追憶
まずいな……汗が止まらん。
勇者を殺す呪装。そうだな。そういう物もある。
ああ。それは分かる。剣が好きな姉上が持ってた物騒な剣――『輪廻絶』も、恐らくそういうモンだろう。あれは魔王に取り上げられちまったが。
しかし…………自殺用の針がそれだとはつゆほども思わなかったぞ……。
もしも。もしも俺があの時、針を購入していたら……
し、死んでたんじゃないか……? 復活することなく……。
とすれば、俺から針の呪装をかっぱらっていったライザルは俺の命の恩人ということに……?
いや、まさか。まさかね?
いくらなんでも購入した呪装の効果を確かめることなくそのまま使うなんて……俺はそんなに不注意では……ないはずだ……うむ……そのはずだ。
いや、どうかな。魔王の洗脳でだいぶパァになってたあの時期の俺なら或いは……。やめよう。この問いに意味はない。過ぎたことだ。うむ……。
俺の顔を見てにやにやと笑っているライザルが手に持つ針を戻してからケースを閉じた。それを指で弾いて俺の前まで滑らせる。
「こいつは……失敗作だ。完全じゃねぇ。自分にしか使えない時点で作ったやつの意図から外れてる。だが間違いなく価値はある。約束だ、これはアンタに譲ろう」
「…………ああ」
【鎮静】。動揺を念入りに押し殺してからケースを受け取り、懐へしまうと見せかけ【隔離庫】へ放り込む。なにかの拍子に出てきて自分の身体に刺さらないように。これで……よし。
「どうだ? 気に入ってもらえたかな?」
「……そうだな。ひとまず、肩の荷が下りた」
ここで強がっても逆効果だろう。さっきの俺は少々動揺を見せすぎた。
幸いというべきか、取引したブツは国家転覆級の呪装だ。これなら俺が多少心を乱したとしても見縊られることはない……はずだ。
クソっ……やはり【鉄面】を初めから使っておくべきだったか……?
だけどあれは地味に顔が疲れるんだよな……。あれは一対一で腹の探り合いをする時、相手へ圧を与えると同時に自身の機微を隠す魔法だ。長丁場には向かない。まだまだ改良の余地がある。
「肩の荷を下ろすにゃまだ早ぇだろ? 同志よ。そいつをやる条件は俺への協力だったはずだぜ? 加えて、お仲間さんを説得することだ」
「……ああ、そうだったな。だがその前に一ついいか?」
「あん?」
ライザルは先程からいやに上機嫌だ。
吊り上がった口は堪えきれない喜悦を滲ませていた。『逆徒への誅罰』発動のため、あえて不快を与えようと作っていたものとは違う。
まるで旧友へ向けるような顔だ。それがどうにも腑に落ちない。おまけに……。
「さっきからの同志呼ばわりは……どういう意図を持っているんだ?」
こいつは俺が協力すると信じて疑っていない節がある。それが気味悪くてしょうがない。挙げ句の果てには同志ときた。さすがに違和感を抱くってもんだろう。
「意図なんて分かりきってるだろ? 今さらすっとぼけるなよ。高次元の【追憶】を扱える……それが何を意味するか」
言下に、ライザルは懐から包みを取り出した。全員に見えるよう机へ置き、紫黒色の包装を剥がす。
「…………ん?」
「あれ、コレって……」
「知っているのですか?」
ノーマンと黒ローブが反応を示す。二人にとっては見覚えのある品だろう。かくいう俺も、であるが。
「……なるほど」
「アンタなら当然、見覚えがあるよな? 中身を覗いたこともあるんじゃねぇか?」
物々しい空気の中、ライザルが取り出したのは一枚の円盤だ。複雑な鈍い光を放つ銀色のそれは、投擲武器のように見えて刃を備えていない。
一見するとクズ品の呪装。それは、かつてノーマンと黒ローブ、そしてチビ二人とともに砂漠地帯へ赴いた時、俺が拾った円盤と酷似していた。
「なんだァ? この薄ッぺらい丸板は」
「呪装だ。戦闘用じゃなく、記憶と記録を恒久的に遺すために作られた情報媒体ってとこかな。もっとも……読み取るには練度が要る。市井に出た【追憶】使いじゃ断片を垣間見ることすら適わねぇ」
「情報、ですか。それはどういう?」
「そいつぁまだ言えねぇな。……で、どうだシクスさんよ。アンタも……こいつを持ってるんだろ?」
【追憶】は呪装の魔力に蓄積された記憶を読み取る魔法だ。
作られた時代背景、製作者の意図、それを使用した者の顛末、及ぼした影響。それを本でも見るように追体験する、というのが具体的な感覚だ。
だが、それはあくまで一般的な呪装の話。ライザルが取り出した銀の円盤はまた毛色が異なる。
前者が『むかしむかし』の語りから始まる童話とするならば、後者は図鑑か報告書と形容するのが相応しい。
これも国が血眼になって回収するブツだ。天下泰平が傾きかねない記録媒体。もし読み取れる者がいたら、そいつの未来は明るくない。
なるほど、やつが俺を同志と呼ぶ意味が分かった気がする。
「……ちょうど、俺も持参していたところだ」
俺は【隔離庫】から以前拾った円盤を取り出した。二指で挟み、手首を捻って投げ渡す。
「っと……。やっぱり持ってた、か。中を検めても?」
「好きにしろ」
中に入っている情報は主に三つ。
国同士の戦争に邁進する馬鹿の述懐と研究。
エルフと呼ばれる改造人間の誕生経緯と遍歴。
魔物と呼ばれる敵性生物を生み出す魔力溜まりの正体。
どれもおしなべて反吐が出るような話だ。
「…………なるほど。エルフと、魔力溜まりに関しちゃ……初見のネタだな。チッ……相変わらず、胸糞わりぃ」
「同感だ」
「……二人で盛り上がってねぇでコッチにも事情を下ろしてくれると有り難ぇんだがな」
「少し待っていろ。……俺はこれを検めさせてもらう」
爪弾きにされている冒険者連中が不満げにこちらを見ているが今は無視だ。
ライザル……こいつは、事と次第によっては――本当に俺の同志たり得るのかもしれない。
結論付けるのは早計か。
まずはこの円盤を読み取ってからだ。そして真意を探る。話はそれからでも遅くない。
俺は円盤へと手を伸ばした。人差し指が円盤に触れた瞬間――頭の中に中年男の声が響く。
『勇者シンクレア様。勇者レイチェル様』
救援要請。それも二人同時。
その瞬間、最悪の可能性が頭を過る。
俺は二日前にエクスを使った。魔王――!
『大至急、王都第一教会までお越し下さい』
姉上らが、いま、王都に来る。
それはまずい。あの姉上らは俺が王都のスラムにいると気付いたら……すぐさま飛んでくるだろう。
俺はいま、シクスの格好をしている。鉢合わせるのは……まずい。
こういう事態は何度もあった。
俺がスラムでのショッピングに興じている時に姉上が王都へ呼び出されたことは一度や二度じゃきかない。
しかし俺は姉上と鉢合わせることはなかった。姉上らが救援要請を聞いてから転移してくるまでは十分ほどの猶予がある。それまでに逃げ切るのは、正直難しいことじゃない。
だがその時とは状況が違う。『大至急』だ。その言葉が頭に添えられた時……姉上らは、早ければ三十秒もあればやってくる。
「まずいな……ッ!」
「あン? どうした?」
アウグストが短く尋ねてくる。律儀に返している時間はない。俺は言った。
「急用だ……! 至急向かわなければならないところができた! お前ら、ライザルを頼む! 戻って来るまで相手しておけ!」
言いながら立ち上がり、即座に魔法を発動する。
間に合え……ッ! 【不倶混淆】!
「は!?」
「消えッ……!?」
世界が遠のいていく。今の俺を認識できるものは……いない。ここからはスピード勝負だ!
俺はダッシュで部屋の出口から廊下へ出て適当な部屋に滑り込み中が無人であることを確認してから魔法を解き死角に潜り込んでからいつもの短剣で首を掻き斬った。セーフっ!!
▷
「くくっ! くははッ! シクス〜ッ! やっぱりアンタは使えるんだな!? 自在の転移をッ!!」
目の前でシクスが忽然と消えた。兆候は無かった。
先ほどまで会話を交わしていたシクスは急用があると言い放ち、立ち上がるやいなや霞のように姿を霧散させたのだ。
「痕跡が……消えた? これが、転移……」
「嘘でしょ……? 今のは魔法……?」
「……この部屋には、もういねェな。俺様を出し抜くかよ」
「これが神出鬼没、か」
驚愕、困惑、感心、納得。
シクスの異常性を目の当たりにした四人がそれぞれ虚を突かれた反応を見せる中、一人、ライザルだけは喜悦の哄笑を上げていた。
「転移……その力が最後のピースだ! 転移さえあれば……やつらの隙を突けさえすればッ! 勇者の制御を奪えるッ!」
感極まったライザルの口から放たれた言葉は国家転覆を示唆する計画であった。
勇者の制御を奪う。何かの聞き間違いか。それとも自派閥で使われている隠語か。
未だ気が触れたように笑い続けるライザルへノーマンが問うた。
「ライザル、さんよ。いま勇者の制御つったのか? そりゃどういう意味だ」
「くくっ……あぁ? まさか……いや、そうか。ルーブスさんは誰にも言ってねぇのか。なら教えてやるよ」
幾らか落ち着きを取り戻したライザルは机の上を指で示した。四人の視線が一箇所に集まる。そこには先ほどライザルが取り出した銀盤……記録媒体の呪装が置かれていた。
「俺ぁガキの頃、そいつの中身を読み取った。そん時に知ったんだ。勇者ってのはな……国防を担う人型の呪装だ。国の命令を遂行する奴隷人形なんだよ。何度でも使い回される道具……。女神の祝福? とんでもねぇ。ありゃ呪いだぜ」
吐き捨てられた言葉の意味が理解できず、四人は揃って顔を見合わせた。
勇者は呪装である。
そんな与太を飛ばす者は場末の酒場でも存在しない。
「信じられねぇか? だったらシクスが帰って来た時に聞いてみるといいさ。同志なら既に知ってるだろうよ!」
「…………話の真相は、ひとまず置いておきます。まさかとは思うのですが……勇者の制御を奪う計画というのが『例の件』なのですか?」
「それに近ぇ。『例の件』を受けて俺らは計画を練った、っつうのが流れだな。シクスとアンタらにも協力してもらう。そういうこった」
「論外ですね」
ミラは鋭く目を細め、熱の入ったライザルの語りに冷や水を浴びせた。
「どうして私たちが国賊のクーデターに加担しなければならないのですか? 治安を乱す……どころか、根底から破壊しようとしている者に貸す手はありません」
「治安を乱す、ねぇ。平和のためなら無辜の民すら手に掛けて、汚れ仕事を決まった誰かに押し付けて見ない振りするってのが治安なら、んなもんぶっ壊すのが道理だと思わねぇか?」
「……無辜の民を、手に掛ける?」
「そうさ! 俺ぁ殺されかけたんだよ! 国に! 【追憶】の才能があるっていう、それだけの理由でな!」
ライザルが激情を発して机を打つ。
水を打ったように静まり返った室内に、ライザルの深い呼吸の音だけが響いた。
痛いほどの沈黙に耐えかね、メイが恐る恐ると口を開く。
「あんたの目的は……つまり、復讐ってことなの……?」
「当然それもある。スラムに落ち延びることになった俺は、親の死に目に会うことも叶わなかったんでね。だが、別の理由のほうがでけぇ」
ライザルは目を瞑ってソファに深く背を預けた。過去へ思いを馳せるように語る。
「故郷で大道芸に使われた呪装を鑑定した時、俺は王都の魔術機関に連れて行かれた。そこで見せられたのがその銀盤さ。過去の所業を後世に遺すために作られた呪装。あんたらの言う治安を守るためには……これを読み取れるやつを根絶しなきゃならねぇ。女神も勇者も国のでっち上げなんて知られたらどうなるか。それこそ、ガキでも分かるだろ?」
「…………」
「もちろん逃げたよ。全力でな。研究のために集められてた呪装の力を暴走させて、命からがら逃げ出した。だが当時の俺は十を超えたくらいのガキでね。そこから生き延びられるはずもなかった」
見知らぬ土地で、頼れる者がおらず、国からは命を狙われている。そんな状況下で齢十の少年に残されているのは明るくない末路しかない。
「迷い込んだスラムで野垂れ死ぬ寸前だった。死ぬほど喉が渇いてて……テメェのションベンでも飲むかっつう気の迷いを起こすほどにイカれちまってた。……もちろん誰も助けちゃくれねぇ。俺が部外者だってのは身なりで判断できた。賢いやつぁ俺が国に追われてると把握してただろうしな。面倒事には関わらねぇのが普通さ」
「…………」
「限界だったよ。足も動かせねぇ。食った土は苦すぎて吐き出した。そんで、いよいよ死ぬっつう時に……俺は、俺より年下の女に、命を救われた」
一瞬だけ柔らかみを帯びたライザルの目尻が、しかしすぐに吊り上がる。
「その女は今……使いたくもねぇ力を使って! 寿命まで削ってッ! 国の連中のご機嫌取りを強いられてやがる……! 全部、国から爪弾きにされた仲間のためだ……。んなことがあるか!? あぁ!? なんで保身のことしか考えてねぇクソどものせいで、あいつが苦しまなきゃならねぇ!!」
『私は幸せだから大丈夫』
強がって浮かべた嘘の笑みが、ライザルの脳裏に焼き付いて離れない。
「お前らも表を見ただろ……どいつもこいつも女神だ勇者だとはしゃいで国の連中に踊らされてやがる。誰も彼もが本気じゃねぇのさ! 生きるっつうことによぉ! 他ならねぇ国がそう仕向けた! やつらは……本物の人間である貴族様は、俺らのことを道具か何かとしか思っちゃいねぇ! だから、あいつは……せめて仲間だけでも人らしい生活をって、自分を犠牲にして……!」
再度机を打ったライザルは、強く握りしめた己の手から血が流れているのを見て我に返った。
誤魔化すように手で机上の血を拭い、激情を息とともに吐き出して気を落ち着けた。
「……冷静を欠いたな。まー、そういう流れだ。分かるだろ? この世界はな、綺羅びやかな体裁を保つために、それ以外を芥溜めにブチ込んでやがる。俺はずっと……それを変えたくて力を集めてきた。……ルーブスさんに話したら、信じてもらえなかった。付いていけねぇってんで、エンデに逃げられちまったよ」
当時のライザルは非力だった。分不相応のガキが誇大妄想を拗らせて自殺行為に及ぼうとしていると思われたのかもしれない。
だが、今のライザルには力がある。外への遠征を繰り返し、有用な呪装と屈強な配下を獲得した。今ならば国を変える計画も夢物語ではない。
「あの街で育ったんなら……分かるだろ? 生きるっつうのは、誰かに生殺与奪を委ねて平和ボケに浸ることじゃねぇ。それを国のクソどもと、踊らされてるやつらは……思い出すべきなんだ」
「そのために勇者の制御を奪う……ってか? ちと飛躍し過ぎだと思うがね。魔物の対処はどうするつもりだ?」
「それを見越して呪装と戦力を掻き集めた。まずは俺らが防衛を担う。んで戦える連中を育てるのさ。テメェの命はテメェらで守る。んなの当然だろ」
「そもそもよォ……貴様はあの勇者をどうこうできると思ッてんのか? 俺様でも……あれは、手を焼くぞ」
「ちょうど時期が来るのさ。それが『例の件』だよ。来たる動乱に付け込んで計画を進める。転移さえありゃ絶対に成功するさ」
「……勇者の制御を奪うって言うけど……その後、勇者をどうするつもり、なの?」
幾度でも即時再生する戦略的な呪装。勇者。
その制御を意のままに操ることが能うならば――逆らえる者など存在しなくなる。国へ恨みを持つライザルならば王都を滅ぼす凶行に手を染めるかもしれない。
メイが懸念を吐き出す。
ライザルはただ平坦な声で答えた。
「消すさ。無に還すんだよ。さっきも言ったろ。あれはもう……呪いだ。云百、云千年使い潰されてるんだぜ? 消してやるのが……慈悲ってもんだろ」
「なん、千……年?」
「過去の遺物に頼りきりの因習を絶つ。そのための道具も手に入れた。この計画は……俺らだけの問題じゃねぇぞ? 国は、アンタらに……エンデにふざけた要求を突きつけようとしてる。俺らなら悪いようにはしねぇよ、絶対に。だから俺たちに協力してくれ……頼む!」
深々と頭を下げるライザルの前で四人は顔を見合わせた。誓いと協力を求められようと、すぐに結論が出せる問題ではない。
国がでっち上げた女神の存在
真実を知り得る者の口封じ
千年以上に渡り稼働している呪装『勇者』
エンデで過ごしてきた四人にとってはどれも現実味が希薄で荒唐無稽な作り話の域を出ない。
しかし、ライザルの語りは誇大妄想に取り憑かれた狂人のそれと聞き捨てるには真に迫りすぎていた。
失せ物探しのはずが、どうして国を揺るがしかねない騒動に巻き込まれてやがる。
重い憂いがノーマンの頭を占め――そしてふと気付く。
エンデに届けられるはずだったモノは結局何だったのだろうか、と。
「事情は……まぁ、分かったとは言えねぇが……一応は理解した。信じられねぇってのが本音ではあるが」
「…………」
「けど判断材料が足りねぇよ。イーブンじゃねぇ。まずはアンタらが奪ったモンを寄越せよ。話はそっからだろ」
「……確かに、それが一番手っ取り早いか」
ライザルは思案するように瞳を閉じていたが、ノーマンの言葉に理を認めて席を立った。部屋の隅にあるチェストへ近寄り、懐から鍵を取り出した瞬間――
「ライザルさんッ!!」
開け放たれていた扉から入ってきた男が大音声を発した。
峻険な相貌。滝のように伝う汗。絶え絶えの息。
その男が朗報を告げないであろうことは一目瞭然であった。
「どうした。簡潔に言え」
肩で息をする男が一際大きく息を吸い込んだ。急を告げる。
「勇者が、来ましたッ! こちらへ真っ直ぐ……! 勇者シンクレアと、勇者レイチェルがッ! 計画が……全部バレてるっ! ライザルさんを出せとッ!」
「っ……!」
慮外の報告に四人が息を飲む。
ライザルは、ただ己の無力を悔いるように顔を歪めた。
「プレシア……あの、馬鹿……早まりやがって! そんなに俺が信じられねぇのかッ!」
吐き捨てたライザルは室内に飾られていた剣を手に取った。纏った呪装の調子を確かめながら言う。
「全員に伝えろ! 退避だ! 今すぐ街の外まで逃げろ! 命令を守らなかったやつは殺すぞ! 絶対に今の勇者には近寄るな! 俺が話を付ける! ……わりぃなアンタら。ちと事情が変わった。少し……行ってくる。アンタらは……無関係だ。ここで待っててくれ」
ふわり、と浮き上がったライザルが静かに、しかし豪速で飛翔する。五秒もすれば室内は痛いほどの静寂を取り戻した。
「あの、私……ほとんど理解が及ばなかったんですけど……どう、するのが正解なんですか……? あいつ、勇者を殺そうとしてるんですよね……?」
「俺らだけで判断できることじゃねぇだろ……。チッ……だが、あいつは……ライザルのやつは恐らく嘘を言ってねぇ……。やつの肩を持つわけじゃねぇが、ここでライザルが死んだら結局何も分からねぇままだぞ」
「シクスは……あの男は『戻って来るまでライザルを頼む』と言っていましたが……まさか、勇者の襲撃を予期していた……?」
「おいおい……誰とやり合わされるのかと思ったら、勇者だぁ? 勇者レイチェルって……竜を相手に遊んでたアイツじゃねぇか。時間なんて稼げるわけねぇだろ。死ぬぞ」
「俺様は行くぞ」
三人が対処を決めあぐねている中、アウグストだけは迷いなく判断を下した。ガンと拳を打ち鳴らす。
「世界だとか……勇者がどうとかはァ……知らん! まるで理解できなかッた! だが……ライザル、女の為に人生を捧げるアイツの心意気を信じねェのは……俺様の矜持に反する」
一人立ち上がったアウグストは拳を握り込み骨を鳴らした。
「まずはライザルを生かす。ンで全てを吐かせる。洗いざらいな。その後のことは、その後で考えりゃァいい」
「……いっそ清々しいぜ、ほんと。……俺も行く。ここまで巻き込まれたんだ。顛末くらいは、見届けねぇとな」
「已む無しですか」
「いや、そもそも……戦うって決まったわけじゃないし……説得すればいいん、ですよね……?」
残された四人はそう結論付けて部屋を飛び出し、一人先行するライザルの後を追った。
彼らは覚悟を抱いていた。ともすれば勇者と矛を交えることになるかもしれない、と。
しかし心のどこかで信じていた。話が通じる彼女たちならば――国の救世主たる勇者ならば説得に応じて矛を収めるのではないか、と。
彼らは知らなかった。勇者という存在を。国の守護者たるを背負う者たちの――華やかならざる一面を。
嵐鬼から新米冒険者の命を救った。
氷嵐を纏う竜からエンデを救った。
溶岩竜討伐に助力し人々を救った。
魔物討伐を生業とする冒険者たちにとって、その姿は同業者のように映った。ともに脅威たる魔物へ抗う仲間のように。
彼らは知らなかった。
国を脅かす存在は魔物のみにあらず。魔に魅入られ、国に混沌を齎さんとする者を『救済』することもまた――勇者の使命であるということを。




