我欲を満たす街
俺は即座に首を斬ってエンデへと飛んだ。
【偽面】発動。エイトではなく、目立たない一般人へと化けてから寂れた教会を後にする。幸いというべきか、いつものことというべきか、教会の中には誰一人いなかった。
路地裏で空を見上げる。日はまだ高い。住民はそこらを出歩いているんだろう。少し離れた通りで発生した喧騒はここまで聞こえてくる。
その中に恐慌や混乱は含まれていない。耳に届いてくる範囲では、という注釈がつくが。
速やかに目抜き通りへ合流する。
馬鹿みたいな大声と豪快な身振り手振りで客引きする飯処の店主。真っ昼間っから酒に溺れて所構わず騒ぎ散らす馬鹿ども。横柄な野郎に食ってかかる女。今にも喧嘩が勃発しそうな怒鳴り合い。
平和だ。日頃から目にしている日常そのものである。となれば……街を揺るがす事件や事故が発生したってわけではないと見ていいか。
【伝心】を繋ぎ直す。今はもっと情報が欲しい。
(あっ、やっと繋がった……! なんだよ、いきなり魔法を切りやがって。どうかしたのか?)
(たったいまエンデに着いたんだよ)
(エンデに……あぁ、死んでたのか……)
(おう)
話が早いってのは優れた資質だな。ここ数日エルフ連中のおもりをしてたせいで余計に実感するね。
雑踏に紛れながら視線を巡らせる。
行き交う住人らに異常は無し。
耳の早い商人らに異常は無し。
等間隔に並び立つ治安維持の冒険者らに異常は無し。
やはり平和だ。疑いようがない程に。
(知っていることを教えろ。なぜエイトを捕縛しろなんて事態になっている?)
(知らねぇよ。王都に行ったやつらが二日前に戻ってきて、その翌日に聞かされたんだ。戦場から呼び戻されたと思ったら、秘密裏にエイトを連れてくる支度を整えてるってよ。金級のアタシには話しておくって建前だったが……牽制か、もしくは探りを入れられたのかもな。アタシがアンタの贔屓にしてる宿に出入りしてたことはバレてるだろうしよ)
なるほどね。確かに『聖女』様の動向をギルドが追っていないわけがないか。
守りの要であるオリビアをわざわざ戦場から呼び戻すあたり……よほど緊急性が高いってことかね。
(アタシが知ってることは多くねぇ。アンタに心当たりはねぇのか?)
(……鉄級のエイトの正体はシクスの用意した間者……つまり勇者ガルドの手先ということになっている。流れでそうなっちまった。だから何らかの接触はあるだろうと構えていたが……ギルドに連れてこいってのはどういうことだ? キナ臭すぎる。あの四人が王都から帰還するまでの間に何かあったのか……)
(アンタはここ数日何をしてたんだ?)
(腹を掻っ捌かれてた)
(…………あ?)
オリビアは事情を知らない。俺にも心当たりがない。
まるで察しがつかない以上、【六感透徹】を使っても望む効果は得られないだろう。
かくなる上は。俺は更にパスを繋いだ。
(クロード、いま余裕あるか?)
(……はい。大丈夫です)
俺はクロードに自由を与えている。初めは計画の駒として機能すれば十分だと軽く見ていたが、その身に意思が宿ったことを思い知ってからは認識を改めた。
あいつは人間だ。道具として扱っていい存在じゃねぇ。他ならぬ俺がそういう扱いをされて業を煮やしているのだ。その俺が他者に同じことを強いるのは道理じゃねぇ。
ともあれ、今では俺とクロードは良き隣人程度の関係に落ち着いている……と、思う。向こうがどう思っているのかは知らんので勝手な感想だが。
駒として扱うのはやめた。だが協力を仰ぐくらいは構わんだろう。あいつはそこまで狭量じゃない。なんせ中身は"俺"なんだからな。
(ここ最近のギルドの動向について――)
何か知っていることはあるか。そう尋ねようとしたところ、がちゃがちゃと騒がしい意思が割り込んできた。
(うぁひゃあ! ちょっっ!! 待っ、いきなりっ、馬鹿! おまぇ、こっ、ここ心の準備がッ! なんっ、もう、待って待って待っ)
うるせえ。俺はオリビアとのパスを切り離した。いい加減ポンコツを克服しやがれっての……。
(あの、今のは……)
(あれは気にするな)
(『聖女』様ですよね……?)
(違う。妖怪ポンコツエセ聖女だ。気にしなくていい)
(…………はい)
余計な邪魔が入ったせいで話が流れちまったじゃねぇか。
軽く咳払いして仕切り直す。
(聞きたいことがある。ここ最近でギルドに何か目立った動きはあったか?)
打てば響く。切り替わった空気を鋭敏に感じ取ったのか、至って真剣な意思が返ってくる。
(……いえ、特には)
(そうか。宿に誰か尋ねて来たことは?)
(それもないですね。いま僕は……別の宿を借りているので)
(そうなのか?)
(はい。ご存知の通り、あの宿は孤児院への建て替えが決まったので……別の宿へ移ったんです)
ああ……そういやそうだったな。
やつらがエイトを探しているならまず宿に来る。そうすりゃクロードも気付くと思ったんだが、そもそも宿を変えちまったってんなら成り立たねぇ。
……俺も早いとこ荷物を整理しないとな。盗まれて困るものはないが、それでもエイトの痕跡を探られるのは面白くない。
(なるほどね。ギルドのやつらと接触してねぇ理由は分かった)
(……すみません)
(謝るんじゃねぇ。俺ぁてめぇが悪くねぇのに謝るやつが嫌いなんだよ。その癖は直せ。相手が馬鹿だと付け上がるし、賢いやつには見限られる。覚えとけ)
(……はい)
(よし)
情報共有を終えて一息つく。
分かっちゃいたが、成果なしか。
クロードは聡い。もしもギルドが不穏な動きを見せていたら俺に連絡を寄越すだろう。クロードからの【伝心】がなかったということは、つまりそういうことだ。
こちらから連絡したことでクロードも気を張るようになる。心強い伏兵として動いてもらおう。もっともギルドが何の目的でエイトに接触しようとしているのかは未だに不明なわけだが。
……媚びでも売るつもりか? 勇者ガルドの手先と懇意にしておきたい、などと浅はかな商人じみた短絡思考ではないと思うが……。
もしくは謝罪でもするつもりかね。
ギルドマスター殿はわりと前からエイトの非行に目を付けていた。喧嘩売られ商売という自作自演のスリ紛いをしていた頃から既に行動を把握されていて、そのせいで要警戒リストにでも登録されたのか、依頼受注日から喧嘩相手に至るまで事細かに記録されている。
もちろん俺はその程度では行動を改めなかった。一応は規則の範囲内で動いていたからな。改める理由を感じなかったのだ。これは当然のことである。
そこでギルドは業を煮やしたのか、俺個人を狙い撃ちするような嫌がらせを複数仕掛けてきた。
討伐ノルマの制定。初心者パーティのおもり。模擬戦制度の導入と、それを隠れ蓑にしたアウグストとの戦闘および尋問。
どれもエイトの心証を損ねるには十分だ。
勇者ガルドと繋がりがあるエイトとは敵対を望まない、という理屈でこれまでの非礼を詫びておく……そういう線も理解できなくはない。できなくはないが……。
「んな底の浅え集団とは思いたくねぇなぁ……」
相手の立場によってコロコロと態度を変える。それは決して悪いことじゃない。
上下関係が付き纏う集団に属する以上、顔色を伺う技能は必須といっていい。それすらできないやつは下っ端の身分に甘んじることを余儀なくされる。顔色を伺わなくていいのは、その必要がないほどに強いやつだけだ。
言うなれば、弱者の処世術。
そしてこの国には勇者などという単身で国を滅ぼせる規格外の化け物がいるので、それと比べちまうとほぼ全国民が弱者の立場になっちまう。
勇者およびその関係者と事を構えたら終わりだ。いままでのエイトに対する処遇について詫びを入れておくのも処世術としてはありだが……。
「信念や矜持に上も下も無ぇと思うがねえ」
これは俺の勝手なエゴだ。
勇者に頼らぬと決め、魔物ひしめく最低最悪の地で、それでも生き抜いてみせると覚悟を宿したならば――終の瞬間まで貫き通してみろ。俺を幻滅させるな。人は救うに足る存在だと示してみせろ。
この街は、そんな傲慢で下卑たクズのエゴを満たしてくれる。だから好きなんだよ。
(なぁ、クロードよ)
(…………そう、ですね)
【伝心】を切る。
筋張った安物の串焼きと安酒を嗜みつつガキどもの新聞社へ。残り僅かとなった新聞を購入。
ふむ……特にこれといった事件はなし。犯罪率は減少傾向。ここ数ヶ月における連続処刑が奏功か……。けっ、ひとさまの首を落として得た平和だぞ。ありがたく享受しやがれ。
ガキが良質なエサを恵むせいで新聞社前に居着いたのだろう。デカい図体を横たえてぐうたらしているスライのリーダーへと意思を飛ばす。
(おうクソ犬。何か変わったことはあったか?)
(黙れバケモン。礼儀がなっとらんのォ。聞く前に肉を寄越さんか)
(ドブネズミでも食ってろ)
駄犬と和やかなコミュニケーションを済ませつつ定宿へ向かう。
適当な路地裏に入ってから装いを鉄級のエイトのものへと変更。違う出口から出て通りを歩く。
色街にほど近いこの辺りは日が高いうちは人通りが少ない。いい隠れ家になる。そう判断して選んだのがこの不人気宿屋『燕の止まり木亭』だ。
扉を開ける。孤児院への改築が進んでいるおかげで幾らか小綺麗になった内装を眺めつつ中へ。
「あっ、エイトちゃん……!」
「うーす」
女将は娼婦をやめたらしい。普段は寝ているこの時間に起きているのはそういうことだろう。
『聖女』の名の下に集った善意の商会と新聞社が出資者となることで金銭面の問題は解決された。後は本人のやる気次第という段階まできた。
なんらかの資料を片手に抱えた女将が切羽詰まった表情で言う。
「エイトちゃん、その……無事なの? 何かあった……? 昨日ここに治安維持の冒険者さんがきて……エイトちゃんはいるか、って」
ほう。やはり宿には顔を出していたか。まあ順当だ。当然の差配である。
「はぁ……治安維持担当が俺を? そりゃなんでまた」
俺はすっとぼけた。間の抜けた表情を意識して作り、緊張感に欠けた凡夫さながらの声色で応える。
対する女将は動揺を隠し切れていない。治安維持担当が特定個人を尋ねてくる理由など明白だ。大抵の場合は犯罪の嫌疑をかけられたやつを引っ立てるためである。
「理由までは、知らされてないけど……でもね」
女将がつばを飲んで視線を巡らせる。まるでそこにいない誰かを探るように。
一歩俺へと寄った女将が声を極限まで潜める。
「エイトちゃんを探しにきたのは……普通の冒険者さんじゃなかったの……。あの『遍在』さんが」
コンコン、と。
まるで図ったようなタイミングで扉を叩く音が響く。口に戸を立てろ、と警告するが如き圧を伴って。
「あっ……!」
硬直する女将の脇を抜けて扉を開ける。
鋭い眼光。疚しい事情を抱える者を凍てつかせるそれと目が合う。
『遍在』のミラ。思えば、この姿でこいつと顔を合わせるのは初めてだったか。
「鉄級のエイトですね。少々、事情を伺いたい件があります。ご同行願えますでしょうか」
一応の伺いを立ててはいるが、それが強制の意味を持つことは誰の目にも明白であった。
さてどうするか。どう相対するべきか。
こいつらは俺が――『鉄級のエイト』が勇者ガルドの手先であると思っている。今後のことも考えて高圧的な態度を見せ付けておいた方がいいか。
少し悩んだ後、俺はぼりぼりと頭を描いた。情けなく声を震わせる。
「えーと……マジすか……はは……お手柔らかにお願いしますよ……『遍在』さま」
結局、俺は曖昧な笑みを浮かべて答えた。うだつの上がらない鉄級冒険者エイトであるが故に。




