舌鋒、単刀に破れる
上意下達が徹底してなされていたならば、自国の王が御座す城の入口を守る門衛が大あくびを晒すことなど有り得ないだろう。
つまるところ、国の上層部連中は国家運営に差し障りが出る情報の拡散を堰き止めている。厄介事は内々で処理して揉み消せば、国の中心から末端に至るまで乱れることなく平和な日々が続くってわけだ。
民の安寧第一とは実に健全な政治体制じゃないか。熱心なことだ。為政者の鑑だね。
そんじゃちと邪魔しに行きますか。【隠匿】発動。
警備に駆り出されているのは平和ボケした衛兵ばかりだ。練度の低い連中の目を誤魔化す程度ならば存在感を消すだけで事足りる。
「姉上は中にいるんだろ? はよ扉開けてくれや。にしても……国の中枢がこの体たらくで本当に大丈夫なのかね? ちっとはエンデやスラムの連中を見習ったほうが良いんじゃねぇの?」
どうやってここに?
謁見の間の前に控える門衛にそう尋ねられたので、遠回しに気を抜きすぎだと警告しておく。
まぁ、なん年なん十年と危機的状況に陥ってなけりゃ気も抜けるか。この辺は個人ってよりも国の責任かもな。そんなんだから王都の中で盗難騒ぎが起きても後手に回るんだぜ。
「開けろと言われましても……」
「合図があるまでは、誰も通すなと仰せつかっておりまして……」
これがもし姉上だったら、こいつらはすんなりと扉を開いたんだろうな。信頼されてないってのは嫌になるねぇ。
門衛という役職柄、勇者と接する機会が多くなるので慣れが生じる。すると威光によるゴリ押しも効かなくなるわけだ。めんどくせぇ。
「ならいい。勝手に開ける。おらどけ」
「あっ……!」
いくら勇者の威光が通じないとはいえ、平民と同様の扱いを受けるというわけではない。んなことしたら結構な確率で縛り首にあうだろう。同じような馬鹿を生まないための見せしめとして、な。
というわけで無理やり押し通らせてもらう。
【膂力透徹】発動。無駄にでかい両開きの扉を押し開ける。
「何者だ! っ……!」
「ガル!」
「ガル、遅いぞ!」
謁見の間へ踏み入ると同時、武官の怒声と姉上二人の喜声が響く。
中にいるのは……武官と文官のトップと貴族数人、そして宰相と国王のおっさんか。国事を担うお決まりの顔ぶれだ。
プレシアが貴族の伝手を利用して勇者を呼び出したのがつい先程のことなので、こいつらは緊急で招集されたのだろう。
悪辣な呪装を用いて国家転覆を目論む集団がいる。
プレシアはそう嘯いて勇者を招聘させた。そこそこの権力を持つ貴族を手籠めにして、国の許可を得ずに行われた独断だ。騒ぎになるのも無理はない……どころか全く当然の流れといえる。上層部としては気が気じゃないだろう。
俺はぷらぷらと片手を挙げた。平静を態度で見せ付けて言う。
「おーおー毎度雁首揃えてご苦労さん。会議は順調に踊ってるか?」
軽口を叩いてみるも返答はない。まあ当然か。ここは謁見の間だからな。
無駄に複雑な礼儀やしきたりを有り難がる連中はここでは揃って口を噤む。不用意な発言は不敬にあたるとかなんとか。俺に言わせりゃくだらん見栄だ。
「議題は……そりゃ決まってるわな。勇者の招聘と国家転覆計画の真偽確認、あとは国賊の末路ってとこか。違うか?」
あえてゆったりとした所作でレッドカーペットを歩きながら宰相へと問う。
有象無象に問いただしても時間の無駄だ。実質的なトップであり、国の指針決定を担っている宰相に直接尋ねるのが手っ取り早い。
俺の視線を受け、宰相は顔を強張らせて唾を飲み込んだ。震え混じりの息を吐き出す。
「……その通りだ、勇者ガルド殿。我々は此度の騒動の真相と顛末の仔細を……勇者シンクレア殿並びに勇者レイチェル殿から伺っていた」
「姉上らはなんと?」
「……事は全て勇者ガルド殿が請け負った。ゆえに万事問題なし、と。先程から、その一点張りである」
いや俺の言葉をまんま伝えたのかよ。もう少しこう……いい感じに捻って伝えろや。ガキの伝言ゲームじゃねぇんだぞ。
適当な嘘をでっち上げて説得力を補強するとかさぁ、そんくらいの布石を打って俺がやりやすいよう場を整えておいてくれてもいいんだぞ?
俺はそういう思いを込めて姉上二人を睨んだ。姉上二人は『どうだ、言われた通りにやってみせたぞ』とでも言いたげな笑顔を返してきた。
史上稀に見るほどの見事なアホ面である。褒めてねぇんだよ。誇るな。恥じろ。
とはいえ口を滑らせなかったのは評価に値する。余計なことを言われてないならどうとでも誤魔化しが効くからな。
「二人から聞いてんなら話は早ぇ。つまり、そういうことだ。今回の件はもう片付けたから安心していいぞー」
具体的な内容を伏せたのは不信感を煽るためだ。まずは場を温めてやる必要がある。
俺は以前国へ対して盛大に喧嘩を売った。勇者と魔王、そして女神という至極便利な統治の仕組みを破壊すると宣言したのだ。
国を運営する立場にあるこいつらからは確実に良い目で見られていない。安心させるために適当な嘘をでっち上げても猜疑の目で見られるのは明白である。
ならば火を付けたほうが――いっそ効率的というものだ。
「安心していい……? それは、少々放言が過ぎるのでは?」
俺の言葉に食い付いたのは武官のトップを担っている男だった。
「我々には王都を守る責務がある。国賊の処遇に関する話を、そのような無責任な言葉で終わらせる気にはなれん。……ことの仔細を聞かせてもらおう」
こりゃひでぇな。安心していい、ってのが姉上らの発言だったらこいつらはさっさと解散してただろうによぉ。信頼されてないってのはつくづく嫌になる。
もっとも……その方が好都合なんだがね。嫌いなヤツの口から出てくる正論ってのは耳に痛いもんだからな?
「王都を守る責務だぁ? おいおい大きく出たじゃねぇの! つい最近、王都内で搬送中の呪装を盗まれたってんで右往左往して勇者に協力を依頼してたのはどこの誰だったかなぁ?」
「…………っ」
「それによぉ、今回の件が発覚したのだって外部の女からの垂れ込みじゃねぇか。巡回の連中は何をしてたんだ? そこら辺をほっつき歩くのが仕事だってんなら、んなもん孤児のガキにだって務まるぞ」
「…………」
武官の男は反論できぬと悟ってか歯を食いしばって俯いた。これでよし。
次は……俺のことを憎々しげに睨んでいる貴族のお偉方の番だな。
「まあ、事の発端がスラムだってんじゃしょうがねぇか。あそこは貴族様方が何故か巡回範囲から外すように命令してるみたいだしな?」
俺の発言を聞いた瞬間、数人の貴族連中がさり気なく視線を外した。間違いなくスラムが生みだす甘い汁を啜っている連中だろう。
「俺が調べたところによると……何人かの貴族様はお忍びで足繁くスラムに通ってるそうじゃないか。俺ぁてっきり反乱分子の調査に赴いているもんだと思ってたんだが……違ったんですかねぇ?」
自分がやられたらクソほど腹立つであろう声色を意識して貴族連中へと問い掛ける。同時に視線を向けるも、ついぞ誰とも目が合わなかった。
いいね。いい感じに場が温まってきたぞ。
俺は盛大に溜息を吐いた。舌打ちを一つ混ぜ、髪をがりがりと掻いて言う。
「あーあー、ちと突っついただけでこのザマだ。もうちょい張り合ってくれねぇと弱いものイジメみたいになっちまうじゃねぇか。スラムの連中の雑草根性を見習えっつの。あいつらは……もっと手強かったぞ」
会話の中でそれとなく勇者ガルドがスラムに干渉していたという事実を匂わせる。こういう布石が後の説得力に繋がるのだ。
こつこつとそれらしい事実を並べておけば、荒唐無稽な嘘でも事実であると錯覚させられる。
俺は柏手を打った。注目を集め、場を掌握する。
「そんなに知りたけりゃ教えてやるよ。今回の国家転覆事件はな……全部、俺の仕込みだったんだよ」
もちろんながら嘘である。第一、そんな計画が進んでたなんて俺もついさっき知ったばかりだしな。
「スラム住みの一部過激派が不穏な動きを見せてたのは把握してたからな。先んじて潜入捜査をしてたってわけよ。お前らなら知ってるだろ? そういう小細工は……俺の領分だ」
【偽面】発動。顔と声を宰相のものへと切り替える。
「俺なら潜入の方法に事欠かない。だから暇な時に調査をしてたんだが、だいぶ根が深い問題だってことに気付いてね。連中を焚き付けつつ機を見計らってたんだよ。取りこぼしがいたら面倒なことになるからな」
【偽面】解除。ざわつく連中を意に介さず続ける。
「要は始めっから終わりまで俺の手のひらの上ってわけよ。既に反乱の元は絶った。だからもう安心していいぞって言ったわけ。お分かりいただけたかな?」
「……反乱の元を絶った、という部分をぼかされると安心できぬな。具体的に、どうしたのだ?」
武官の男の発言。まだ俺を疑っているのだろう。安心しろという発言は建前で、その実スラムの連中と結託しているのではないか、と。
実際その通りなんだけどね。だがバレなければいいのよ。狡猾なあいつらが平和ボケしきった衛兵に後れを取るはずもなし。この程度ならちょいと脅せば強引に押し切れる。
「おい、貴様。さっきから黙って聞いていれば何なんだ? まさかとは思うが、私の弟を疑っているんじゃないだろうな!」
おっとここで脳筋姉上の邪魔が入った。俺を慮るその気持ちは非常にありがたいのだが、話が拗れるので黙っていてもらいたい。
さっと左手を挙げて姉上を制する。挑発するような笑みを消し、真顔を作って言う。
「ここは謁見の間だが……俺がしたこと全てを具体的に言ってもいいのか? 俺がどういう補助魔法を使えるのかを知ってるお前らなら分かるだろ?」
【洗脳】、【伝心】、【痛覚透徹】。あらゆる補助魔法は使い方次第で惨劇を彩ることが能う。練度が高ければ尚更だ。そのことは上層部連中が知っているはずだろうに。
【魅了】発動。対象に強い印象を与えるこの魔法は、時と場合を選ぶことで好感の情を反転させる。
「全員処理した。それで十分だろ?」
言葉を重ねるのは時に愚策となる。相手の想像力に委ねることで効果的に働く脅しもあるのだ。
謁見の間をさっと見回す。どいつもこいつも蒼白の表情だ。
脅すばかりでは効率が悪い。ここで一つ恩を着せて揺さぶるとしよう。
「ま、そういうわけだから安心しろって。俺もただ遊び呆けてたってわけじゃないんだぜ? 言っとくけど『隠者の外套』が盗まれた件が穏便に解決したのも俺が協力したおかげだからな」
嘘は言っていない。全てを詳らかにしていないだけさ。
呪装盗難騒動がどう収束したかってのを俯瞰してみると俺の功績は大きい。騒動が大きくなった過程に目を瞑れば完璧である。
「なんだと……? そんな話、聞いていないぞ」
「そりゃそうだろ。言ってなかったからな。解決してやったぞーって馬鹿正直に報告してみろよ。てめーらは『勇者様に頼めばいいんだ!』っつって増長するだろうが。そうならねぇために黙って解決してたわけだが……どうやら間違いだったみたいだな?」
【心煩】発動。言葉を通して不快の感情を逆撫でる。けして忘れぬよう屈辱を刻みつける。
「国を守る? 平和を守る? 口だけじゃねぇか。ここにいるやつらん中で、本気で考えて行動に移してるのは何人いるんだ? あ?」
事は既に『国家転覆事件の詳細追究』から『危機を未然に抑止できなかった連中への責任追及』へと変わっていた。俺がそう誘導した。
論点ずらしもいいところなのだが、俺の言い分に反論できないやつらは強く出ることもできない。
「酒場で飲んだくれてる衛兵。勇者を称える美辞麗句を考えることが仕事だと思ってる文官。飯食ってクソして寝てりゃ平和が続くと思ってる民衆。そいつらがやらねぇから俺らがケツを拭いてやってんだよ。国のためだなんて大義名分を掲げて気持ちよくなりたいならまず本気になれや。以上。なにか質問のあるやつは?」
反論のあるやつなど誰もいないだろう。俺の話の半分以上はでっち上げだが、こいつらがほうけている間に国家転覆の計画が進んでいたことと、俺がそれを――形はどうあれ――片付けたのは事実である。鬱陶しげな態度を露わにするやつはいたが、直接文句を言ってくるやつはいなかった。
この流れなら俺に歯向かうやつなどいやしない。そう思ってたのだが。
「勇者ガルドよ」
それまで玉座に腰掛け沈黙を貫いていた国王のおっさんが口を開いた。
「此度の騒動、収束に向けて尽力したこと、まことにご苦労であった。また、お主の発言の数々を否定できる者はおるまい。王都に在りながら暗躍の影を掴めなかったのは我々の不手際である。現状の改善は急務となるであろう」
「おっ、さすがおっさんだな! 他の誰よりも事態の深刻さを分かってくれてるぜ」
やはり話が分かる。王の血筋がそうさせるのか、はたまた本人の資質なのか。この流れで素直に非を認められるやつが一体何人いるか。
箱入りで育てられたがゆえに純粋で、肥大したプライドを有していない。その柔軟さが嫌いになれない理由だ。
俺は相好を崩した。おっさんもほんの少し口角を上げ、しかしすぐに真顔を作る。
「全てを認め、しかしその上で言おう。勇者ガルドよ」
おっさんは純粋だ。故に――
「わざと露悪的に振る舞わずとも、よいのだぞ?」
俺が苦心して整えた盤面をひっくり返すことも躊躇わない。
「……はぁ。そりゃどういう意味だ?」
「人は苦杯を舐めることで過ちに気付き、そして改めるものだそうだな。お主は自ら毒となって皆に辛酸を飲ませようとしておるようだが、そこまで責務を負わなくてもよいのではないか?」
台無しだ。そりゃねえぜおっさん。腐った病巣を取り除くにはずけずけと切り込むやつがいねぇと駄目なんだ。恨まれるやつが要る。俺がその役目を買ったんだ。
そういう裏の事情をバラされると策の効果は薄くなる。透けた打算ほど意味を為さないものはない。俺は心からの溜息を吐いた。
「おっさんよお……前にも言ったろ。コストパフォーマンスだ。その場に合わせた最適な選択ってもんがあるんだよ。チッ……せっかくうまいこといってたのに、これじゃまた同じことの繰り返しだ」
「最適な選択、か。我はそうは思わんぞ」
「あん? どういうことだ」
「いかなる理由があれど、真に国を憂いておる者が、そうでない者に冷視を注がれるなどあってはならぬ。それが正しい有り様だというのならば、コストパフォーマンスという理念など解せぬままでよい」
……ほんとに、この取り巻き連中の中からどうやってこの王が完成したんだか。血筋ってもんに空恐ろしさを覚えるね。最後まで残ったのがこの国だってのも頷ける話だ。
「そうだよ、ガル」
右肩に手が置かれる。撫でるような手付き。シンクレアの手だ。
「無理して悪者になんてなる必要ない。私たちは、ちゃんと分かってるから」
分かってねぇな。俺は無理などしていない。開き直っただけだ。
「その通りだ、ガル!」
左肩に手が置かれる。ガシと掴むような不躾な手付き。レイチェルの手だ。
「お前には何か……そう、何か考えがあるのだろう? 分かってる、分かってるぞ!」
何も分かってねぇじゃねぇか。脳筋め。お前らがそんなんだから俺が考えなくちゃならねぇんだろうが。
「はぁー……チッ、萎えたわ。せっかくあと一、二時間はネチネチと失態をあげつらってやろうと思ったのによぉ……」
「ガル、さっきから言おうと思ったんだけど、そろそろ言葉遣い直しなさい」
「陰湿だな。ストレスでも溜まってるのか? なら前みたいに訓練でもするか! 今日は私が勝つぞ!」
「うるせぇ馬鹿姉ども! とことんまで台無しじゃねぇか! クソがっ!」
「クソとか言わない!」
「馬鹿とはなんだ! 昔みたいにレイ姉と呼べ!」
馬鹿二人がゆさゆさと肩を揺さぶってくる。
あーあーどうすんだよこれ。こっからどう話を戻せばいいやら。まだ刺してない釘が何本も残ってるんだぞ。
仕方ねぇ……的を絞るか。
【無響】発動。馬鹿姉二人を黙らせる。
【膂力透徹】発動。二人の手を引き剥がす。
俺は宰相に向き直った。
「だいぶ話が逸れたが……まだ言うべきことは残ってるんだな、これが。ツラ貸してくれや宰相さんよ。ここでするのはちっとばかり憚られるような話をしようじゃねぇか」
俺が乱入してからずっと強張った顔を崩さなかった宰相は、鼻から大きく息を吐きだし、悲壮感すら感じさせる面持ちで頷いた。
さて、宣戦布告第二ラウンドだ。




