哀史の終わり、手向ける花は赤く
「教育……ですか?」
「そうだ。俺は改めて理解したね。あいつらにゃ適切な知識と情操ってもんを叩き込んでやらなくちゃならん」
イカれエルフどもと腹を割った話し合いを経て少々。俺はエルフの族長に初歩的な教育の重要性を説いていた。
あいつらは色々となっちゃいねぇ。倫理を測る尺度からして逸脱している。大勢で寄って集って一人に対し暴行、のち四肢を拘束して拉致、喜色満面で解剖実験ときた。
どういうことだよ。ここは裏社会の深層か何かか? 王都スラムの私刑でもここまでのことはやらねーぞ。過ぎた恐怖はむしろ反発の元になりかねないってことくらい頭のキレるやつなら理解してるしな。どんな形であれ集団を築く以上は越えちゃならん一線ってのが生まれるもんさ。つまり無法地帯の連中でも躊躇うような所業ってことよ。それをどうだ。あいつらときたら好物の食いモンが食卓に並んだ時のガキみてぇにイイ顔を浮かべてやがる。こことここを切って〜ってよぉ。俺の身体でテーブルマナーを学んでんじゃねぇよ。ここは切っちゃだめって……いやどこなら切っていいと思ってんだよ。なぁ。
族長から金貨を受け取りながら続ける。
思うに、あいつらは強すぎるんだよな。産まれた時点で強者の立場が約束された身ってのがよくねぇ。ある程度育ったらなんでもできるっつーのは、つまり学ぶ機会にぶち当たらねぇってことだろ。失敗しないってのはそういうことだ。エルフ……魔力で色々と強化されたお前らは身体能力にも魔法の才にも恵まれていて、寿命も長けりゃ老いとも無縁だ。肉体的な全盛期が長続きするよう調整されてる。それが精神面にも表れてるのかもな。とかく好奇心が強ぇ。退屈とか飽きに耐性があるのか、もしくは未知に対して興味を抱きやすいんだろう。まぁこれは状況証拠からの推測でしかないわけだがね。
族長から茶を受け取り、いい具合に舌を湿らせてから続ける。
その推測を拡大する形になるが……昔の研究者連中は自分らの研究をエルフに継いでもらう予定だったんじゃないかと思ってる。自分らじゃ答えを導き出せない問題をどうにかするには、っていう問いに対して、じゃあ自分らよりも一等優れたやつらを生み出せばいいんじゃね? 的な結論を出したんじゃねぇかな。頭を良くする薬を開発するみてーな馬鹿げた発想で、だがそれが功を奏した。結果として生まれたのがお前らのご先祖さんなんだとしたら色々と辻褄が合う。まーご先祖さんらは戦争に使われるのなんてゴメンだっつってこの場所に引きこもったわけだがね。
それはいい。つまり本能に根差す好奇心に歯止めをかけるってことを知らん。小さい頃から森にいる危険な生物をブチ殺してるから残虐行為に対しても躊躇いが無ぇ。同族だけで固まってるのもよくねぇよな。お前ら、それはちょっとまずいぞっつー指摘をするやつがいないから自分らの行動を省みない。閉鎖社会の闇を垣間見た気分だぜ。そういう悪しき風習を根っこのとこから改革するためにも教育が必要だってわけ。はっきり言うぞ。人の腹を掻っ捌くのは外の世界じゃ犯罪だ。許されないことなんだよ。お分かり?
俺は一気にまくし立てた。
対面に座る族長は、空のように澄んだ瞳をパチパチと瞬かせた。そして困ったように眉をへにゃりと曲げ、頬に軽く手を添え、玉を転がすような声を出す。
「そう言われましても……あんなに綺麗なお腹の中身を見せつけて私たちを誘惑する勇者さまも悪いんですよ?」
「…………?」
なるほど? なるほどね?
二の句が継げないとは、まさにこのことなのだと思った。理解の及ばぬ理屈で責任の所在を押し付けられた時、こうも頭が真っ白になるのか。
それは新鮮な発見だった。むしろ俺が教育される側なのではないか、という錯覚までしてくる始末である。文化の違いって怖い。改めてそう思った。
「そう、か。誘惑……? したつもりはなかったんだが……」
俺は完全に気勢を削がれた。
ここぞとばかりに責め立てようとしたのに俺が悪いことにされたのだ。そりゃそうなる。こんな暴論を展開されたら反論の糸口も掴めない。禁じ手だろこんなの。
族長は俺の内心を察していないようだった。うっとりとした笑みを浮かべて言う。
「人の身体は、神秘の産物ですよ。それを勇者さまは魔力式で完全に再現してる……これはですね、とても凄いことなんです。それが信じられないくらい魅力的で……でも勇者さまはその自覚がないんですよ」
「おん……。そりゃどうも……? それ、褒めてんのか?」
「はい! 摘み方を間違えると消えてしまう幻の花みたいで……とても素敵です!」
詩的だな。時と場合を選べば愛の囁きにでも転用できそうな響きだ。
しかしながらその言葉は人体解剖を終えた後の感想であり、実際に一つの命が消えた後の発言なので、快楽殺人者が語るトチ狂った美学か何かにしか聞こえなかった。
族長が机の上に置かれている俺の手に向けてそろりと手を伸ばす。俺はすっと手を引いて膝の上に置いた。むっと口を曲げる族長に言う。
「まぁ、その異質な好奇心のおかげでクローンが生まれたんだ。一概に悪いことばっかりとは言えねぇよ。だがな……さっきも言ったが外の世界には法があるんだ」
「法、ですか」
「ああ。奪うな、犯すな、殺すな。その他にも色々とある。それを守れねぇやつはとっ捕まって首を飛ばされちまうってわけ。お前らの行動はそれに反するものが多すぎる。だから今のうちに教育を施そうってこった。簡単な理屈だろ?」
「勇者さまはその法を守ってるんですか?」
「いや? だから何度も首を飛ばされたよ。説得力あるだろ?」
「…………? なるほどですねー?」
族長は分かってなさそうな間延び声を出して首を傾げた。
なんでだよ。すこぶる分かりやすい説明だっただろうが。やはり文化の違い……長きにわたる隔絶が生んだ認識の溝は如何ともし難い、か。
流れる時の無情を噛み締めていると、向かいの族長が小さく息を吐いた。緩い雰囲気は既になく、やや俯きがちな顔が憂いを帯びる。
「それよりも……勇者さまの中ではもう私たちを森から出すのは決定事項なんですね?」
「あ? まあな。その前提で話は進めてるぞ。お前らにゃ手伝ってもらいたいこともあるしな」
「……勇者さまの、夢ですか」
「そうだ」
クローン。肉の器。
その生みの親であるエルフの族長には――既に俺の目的を話してある。
「この世界の人間を――魔力式で作られた存在を、全てクローンに置き換える」
元となった人間と全く同一の性質を有する存在、クローン。異なるのはその身に意思と記憶を宿していないことと、魔力に依存しない肉体を保有しているという点である。
「魔物なんつー人造侵略兵器を消すにはこの世から魔力を消しちまうのが手っ取り早い。だがそれは貴族を名乗る連中以外の消滅も意味する。だから存在を器へと移すのさ。意思も、記憶も、そっくりそのまま」
【共鏡】発動。俺は自分の存在情報を抜き出した。右手に集う光の波紋を見て族長が目を眇める。
エルフは魔力の波形やらなんやらを見透かす力があるらしい。前にそう言っていた。この魔法の効果もある程度まで推測できるんだろう。
「存在の、統合ですか」
「ああ。国の連中全員に器を与える。一人残らずな。その後に魔力なんつー物騒なモンを無に還す。そうすりゃ晴れて魔物畜生のいない世界の完成って寸法よ」
途方もない計画だ。前に族長に話した際に正気を疑われたのも頷ける。
いったいどれ程の時間がかかるか。そもそも可能なのか。そう疑問に思っていることだろう。
やってみせるさ。俺はそろそろ心の底から自堕落に生きたいんだよ。
俺は俺を煩わせる全てを許さない。クソみてぇな世界をぶち壊したら、あとは然るべきやつらにその後の処理を丸投げして贅沢三昧の慎ましい日々を送るのさ。それが俺の夢である。
「私たちが、その手伝いを……」
「さすがに俺一人の手には余るんでね。パワーが有り余ってるお前らの力を借りたいと思ってる」
「…………」
「それに……魔力がなくなった後の世界には、お前らが秘匿してる技術が必要になる。魔石の力がなくともあらゆる現象を引き起こす媒体……その智慧を、貸してもらいたい」
「…………!」
エルフの先祖が逃げ込んだのはとある亡国だ。そこに迷彩結界などというよく分からん技術のシロモノを展開し、外界との接触を断つことに成功した。
その後も限定的な人の出入りはあったようだが、結界に守られていない他の国が滅びたことでエルフは完全に孤立。時を経て噂がこじれたことでエルフはなかば伝説上の種族と化したわけだ。
そして結界に守られたこの集落は滅びや風化から逃れ、ところどころに古の技術の産物を遺している。
魔力とは別の力で動いている鉄臭い結界装置はもちろん、非道な実験が行われる解剖所もその一つだ。あんな全てが鉄で出来た建物は見たことがない。
設備の数々も俺たちが使っているものと一線を画している。解剖室の天井には驚くほどに眩しい光を放つ照明がずらりと並んでいるし、つまみを捻るだけで水が飛び出してくる装置まであるのだ。ロストテクノロジーというやつだろう。それが欲しい。
「魔力が消えていく世界に、あんたらが技術を手土産に現れるのさ。諸手を挙げて迎え入れられるだろうぜ。貢献をもとに一定の地位さえ手に入れちまえば逃げ隠れする必要なんてなくなる。悪い話じゃねぇだろ」
人は生活水準の低下に耐え難い苦痛を覚えるもんだ。それを解決してくれるっつうやつらに対して馬鹿な真似は働かないだろう。
中には邪な考えを抱くやつらも現れるだろうが、そしたら上から抑えつける役を派遣すればいい。ライザルやらプレシアの手勢とかな。
俺の言葉を聞いた族長が目を瞑る。永い過去を想起するようにゆっくりと。
「……私たちは、同族から必ず教わることがあります。この森から外に出るな。家族も、同胞も、みな不幸になるからと」
より進化した人類を生み出す。その出自が背負う業から逃れるには、掟で強く縛るしかなかったのだろう。
あらゆる欲に蓋をして、狭い世界でただ生き延びる。俺からしたら気が狂いそうな生き方だ。こいつらは安い串焼きの塩っぱさも安酒を飲み干した時の喉が焼けるような感覚も知らない。虚しいぜ、そりゃ。
「勇者さま。私たちは、この森から外に出たら……不幸になると思いますか?」
「知らん。んなもんは個人の行動次第だろ。それこそ教育次第だな。……ただ一つ言えることがあるとすれば、この世にゃ人の腹を掻っ捌くよりも楽しいことが山ほどあるっつーことだ」
「あの甘美な時間よりも、更に……」
甘美な時間て。いま俺わりといいこと言ったつもりなんだが……なんかこう、響きで台無しじゃねぇか。
俺の内心などつゆほども知らぬであろう族長が顎に手を当てて熟考する。
静かな呼吸音だけが室内に響く。時間という概念に囚われることなく過ごしてきたエルフはひとたび思考に入るとそれからが長い。
再び族長が口を開いたのは、それからおよそ十分ほど後のことだった。
「勇者さま」
「おう」
「私たちは、あなたに協力しようと思います」
いま、この瞬間、俺の計画における最大の懸念が払拭された。
最高峰の智慧と力、そして失われた技術を有するエルフ。こいつらの全面協力さえあれば計画の成就は目前だ。その後のケアも楽になる。
やったぞ。俺はやった。俺はこの身ひとつでエルフに協力の約束を取り付けたのだ……!
「その言葉に、二言はないな?」
「はい。……世界が姿を変えるなら、私たちもこの機会に変わろうと思うのです。この森が揺りかごではなく、私たちを閉じ込める檻であるならば……外へと踏み出しましょう。勇者さまを信じて」
族長が右の手を差し出す。
緩く開かれた手。細く、陶芸品のように透き通るその手は、見た目に反して力強い意志を秘めている。
「契約成立だ。こちらこそ頼りにしてるぜ。俺は利害が一致した契約には全霊をもって応えるさ。あんたらが表へと降り立つ第一歩に相応しい最高の舞台を用意してやるよ」
俺は手を差し出して族長の手を握った。
ここに友誼は結ばれた。世界の命運を覆す……女神の支配を打ち壊すための盟約。繋ぐこの手は新たな世界へと至るための架け橋だ。
「ふふ……言質は取りましたよ? 勇者さまの協力があれば心強いです。私たちも助力は惜しみません」
「助かる」
大きな躍進を果たした俺は確かな達成感に浸りながらも一旦仕切り直すために姿勢を正そうとしたのだが族長がなかなか手を離してくれない。まるで俺とエルフの強固な繋がりを強調するかのようだ。
【膂力透徹】。無理やり引き抜こうとした手をそれ以上の力で制されグイと手を引かれる。この力……! 抗えず机の上に引きずり出された俺に族長の顔が迫る。
「勇者さま……協力、してくださるんですよね? 私……新しいサンプルが欲しいです」
えぇ……。俺は困惑した。俺、さっきからずっと人の腹を掻っ捌くのはよくないって言ってたじゃんね。まるで頭に入ってねぇぞ……。ボケてんのかな。
「族長……俺はついさっきエルフ連中にヤられたばっかりなんだが……」
「足りませんよ。全然足りません。勇者さまの要求は髪や爪の欠片でクローンを作ること……それがどれほど大変か……たくさんのサンプルが要るんです。ね?」
俺は俺の言を質に取られた。協力すると約束した手前いやだと言って逃げ出すこともできない。何より俺の目標を盾に迫るこのやり方……こいつ、成長してやがる……この学習速度……これなら心配は無用、か。
族長が耳元で囁く。
「今日こそ綺麗に摘んであげますね? 上手く出来たら……褒めてください」
それ咲くのは血の花じゃねぇかなぁ?
俺はそんなことを思いながらずるずると引きずられて解剖所まで連行された。計画を盾にされたので仕方ない。これは必要な犠牲……俺はそう言い聞かせてなすがままになった。族長は興奮に上気した頬を隠そうともしない。息は荒く、指先がいつもより弾んでいる。俺が抵抗しなかったことに気を良くしたのか、今日はいつもより手付きがかなりねちっこかった……。




