好奇心が勇者を殺す
見てくれに似合わぬ幼さを有しているのは姉上らだけではなくこいつらにも当てはまることだ。
「勇者さまだ!」
「勇者さまー!」
イカれエルフの集落のはずれにある犬小屋。その中にぽつんと安置された女神像へと飛び、腹這いになって入口から出たところで俺はイカれエルフどもに捕まった。
見た目は十五程度、精神年齢は十にも満たなさそうな連中であるが、その出自からか身体能力はすこぶる高く鍛え上げた大人を軽く凌駕する。
ビュンと飛来したエルフが這っている俺の腕をむんずと引っ掴みグッと引き摺った。服と地面が擦れてザリッと音を立てる。
くそ……先に着替えておくんだった……高かったんだぞこのスーツ……!
俺は無言の抗議をあらわにした。【膂力透徹】、そして【耐久透徹】発動!
引き摺られまいと木の根に指を引っ掛けて耐える。
だが……このパワー……ッ! ぐっ……! 補助を掛けた俺に並ぶ……いや、それ以上……!
「……? なにしてるの勇者さま?」
「けんきゅーのそざい? がなくなっちゃったからねー、勇者さまには協力してもらいたいの。ほら、早くこっち来て!」
転移してからまだ一分も経っていないというのに早くも俺の末路は決定しているようだった。
奴隷制度よりタチ悪いな。家畜でもここまでの扱いは受けねぇぞ……!
人の身体を玩具にすることに慣れきったイカれ種族どもめ。もっともその文化を教えたのは俺なわけだが。
趣味や娯楽が存在しないこの集落において俺は完全に異物だ。女神像から何度でも蘇る俺はこいつらの興味の対象で、あんまりにも面白がるもんだから手品のように見せびらかしていたらどんどん要求がエスカレートしていきやがった。
これ以上は金を取るぞ、と言ってもエルフは金貨を持っていなかった。なので俺が持ち込んだ。
禁制品を金で交換し、渡した金は腹を掻っ捌かせることで回収する……そうしてできあがった経済の輪は、もはや損益の次元を越え、老若男女問わず趣味として楽しまれている。蛮族どもめ。集団で寄って集って腹を掻っ捌くなんて人の社会じゃ犯罪だぞ……!
これでは人の世に馴染めるはずもなし。早いところ矯正せねば。俺は叫んだ。
「待てお前ら……! 今日の俺はそういう気分じゃないんだっ! 人の嫌がることはしちゃいけませんって親に習ったろ……! 分かったら手を離せ……!」
俺の左手を引っ張っているエルフ二人が顔を見合わせる。そしてコテリと首を傾げた。
物の道理を知らないガキのような仕種。その異質なまでの純粋さは、閉じた集落に引きこもって他人との摩擦を経験しなかった故のものだろう。
拙い口調で二人が言う。
「えー? でも勇者さま、いっつも同じこと言ってるよね?」
「やめろ、やめろって言うのにいつも最後はおかねもらって満足そうだし」
「いやよいやよも好きのうちって言うんでしょ?」
「違うよ。体は正直って言うんだよ」
「おい、てめぇらの教育係は誰だ? ちと話をつけなきゃならなぁァァ!!」
俺の言葉を無視してエルフが左腕を引っ張る。
補助魔法は衣服には効かない。理外の膂力で鷲掴みにされたスーツがみちみちと悲鳴を上げる。
この矮躯のどこにそんな爆発力があるというのか。エンデの力自慢にも劣らない肉体強度……これが――存在の根本から魔力で強化された進化人類の本領……!
「だが……オオッ!」
こちとら勇者よ。いつまでもお前らの好きにされてると思うんじゃねぇ!
【膂力曇化】。そして【敏捷曇化】。掴まれた腕を通して補助を発動。馬鹿力の拘束を、それ以上の力技で強引に振りほどく。
「うわっ!」
「おおーっ!?」
力と体捌きのキレを奪われた二人はつんのめって地面に倒れ伏した。簡素な生成りの貫頭衣が土に塗れる。
これは罰だ。お前らも地面で摩り下ろしみたいに引き摺られる側の気持ちになるといい。
「ったく、ガキども……つっても実年齢は知らんが……まぁいい。お前ら、あんまり聞き分けがねぇとコッチにも考えがあるぞ。分かったなコラ」
俺にとってエルフは金の卵を生む鶏だ。今となっては替えの利かない協力者でもある。できれば今後とも宜しくやっていきたい。
だがそれはそれだ。人のことを叩けば音が鳴る玩具だと思ってるフシがあるこいつらの意識は早急に改善してやらねばな。
俺は上下関係を分からせるためとあらば力を行使することも躊躇わない。理性よりも本能が勝りがちなこいつらにとっては言葉よりも分かりやすい薬になるだろう。仮借なき態度で応えてやる必要がある。
俺は堂々たる所作で立ち上がった。服に付いた土をパッパと払い、倒れ伏す二人を見下して言う。
「ふん……身体能力に甘えた未熟者め。俺はもうとっくに記憶も魔法の腕も取り戻してんだ。ヘコヘコしながら無抵抗に腹を掻っ捌かれてた以前の俺と同じだなんて思うなよ?」
対手に弱体の補助をかけ、自身には強化の補助をかける。基本にして王道の戦法だ。
こうしてしまえば、総合的な技量が問われる命のやり取りならばともかく、単純な力比べであれば負けやしないさ。これで格付けは済む。
お前らは下。俺が上。分かったな?
誇示するように鼻を鳴らして睨みつける。
腹這いになって呆け面を晒していた二人は、ぱちぱちと瞬きして顔を見合わせ、そして花が咲くような笑みを浮かべた。
「うわぁー! 今の魔法、すっごい強かった!」
「族長よりもずっと凄かった!」
ほう、なかなか話が分かるじゃないか。俺は感心した。
物わかりの良いやつは嫌いじゃないぞ。教育に手間がかからねぇってのはそれだけで美点になる。あの姉上らを見た後だと一層強く感じるね。
「よーし偉いぞお前ら。立場ってもんが分かってるじゃねぇか。これに懲りたら今後は俺の言うことを」
「それじゃあ第二回戦だー!」
「……あ?」
俺の言葉を遮ったエルフの一人が人差し指をぴんと立てた。腕を天に向けて伸ばして唱える。
「【敏捷透徹】!」
残りのエルフも片割れに倣って唱える。
「【膂力透徹】!」
へぇ……お前らも……補助魔法使えるんだ。
ふぅん……俺の弱体の補助を、相殺とまではいかずとも? それなりに軽減して? そして第二回戦、と。
いやぁ……それはキツいって。
「えーい!」
間の抜けた掛け声。しかしその体捌きは狩猟者のそれだ。
魔力によって変異した凶悪な生物を戯れに狩ってみせるこいつらは一挙一動に無駄がない。理に適っているとでも言うのか。最適を自然体で的確になぞる動きが爆発的なエネルギーを生み出す。
下肢の踏み込みに連動して上肢が撓る。弾丸のような疾駆。咄嗟に【視覚透徹】へと切り替えていなければ反応できなかった……!
まるでじゃれつくように一人目が飛び掛かってくる。狙いは腕。俺は後方へ跳躍して突進の勢いを殺した。
「ぐ、おッ!」
勢いを削いでこの衝撃……! 一般人だったら肩ごと持っていかれてんぞッ!
「わぁー! すごーい!」
「んのクソが……あんま舐めてんじゃねぇぞ……!」
悪ガキは叩いて直す。それが最善だ。勇者をナメた報いは受けてもらうぞ。
左腕にしがみつくエルフに魔法をかける。【聴覚透徹】。
「んん?」
五感強化の補助は強力だ。耳の強化は特に有用とされる補助の一つである。
だがしかし、強すぎる五感強化には相応のデメリットも伴う。人の器官ってのは思ったよりも頑丈じゃねぇんだぜ?
【響声】発動。俺は叫んだ。
「ワッッ!!」
「んぎゃあ!!」
許容量を大きく越えた音を耳で拾った時、人は酩酊にも似た平衡感覚の消失を引き起こす。
腕にしがみついたエルフがびくんと痙攣して脱力した。そのままどしゃりと仰向けに倒れ込む。ふむ、だいぶ目を回しているな。まずは一人。
「やぁー!」
一人目がやられるのを律儀に待っていたのか、残る一人が間の抜けた声を上げて突っ込んでくる。
身を低くしたタックル。面倒な一手だ。足元への攻撃ってのは対処に難儀する。相手が小柄なら尚更だ。蹴り飛ばそうにも軽々と避けられて逆の足を狩られるだろう。
だったら動かなきゃいい。【耐久透徹】。つま先に全力を注いで体当たりを耐える。
「ぐっ……! 遊び気分でじゃれつくなら、もう少し加減しやがれ……っ!」
鉄球が激突したのかと錯覚するほどの衝撃力だ。下手な魔物よりも凶悪な突進力である。足をもぐつもりかよ馬鹿野郎が。
やはりこんなやつらを野に放つのは危険過ぎる。キツい灸を据えて分からせてやらねばならない。過ぎた奔放には手痛い代償が付き物なのだと。
【隔離庫】。イカれエルフ謹製の麻痺毒が入った瓶を取り出す。
蓋を取る暇すら惜しい。【膂力透徹】発動。握り潰して麻痺毒液をばら撒く。
「うわぁ!」
この麻痺毒は経口摂取で効力を発揮する。浴びせ掛けたところで効果はない。故にこうする。カジノで身に付けた新技術だ。俺の進化を甘く見るなよ?
【風殺】発動。降り注ぐ水滴の一つ一つに狙いを定めて落下の勢いを削ぐ。地へと引かれる力を操作――軽減――拮抗――反発――歪曲。
力の流れを捻じ曲げて麻痺毒を中空の一所へと集める。そして無防備に口を開けているエルフの口内へと放り込む。
「わぷッ! んぐ! う……っ」
「自分らで開発した麻痺毒の味はどうだ? ん? 遠慮せず味わえよオラッ!」
「ぁ……」
あらゆる毒の麻痺成分だけを抽出して調合した麻痺毒。その速効性と効果の程は姉上に飲ませて実証済みだ。魔法行使阻害の効果もあるため回復魔法での解毒も許さぬ優れものよ。
虚脱状態に陥ったエルフが俺の足から手を離して倒れ込む。これにて制圧完了。
個別に襲ってきたのでなんとか対処できたが……同時に来られてたら危なかったな。こんなくだらん諍いでエクスを使うわけにもいかんし。
「ったく手間取らせやがって……つーかなんで戦いになってんだよ。おかしいだろ。俺はただ研究の成果を確かめに来ただけなの……に……」
ずらり、と。
ふと頭上に目を向ければ、数十人のエルフが枝の上に立って俺のことを見下ろしていた。その目は面白い玩具を見つけたガキのように爛々と輝いている。
「……嘘だろ」
「勇者さま、こっそり遊んでてずるい! 私とも遊んでー!」
「遊んでー!」
「わーい!」
ひょいと軽い調子で飛び降りたエルフどもが着地と同時に殺到する。今度は一斉に飛び掛かってきた。一糸乱れぬ連携はまるで一個の生き物のようだ。隙という隙が見当たらない。
「ざけんな馬鹿! このクソ蛮族どもがッ! やめっ、あっ、ちょっ! 土魔法の拘束は反則だろッ! 人の話を聞け! クソがーッ!」
やはり……エルフはこのままでは駄目だ。知性が足りなさ過ぎる。人の社会に放り込んだら問題しか起こさねぇぞ……。
教育が必要だ。肉体を活かした狩猟と採取のみで営みが完結しているため、こいつらには社会性というものが備わっていない。一般的な常識を蛮族思考に叩き込んでやる必要がある。
俺の計画にはこいつらの協力が欠かせない。ならばこれも必要経費……。覚悟しろよてめぇら。従順な俺の手先になるよう改造を施してやる。俺は解剖台の上でそう強く決意したのであった。




