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演目『偽の勇者と裁きの聖女』

 たとえば、今の俺が一切の手段を選ばなかったら――エンデを壊滅させることは容易いだろう。

 問題はその事実をどう誤魔化しながら事を運ぶかだった。


「あいつが……勇者ガルドが『聖女』を殺しただと!? どういうことだよ!」

「でも、あいつは……あの件の時に俺たちを……」

「そもそも勇者って誰だよ!」

「ギルドマスターは名を騙る国賊って言ってたぞ! あいつは偽モンじゃねぇのか!?」

「あの野郎、いま俺たちを殺すって……!」


 反応は様々だ。

 ギルドマスターの言を信じ込み、『聖女』の仇を取れと声高に叫ぶ者。

 溶岩竜騒動の現場に居合わせたのか、俺を捕らえろという命令に葛藤を抱く者。

 三度あった勇者ガルドの来訪をすべて知らなかったのか、すっとぼけた発言で場をかき乱す者。

 動くより先に考え、状況を咀嚼しようと努める者。

 俺の『女神の御許へ送る』発言を受けていきり立つ者。


 上々だ。初動としては悪くない。

 もしもこいつらがギルドマスターの言葉に従って一斉に襲い掛かってきたら打つ手を絞らなければならなかった。


 拮抗状態が生まれてくれたおかげで事を急く必要がなくなる。この騒ぎが街全体に波及するまでの時間を稼ぐことができる。


 俺は広げた両手を挑発的に揺らしながらゆっくりと周囲を睥睨した。口角を吊り上げて言う。


「どうした! 威勢だけはいいようだが……誰もかかって来ないのか!? ククッ……ギルドマスター渾身の号令を聞いてこの体たらくとは、底が知れるな! 冒険者と言えど、この程度かっ!」


 いま、この場で怒号を上げているのは暴力とは無縁の市民どもだろう。俺のことなどよく知らない連中は『聖女』殺害の報を聞いて頭に血が上っている。故に俺をひっ捕らえろと叫ぶのだ。


 叫んでいるやつらが直接殴り込んでこないのは冒険者に気を遣っているからだろうな。

 ろくに身体を鍛えていない連中が出しゃばっても邪魔にしかならない。その自覚があるから、怒りを露わにすれど、軽率な行動をせず事態の推移を待っている。街を守っている冒険者どもを信頼しているが故に。


 だが冒険者どもは俺のことを知っている。溶岩竜騒動での一部始終はそう簡単に忘れられるものではないはずだ。

 勇者ガルドを――街の救世主を殺すから捕らえろと命令されても即座に動ける者はいなかった。


 いかなる事態であろうとも躊躇いなく行動を起こせる『遍在』と『柱石』を抑えてあるのも大きい。

 真っ先に飛び出していく切り込み隊長の不在。そのせいで機を逸しているやつも多そうだ。


 極めつけは広場に押し掛けた人の波である。

 これだけの人がひしめき合っている中で魔法でもぶっ放したら死人が出かねない。武器を振り回すのも同様だ。ルーブスが呪装の力を満足に振るえない理由にもなる。


 あらゆる要因が一体となり、結果として誰も動けない。俺が独り舞台を回すには格好の状況だった。


「興醒めも甚だしいぞ。砂を噛むような思いだ。いとも簡単に無力化される金級といい……まるで歯応えがない。よもやここまで腑抜けているとはな。まぁ――」


 俺は冒険者ギルドの前でこちらを睨み付けるルーブスに向き直った。軽く鼻を鳴らす。


「孤高の狼を気取っておきながら、裏では国に尻尾を振るう子犬が頭を張っている街じゃ……それも致し方なしか?」


 ギルドマスター室で交わされた会話の内容を知る者はたった六人しかいない。俺の発言がどういう意味を持つのか理解できるやつは限られている。

 故に声を上げたのはルーブスとともにギルドから飛び出してきた黒ローブだった。


「さっきから、アンタは何を言ってんのよッ!!」


 ヒステリックな高音が人の波を割って耳へと届く。


「もう、何がなんだか……私には分からないッ!! あんたが国に狙われてるとかっ! 私たちが国に味方してるとかっ! そもそも、あんたがこの街を滅ぼすとかッ!! 一体、何なのよ!? ちゃんと説明してよッ!!」


 その悲痛な叫びはわけも分からず騒動の渦中に放り込まれた街のやつらの内心を代弁するかのようだった。


「あんたは……なんでオリビアさんを殺したの!? 私たちはあんたに……勇者ガルドに協力するって話をしてたのに……ッ! そもそもあんたは……あんたが、勇者なんて……何がどうなってるの……私には、もう、何も分からない……」


 いやぁ、こりゃ何もかもが終わった後にすげぇどやされそうだな……。絶対にめんどくせぇことになるぞ……。


 俺はそんなことを思いながら目を閉じた。人を小馬鹿にする笑みを浮かべて喉を鳴らす。


「くくっ……笑わせる。ギルドが俺に協力するだと!? 端からそんな気は無かったくせによく言う!」


「なにを……! 私たちは、勇者ガルドを信用してたから、あんたを呼んで、それでっ」


「信用!? 笑止千万ッ! そこの犬は……元より俺を騙し討ちするつもりだったみたいだぞ?」


 俺はメイの隣に立つルーブスを指差した。

 ルーブスは最初の号令以降口を開くことなく俺を睨み付けていた。出方を伺っているのだろう。老骨にゃ即興演技は難しかったのかね?


 とはいえ俺一人で舞台を回すのにも限度がある。文字通りの意味で役に立ってもらわなくては。街の存亡をかけた茶番劇だぜ。気合い入れろよ。


「……さて、何のことやら。我々は勇者ガルド殿に恭順を示したはず」


「そうよ! なのにあんたがいきなり……責任を持って、街を滅ぼすとか言い出して……ッ!」


 広場に集まったやつらが次第に口を噤む。それは開幕の喝采を終えた聴衆が劇に没頭していくかのようだった。


 突如もたらされた『聖女』殺害の報。

 下手人と主要人物しか知らぬ真相の開示。

 理解する間も与えぬ急展開の示唆。


 ひでぇ台本だぜ。三文芝居にも程がある。こんな独り善がりな脚本で満足するのは娯楽に飢えたエンデの連中くらいなもんだ。


 なれど幕が開いた以上は踊る他なし。

 俺は指でこつこつと頭をつついた。


「おいおいおいッ! すっとぼけんのも大概にしろやルーブスさんよォ! 俺がッ! この勇者ガルド様がどういう権能を司ってるか知らねぇわけじゃねェだろぉ!!」


「…………」


「補助魔法。てめぇの腹心にもいるだろ? 便利な魔法を使えるやつがよぉ。【六感透徹(センスクリア)】。俺に嘘は通じねぇ。お前、俺に従うフリして俺のことを殺そうとしただろ? 隙を伺う視線でバレバレだったってんだよぉ!!」


「っ……! うそっ! そんなこと、ないですよね……ギルドマスター……?」


 よもや命の恩人を(たばか)って亡き者にしようとしたのか。

 そんな黒ローブの視線を受けたルーブスが沈黙を貫く。


「……どうして、何も言わないんですか……?」


「そもそも」


 ルーブスは露骨に話を逸らした。


「勇者ガルド殿……いやさ国賊ガルドよ。そもそも貴様が神殺しなどという……世の平穏を脅かす蛮行を企てていたのが事の発端であろう。国に尻尾を振る? 馬鹿馬鹿しい。私は、ただ私の信念に従って貴様を誅することを決めたのだ。王命も神命も関係ない。そこは履き違えないでもらおうか」


 ちょっとちょっと! それはよくないぞギルドマスター殿!

 俺は意思を飛ばした。


 公衆の面前で王命否定はダメだって!

 自我を出すの禁止!

 今は演技でもいいから国に尻尾を振っとけっての!

 姉上を派遣されても知らねぇぞ!


 ルーブスはゴホンと咳払いして仕切り直した。


「そして、しかし……この王命に全き正当性があるのは事実。国に混沌をもたらさんとする賊の征伐は、すなわち自助努力を掲げるエンデにとっても本懐。我々は行使しうる全ての手段を用いて貴様を断罪することに決めた。それだけの話だ」


 ルーブスは国に媚びを売りつつ軌道を修正した。よしよし。それでいいんだよ。


 ほっとする俺を余所に黒ローブが吠える。


「そんなッ! でも、あいつは……命の恩人で……ッ!」


「なればこそだ」


 ようやく温まってきたのか、立て板に水とばかりにルーブスが続ける。


「恩人だから無条件で協力する? それではただの思考停止だ。恩人なればこそ……道を外れんとするのを咎めるのだ。それが人の在り様というものではないかね」


「でもッ!」


「それに! やつは既にオリビアを――エンデを支え続けた『聖女』を手に掛けたッ! 常に戦場に立ち続けッ! 傷付き病める者に手を差し伸べッ! 滅私奉公……誰よりも崇高で在り続けた『聖女』を殺したのだッ! その事実を何とする!?」


「それは……でも、あいつは……なんであんなこと……」


「言っていただろう。やつはこの街を……滅ぼすつもりなのだと」


 ルーブスが『空縫い』の切っ先を俺へと向けた。

 場の注目が移る。俺は立ち位置を細かく変えつつ身振り手振りを添えて声を張った。


「お察しの通りさ。あいにくと、俺はあの馬鹿姉二人とは違って大規模な破壊は苦手でね。回復魔法で抵抗されても面倒なんで先に処理させてもらったよ。この場に金級が駆け付けてこないのも同じ理由さ。あの二人は既に俺が無力化した。残るは……くく……取るに足らねぇ烏合の衆って寸法よ!」


「あいつ……!」

「本当に……やりやがったのか……!」

「信じて、たのによぉ……」


 熱を感じる。怒りの熱だ。

 前触れもなく発生した事件に流されるままだった聴衆が、事の次第を把握することで場の空気を演出するための一員となる。それはまさしく劇のようだった。


 さてギルドマスター殿の演説も終盤と見える。語気は揚々。声高らかに勇者ガルドが悪者であると宣言していらっしゃるよ。懸河の弁とはこのことかと感心するね。


「そも、やつは数年も前から我らを欺きこの街に潜伏していたのだ! やつは勇者の二人が訪れぬこの地を隠れ蓑にしてッ! 国に反旗を翻す手筈を整えていたッ! これを見破れなかったのは我らの落ち度である! かの国賊を捕らえ! 裁きの剣で刺し穿つことでッ! 積年の屈辱を雪ぎ、『聖女』オリビアへの手向けとするのだッ!!」


 ルーブスが寄る年波を感じさせない大声で広場の人間を焚き付ける。

 ここだな。【隔離庫(インベントリ)】発動。俺は衣服を切り替えた。


「欺いてた? 人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ。愚鈍なテメェらが今の今まで気付かなかっただけじゃねぇか!」


偽面(フェイクライフ)】発動。顔を鉄級のエイトへと切り替える。


「まぁ……ちと俺の演技が上手かっただけかもしれんがね」


偽面(フェイクライフ)】は珍しい魔法だ。使い手が滅多に現れず、かつ後ろ暗いことに使えてしまうため自己申告するやつがいない。必然、その魔法を目にする機会は少なくなる。


 だがエンデには『遍在』がいる。集まったやつらは今起きた現象の意味を正しく理解していた。見入っていた誰かが呟く。


「あいつは……鉄錆じゃねぇか……!」

「嘘だろ……? あの草むしり野郎が……勇者ガルド、だと?」

「あの顔、行きつけの酒場で見たことがあるぞ!」


 誰もが鉄級のエイトのことを知っているわけではない。しかしギルドに所属しているやつはエイトの存在を知っている。必要なのはそれだ。

 俺がこの街に潜伏していたという事実さえあればいい。それだけでルーブスの言葉の説得力が増す。今の俺は国家転覆を企む大悪党なのだから。


「遅ぇ遅ぇ。今頃になってようやく気付いても……もう何もかも手遅れなんだよ馬鹿どもがッ! そこの犬が言った通りさ。俺はこの街を隠れ蓑として利用させてもらってたんだよォ……!」


 イメージするのは詩劇に出てくる露悪的な悪役だ。観客の嫌悪を煽り、最終的に倒されることで安いカタルシスを与えるだけの舞台装置。それを目指す。


「そうとも知らず馬鹿な冒険者連中は……くく……俺を相手にくだらん理想を説き、事あるごとにやれ働けと野次を飛ばして……くくっ! くははっ! 内心滑稽でしょうがなかったぞ! 勇者である俺の足下にも及ばねぇ雑魚どもが粋がってる様を眺めるのはよぉ!」


 俺たちの言葉を聞くために黙っていた連中が再び熱を取り戻す。

 紡ぐ言葉が薪となる。一言一句を吐き出すたびに勢いが強まり批難と悪罵の火花が飛ぶ。煽れ、煽れ、煽れ!


「まぁ、この街はそれなりに役に立ってくれた。それは事実だ。だがな、もう用済みなんだよ! 利益が害を上回った! ゆえに! 俺が――責任をもって潰してやる! そういうことだッ!」


 負の感情の高まりを感じる。怒りの熱が肌を撫でていく。誰もが熱に浮かされている。

 上々だ。既に騒ぎは街の末端まで届いているだろう。これだけの騒ぎを見逃したなんて言わせねぇぞ、宰相子飼いの間者さんよ。


 俺は顔と装いを勇者ガルドのものへと戻した。外套を翻す。


「さて、俺からは以上だ。ご清聴もできねぇエンデの猿ども! 死にてぇやつから掛かってこい! まとめて捻り潰してやるからよぉ!」


 細工は流々。あとは仕上げの一手を打つのみ。

 俺が本物の勇者ガルドであることを証明するには……この場にいる全員を無力化し、生殺与奪の権を弄んでやるのが手っ取り早い。埒外の魔法を操ることこそ勇者の権能。それを見せ付けるのだ。


 今ならやれる。

 反逆を恐れた臆病な王、その手に在るは叛意を許さぬ誅罰の枷。

 呪装の力は再現できる。全ての源が魔力であるならば――今の俺に再現できない道理はねぇ。


 俺は新魔法を発動――


「待って下さい!!!」


 ――しようとして、馬鹿みたいな大声に出鼻を挫かれた。


「みんな、待って下さい!! その人が……勇者ガルドさんが、そんなことをするはずがない!! きっと、みんな、誰かに騙されてるんだッ!!」


 おいおい……参ったな。俺は内心でため息を吐いた。


 ルーク……あのチビめ。その飛び入り参加は台本にねぇぞ。

 齢二十にも満たないチビの渾身の叫びに観衆が我を取り戻す。……クソが。せっかく舞台がスムーズに運んでたってのに場の熱を冷ましやがった。


 完全に機を逸した。これじゃ魔法は不発に終わる。流れを変えるのも骨が折れそうだ。チッ……どうしたもんかね、こりゃ。

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― 新着の感想 ―
まあ紆余曲折あるのがガル君だしゴタゴタぐたぐたするのもガル君だし
びっくりするほど上手くいかない即興劇!
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