馬鹿と天才、狭間にあるは紙一重
腹掻っ捌かれてる場合じゃねぇ!
犬小屋から飛び出した俺は開けた広場へと駆け込んだ。
【響声】発動。大きく息を吸い込んでから集落全体に届く大音声を発する。
「教育だ教育ゥー!! オラッ! 集まれ蛮族エルフどもッ!! 腹を掻っ捌くのが至上の娯楽だと思い込んでるテメーらに俺が外の世界の常識ってもんを叩き込んでやるからよォーっ!!」
なにか面白いことが始まるとでも思ったのか、イカれエルフどもがきゃいきゃいと騒ぎながら集まってきた。
男女あわせて総勢百人近く。動けないほど小さいガキを除いたら恐らくこれで全員だろう。呼びかけりゃすぐ集まるのはいい習性だ。そこだけは褒めてやろう。
「しゃあ揃ったな! 早速やんぞ! 蛮族どもに思慮分別の何たるかを授けてやる講座の開幕だッ! クソめんどくせぇなッ!! 講師は俺だ! 勇者さま直々に教鞭を振るってやるんだありがたく思えよおらッ!」
「わぁい!」
「しりょふんべつー!」
「どうしたの勇者さま? なんか興奮してない? パッパラ草でもキメたの?」
「この短い間に五回もモツ抜かれたらこうもなるってモンだろえーッ!? 取ったモノ見せつけんじゃねぇよバカタレが! 色を褒められてもなんも嬉しくねぇわボケがッ! 俺が【痛覚曇化】を使えなかったらあんなの最上級の拷問だぞッ! いや使えても拷問だわ! チッ、クソがっ! これじゃ話にならねぇ……【鎮静】」
煮え滾る湯のような頭の熱がスッと引いていく。俺は冷静になった。その引き換えと言わんばかりにズキリと頭が痛む。
【鎮静】を使いすぎたな……。精神に作用する魔法はあまり使いたくない。強い忌避感を感じる。魔王が俺へと施した洗脳……性格の改変と干渉してるんだろう。厄介なことだ。
「ふぅー……よーし頭冷えたぞ。これで落ち着いた話し合いができるな……っても何を教えればいいやら……まーいい。片っ端からやっていきゃ問題ねぇだろ。お前ら、なんか質問はあるかー? 適当に答えていく。んで何がダメか叩き込んでやる。よし早かったお前、言ってみろ」
シュビッと勢いよく手を上げたエルフを指差す。
発言権を得たエルフはニッコニコだ。純粋無垢な笑みを顔に張り付けて言う。
「はい! どうして人のお腹を開いちゃいけないんですか!?」
俺はキレた。
「死ぬからだよッ! いいか!? よく聞け! 人は、腹を、開かれたら、死ぬんだよッ!!」
俺は墓地のある方角を指差した。
死者の遺骸を丁重に葬る文化は外の世界には存在しない。
否、抹消されたというべきか。
人は死後に女神の許へ還るのだという説を流布するにあたり、遺骸を埋める墓の存在は大きな矛盾を生むことになる。故に国から消されたのだが、そんな非道の国策とは無縁の集落ではごく当たり前のように墓地があるのだ。
「お前らの同族だってそうだろ! 腕と足をぶった切られたら誰だって死ぬんだよ! 腹も同じ! お前らだって死にたくねぇだろ!? だから他のやつを殺すな! 以上!」
「でも勇者さまは自分で首を斬ってたよね」
「見せ付けてたよね」
「そろそら死ぬぞ〜、見てろよ〜ってね」
「忘れろ忘れろ! 俺は特別なんだよ! 普通のやつは一度死んだらおしまい! お前らと同じでなッ! 分かったか!」
「はぁい」
こいつらは死を正しく理解している。女神の存在を信じ切っている連中とは違うのだ。
なればこそ、むしろ勇者が異質なのだと強く諭さねばならない。
エルフが外の世界に出た後、俺にするのと同じ感覚でそこらのやつの腹を掻っ捌いたら大事件の勃発だ。融和など夢のまた夢。排斥運動は加熱し、流れによっては戦争に発展しかねない。
寝覚めが悪すぎるだろ。それに……もしも問題が起きた場合、エルフを誘致した俺に類が及ぶのは必定。そんな未来は御免被るね。俺の安泰なる未来のために、今はこいつらの蛮族思考の改革に務めるとしよう。
そう、これは言わば投資なのだ。長期にわたって楽をするために行う短期的な労力消費。
金儲けと一緒じゃねぇか。そう思えば幾らか心に余裕が生まれてくるもんさ。
【鎮静】。鈍痛を訴える頭を軽くさする。
「ふゥー……取り乱したな。クールにいこう。熱くなっても仕方ねぇ。ちゃっちゃと捌いていこう。よし次だ。質問あるやつ、ほいお前」
元気よくハイハイと言いながら手を挙げるやつを指差す。
発言権を得たエルフはなにやら神妙な表情だ。幼い顔立ちに不相応な真に迫る表情を顔に張り付けて言う。
「じゃあぼくたちは……これから誰のお腹を開けばいいんですか?」
俺はキレた。
「クソ真面目な顔してふざけてんのかテメェー! 誰とかいう指定はねぇよ! 誰にもやっちゃダメなの! 死ぬからッ! いいかお前ら! その小せえ頭にしかと刻み込め! 一切の情け容赦遠慮なくブチ殺していいのは魔物だけだッ! 分かったな!」
「はぁい」
はぁ……はぁ……チッ……これが教育……とんでもねぇ苦行だぜこりゃ。エンデのクソガキどもがかわいく見えてくる。あれでいて物分かり良かったんだなあいつら。学ばなきゃ飢えるって意識が根付いてたのがでかいな。
それに比べてエルフどもは……なまじ強いせいで必死さが足りねぇ。外からの脅威に晒されることなく生きているとこうまで平和ボケするのかと感心するくらいだ。
……だからこそ、今ここで学ぶべきことを学ばせておかねばならん。
魔力で強化された人間……。世界から魔力が消えた時、恐らくこいつらはただの人へと変化する。いや、従来の恩恵を受けられなくなるというべきか。
魔法が使えなくなるのはもちろん、身体能力も人のそれと変わらなくなる。時を経るごとに肉体は衰え、限界が来れば死ぬ。老成という、本来あるべき機能を手に入れた時……こいつらが馴染めるよう物の道理を叩き込むのだ。
俺は嫌だぞ。白髪で顔を皺だらけにしたやつが『わーい』だの『勇者さまー』だのと騒いでるのを見るのは。
「【鎮静】。……くそ、効き目が落ちてきた……。おいお前ら、一つ言っておく。あんまり馬鹿な質問をするなよ。言葉を選べ。取捨選択をしろ。これだけはどうしても聞いておかなきゃならんと思ったものだけ聞け。分かったな? よしお前」
ピッと綺麗な仕種で手を上げたエルフを指差す。
発言権を得たエルフは真顔だ。淡々と、助手が教授に物を尋ねるかのように言う。
「お腹がだめなら、背中を開けばいいんですかね?」
俺はキレた。
「部位の問題じゃねぇぇェっっ!!」
▷
イカれエルフどもの教育を開始してから一週間が過ぎた。
好奇心の化け物たるこいつらに満足いく教育を施すのはとても骨の折れる作業であり、俺一人の力では限界があるため、王都に行って学術書の情報を【転写】で盗んできて分け与えるなどしていたらあっという間に時間が過ぎていた。
机の上で腕を枕に寝そべる俺の服をエルフの一人が引っ張る。
「勇者さまー! ベンキョー! 今日のベンキョーの時間だよー!」
「お前ら……俺を寝かせろ……」
「えー! でも時間通りに集まれって言ったのは勇者さまだよー!」
「お前らは時間を守ることを覚えろってー!」
エルフは蛮族だ。当たり前のことすら守れちゃいない。いや、正確には知る機会すらなかったというべきか。
だから俺が機会を与えた。そして分かったことがある。エルフはとても学習速度が早い。加えてすこぶる素直で融通が利かない。
好奇心の化け物。こいつらは俺が寝てようが飯を食ってようがお構い無しになんでなんでと物を尋ねにくる。おかげで俺は落ち着く暇もねぇ。
「時間を守るのは、時と場合によるんだよ……俺は特別だからいいの。今日はお前らだけでやってろ……」
「えー!? ズルい!」
「犯罪だー!」
「クズだー!」
「うるへー」
王都に転移で飛ぶことで眠気はリセットされている。しかしそれは睡眠が全く不要になるというわけではない。実際に寝ることでしか得られない気分的な問題もあるのだ。言っても分からんだろうがな。
そんな俺の内心を汲むことなくエルフがむんずと俺の服を引っ掴む。嫌がらせのようにゆさゆさと揺らして言う。
「ねえねえー、続き! この前の続き教えてよー! 外の世界の料理について、もっと知りたいのー!」
その飽くなき好奇心は果てることを知らない。
「ぼくはねー、市場における相場の決定要因と、過剰供給がもたらす買い手の消失について過去の実例を交えつつ解説してほしいなぁー!」
「わたしはね、あのね、応力分布で見る静定構造と不静定構造の差異と特色についての図解が少し難しいから解説してほしいなって!」
ナニソレ。知らんわ。聞いたこともねぇ……。
なにしろ中身を見ずに適当な本を片っ端から選んで情報を吸い取ったからな。内容は俺だって把握していない。
適当な暇潰しになりゃ上等だと思っていたのだが……俺はどうやらこいつらの底を測りきれていなかったらしい。
「ねぇー!」
「勇者さまー」
「流体の速度による圧力変化の法則について教えてよー!」
もうこいつら一周回って馬鹿だろ。俺がそんなもん知るわけねぇだろっての。俺はお前らが何を言ってるのか半分どころか一割も把握できんぞ……。
「あらあら、だめでしょみんな。勇者さまが困っていますよ?」
おお……族長! さすが族長だ……。集落の中で頭として担がれてるだけはある。この自由奔放無秩序集団の中でもいち早く思慮分別ってモンを学習したらしい。
「でも」
「でもじゃありません」
駄々をこねるエルフらを族長が諭す。
これだよこれ。これが教育ってもんよ。どうやら一定の成果は得られているようで一安心だ。俺はほっと胸を撫で下ろした。
族長が言う。
「勇者さまは今から私と医学の勉強をするんですから」
言い放った族長が俺の腕をガシと掴む。ぐいと引っ張られて上体を無理やり持ち上げられる。やめてくれよ……。
「ほら勇者さま。これ、これ見てください。一部の病気は内臓に起因するらしくてですね? これはつまりお腹を開いて適切な処置をすることで治療を行えるんじゃないかと思うんです! 医療行為ですよ、医療行為! 私の推論立証のために勇者さまに協力していただきたくて……」
お前もか、族長。どうしてお前らは腹を開くことにそこまで執着するんだ。
くそ……エルフどもの相手をするには身体がいくつあっても足りねぇ。そのままの意味で、だ。手に余るどころの話で収まらんぞ。
……誰か呼ぶか。俺の正体を知っていて、なおかつ豊富な知識を有するやつを……。そして俺の代わりを務めてもらう。尊い犠牲……否、人とエルフの架け橋になってもらうのだ。
族長の力があれば空間の隔たりを無視した移動も可能となる。ちょいと拉致ってくるくらい造作もない。よし、やるか。
問題は誰を呼ぶかだ。
頭の切れるやつ……アーチェ……いや、あれは駄目だ。有り得ない。数ある選択肢の中で、最も愚劣と評して差し支えない。
あのクズ倫理がエルフの能力と融合した時、どんな災厄がこの世にもたらされるか予測できない。あのイカれ錬金術師だけは駄目だ。
オリビア……。やはり、お前なのか? 純然たる俺の味方は……。
【伝心】発動。オリビアへとパスを繋ぐ。
(いま空いてる? ちょっと頼みたいことがあるんだが)
【伝心】に嘘は混じらない。混じらないが、やり方次第で肝心な部分をぼかすことは可能だ。もっとも、何の用だと聞かれたら誤魔化せないわけだが。
それでも感情をある程度絞って伝えることはできる。内心に蓋をするのさ。やつは俺が面倒事を押し付けようとしているなんて思いもしないだろう。
これは【伝心】を使いこなせないオリビアにはできない芸当だ。やつは感情の起伏を誤魔化す術を知らない。
だから、俺の頭の中に届いたのは焦燥に駆られたオリビアの金切り声だった。
(っ! オイ! アンタいまどこにいるんだ!? どこで何してるッ!)
極限まで心急くオリビアの意思が頭に反響する。
なんだ。どうした。何があった。
偽りなき俺の意思を受け取ったオリビアが続ける。
(王都に向かってたやつらが帰還した途端、やつらが内密に動き始めてるぞ! 鉄級のエイトを探して、とっ捕まえて、今すぐギルドまで連れてこいって! お前、いったい何をしたんだ!?)
…………。…………あ?




