『クズ勇者のその日暮らし』本日発売!
ガキどもの新聞社の前が騒がしい。
なんぞ事件かと思ったが、集まったやつらは揃っていつものアホ面を引っ提げているので急を要する事態というわけでもなさそうだ。
おいおい、ガキどもはまたぞろ俺に黙って何か企んでやがるのか?
よくねぇなぁ。どうやらまだ躾が行き届いていなかったらしい。
俺は【不倶混淆】を発動した。衆目をあっさりとやり過ごして新聞社に潜入する。邪魔するぞー。
「うおわっ!?」
「どっから湧いて出た!?」
ガキめ。人様のことを虫ケラみてぇに言うんじゃねぇよ。
反射的に逃げようとしたツナとミックの肩を掴んで引き寄せる。
おう、今度は何をやらかそうってんだ? まーた俺に知らせず金儲けしようとしてるんじゃねぇだろうな。あん?
「知らせようとは思ったんですよ……?」
「でもオッサン最近顔出さなかったじゃねぇか」
新聞社はすこぶる好調だ。俺がそうなるよう一から十まで環境を組み立てたので当然である。
いちいち顔を出してあれこれと指示を下さなくても儲けを出すので放ったらかしにしていた。それは確かに否定できない事実である。
俺は自分にとって都合の悪い事実は棚上げした。笑みを浮かべ、二人の肩をバンバンと叩いて誤魔化す。
「まーそれはいい。捨て置け。んで、何をしようと思ってたんだ? 吐けよ、おう」
「相変わらず強引!」
「まぁ、今さら隠すことじゃねぇし……。ほら、それ。それ売ることになったんだよ」
ツナがチョイチョイと指差す先にあったのは一冊の本だった。
「本? 本だと? お前ら……いつの間に製本の技術を仕入れたんだ? お前らガキにゃ製本は無理だと思ったから紙に書くだけの新聞を作らせたんだが」
「それが、僕らの作品が本を作ってる人の目に止まったみたいで」
「本にして売らせてくれって頼まれたんだよ。それは見本な。んでこれがなかなかいい出来でさー」
ほーん。詐欺の可能性は……アンジュがいるなら大丈夫か。
ガキどもは甘っちょろいが、あいつならば付け入る隙を与えることはないだろう。少なくともいいように使われているわけではなさそうだ。
「新聞を本にするっつう発想は……まぁ、ナシではない、か? 載ってるのが過ぎ去った話題だとしても……一部だけ切り取って見りゃ観光ガイドかグルメスポット案内くらいにゃなるか」
「あ、いや、それに載ってるのは」
「どれ。俺が出来栄えをチェックしてやるとするかね」
俺は机の上に置かれていた本の見本を手に取った。
表紙は『クズ勇者のその日暮らし』。
「クソ作品じゃねーかッ!」
「クソとか言うな!」
紛うことなきクソ作品である。
おま、嘘だろ……こんなクソガキが描いた駄作が本になるとか……。
「世も末だな……どこの馬鹿だ、こんなのを本にするなんて言い出したやつは! 気でも狂ってるのか!?」
「いや、そこまで言わなくても……」
「馬鹿が! これはな……エンデの街で、年端もいかねぇガキが描いてたから許されてたんだぞ!? こんなモンが国にバレてみろ! 国辱に加担したと判断されて消されるぞ!」
「国から許可は貰ったみたいですよ?」
「嘘だろ!?」
嘘じゃなかった。国の承認印付きの許可証を見せられては押し黙るしかない。
「な、何を考えてやがる……こんな、勇者を扱き下ろす作品が許可されるわけ……」
「許可された理由は……あー、ミック、なんて言ってたっけか?」
「こんな勇者なんているわけない、ってのが分かるから……だったかな。あとは、悪いことしたら駄目だっていう物語もいいんだって。はじめに勇者様と女神様を馬鹿にするわけじゃないっていう一言が入ってたのは素晴らしいって、その人は言ってたよ」
「マジかよ……」
俺は呆れた。
国は能天気なのか? 話を持ちかける方は勿論だが、許可する方もどうかしてるぜ。焼きが回ったとしか思えねぇ。こりゃ駄目だって止めるやつは一人もいなかったのか?
『クズ勇者のその日暮らし』。
それは補助魔法の才能を駆使してあくどい金稼ぎに手を染めた勇者がクソのような末路を辿る作品だ。
こんな勇者がいるわけない? だから許可した……?
クソがッ! ふざけやがって……!
「チッ……俺が差し止めるか」
ガキどもが作った漫画は、まだいい。紙切れ一枚なら保存性は悪い。エンデの連中は総じてガサツなので、数年もすればクソ作品の痕跡は影も形もなくなるだろう。
だが本はまずい。保存性が上がれば街から出ていきやすくなる。その手の収集癖を持ったやつらの手に渡ったら後生大事に保管するかもしれん。
形になって遺る? この冒涜的な作品が……?
有り得ねぇ。馬鹿げてる。今なら……まだ間に合うか。俺は言った。
「おい。『クズ勇者のその日暮らし』はいつ売り出すつもりだったんだ?」
「今日だ」
「今日!?」
今日発売だと……? 馬鹿な……早すぎる……。だから外に人が溢れてやがったのか……。あいつら客かよ。笑えねぇ。
チッ……クソが! もう形振りかまってる余裕はねぇみたいだな……!
「おい、売りに出す予定の本はどこにある! 全部寄越せ! 一つ残らず俺が焚書してやる。どこの誰だか知らんが余計なことしやがって。こんなモンを世に解き放とうとしてんじゃねぇ!」
「あ、オッサン。これ契約金と売上予測とオッサンの取り分の明細な」
……………………。ふぅん。
なるほど。なるほどね?
俺はアンジュがいる編集長室へ足を運んだ。出し抜けに言う。
「アンジュ、あの本を売るための工夫ってのは何か考えてるんだろうな? あん? 推し量るに、売上予測はもうちょい上向くんじゃねぇかと思うんだがな。まだ本気じゃねぇだろ。まさか手ぇ抜いてんのか? お前、最近ちぃと調子いいからって上を向くことを諦めてんじゃねぇのか? 仕事を始めたばっかン時のお前らはもちっと熱意みたいなモンを滾らせてたと思うんだがね。そこんとこ指摘されて感じ入る何かはねぇのか?」
「久々に顔出したと思ったらすごい上から目線でダメ出ししてくる……」
「アンジュ。現状にあぐらをかいたらそこで終いだっつー話は以前したよな? 俺はいま改めて問うぞ。これは好機なんだ。分かるな? 今まではお前らだけで成り立ってたが、今後はそういうわけにゃいかねぇ。聖女の威光でどうとでもなる孤児院事業とも違う。今回の件は、いわば業務提携だ。これは……分水嶺だぞ。お前らは決断を迫られてる。これを足掛かりにして浮くか、機を逸して無様に沈むか、二つに一つ。時機に投ずる心構えってもんが欠けちゃいねぇか? なぁ」
「そんなに九、一の取り分が気に入ったんですか?」
俺は無視した。突き詰める。
「俺は今の今までこの本の存在を知らなかった。他にも同じやつぁ五万といるだろうよ。それじゃ駄目だろ。機会損失ってやつだな。それを無くすための策ってのを、その椅子に座ってるお前は率先して考えなきゃならねぇ。分かったら答えろ。策はあるのか?」
俺が老婆心からの忠告をすると、アンジュは軽く息を吐いてから数枚の紙を手渡してきた。
「ここ連日、新聞には本のことを載せてますよ。抜かりはありません」
「ばっかお前、そりゃ最低限だろ。ここだけは下回っちゃならねぇってラインを越えただけで誇るなよ。物を売るための工夫を聞かれて『物を棚に並べてます』って答えるやつがいるか? 俺はな、アンジュ。その先を聞いてるんだ。聡いお前なら分かるだろ?」
アンジュがむっと頬を膨らせる。表情も幾らか引き締まった。
いいね。ようやく火が点いたな。ぬるま湯に浸かりすぎだぜ全く。やっぱガキどもにはまだ俺が付いていてやらねぇと駄目みたいだな?
「もっと売る方法なら、ありますよ」
「言ってみ言ってみ」
「でも、それにはガルドさんの協力が必要です」
「俺にやれることなら何でもしてやるさ。ほれ、言ってみ」
そう促したところ、アンジュは軽く咳払いなどして勿体をつけた。ちょいと座り直して前屈みになる。そして言った。
「ガルドさん、ちょっと処刑されてくれませんか?」
…………。…………?
「あー、悪いな。もう一回言ってくれるか?」
「処刑されるんですよ」
「……誰が?」
「ガルドさんが」
「……何で?」
「広報のためですね。宣伝処刑です」
宣伝処刑。宣伝処刑とは?
理解不能な単語を放り込まれて思考に空白が混じる。宣伝と処刑って、それは同時に並び立つものなのか……? まずいな。かつてないほど意味不明な問いを、俺は自身に投げ掛けている。
「集客、高揚、情報拡散力。これ以上ないくらいうってつけじゃないですか。本のテーマにも合ってますし」
「アンジュ。お前……いつから人の命を勘定に含めた商売をするようになりやがった!」
「処刑されビジネスの時ですけど……」
俺が元凶だったわ。そうね。教育の成果だな。
「大丈夫ですよ。ガルドさん以外の処刑で儲けようとか、そういう気は一切ありませんから。さすがに、不謹慎だと思うので」
「言葉を選べよ。お前な、そりゃ一歩間違えれば俺の命への冒涜だぞ」
「ガルドさん、最近いつ首を斬りました?」
「……今朝」
「今朝!? そういうところですよッ! それでよく人のことを諭せますね!?」
アンジュがバンバンと机を平手で叩く。
仕方ねぇだろ、今日はちと寝覚めが良くなかったんだからよ。昨日の寝酒が変な感じに腹に溜まってた。そりゃ斬るだろ。誰だってそうするね。
「それだけ気軽ならいいじゃないですか。それに処刑って治安維持にもなりますしね。最近ご無沙汰でしたし」
「ご無沙汰とか言うな。俺ぁ好きで処刑されたことなんて一度もねぇっつうの」
「でも嫌がってはないじゃないですか」
そりゃあね。俺は同意した。
腹立たしくはあっても嫌がるとか、そういうのはねぇな。スパッと死ぬし。一区切りというか……首と一緒に未練も断てるよな。クソが、次ッ! って感じで。
「ならもういいじゃないですか……」
「だとしても、だ。死ねと言われてはい死にますって、そりゃ違うだろ。処刑にも順序があるんだわ。心持ち的にもよぉ、アガらねぇだろ。ヒリついた果てだからあそこまでやれるというかね。段階を踏まねぇとさすがにな……仕事感覚で首は落とせねぇよ。分かるだろ?」
「…………ちょっと、一生をかけても分からないかもしれない」
アンジュは俺の考えに理解を示さなかった。
チッ……姉上なら同意してくれそうなモンなんだがな。こればっかりは埋め難い差らしい。根深い問題だな、こりゃ。
「これ以上無いってくらい売上伸びると思うんですけどね……」
「だとしてもせいぜい一、二割くらいだろ。割に合わねぇよ」
「五倍です」
…………なんだと?
「五、倍?」
「はい。五倍です。私の勘がそう言ってます」
五倍か……。そうか。
だがしかし……いや……もはや躊躇う理由がない、か。
利が害を上回り、そして相手の思惑と一致する。業務提携……宣伝処刑……その先に得るものがあるのならば――
俺は【偽面】を発動した。
「是非に及ばず。やるぞアンジュ。抜かるなよ」
「はい!」
▷
「離せッ! このガキどもは新聞の販売でたんまり儲けてやがるんだぞッ! 少しくらい金を盗んだって飢え死にするわけじゃねぇだろォがッ! クソがっ! クソがーッ!」
「これより、許可なく新聞社に押し入り金銭の掠奪を行った強盗犯ニーゼフの処刑を執り行います」
首枷を嵌められた俺は断頭台に掛けられていた。
「金銭の掠奪だぁ!? ざけんな! あのガキどもはその程度じゃ小揺るぎもしねぇ程の地盤を築いてやがるんだよッ! 小銭ふんだくったくらいで大騒ぎしてんじゃねェーっ!!」
「金銭の多寡は問題ではありません。与し易しと踏んで孤児の住処に押し入り、そうして捕まれば開き直る。下衆も極まるというものです」
「その通りだ! 開き直ってんじゃねぇぞ!」
「力の弱い孤児相手に盗みなんて……サイテーよ!」
「クズ野郎がー!!」
新聞は娯楽に乏しいエンデの街に広く受け入れられた。新聞社と、そこで働くガキどもは民衆から少なくない支持を得ている。
そいつらを害そうとしたって事実は広場に集まったやつらの心に火を点けた。悪罵の声がひっきりなしに響く。
【響声】発動。俺は叫んだ。
「うるせぇーッ! テメェら、よく聞きやがれ!」
俺の放った大音声が広場に轟き空間を震わせる。
全員が息を呑んで静まり返った瞬間、俺は叫んだ。
「そのガキどもはなぁー! 今日、新たな本を発売しようとしてるぞッ! 『クズ勇者のその日暮らし』っつー、例のクソみてぇな作品を本にしやがったんだッ! ありゃ大層売れるだろうなぁー! つまりあのガキどもはっ! またひと儲けするつもりだぞッ! だったら少しくらい金をとってもバチは当たらねぇだろォー!」
言い終わるや、聴衆どもがにわかにざわつき始めた。自らの行いを省みる気配のない俺を見た連中が揃って気色ばむ。
またも爆発的な罵声が飛び交う、その寸前。
「訂正してくださいッ!」
未だ幼さを感じさせる金切り声が響き渡る。
アンジュだ。注目を一手に集めたアンジュが顔に哀痛を滲ませた。左の握りこぶしを胸に当て、右手をバッと払って叫ぶ。
「『クズ勇者のその日暮らし』は、私たちで必死に考えた作品なんですっ! 馬鹿にしないでください!」
「あぁ!? アレのどこに褒める要素があるってんだ!? 型にはまった勧善懲悪! お約束の展開! あんなの、隙間時間を潰すのに役立って、ガキに読み聞かせるのにピッタリってだけじゃねぇか! ンなもん売れるわけねぇだろォー!」
「それのなにが悪いんだッ!」
「なに言ってんだテメーは! 頭おかしいのかっ!」
「俺は買うぞコラァ!」
広場に集まった民衆が揃って叫ぶ。俺も叫び返した。互いに何を言っているのか分からなくなるほどに狂熱をぶつけ合い、最高潮を突破したその時、頃合良しと見た『遍在』が無慈悲の宣告を下した。
「最期に何か言い残すことはありますか?」
「う、嘘だろ……? ほんとに、俺を処刑するのか!? 『クズ勇者のその日暮らし』みたいに! あの『クズ勇者のその日暮らし』の主人公みたいにッ! やめろっ! クソがっ! クソがーッ!」
ガコンと音がした。歓声が沸く。蛮族のようなこの街の住人共は処刑を娯楽として愉しむ癖がある。
ギロチンが俺の首を落とす刹那、俺は意思を飛ばした。
(どうだったよ?)
(ちょっとわざとらし過ぎません?)
ガキめ。宣伝なんてのはわざとらしいくらいで丁度いいのさ。俺は首を飛ばされて死んだ。売れろッ!
※本編の内容とは全く関係ない告知になりますが、拙作『クズ勇者のその日暮らし』が本日よりTOブックス様より発売となります! めでてぇ!
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