クビを切る
大変長らくお待たせしました。本日より更新再開します。
前話になんかふざけた話が挟まっていますが、時系列的には152話「陰の地に光満ちる日」の直後となります。
また、今回の章は諸事情により二日に一話の更新となります。ご了承くださいませ。
災い転じて福となすとはよく言ったもんだが、今の俺の状況を言い表すならば、災いなれども福にもなり……ってとこか。
「ガルドさん、指示通り俺の部下は外に向かわせました。最低限の量は闇市に流すとして、残り八割程の禁制品は融通できるかと」
「そうか、ご苦労」
「シノギの方も話の進め方次第ですが、概ね問題ないんじゃないですかね。シクスが……いや、勇者ガルドさんが事を起こす気だってのを嗅ぎ付けたら、闇市の連中は投資を惜しまないでしょう」
「だろうな。計画通りだ」
失せ物探しという目的を果たした冒険者連中はすぐさま王都を発った。ちょうどいいので俺はライザルの屋敷でこれからの話をしている。
冒険者連中は少しばかり頭が固い。グレーな手法を用いて事を進めると知られたら話が拗れる。禁制品や呪装を転がして儲けるなんてのはやつらにとっちゃ馬鹿げた話だろうからな。滞りなく話を進めるためにはエンデに帰ってもらったほうが都合がいい。
「私たちも今まで通り色街で網を張りつつ国の動向を窺うわ」
「ああ。だが性急な接触はよせ。勇者を私事で呼び出したお前はマークされている可能性が高い。その話は後で俺が国の連中と話をつけるが……あいつらも阿呆じゃねぇ。暫くは目立つ行動を控えとけ」
「分かりました」
王都のスラムを牛耳る二大勢力、武力と権力のトップであるライザルとプレシアが神妙な顔をして頷く。その所作からは反抗的な意思や、一杯食らわせてやろうといった企みは認められなかった。
こいつらは上澄みだ。華の王都の片隅、落伍者と無法者、そしてそれらを食い物にするくせ者が吹き溜まる陰の地でのし上がった強者。権謀術数の流れと弱肉強食の掟に抗って相応の地位を獲得した傑物。
その二人が恭しく俺に頭を下げている。
いやぁ……どうしてこうなったんだろうな?
理屈は大体分かっている。
俺が作ったシクスという人格は、俺が思った以上に方方で過大な評価を下されていて、かつその正体が勇者ガルドだったってんで大きな説得力を持ったんだろう。
勇者ガルドの名前はそこまで市井に知られていない。国の連中が存在を大っぴらにしていないことに加え、姉二人の活躍がでかすぎるのだ。
魔王征伐に向かったまま音沙汰なしの俺のことなど大半の人間が忘れている。地方に住む連中なら勇者は二人しかいない思っていてもおかしくない。
しかし王都ともなれば別だ。
俺はちょくちょくあの姉上らに連れられて王城に出向いている。目撃者をゼロにすることはできない。あれは誰だとなるだろう。必然、活躍の度合いはともかく名は知られることとなる。
そして情報通のこいつらやスラムの上澄みなら『勇者ガルド』という存在を正しく認知していてもおかしくない。
……シクスの正体がバレたのは本当にひどいやらかしだった。姉上らが暴れてると聞いて冷静さを保てなかったとはいえ……アレはない。過去に類を見ないほどの失態だ。
おかげで俺はもう二度とスラムに顔を出すことができなくなった。あんまりちょこちょこと顔を出していたら騒ぎが大きくなりかねない。数少ない俺の暇つぶしスポットだったんだがな……クソが。
思わず吐き出した息は想像以上に室内へと響いた。
負の感情が込められていることを鋭敏に察知したのか、プレシアが小さく肩を震わせた。
「あ、の……今回の件は……私が早とちりして、お手を煩わせることになってしまって……申し訳、ありません」
ふむ。俺は【六感透徹】を発動した。
「なあ、プレシア」
ほんの少しだけ声を低くして呼び掛ける。するとプレシアは目に見えて分かるほどに顔を強張らせた。
「……はい」
「正直に答えろ。お前、俺のことをどう思ってるんだ?」
シクスの正体がバレたことは災難だった。しかし、思わぬ形で転がり込んできた福もある。それがこいつらの存在だ。
シクスが勇者ガルドであることを知った二人は、命を救われた恩義もあり俺へと協力することを誓った。その言葉に嘘はない。だがそれは現時点での話だ。将来的にどうなるかは分からない。
こいつらは駒としてこの上なく有用だ。自由に動かせる部下を得たようなものである。できれば反感を持たれることなく粛々と指示に従ってもらいたい。
だがプレシアからは忠誠心よりも畏怖の念を強く感じる。その理由が判然としない。
俺は勇者ガルドとしてこいつに会うのは初めてだ。なのになぜここまで畏まられているのか。その理由を探っておかなければ……後々叛意を抱かれるかもしれない。
「どう思ってると、いいますと……?」
「何をそんなビクビクしてんだって聞いてんだよ。俺はお前になんかしたか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ何でだ。わけを言え」
詰問のようになってしまったが、必要なことなので容赦はしない。
プレシアは身一つで国の中枢まで迫った人物だ。不審な点を看過するのは得策じゃない。甘く見てたら俺の計画に穴を開けられた、なんて事態になったらことだ。
「私が知る勇者ガルドは……国の、その……」
プレシアが言いにくそうに俺の顔を伺う。
揺れる瞳、唾を飲み込む仕草、忙しなく動く指先。全ての挙動が躊躇と連動していた。よほど俺に言いにくい事を言おうとしているらしい。
「構わん。言え」
「……はい」
その一言で観念したのか、プレシアは腹の中を空にするように長く息を吐きだした。すっと息を吸い、意を決したように俺の顔を見る。
「私が調べ上げた勇者ガルドは……国の後ろ暗い役割を担う存在だった」
それは五年以上も前の話だった。
「国に反抗的な人間の炙り出しに、都合の悪い事実を知ってしまった者の処理……そういう政務を行っていたっていう書類を、貴族の屋敷で盗み見たことがあるわ」
補助魔法はとかく便利だ。戦闘には向かないが、企みの看破や意識の改竄なんかも出来ちまう。もちろんそれなりの才を有していればの話ではあるが。
「国にとって忠実な下僕。命令が下れば、それがどれほど酷なものであっても遂行する。それが……私の知る勇者ガルドよ。だから、その……」
「まだ完全に信じ切れていないと?」
「……私たちは、貴方が反逆の勇者になった理由を……経緯を知らない。最終的な目的も……。だから……」
「なるほどね。そりゃ、もっともな話だわな」
王都のスラムに無償の善意などという概念は存在しない。あるのはいつだって利害得失の押し付け合いだ。
……核心を晒さねぇやつに全幅の信を置くなんてのは無理な話だ。弱い立場のやつらを庇護下に抱え込んでるプレシアにとっては尚更か。
「ガルドさん。俺ぁあんたに命を救われた。俺たちに協力してくれるっつう言葉を今さら疑うことはしねぇよ。ただ、あんたが何をしようとしてるのかってのを明かしてくれるだけで……やっぱ、心持ちってのぁ変わってくるもんじゃねぇかと、まぁ……思うぜ」
できるだけ刺激しないような口調でライザルが割って入る。プレシアをフォローしているんだろう。健気なこった。
「そういうことなら、いいだろう。お前らには……俺の最終的な目的を話しておく」
そう告げると同時、二人が居住まいを正した。空気に緊張が走る。神託を耳にする前の敬虔な信徒もかくやの有り様だ。
さもありなん。
これより語られるは国の趨勢を決する沿革の起こり。狂瀾怒濤の端緒を開くに至る元凶である。
俺は言った。
「ぶっちゃけさぁ、職務放棄したいわけよ、俺ら。クビってやつね」
「…………えっ?」
間の抜けた声を出したプレシアと、口を固く結んで硬直するライザルを無視して続ける。
「さっき言ってた、俺が国の後ろ暗いことに加担してたっつーアレな? あれは俺が進んでやってたわけじゃねーのよ。勇者は宰相に命令されたら逆らえねぇ。そういう作りになってる。いや、起動時にそう設定されるっつーのが正しいな。アホみたいな力を持った呪装が独断で暴走したら困るだろ? だから昔の連中はセーフティを設けたわけだ。それが命令権さ」
勇者の再起動には王族の血が要る。だから国王とその子孫は念入りに生かされる。
そして命令権を拝命するのは宰相の仕事だ。国王が勇者の命令権まで持ったら独裁に傾きかねない。権力の集中を避けるため、暴力的な国防装置の操縦を担う犠牲者が一人選ばれるわけだ。
「もっとも、今の俺にゃその命令は効かねぇ。魔王にお前は好きに生きていいぞーって言われてな。その機能をぶっ壊してもらったわけよ」
つまりアホみたいな力を持った呪装が独断で暴走し始めたわけだな。宰相の野郎は胃痛で死にそうになってるんじゃねぇか?
「んで、好きに生きてたらこう思ったわけよ。なんで俺らが国の言いなりになって平和ボケしてる連中の分まで働かされなきゃならねぇんだ、ってな。姉上らもだぜ。もう一生分以上働かされてるんだから、一生分休んだって誰も文句言わねぇと思わねぇか?」
後は国王のオッサンと……魔王のやつもだな。
そいつらを解放したら後は野となれ山となれだ。
「そういうわけで、俺は国の連中がでっち上げた女神っつー存在も、ていよくパシられるだけの勇者っつー存在も消そうと思ってる。理由とか経緯とかってのは、そんなとこだ。質問は?」
俺の言葉が衝撃的だったのか、プレシアは片手で口を覆って視線を落とした。
難しい顔で幾度も瞬きを繰り返していたライザルが手を挙げる。
「ちょっといいか? あー、大胆な退職宣言は一旦横に置いておくとして……一つ疑問なんだが」
「なんだ?」
「その話と、俺らに依頼した禁制品の調達はどう関係してるんだ……?」
「ある薬を量産したくてね。あらゆる痛苦を感じさせなくなる薬だ。それのおかげで使えるようになる魔法がある」
「……詳細を聞いても?」
「人に仮初めじゃない肉体を与える魔法さ。貴族のやつらは貴族じゃねぇやつらを紛い物だと見下してるが……その垣根は、俺が取っ払う」
死ねば光の粒になるなんて不気味でしょうがねぇ。女神の御許に還るなんて面白くもない冗談は廃れさせてやらねぇとな。
「できるのか? そんなことが……!」
「やるんだよ。俺がそう決めた。それが終われば、後は魔物の完全消滅か。そうすりゃ晴れて勇者っつーくだらねぇ仕事も廃業できらぁな」
「おい、おい……! 勇者ガルドさんよ……! そりゃ、あんた、本気で言ってんのか!?」
「本気に決まってんだろ。伊達や酔狂でこんな事を口走るかっての」
ライザルは国の外への派兵を繰り返している。勇者によって魔物が駆逐されていない国の外へ、だ。
相当の惨事を目の当たりにしてきたことだろう。外はもはや数えるのも億劫になるほどの魔物に埋め尽くされている。
無事なのは迷彩結界に守られており、自衛が能うだけの力を持っているエルフ連中くらいだ。この国の外は地獄と言っても差し支えない。
その魔物連中が滅ぶと知ればこのはしゃぎようも腑に落ちる。
「ははっ……最高だ! 最高だぜ勇者ガルドさんよぉ! 俺ぁ奇跡でも目にしてんのか……? 俺は、いや、俺たちはあんたに全面的に協力するぜ! いや、協力させてくれッ! 命令がありゃなんだってしてやるさ!!」
俺は言葉を選んだ。全てを馬鹿正直に告げず、あえて希望のみをチラつかせた。
騙すつもりはない。ただこいつらの底を測りたかっただけだ。あいにくと、まだ全幅の信を置いていないのはこちらも同じなんでね。
結果、ライザルはアホみたいに舞い上がってみせた。薄々感じてはいたが、こいつは政に向くタイプじゃねぇな。
一方のプレシアは未だに黙りこくっていた。はしゃぐライザルに一瞥もくれず俯き、手を口に添えたまま微動だにしない。
「あ? どうした、プレシア……」
「そう。そういうこと。反逆の勇者……そう呼ばれるのも、納得ね」
やはり聡い。国の中枢まで潜り込んだだけのことはある。政務に携わらせるとしたらプレシアか。
「まぁそういうことだ。俺がやろうとしてるのは平和への献身なんてご立派なモンじゃねえ。俺らがずうっと請け負ってた不幸の再分配だ。断言するぞ? 俺の目的が達せられた時、人の生活の質は著しく下がる」
魔物がいなくなれば魔石は採れなくなる。魔石の加工を生業にしていたやつや一部の商人なんかは飯の種を失うことになる。
それどころか、呪装も魔法もこの世から消えることになる。さて、どれ程の人間が路頭に迷うことになるのやら。
「国の連中にはあらかじめ宣言しておいたんだがな。その『反逆の勇者』ってのは……国の重鎮が言ってたのか?」
「……ええ。文官の長が貴方をそう呼んでいたわ。勇者と女神の抹消を目論む、反逆の勇者と」
「なるほど。なるほどね」
こりゃもう一度国の連中と……いや、宰相とお話せにゃならんかね。
今回の勇者独断招聘事件の顛末を報告しに向かった姉上らの様子も見に行かなきゃならん。ひとまず伝えるべきことは伝えた。後は……こいつら二人で話し合ってもらうとしよう。時間をおいたほうが状況を飲み込めるだろうしな。
「まー、俺の目的はそんなとこだ。プレシア、まだよく分かってねぇライザルに説明を頼む。確かに混乱は起こるだろうが……生きるっつーのはそういうことだろ。んじゃ俺はちと国の連中と話し合ってくる」
話し合いというよりは宣戦布告になるかね。そう簡単にいくとは思っていなかったさ。ならばやむなし。徹底的にやり合おうじゃないか。
「あ、あぁ……行くのか、勇者ガルドさん。正直、あんたの言ってることを全部理解できたわけじゃねぇが……それは後でプレシアから聞いておく。発つなら、見送るぜ」
「いや、必要ない」
俺は懐からいつもの短剣を取り出して首を掻き斬った。
「…………!?」
「ヒッ……!?」
「耳聡いスラムのやつらは既に俺の正体を知っちまってるだろうからな。面倒な接触は望むところじゃねぇ。ああ、それと暫くは闇市に顔を出すのも難しくなりそうだ。さっき言った研究の進捗を確かめる作業もあるし、なによりここに来ると目立つことになる。それは避けたい。シクスの顔も……もう使えねぇ。新しい人格を作るのも手だが、そいつがお前ら二人と親しく話してたら勘付かれる。バレても良い人格を作って開き直るのも手だが、それでも極力手の内は明かしたくねぇ」
「…………なぁ、聞いていいか?」
「あ? 手短に頼む」
「なんで、首を斬ったんだ?」
「死ねば教会に飛べる。時間短縮になるだろ」
何を分かりきったことを……。勇者の生態を知らんエンデの馬鹿どもじゃあるまいに。推して知るべし。
「いや、その……転移を使えばいいんじゃないん、ですか?」
ああ、なるほど。なるほどね? そういやこいつらは俺が自在に転移できると思ってるんだった。
こりゃしくじったな。実は転移なんてできないのだと白状してもいいのだが、シクス人格の名残が俺の株を下げることを許さない。スラムでは舐められたら終わりなのだ。俺は言った。
「これは……節約だ。転移は結構な力を使うんでね。常在戦場の心構えを突き詰めると、必要に応じて転移と首斬りを使い分けることになる。要はコスパだ。分かるな?」
「分か……ら、ないっス……」
「いや分かれよ。チッ……お前らでも分からねぇか、この次元の話は……そんなんだからシクスに扮した俺に手玉に取られるんだよ。お前らもまだまだ……あっ、死ぬ」
俺はシクスの、そして勇者ガルドの株を下げることなく死んだ。




