のやつらはもう助からんさ! くははっ! 一足遅かったな! 己の無力を嘆くといい!」
這い蹲る観客を置き去りにして茶番は進む。高笑いする俺の声を遮ったのは、凛と透き通った猫かぶり声だった。
「そうはさせませんわ! 貴方は私が裁きます! 国賊に堕ちた元勇者、ガルド!」
冒険者ギルドの屋根上。後光を背負った人影が高らかに宣言する。
風でなびく修道服は癒やし手の証。哀切の表情を見せたのは一瞬。決意の意思を瞳に宿したオリビアが俺を見下し、そして裁きの剣の切っ先を突き付けた。
俺は叫んだ。
「なにィー! 『聖女』オリビア!? 殺したはずでは……!」
「残念でしたね。私は……街を守る使命を帯びた『聖女』である私は、悪の凶刃なんかには決して倒れません!」
「なんだと……っ! クソがッ! 離せ貴様! やめろォォォー!」
観客を置き去りにして三文芝居は続く。
頭を上げるのがやっとな連中は何が起きているのか把握できていないだろう。それでいい。『聖女』が生きていたという事実さえ伝わればいいのよ。
三流楽座が己らの猿芝居を慰めるために使う言葉がある。
『終わり良ければ全て良し』。これはそういう茶番なのである。
「下されし天命に従い……私は悪を挫く刃となりましょう。堕ちた英雄ガルド。女神様の命により、貴方を天へと還しましょう!」
「ふ、ふざけるなァー! やめろォー! その剣はっ! その剣で刺されたら俺は本当に死んでしまうッ!」
「僭越ながら……天に変わって誅を下します! お覚悟を!」
「離せ! 俺は勇者だぞッ! こんな不敬が罷り通ると思っているのか!? クソがっ! クソがーッ! や……やめろォォォー!!」
オリビアが飛んだ。さすがは金級。ギルドの屋根から断頭台まで跳躍すること程度なら造作もないらしい。
束の間の感心。
オリビアが落ちてくる。短剣を――勇者殺しの剣の切っ先を、寸分違わず、俺へと突き立てるように。
――――さて。茶番はこれにて終幕。
このままだと、俺は本当に消えてなくなっちまう。
あの剣は本物だ。偽物なんて用意している時間がなかったからな。これは――致し方なかった手だ。間者を騙すにはこうする他なかった。
ああ、『俺』はここで死ぬ。
死を覚悟した刹那、オリビアと目が合った。本当に大丈夫なのか。そう問い質すように瞳が震えている。
俺は笑った。
やれるさ。今までやって来たんだ。それにクロードもいる。やれない理由がない。
勇者ガルドを再構築する。
呪装とは、記憶を魔力の根源に宿す物。ひとたび壊れて世界に散ろうとも、記憶の全てが巡り合った時、再び現世へと形を為す。
勇者だって仕組みは同じさ。女神像には勇者の記憶を選別して再生する式が刻まれている。だから勇者は蘇る周期が異常に早い。つまるところ、構造自体は何も変わらない。
記憶ごと消滅させる裁きの剣で貫かれるその前に――全ての記憶を複製する。後は解き放つだけだ。再び記憶が巡り合ったその時……勇者ガルドは再生を果たす。
俺は意思を飛ばした。
合わせろクロード! 茶番を茶番で終わらせるために、こんなところでくたばるわけにゃいかねぇだろッ!
【追憶】発動!
漁れ、漁れ、漁り尽くせ!
その記憶の全てが勇者ガルドだ!
劣等感も、負い目も、抱いた希望も、味わった挫折も、舐めた土の味も、クソみてぇな絶望も! 全部!
【共鏡】発動!
暴け、暴け、暴き尽くせ!
俺という存在を暴いて、搾りカスになるまで抽出しろ!
記憶も、意思も、俺が得た全ては俺のモノだ! 他の誰にも侵させやしねぇ!
【隔離庫】発動!
刻め、刻め、世界に刻め!
拾い上げるのは魔王に任せろ!
暴いた記憶のすべてを呪装と化してぶち撒けろ!
ああ、そうか。これが呪装の構成式。
死に際で理解した。
昔の人間による狂気の研究の果てに編み出された元凶、その一端。呪装を作る魔法。補助魔法は――魔力の根源に作用する力だ。ならば使える。唱える。
【刻憶】。
裁きの剣が胸を貫く。『俺』は死んだ。
今章分を書き上げたので明日の0時にラスト8話分を投稿します。
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