勇者ガルド、カジノで覚醒する
魔法とは何か。それは魔力を特定の式に落とし込むことにより発現した現象だ。
発現する現象は多岐にわたる。
物質の創造。形質の変性。機能の増幅。事象への干渉。
数え上げればキリがない。汎用性に富みすぎている。魔力や魔法が人々の生活基盤に食い込んだのは必定と言えよう。
そんな便利な魔法は扱うにあたって一定の才能を要する。才を有さなかった者はどうあがいても魔法を扱えないが……そのために誰にでも使えるよう調整された魔道具がある。
魔物から採れる魔石は魔力の伝導に優れているので、適切な式を刻めば簡易的な魔法の発動――現象の発現が可能だ。
発光や発火、保冷や放水。人の豊かな生活には、今や魔石の力が欠かせないものとなっている。
魔力。呆れるほどに便利な代物だ。恐らく……うまいこと式を練れさえすれば、人が想像しうる範疇の現象程度なら全て再現可能なのではないだろうか。
ガキどもが描いた『クズ勇者のその日暮らし』なるクソ漫画に出てくる勇者はくず石を金に変える魔法を使った。
ガキらしく単純で、しかし素直な発想と言える。そんな魔法がありゃ大儲け間違いなしだろう。現実的に儲けるなら相場の暴落を防ぐために流出量を抑え、からくりを探られないよう複数人の仲介を雇う必要はあるだろうが。
しかしながら、俺の知る範囲では鉱物を金へと変質させる魔法は存在していない。
鉱石類に干渉して他の物質を変質を促す【修復】あたりを上手く弄ればいいのは感覚で分かるが、どう式を構成すればいいのかは不明だ。とんでもなく難しいことだけは確かだろうな。
俺は補助魔法を高い水準で扱える。そう作られた。
だが、造物主が想定、設計した以上のことはできない。昔の連中ですら開発に難儀するような魔法は……現時点では使えないと見るべきだ。
……魔力そのものである魔王ならば或いは未知の魔法を使えるのか……だけどあいつでも魔物を産み続ける式の解明はできなかったしな……。
「黒の二十四番」
「おお、今回はツイていたようだ!」
「あら手厳しい。私は女神様に見捨てられてしまったかしら?」
賭けは順調に進んでいる。胴元である国にとり、極めて順調な推移だ。
俺は一喜一憂の演技をしている同卓の連中を尻目に姉上らをチラと見た。
「も、もう一回! 今度こそ……次こそは絶対に赤に来るんだから……!」
淵源踏破の勇者様は深いカジノの沼に沈んでいた。
つい先程まではディーラーが贔屓していたので馬鹿勝ちしており、ウキウキで戦果を俺へと報告しに来ていたのだが、調子に乗ってベットを増やしたところをごっそり持っていかれてあのザマである。
金貨を固く握りしめ、身を乗り出しながら血眼になって玉を見つめる様は、民衆が奉じる人品骨柄卑しからぬ勇者様とは掛け離れたものであった。良き哉。
「…………三か。なら、高いに賭ける」
「カードオープン。……一、ですね。私の勝ちで御座います」
「…………チッ」
至高天坐の勇者様はその高みから順調に転がり落ちていた。
こちらもディーラーの手のひらの上で踊っていた時は有頂天の鼻高々だったのだが、一度下り坂で転んだら奈落まで真っ逆さま。下々の民がするような舌打ちを披露する始末よ。
不機嫌を隠そうともせず乱雑に足を組み、急く気に任せて遊戯卓を指で小突く様は、民衆から憧憬を集める明鏡止水の心持つ勇者様とは似ても似つかぬものであった。良き哉。
「黒の三十三番」
「ふぅ、どうやら今日は女神様にそっぽを向かれているみたいね」
「商売の神には愛されているのだがね。ははは」
「ふむ……」
斯く言う俺も順調に負けを重ねている。一回に賭ける量が多いので負ける側に回されているのだ。
四回外れを掴まされ、そこでようやく一回当ててもらえる。こんな調子では金が増えるわけもなく。
周りの客との雑談やドリンクのサービスタイムを挟みつつ賭けに興じること約一時間。俺は約六十枚の金貨をスッていた。
返す返すもくだらねぇ。負ける前提、という暗黙のルールがチラつくせいで全くと言っていいほど熱が入らない。
エンデの馬鹿どもの喧嘩試合は良かったなぁ。あれは中々に熱くなれた。賭ける側はもちろん、胴元としても美味しい思いをさせてもらったしな。まぁ……最後は『遍在』に種を見破られて台無しにされたわけだが。金級はいつも俺の邪魔をする……。
「黒の三十五番」
面白くない賭けをしている時は思考が脇道へと逸れる。
ぼーっとしていたらまたもや負けだ。ディーラーめ。完全に俺のことをカモろうとしてやがるな? それとも同卓のやつらは店側の仕込みか。
なんにせよ、やはりヒリつかんな。湿気た薪を焚べても火勢は強まらず、ただモヤモヤと煙が立ち上るのみってね。
「黒の十一番」
「なんで!? また黒!? おかしいでしょッ!」
一方、カジノの裏事情を知らない姉上は随分とヒートアップしているようだ。
やっていることが単純で、勝ち負けのルールが明快であるが故に勝率が著しく偏ると理不尽感に襲われる。そしてどんどん引き返すこと敵わぬ深淵へと沈んでいくわけだ。賭けは魔法なんぞよりも奥深いぞ、姉上よ。
「……カードオープン。十なので私の勝ちで御座います……」
「……………………」
もう一方も随分と熱くなっている様子である。
セオリーに従えば順当に勝てるはずのゲームなのに面白いくらいに外れを引き続けているとあってその眼は鋭い。匠の仕上げた名剣もかくやである。
あーあー、漏れ出した圧にビビってディーラーの男が震えちまってら。ま、いい精神修養になったんじゃねぇの、姉上よ。
「さて、と」
目的は滞りなく果たせそうである。
それを確認した俺は革袋から十枚の金貨を取り出した。同卓の客、ディーラー、そして周りで警備している黒服連中に見せ付けるように金貨を積んでいく。
「どうやら……今日の私はとことんまでツキがないようだ。これは良くない流れです。邪念を落とし、禊を済ませるとしましょうか」
通常、カジノの賭け金は一度に金貨一枚から三枚ほどである。そういう流れがある。まぁ、あまり多くの客が大金を賭けすぎると誰を勝たせる勝たせないの調整が面倒くさくなるからってんで胴元がそう決めたのだろう。
俺は金貨十枚を積み上げた。金貨タワーの根本を指でついと滑らせ、その流れで一本指を立てる。
「赤の一番。オールイン」
「おお……!」
賭け金の枚数を跳ね上げる時。それは賭けを終わらせる時だ。金持ち連中による『私はこれだけ羽振りがいいですよ』というアピールタイム。俺がやったのはそれである。
一つの数字に一点賭け。当たるわけがない。元より当たらない。なぜならば、このルーレットは胴元がどのポケットに玉を入れるか選べるのだから。
そして――だからこそ、俺は今回の賭けに勝つ。
「あらあら、随分と男前でいらっしゃること」
「お褒めに与り光栄です、マダム」
「ふふ……じゃあわたくしも冒険してみようかしら。赤の二十三番に三枚」
俺の隣に座っている三十手前辺りと思われる女は俺に続いて一点賭けをした。
赤の二十三番。俺の二つ隣にあるポケットだ。その間にはゼロが二つ並んだ数字……玉が入った時点で全員が強制的に負けとなるポケットが存在している。
天才的なシステムだと思うね。これがあったら胴元側は絶対に勝つじゃねぇか。それこそ当たりの数字を操作できなくても胴元が勝つ。本当に賢いシステムで、故にこそ穴がある。……いや、穴を塞がせてもらう。
「おお……お二人ともお若い。私は黒に賭けさせてもらうよ。金貨三枚」
卓の上に合計十六枚もの金貨が並ぶ。恐らく、今日一番の盛り上がり時だ。さて、このタイミングで胴元は……ディーラーは玉をどこに入れようと思い至るか。
決まっている。ダブルゼロのポケットだ。
ああくそ、惜しかった! あと一つずれていたら当たりだったのに!
そういう演出を狙える。というかお約束だ。カジノの常連は全員胴元が数字を操作出来ることを承知の上で来るし、大まかな流れというものを理解している。
顔を売るため、私財を投げ打って行うパフォーマンス。お代は締めて金貨八十枚ってか。
くだらねぇ。重ね重ね面白くねぇ。だからこそ……俺がひとつ華を添えてやるとしますかね?
ディーラーが玉を放り込んだ。同時に式を練る。
【不倶混淆】発動。俺は目の前の遊戯版へ向けて不可侵の極小空間を作り上げた。
魔法の発動を感知する魔道具の反応は――なし。くくっ……やはりこの魔法は傑作だ!
隠者の外套。世界という舞台から限定的に逸脱する効果を持った呪装。
その構成を模した式にかかれば魔法の発現さえも誤魔化せる。とくと御覧じろ。これぞ勇者の真骨頂。補助魔法の神髄よ!
カラカラと小気味いい音を立てて玉が盤面を駆け回る。
それを見届ける者たちの顔には興奮も期待も浮かんでいない。予定調和なのだ。何もかもが。こいつら全員押し並べて、涼しい顔の裏では次に吐く台詞を冷徹に計算しているのだろう。成功者特有の冷たい打算の熱が透けてくるようだった。
悪いな。台本通りにゃいかないぜ。盤面をそっくりひっくり返してやる。
これから【不倶混淆】と併せて使う魔法は【風殺】だ。
地へと引き寄せられる力場を薄める魔法。これさえあればどんな高所から飛び降りても無傷で着地できる。実に限定的な魔法だ。
だがそれで終わりじゃない。出力を更に引き上げる。力の緩和から相殺へ――そしてその上の段階、反発力を生むレベルまで。
力の方向を捻じ曲げる力場をダブルゼロのポケットに設置する。力の終着点はその隣、俺が賭けた赤の一番へ。
玉が入れば一点賭けの大当たり達成。配当は貫禄の三十六倍。金貨三百六十枚のボロ儲けって寸法よ!
成功するかは不明だ。なんせ一発勝負だからな。
魔法の発動が感知されれば俺の負け。バレなければ俺の勝ち。確率は……多めに見積もっても五分と五分、か。
分かりやすい構図じゃねぇの。操作された赤と黒なんかよりも、落ちてみなけりゃ分からねぇ白黒勝負の方がよっぽどアガる……!
一呼吸。段取りはそれで十分だ。
眼前、手を伸ばせば届く距離にある遊戯盤へ不可視の種火を注ぎ込む。やれる。やる。
平静の面を崩すことなく、俺は魔法を発動した。
【不具混淆】と既存魔法の融合。
出足を悟らせぬ達人の初撃が如く、その魔法はあらゆる知覚を掻い潜る。名付ける。
【風殺・理逸】。
瞬間――――
ビィィィ、と。
幾重にも束ねた繊維を力尽くで引き千切ったかのような音が室内に鳴り響いた。日常生活ではおよそ聞くことのない異質な不快音はそれだけで聞く者を萎縮させる。
カジノの空気が一変した。富裕層を満足させるための洒脱な雰囲気が霧散し、鬼気を帯びた黒服がザッと靴音を響かせて殺到する。
あの音は――魔道具が発する音だ。魔法を構成する式の生成を感知した際、大音量を出して警告を促す魔道具の警告音。
イカサマがバレた?
否。俺の発動した魔法は完璧だった。会心の手応えが今も身体の内側を奔っている。魔道具ごときに感知されるわけがない。
そしてその事実を裏付けするかのように、わらわらと現れた黒服は俺が座る席の後ろを走り抜け、ある一つの卓へと殺到した。
俺は左を向いた。そして深くため息を付いた。
警報の音源。イカサマを感知した魔道具が備えられている卓は、一人の女がぽつんと座っているルーレット台であった。
一体なにやってんのかね……あの馬鹿姉は……。
握り拳を膝に乗せ、ぷるぷると震えながら縮こまる淵源踏破の勇者様の勇姿を見て――俺は再度深くため息をついた。




