信頼の証
「鉄級のエイト。君も既に把握しているだろうが……我々は君が勇者ガルド殿に連なる間者であることを知っている」
ああ、まずいなこりゃ。先手を打たれた。宰相め……裏で手を回しているとは思っていたが、まさかこいつらを使うとはな。
本当に抜け目がない。性格も悪い。相手がされたくないと思っていることを何の躊躇いもなくやってくるタイプだ。
それに……『裁きの剣』ね。
ほぼ確実に勇者を殺すための武器だな。王城の、俺ですら知らない秘所に秘匿されていたであろう秘中の秘。
消滅の針のような失敗作とは異なる、正真正銘の対勇者手段。ありとあらゆる保険で縛り付けた勇者が、それでも暴走した時に用いる窮余の一策。
宰相め、やっぱり俺を殺すつもりだったか。
つくづく優秀だよ。国を平穏に保つにはそれが最適だ。もはや再現不可能となった強力無比な兵器の一つを破棄する。その判断を、他の誰ならできるというのか。
「君の処遇については、我々も測りかねている。何しろ前例が無いうえに、君が何をしたのか判然としていないのだ。……裏で手を回して我々を助けていたのか、それとも我々にとり不都合な情報を横流ししているのか。功罪の程が不明で、かつ知る術もない。本来であれば、あらん限りの手管を用いてその腹を探らなければならぬのだが――」
そこで一拍置いたルーブスがはっきりと言い切る。
「今は、全て捨て置く」
「…………なるほど」
まあ、この状況で間者一人にかかずらってる余裕は無いわな。なにせ勇者ガルドを殺せ、なんつう王命が下されてるんだからよ。大事の前の小事ってわけだ。
「その上で聞く。鉄級のエイト。君は、今すぐここに勇者ガルド殿を呼ぶことはできるか?」
できねぇよ。なんせもう居るからな。いや、できるといえばできるのか。どうでもいいか。
……さて、だいぶ厳しくなってきたな。俺は悩むフリをして両目を閉じた。
どうするか。
手っ取り早いのは俺が今ここで自害することだ。勇者ガルドのことは裏切れないとか何とか言って腹を切ればそれっぽく誤魔化せるだろう。
ただ……向こうもそのくらいは予測している。そのためのオリビアだ。回復魔法を高いレベルで扱えるあいつが呼ばれたのは俺の自害を阻止するためと考えれば辻褄が合う。
やつに回復魔法をかけるなと頼むのもありだが……後処理が面倒だ。確実にオリビアへとしわ寄せがいく。
やつはギルドの内通者にして俺の情報源だ。監視をつけられるような真似は避けたい。
嘘八百で煙に巻こうにも【六感透徹】持ちのノーマンが目を光らせている以上、下手な嘘は通じない。どころか相手に情報を与えることになる。本当に、敵に回すと厄介な魔法だ。
逃げるか。無理だな。『遍在』を振り切るにはエクスが要る。それをエイトが使うのはどう考えてもおかしい。普通に正体がバレる。
力尽くで解決するにしても同様だ。エクスなくしてアウグストは処理できまい。
なにより、ここから逃走したところで事態が好転しないのが厄介だ。姑息な手段をとっても意味がない。宰相が仕掛けてきたこの密謀を、真正面から打ち破らないことには未来がない。俺も、そしてこの街も。
クロードに勇者ガルドの格好をさせて呼び出すか。肉体を持つあいつならば対勇者の武器であろうと消滅させることはできない。
だが、それはそれとして凶器で刺されたら人は死ぬ。……あいつをこの場に呼ぶのはナシだ。不確定要素が多すぎる。
どうする。どう切り抜ける。
この街にいる全員を欺き、そして穏便に脱出する方法を探らなければ。
「あの、宜しいでしょうか」
沈黙の時間は十秒ほどだっただろうか。
オリビアが楚々とした仕種で手を挙げた。猫をかぶったか細い声音で言う。
「そろそろ……私にも事情を説明していただけませんでしょうか。今も戦場では私の助けを必要としている方がいらっしゃるでしょう。此度の会合は、彼らの義勇に報いる職務よりも優先する意義があるのでしょうか?」
蚊帳の外に置かれた状況に痺れを切らしたのか、オリビアがルーブスへと問い掛けた。
問われたルーブスは眉一つ動かさない。極めて冷静だ。あるいはそう見せかけるのが上手いだけなのか。
普段通りの落ち着いた声で返す。
「国から命令が下った。女神に弓引く勇者ガルドを断罪せよ、だそうだ。ご丁寧に女神様謹製の剣まで同封されていたよ。これがその中身だ」
ルーブスが机の上に木箱を置いた。中には刃の先が枝分かれした妙な形の短剣が置かれている。
……ああ、嫌な予感がする。背を伝う悪寒は本能が警鐘を鳴らしているが故か。
間違いない。あれは本物だ。あれで刺された時、俺は紛うことなき死を迎えるだろう。そういう確信があった。
俺の動揺を知ってか知らずか、オリビアがわざとらしく口を覆った。
「まあ……そんな事情が……! それで、勇者ガルド様の遣い? である鉄級のエイトさんを招集したと……」
「ああ。オリビア、君を呼んだのは万が一のためだ。金級の身である以上、大事には備えてもらう必要がある」
「そういう……ことでしたか。信じられませんね……国が、そんなことを私たちに命じるだなんて……」
オリビア以外の全員は既に事情を把握していたのか、ルーブスの言葉を聞いても動揺を表に出さなかった。
消沈の演技をしたオリビアが悲壮な声を出して俯く。長い睫毛をふるふると震わせながら視線を彷徨わせ、そして最後に俺を見てから露骨に瞬きを繰り返す。分かりやすい合図だ。
俺は意思を飛ばした。
(あんだよ)
(いや手紙の内容を読んだならすぐに共有しろよ。エイトが追われてるっつー情報を提供してやった私に対する当然のお返しだろ?)
(先に教えてたらわざとらしい反応しかできなくなるだろ。【六感透徹】対策だ。察しろ)
(そういうこと。チッ……見くびるんじゃねぇよ。あいつの勘くらい欺いてみせるっつの)
本当にしたたかなやつだ。こいつを聖女だなんて称えてるのはどこのどいつらだよ。趣味悪いぜ。
ほとほと感心していると声が掛けられた。
「それで、鉄級のエイト。答えを聞いてもいいかな?」
「……ああ、そう、そうだな……」
俺は言葉を濁した。悩んでいるフリを継続する。
どうするか。その思いが伝わったのか、オリビアから暢気な意思が送られてくる。
(あ? 何をそんなに頭を捻ってるんだアンタ)
思わず漏れそうになる舌打ちを抑え込んで意思を返す。
(状況が分からねぇのかよ。割と詰みかけてるぞこれ……。一手仕損じれば、マジで死にかねねぇ。あの武器、おそらく呪装だが、ありゃ本物だ。あれで刺されたらマジで死ぬ。なんとなくだが、分かるんだよ。いやまぁ、いざとなればエクスを使えばいいだけなんだが……それでも、冒険者のやつらが仕損じれば――)
意思のやりとりは融通が利かない。
俺の考えを知ったオリビアは、続く俺の意思を遮るほどに強い呆れの念を飛ばしてきた。
(アンタさ、肝心なところで結構抜けてるよな?)
(……なに? どういうことだ)
聞けば答えが返ってくる。口に戸を立てられても、頭の中となるとそうはいかない。共鳴の式はあらゆる欺瞞を許さない。
オリビアの抱く純然たる意思が返ってくる。
(アタシらがさー、勇者ガルドを殺そうとするわけねェだろ)
…………。…………?
(何を言っている。王命だぞ。いくらエンデが辺境の地とはいえ、その意味が分からねぇほど馬鹿じゃねぇだろ)
王命の不履行は即ち国家反逆である。
そう頻繁に発令されるものではない。だが、ひとたび発令されれば絶大な拘束力を発揮する。逆らうなど、そもそも選択肢に入らない。入れてはならない。そういうものだ。
(はぁ。アンタさ、わりと自分のことには無頓着だよな)
(どういうことだ。なぜお前は……俺が殺されないと確信している?)
(いいからギルドマスターに聞いてみろって。勇者ガルドを呼んで、どうするつもりなのかってよ)
俺は【伝心】を切った。
【六感透徹】発動。ほんの少しの虚偽も見逃さぬよう極限まで神経を尖らせる。
聞いてみろだと? ならば問いただそう。
「一応聞いておきたいんスけど、俺が勇者ガルドさんを呼んで、あの人がここに顔を出したら……どうするつもりっスか?」
ルーブスは間髪入れずに答えた。
「此度の件を共有し、国に対して方策を講じる」
堂々たる国家反逆宣言であった。
声の抑揚、呼吸の取り方、視線の動き、姿勢のブレ、緩く組んだ手の動き。その全てに微塵の嘘も認められない。
「……それは、国に対する宣戦布告っスよ」
「だろうな。それが?」
「いや、それが、って」
「放任の姿勢を貫いておきながら、自分たちに都合が悪くなるとさも当たり前のように命令を下す。それも、あろうことか、大恩を踏み躙ることを強いる内容ときた。勇者ガルド殿を騙し討ちにしろ? 全く、とことんまで虚仮にしてくれるじゃないか」
くつくつと笑みを漏らしながら、しかし細められた目は一切笑っていなかった。
親の仇でも見るかのような鋭い双眸、その光が宙に注がれる。
「国は……少し我々を舐めすぎている。脅せば従うなどと、それは獣の理屈だ。我々の飼い主にでもなったつもりでいるようだが……ならば手を噛まれることも覚悟の上だろうさ」
有り得ねぇ。王命だぞ。逆らえば、あの姉上がすっ飛んでくる。
氷の竜を一刀のもとに斬り伏せたあの光景を忘れたのか。あの暴虐が我が身に降りかかるんだぞ。
「私も賛成します」
オリビアがルーブスの馬鹿げた考えを後押しする。
「かの溶岩の竜を打倒せしめたのは……勇者ガルド様の助力あってこそ。民を、街を救ってくださった彼の御仁を蔑ろにすることを、一体誰が許してくれるというのでしょうか」
あんなもんは成り行きだ。俺は、お前らを見捨てる判断をした。クロードがいなけりゃこの街は滅んでいた。
俺のおかげじゃねぇ。クロードの成果だ。それを知らずに……馬鹿なやつらだ。
「…………ここにいるやつら、全員同じ考えなのか?」
そう問うと、やれやれと言いたげにノーマンが肩を竦めた。
「俺はむしろ国よりも勇者ガルドと事を構える方が御免だね。つーか殺そうとしてもやれるわけねぇだろ。アホかっつの」
その勘はまだまだ磨かれていないらしい。
多分、周到な計画を練ったうえで時期を見計らっていれば俺の首は獲れていたぞ。
俺は風魔法で身体を保護することもできなければ、超人的な体捌きで奇襲を躱すこともできんのでな。
「俺様ァ思うんだがよォ……なにゆえ女神とやらはそんな役目を……俺様に与えるンだ? 女神ッてのァ……世に平和をもたらす存在なンだろう? なら自分でやりゃァいいじゃねェか。見ず知らずのやつにケツ拭きを頼むなんざァ……無能の所業だ」
馬鹿の一念は大いなる信仰すら穿つ。
王都の往来で口にすれば衛兵がすっ飛んで来るような台詞を口にしたアウグストは、未だよく分かっていないような顔をして顎をさすっていた。
「……私からは特にありません。たとえ王命であろうとも、従う理由を見出せなかった。それだけです」
ミラの言い分は酷く淡白だった。至極真っ当なことを言っているようにも見える。しかしそれは錯覚で、自分なりの道理が認められない場合は相手が王であっても従わないという狂気の宣言だった。
国民全員がそれでは国が回らない。だから王がいるのだ。つまるところ、これは紛うことなき不穏分子宣言である。
「私も……えっ、何か、言わなきゃだめかな……。でもほとんど皆に言われちゃったし……えっと、同じく、です」
なんでこの顔触れに混じっているのか未だに分からない黒ローブが杖を弄りながら追従する。
ガキどもが心配してたからどんな顔してるのかと思いきや、別になんてことねぇじゃねぇか。思わず鼻で笑うと、すごい勢いで黒ローブが睨み付けてきた。おーこわ。
「はぁー、いやはや……王命、いやさ神命を前にしてここまで開き直れるってのはすげぇな。素直に感心したよ。俺ぁお前らを……少しばかり見縊ってたのかもしれねぇな」
「…………っ!?」
俺は姿勢を崩した。張っていた肩肘を弛緩させて足を組む。片腕を椅子の背もたれに乗せて言う。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っちゃいたが……よもやここまでとは思わなかったぞ。頭ン中で、さてどうやって全員騙くらかしてやろうかと考えてたらコレだ。拍子抜け……あぁ、そうだな、まさしく拍子抜けだよ」
勇者ガルドを呼べ。さもなくばどうなっても知らんぞ。
そう来ると身構えていたところにこの言い草だぜ?
義理と天命を秤にかけて前者を選ぶなど……愚の骨頂。蒙昧の極みだ。
ああ、だから俺はこの街が好きなのかもしれない。
「ちょっと、アンタなに急に」
「黙れ」
「はぁッ!?」
いきり立つ黒ローブを一喝してルーブスを睨み付ける。
「一応聞いておく。こんな選択をしてどうなるかは、分かってるんだよな?」
「……ああ。最悪の統治者の名を戴く覚悟はできている」
「街が滅ぼされるぞ?」
「死力を以って抵抗するつもりだ」
「無駄な努力だな。アリの抵抗にもならん。宰相に命令された勇者二人が来たらこの街は一分と持たずに瓦礫の山になる」
「くどい」
言い放ったルーブスが眉間にシワを寄せた。威嚇する狼のように牙を剥く。
「国のクソどものケツの匂いを嗅ぐことに辟易した者たちが集まって興したのがこの街だ。これしきのことで国に尻尾を振ってみろ。先代たちに呪い殺されてしまう」
「その理想に街の連中全員を巻き込むのか?」
「言っただろう。最悪の汚名なら被るさ。死後に唾を吐きかけられることになろうとも……人であることだけは最後までやめぬ」
前々から思っていたことだ。こいつは国の経営には向かんな。
こういう辺境で、誰にも諂うことなく、命を燃やすような生き方を選ぶことしかできないやつなのだろう。
「初代ギルドマスターが遺した文がある。『国も勇者も信じるな。我々は人間だ』。分かるだろう? 囲まれた柵の中で、家畜の如く生かされるなど我慢ならぬのだよ。国がそれを強いるのであれば、我々はただ抗うのみ」
「…………」
「だが、勇者ガルド殿ならば……アイツならば信じるに値する価値があると、そう判断しただけだ。分かったらさっさと呼べ。これ以上愚論を続けさせるなよ、鉄錆」
……くくっ。おいおいマジかよルーブス殿。気持ち悪ぃ信頼を寄せてくれちゃってよぉ。一方的に警戒してたのがアホらしくなってくるじゃねぇか。
お前そんなにチョロかったのか? 現役バリバリかと思いきや、とっくに耄碌してるぜ、オイ。
笑い出しそうになるのを必死にこらえる。
だが……くくっ傑作だ。こりゃひでぇ。俺がどれだけこの街でやらかしたのか、その全貌を知らねぇでこうもいいキメ顔と決めゼリフを吐かれちまうとよォ……!
「……ッ、ルーブス、さん……その……」
「……どうした」
俺が俯いていると、ノーマンがなにやら深刻そうな声を出してルーブスに伺いを立てた。
「さっきの、こいつ……いや、エイト、さんが……豹変した時の……仕種が……」
さん付け。さん付け、ね。
あーあー。バレちまってら。まぁ、もはや隠す気なんざ更々なかったしな。
「それだけじゃない……声の抑揚も、呼吸の取り方も……視線の動きも、その姿勢も……! よくよく見りゃ、体格だって……!」
ノーマンの声が震える。
ミラはきつく目を瞑り、やはりか、と言いたげに顔を背けた。
アウグストは腕組みして頭を捻っている。
オリビアは『聖女』らしからぬ引きつった笑みを浮かべ。
黒ローブは何がなんだかといった呆け面を晒している。
大体、三年くらいか?
俺にしちゃよく持った方だろ。
「……まさか!」
ここまでくればルーブス殿も察したようだった。
そうとも。勢いで脅しつけるためとはいえ、さっきお前が『アイツ』呼ばわりした張本人でございますとも。
【隔離庫】発動。衣服を瞬時に切り替える。粗末な造りの革鎧と外套を国の威信を示すための絢爛豪華な召し物へと変える。
【偽面】解除。鉄級のエイトという偽の人格を破棄する。くすんだ茶色の髪と目が金と碧に変化する。
俺は言った。
「今まで……随分と世話になったな。鉄級のエイト改め……勇者ガルドだ。宜しくな、冒険者諸君よ」




