反逆者へと打ち込む楔
宿を出てから俺たちの間に一切の会話は無かった。
向こうの反応を伺いつつ言葉を選んで情報を引き出そうと思ったが、そもそも話をする気が無いんじゃしょうがねぇ。
先導されるままミラの後を付いていく。街の中央にあるギルドへと近付くにつれて人通りは多くなり、前を見ていない野郎なんかとぶつかりそうになるが、ミラは少しも速度を落とすことなく人と人の間を縫って進む。
こちらに寸分の配慮もなく、するすると先へ進んでいるのは俺を試しているのか、それともこいつなりに気が急いているのか。判断はつかなかった。
適当なタイミングでわざと人とぶつかりつつ速度を落とし、距離が離れたら申し訳程度の駆け足で追い付く。
すこしわざとらしさが勝ったのか、ミラが立ち止まってこちらを振り返った。目が合ったのは一瞬。ほんの少し口を開きかけたミラは、しかし何も言わず再び歩を進めた。
街の中央広場。素人に毛が生えた程度の歌を聞き流しながら冒険者ギルドへ向かう。
スイングドアの前に立つと嗅ぎ慣れた酒精の匂い、そして馬鹿騒ぎの声が漏れ出てきた。
「ギルド内では不用意な発言をしないように」
俺にだけ聞こえるほどの小声でミラが釘を刺してくる。俺はすっとぼけた。
「はぁ。そりゃなんで?」
「……貴方が一番分かっているでしょう」
うーむ。やはりすっとぼけるのは得策じゃないか。
随分と面倒くさい人格になっちまったな、鉄級のエイトってやつはよぉ。俺はただ冒険者割引が効く美味い飯屋を利用したかっただけなんだがな。何の因果なんだか。
「うす」
「…………」
適当な返事を了承と受け取ったのか、ミラが一つ頷いてスイングドアを押し開いた。
さすがは昼時だ。むせ返りそうな酒の匂いも、肉料理が放つ濃厚な香ばしさも、飲んだくれの馬鹿が発する大声も朝夕とは比べ物にならない。これで祭事の最中じゃないってんだから驚きだ。
「なっはっはァ! ……おっ……?」
「あァ? どうした……って、おぅ……」
「あっ……疲れさァーッス……」
知能の低い魔物よろしくぎゃあぎゃあと騒いでいた連中が水を打ったように静まり返る。金級、それも治安維持の頭を張る『遍在』はそうさせるだけの力を持つ。
おまけにミラはあまり頻繁にギルドに顔を出さない。
こいつの戦場は街の中にあり、治安維持担当の詰め所は別の建物が用意されているので、何か起きない限りギルドに立ち寄らないのだ。つまるところ、『遍在』の来訪はそれなりに大きな事件を伴うことが多い。
それを知る冒険者どもは静かに気構えを整える。すわ事件かと、瞬時に飛び出せるように。……まあ、単に畏怖の念を抱かれてるってのもあるだろうがね。
「……おい、あいつ……」
「鉄錆じゃねぇか。……ついに、なんかやったか?」
そして次なる注目はミラの後に続いている俺に向く。
この状況は俺がミラに連行されてるように見えなくもない。むしろそうとしか見えないだろう。俺に好印象を抱いてないやつにとっては尚更か。
ひそひそと憶測を飛ばす連中の声。そこに未だ幼さが抜け切らない男の声が響く。
「えっ!? エイトさん……?」
「ん? おぉ、チビどもか」
ちょうどギルドの酒場で腹を満たしていたのだろう。俺を見たルークが椅子を蹴って立ち上がり、周囲の目も気にすることなく駆けてくる。
「エイトさん! あのっ、何か……あったんですか……?」
おいおい。俺は呆れた。
相変わらず直情径行というか考えなしというか……。もう少し捻った物の聞き方を覚えろや。いまこの状況で俺がぺらぺらと口を回せると思ってるのかね?
そして案の定――鋭い針で貫かれるような圧が身体を抜けていく。
余計なことを口走るな。そう耳元で囁かれた気分だ。
姉上然り、アウグストの馬鹿然り、稀有な才能を練武させたやつの魔力は特有の圧を帯びる。それは殺気と呼んで差し支えないものだ。
さすがは金級。このくらいは造作もないってか。
「さあなー。俺も知らん。ま、別になんてことねぇだろ。この前酔い潰れて道のド真ん中で爆睡こいた件でどやされんのかねぇ。ははっ」
飄々としていて不真面目、大口たたきの昼行灯。それがエイトだ。
俺は俺の中の基準を粛々と実行に移した。周囲のやつらが揃って気の抜けた息を吐き出す。一気に弛緩した空気の中で、しかしルークは顰め面を崩さない。
「……エイトさん、昨日……メイさんもエイトさんを探してたんです。なんか、やけに深刻そうな顔して……」
ルークと同じ卓を囲んでいたニュイが席を立った。疑心と不安が綯い交ぜになった陰のある顔を向けてくる。
「どうしたのか聞いてもずっと上の空で……ただ、大丈夫だからって繰り返して……エイトさん、本当に何も知らないんですか……?」
チッ……黒ローブめ。あいつも取り繕うってことができねぇやつよ。なぜ王都行きのメンバーに抜擢されたのか心底疑問だ。
姉上に膝を付かせたと聞くし……けったいな魔法の才にでも目覚めたか……? 機会があればそれとなく聞き出しておくかね。
「さあなぁ。あいつぁ護衛任務かなんかでエンデを離れてるって言ったのはお前らだろ。顔を合わせてねぇやつの事情なんざ察しようがねえっつの」
まあ実際は数日前に顔を合わせていたわけだが。
……王都を発つ前の黒ローブは特に変わった様子はなかった。少なくとも上の空などと言われるほど腑抜けてはいなかった。やはりエンデに戻ってきてから事情が変わったのか。
……待てよ。ギルドが精鋭を差し向けてまで回収に走った失せ物の中身……あれは、結局何だったんだ?
ライザルは勇者殺害の計画に必要なものだと言っていた。計画が頓挫した後にライザルがあっさりと手放したのでそこまで重要なものではないのかと思っていたが……実はとんでもない物でも入っていたのか?
いや、だとすればその場で俺に報告するだろ。勇者ガルド様、この中にはこんな危ないものが入ってますってよ。
……いや、報告……しない、か?
勇者ガルドはどうせ全て知っているだろう。もちろん既に対策も練ってある。故にわざわざ報告するまでもない。
やつがそんなことを考えていたとしたら……話は変わってくるぞ。
クソッ! どうする……今から【伝心】を使って聞き出すか……いやしかし、使えば最後、俺の行動のほとんどがハッタリと偶然で成り立っていたのだと暴露することになる。それは……よくない。
まぁまぁ……なんとかなるさ。してみせる。勇者の自由意思を奪って記憶を上書きする呪装でも出てこない限りなんとかなる……はずだ。うむ。
「エイトさん……約束、覚えてますよね?」
「は? 約束?」
思考に没頭していたところ、いきなりルークがよく分からないことを言い出した。思わず呆けた声が漏れる。
約束。約束とは?
「覚えて……ないんですか?」
答えに窮する俺を見てルークが泣きそうな顔をする。
えぇ……急にどうしたよ……。破ったら泣かれるような約束なんて俺はしねぇぞ。それも野郎相手となれば尚更だ。俺がする約束なんて飯を奢るくらい――ああ! それか! それだったわ。
「あれな、お前らの鉄級昇格祝いな? あーはいはい覚えてる覚えてる」
「メイさんと一緒にやってくれるって……」
「わーってるわーってるっての。あいつが上の空だかなんだか知らねぇけどよ、目ん玉出るくらい高ぇメシ食いまくって、それ全部奢らせりゃ正気に戻んだろ」
そう言って肩を竦めておどけるとニュイが軽く吹き出した。
「……ふふっ。それ、面白そうですね。ちょっと高いお酒飲んじゃおうかな」
「いやさすがにそれは失礼なんじゃ……」
単純なチビどもだ。今の今まで辛気臭い顔してたくせにもう間抜け面を晒してやがる。
これで鉄級? まだまだルーキーの域を出ねぇな。推薦を早まったかもしれんね。まあ、こいつらはこれくらい単純な方が長生きできるのかもしれん。どう転んでも頭脳労働には就かないだろうしな。
「鉄級のエイト。こちらへ」
そうこうしているうちに話が終わったらしい。ギルドの奥へ繋がる扉を開けたミラが早く来いと視線で訴えて来る。
「……エイトさん」
「別になんもねぇって。チビが余計な気を揉むなっつの」
「チビって……私たち、一応エイトさんと並ぶ鉄級になったんですけど」
「だったら尚更だ。びくびくおどおどするんじゃねぇよ。受付嬢のうるせぇ小言を軽く聞き流せるくらいに肝を鍛えろ」
「それはただの素行不良じゃ……?」
「黙れニュイ。言葉を額面通りに受け取るなと何度言えば分かるんだ? 心構えってやつに決まってんだろ。んなことも分からんとは、まだまだチビのヒヨッコよ」
「相変わらず適当!」
チビ二人をおちょくっているとわざとらしい咳払いが響いた。音のした方向を見遣ると目を細めてこちらを睨めつけるミラと目が合う。
「おーこわ……んじゃ、ちょっくらどやされてくるわ」
「……はい」
身を翻し、適当に手を振ってその場を後にする。
誰もいない廊下。ミラの後に続く。カツカツと、俺の靴音だけが反響するだけの居心地の悪い空間。
沈黙を破ったのはミラだった。
「随分と信頼を寄せられているようですね」
皮肉か称賛か。それとなく裏を探っているのか。
抑揚を欠く声色からはその真意を察することが難しい。
「なんスか、急に」
「ただの世間話です」
世間話かよ。
ならもうちっと声に色をつけて欲しいもんだぜ。それじゃ詰問と変わらんぞ。
俺はへへへと曖昧な笑みを浮かべた。
「まあ、なんか成り行きで」
「そういえば嵐鬼からあの子たちを救ったのは貴方でしたね」
「え? いや、あのチビらを救ったのは勇者……えー、勇者、どなたでしたっけ? シンキング? とかなんとか。その人っスよ」
「その他にも、竜に迫る脅威を持つ星喰を相手に単身で時間を稼いだとか」
「ああ、砂漠地帯での件スか……まぁ自分は逃げ足だけで食ってきたもんで。へへ……」
「逃げ足」
呟き、ミラが足を止めた。訝しげな視線を肩越しに寄越してくる。
「昨日、私たち治安維持担当は一日の全てを貴方の捜索に割いていました。適当な事件をでっち上げたのです。鉄級のエイトが重要参考人になる可能性あり。全力で、しかし周りに悟られることなく見つけ出すように、と」
治安維持担当全員で……? んなの大規模捜索じゃねぇか。
「しかし貴方は見つからなかった。かと思えばふらりと宿に現れた。何の痕跡も残さずに。街の外から帰ってきたにしても……検問に引っかからないのは、おかしい」
「…………」
「そういう人物を私は一人知っています。つい最近……本当に、つい最近顔を合わせました。神出鬼没……貴方は、もしかして」
「あのー、いいんスか? こんなとこで足を止めてて。緊急事態っぽいスけど」
俺は強引に話を遮った。
多少わざとらしくなりすぎた。こいつにはより深く疑われることになるだろう。
だが今は捨て置く。俺にはクロードがいる。アリバイ工作に困ることはない。
ミラが珍しく表情を変えた。内心の動揺を押し殺すように目を瞑り深く息を吐きだす。
「…………そうですね」
正面に向き直ったミラが歩き出す。俺はその後に続いた。もう会話は無かった。
連れてこられたのは、案の定と言うべきか、ギルドの頭を張っているルーブス殿の部屋だった。
ミラのノックと声掛けに対し、いつも通りの冷淡な、それでいて威圧感のある声が返ってくる。
「入りたまえ」
「失礼します」
ミラが扉を開く。俺も続いた。
中にいたのは総勢五名。
ルーブス。ノーマン。アウグスト。オリビア。メイ。
おいおいフルメンバーじゃねぇか。どっかに戦争吹っ掛けに行くと言われても納得できるぜこりゃ。
「座りたまえ」
「うっス」
本来のエイトであれば、ここは挙動不審になりながら汗の一つでも流してみせるところだが……事ここに至ってはむしろ不自然ですらある。
オリビアを除くこいつらはエイトが勇者ガルドの関係者だと思っているのだ。当然ルーブスにも報告が上がっているだろう。
余計な演技は意味がない。話の腰を折るだけになる。それは俺も望むところじゃない。
俺は促されるまま椅子に腰掛けた。
「これを、読みたまえ」
単刀直入。平時であれば交わされるであろう皮肉の応酬がない時点で急を要するのだと窺える。
机の上に置かれた紙を取り、さっと視線を走らせる。
「手紙……? 王の印付き……」
「分かっていると思うが、口外禁止で頼むよ」
国のトップである王家の印が捺されたこれは、すなわち抗うこと許されぬ王命だ。蔑ろにした時点で国賊と判ぜられる最重要通牒。
なぜこんなものがエンデに。疑念を胸に文面を浚う。どれどれ。
ほう……ついに姉上らの再起動を行うと。国にとって都合が悪くなるほどに自我を持ちすぎたと判断されたか。
んで俺がそれに反対……勇者両名と女神の殺害を企てた、と。いやぁうまいこと考えたもんだ。あながち間違いではないのがなんとも言えん。
姉上らには俺が叛意を抱いていることを伏せている、身内の処理を任せるのは忍びない……か。
まあ、あの二人に俺を殺せと命令しても言うことを聞かないだろうしな。それくらい自我が強くなった。姉弟の絆ってか?
ほう、それで? じゃあ代わりにエンデの冒険者にやってもらおうと……?
勇者を殺せる呪装を同封したから……? それで勇者ガルドを殺せ……?
なるほど……。そうか。そう来たか。
俺は部屋をぐるりと見回した。ギルドの戦力、それも上澄みが俺を囲うようにして立っている。
うーん……これは……まずいな。やってくれやがったぜあの宰相。俺は……この一手で詰まされたかもしれん。




