たった一つの絵空事
「本当に……消しておかなくていいのですか? 二度とない機会だと思うのですが……」
幼少の頃から共に育ち、護衛として常に付き従ってくれている女の進言を、プレシアはゆるゆると首を振って否定した。
「分かってるでしょ。あの男には……全部見透かされていたわ。そのうえで……誘われてるのよ」
プレシアはシクスを亡き者にせんと画策していた。
理由は単純である。かの男がスラムを、ひいては王都を巻き込む厄災の引き金になりかねないからだ。
数年前、突如スラムに現れたシクスは闇市を潤し、そして闇市に品を流しているライザル派閥の懐を潤した。
ここ数年で飛躍的に武力を獲得したライザル派閥は『例の件』に乗じて事を起こそうとしている。じきに多大な戦力を有しているシクスへ協力を持ちかけるだろう。
そうなれば、みな犬死にだ。
スラムは頽廃の道を辿るだろう。筆頭たる武力集団が崩れれば治安はより一層悪化する。
苛烈で厳格ながらも公平だったスラムの掟が崩れれば、待っているのは正真正銘の無法地帯化だ。
ただ穏やかで、命を脅かされることのない生活を。
仲間にも、もちろん自分にも。それがプレシアの唯一無二の願いである。
厄災の種を蒔き散らすシクスの存在は到底許容できるものではない。ライザル派閥が自滅の道に突き進む前に大元を断つ必要がある。
ファーストコンタクトではライザルに水を差された。そして今回は……シクス本人に大きな釘を刺された。
「友誼を深めると嘯いて、出された料理を全て平らげる。そのうえで最後の晩餐なんて言葉を使うなんて……分かりやすい脅しだわ」
俺はお前たちを信じていたのに、一服盛るとはどういう料簡だ?
そう問い詰められているのは一目瞭然だった。ワインで酔いが回ったなどと与太を飛ばしていたが、あれもワインに混ぜた強催眠薬の存在に気付いての発言に決まっている。
底の知れないあの男が解毒薬を常備していないはずがない。もしもいま暗殺を強行すれば――待ち構えているあの男に返り討ちにされるだろう。
プレシアはそう判断した。護衛の女は眉を顰めて首をかしげた。
「そう、ですかね……。これは私見なのですが……」
「なにかしら?」
「あの男は、ただ純粋に……料理に舌鼓を打っていただけのように見えたのですが……」
「そんなわけないでしょう」
そんなわけあるはずがなかった。
シクスは徹底して己の素性を隠している。生い立ちや出身地といった基本情報から、所属している組織や金の出処に至るまで謎に包まれているのだ。
その足跡を辿るために遣わされた手練れの隠密集団が揃って出し抜かれたのは今でも語り草となっている。
建物に身を隠した数十秒後、シクスは忽然と姿を消した。それが唯一の成果である。
国が管理しなければならない悪辣な呪装を複数所有している危険人物。そう考えるのが最も辻褄が合う。よしんば的が外れていたとしても脅威であることに変わりはない。
そんな人物が食事を楽しんでいただけなどあり得るものか。
「真っ先に生魚に手を出したあたり……珍しい料理に目がなかっただけかと」
「生魚の存在を知ってる時点で上流階級との接点があることは間違いない。カトラリーの扱いも堂に入っていたわ。きっと演技でしょう。社交性のアピールでもしたかったのかしらね」
「だとしても……薬が盛ってあるワインのお代わりを飲み干したりしますかね?」
「痛くも痒くもないというアピールでしょう」
「めちゃくちゃ効いていたように見えましたが……」
「……それは貴女の勘がそう言っているのかしら?」
「はい」
【六感透徹】。稀少な能力を持つ女は、その手腕を買われて身辺警護に任命された。
襲撃を未然に防ぎ、紛れ込んだ間諜を捕らえ、貴族連中の腹芸を看破する。
その有用性にプレシアは幾度となく助けられてきた。護衛として全幅の信頼を置いていい存在だと思っている。
しかし、その魔法は無条件に信頼していいものではない。勘の向上を誤魔化す術はあるのだから。
「催眠薬が効いていたなら……私の【洗脳】と【魅了】が効かなかったのはどう説明するのかしら?」
「それは…………」
「私の魔法ならシラフの相手も傀儡にできる。精神を守る呪装も、ある程度なら貫ける。薬が効いてるなら尚更よ。なのに、あの男には……まるで効果がなかった。消すよりも傀儡にするほうが好都合だったけど……さすがに甘く見すぎてたわね」
「一瞬だけ効いていたようにも見えたのですが……。それに、私にはあの男がどうにも傑物に見えなくて……ライザルの襲撃の折も為すすべなく突っ立っているようにしか見えなかったですし……」
「それも演技に決まってるわ。……その勘は便利だけど、絶対じゃない」
言いながら、プレシアは煙管に火を点けた。煙を吸い上げ、表情に虚無を宿す。
「貴方は……今の私の嘘を見抜けるのかしら?」
「プレシア……! その鎮静剤は、もう……あまり使わないで!」
護衛としての言葉遣いをかなぐり捨てた一言はプレシアを親身に思うが故だった。
その気遣いを有り難いと思いつつ、プレシアは再度煙を吸い込んだ。
「プレシアッ!」
「安いものでしょう……寿命の少しくらい。これ以上ない使い時なのよ。やっと、ここまで来た。国の中枢まで……。私たちの生存を、認めさせる。こんな暗がりで一生を終えるなんて……絶対にさせないわ」
スラムで生まれた者が這い上がるには運と境遇、そしてそれ以上の才能が要る。明日の我が身を憂う日々から抜け出せるのはほんの一握りだ。
だから自分が引き上げる。
自分を慕い、付いてきてくれた者たちを、一人残らず。
そのために人生の大半を費やしたのだ。ぽっと出の新参者に全てを台無しにされてたまるものか。
シクスを亡き者にするのは……難しい。傀儡化にも失敗した。残された手段は約束を取り付けるくらいしかない。
闇市を纏めているあの男なら交わした約束を違えることはないだろう。シクスには不干渉を貫いてもらう。それが最善だ。
シクスの目的は未だに判然としない。貴族たちが有する情報網を隅から隅までさらってもその尻尾は掴めなかった。
只者ではないことは今更語るまでもない。国の外から来たなどという噂も、数々の所業を見てしまっては与太話と切り捨てられない。
あの男はなぜスラムに現れたのか。その目的が自分たちの生活を脅かすものではないことを心から祈りつつプレシアは煙管に口を付けた。
▷
シクスが寝室から出てきたのは日が傾き始めた頃合いであった。
「いや申し訳なかったなプレシア嬢。豪勢な料理に満足して……少し気が緩んでしまったらしい。特に……あのワインは美味かったな。おかげでよく眠れたよ」
「……そう。それなら良かったわ」
開口一番を飾ったのは嫌味とも牽制とも取れる言葉であった。
引き攣りそうになる頬を制しながらプレシアが短く答えると、シクスは護衛に視線を移した。鷹揚に片手を広げて言う。
「浅ましくて申し訳ないとは思うのだが、よければもう一杯貰えたりしないだろうか。相場通りの金なら支払おう」
「っ……それ、は……」
「シクス……私たちには、もうその気はない。その件に関しては……謝罪するわ。申し訳ない」
「…………………なるほど」
謝意が伝わったのか、シクスは神妙な声で納得の言葉を口にした。
「それで……『例の件』だが」
単刀直入。前置きは終わりだと言わんばかりにシクスは本題を切り出した。
「様々な捉え方があるだろう。既に各所が動き出している。かくいう俺も動く必要に迫られていてね。可能な限り動向を把握しておこうと思っている。その上で尋ねるが――」
両肘をテーブルの上に乗せ、組んだ手を口元へ添えたシクスがスッと目を細めた。
「プレシア嬢は……『例の件』についてどう思っている?」
「……馬鹿げた話、としか思えないわね。思い上がった自殺志願者が死ぬべくして死んで、あげく争いの火種をばら撒こうとしてる。はた迷惑でしかないでしょう?」
「……ふむ」
「確かにライザル派閥はスラムでも別格の戦力を有してる。それでも……無理なものは無理よ。そこらの人間が竜に勝てないのと同じ。赤子の手を捻るように潰されて終わり。そう思うでしょう?」
「……まあ、概ね同意といったところか」
その言葉を聞き、プレシアは静かに安堵した。
シクスは命知らずな連中と違って話が分かる。それが判明しただけでも大きな収穫だった。
「つまり、シクス……貴方は手を引くのね?」
「……まあ待て。結論を急くつもりはない。それよりも……プレシア嬢はどう立ち回る気だ?」
愚問だった。プレシアのすることは……するべきことは一貫して揺るがない。
「手を貸すつもりなんて微塵も無いわ。私は自殺志願者じゃないもの。あの馬鹿が死に急ぐなら……何をしてでも止めてみせるわ。……ようやくよ。ようやくここまで来たの。平穏を勝ち取るために……国の中枢に手が届くところまで上り詰めた。それが全て水泡に帰すのよ? 黙って見ていられるはずがない」
「……なるほど」
「……シクス、貴方を排除しようとしたのは……本当に、申し訳なく思うわ。浅ましいと思われるかもしれない。それでも、それくらい、私は本気だったの……!」
「……なるほど?」
小馬鹿にするようにも聞こえる声音で答えたシクスは視線を上げて顎を撫でた。
ふむと一つ呟き、勿体ぶるような間を作った後、部屋を見回してから言う。
「平穏を勝ち取るために、か。プレシア嬢は既に確固たる地盤を築いてるよう見えるが、如何に?」
「……こんなの、ただの見栄よ。欲深い馬鹿貴族を歓待するためだけに作らせた虚飾の穴蔵。確固たる地盤なんて、程遠いわ。私がいなくなったら崩れ去るようじゃ、まだ脆いの」
「……仲間を養うために心気を砕く、か」
「……貴方なら、とっくに気付いてるんでしょう? 私の才能なら……いずれ国だって堕とせるわ!」
秘めた内情を他人に話すつもりはなかった。そう思いながらもプレシアの語りは止まらなかった。
「中途半端なところで心を折って、全てを私に丸投げした母親とは違う……! 私なら宰相も、無能な国王すらも傀儡にしてッ! 陽の光に当たることすら許されなかった皆に、相応しい居場所を……!」
ここ数日は心の休まる時間がなかった。
届きかけたゴールが遠のこうとしている。
何もかもを見透かして手玉に取ってみせるこの男なら……どうせ全ての事情を知っているのではないか。
あらゆる要因が折悪く重なり合った結果、けして表に出すまいとして心の奥底に押し固めてきた激情に罅が入る。
噴出しかけた熱を冷ましたのは――
「やめておけ」
文字通り冷水を浴びせるようなシクスの一言であった。
「……何を、やめろっていうの?」
「事情も知らんやつがあの国王に手を出すな」
「……あら、どうして? 民の前に一切姿を現さない引き籠もりの王なんて元から傀儡みたいなものじゃない」
売り言葉に買い言葉。
そちらこそ此方の事情を知らないくせに、何を急に居丈高で口を出しているのか。そもそも何が気に障ってあんな国王の擁護など……。
剥き出しの意図を察してか、シクスは考え込むように瞼を閉じた。
「プレシア……お前、子どもはいるか?」
「は? なに、急に」
「いや……腹を痛めたことがあるのか気になってな。知ってるか? あの国王には息子がいる」
「……さっきからなんの話をしているの?」
「まあ聞け。俺が勝手に話すから……その後で諸々を判断しろ」
もともとシクスという男の素性は謎に包まれていた。掴もうとしても逃げていく霞のような存在だ。意図を察することなど不可能に等しい。
その真意を少しでも探れるならば話に耳を傾けるべきか。
プレシアは幾らか冷静になった頭でそう判断した。
「国王には世継ぎが要る。当然だな。だから子どもを作らされた。母体の選定基準は健康状態が良好であることだったらしい」
「…………」
「んであのおっさ……国王は、見ず知らずの女と拵えた息子の顔を……一度も拝んだことが無いそうだ。ただの一度もな」
「……なに、それ」
「徹底的に管理されてんのさ。万が一にも情がわかねぇように。代え難い因習ってやつだ。王の血が途絶えたら……ある呪装の歯止めが効かなくなるんでね」
シクスは吐き捨てるように毒づいた。
普段の飄々とした態度は鳴りを潜めている。不快を押し殺してか、片方の口の端がひん曲がっていた。
「国王の役割は治世じゃねぇ。ただ健康であり続けること。そして血筋を繋ぐことだ。軟禁されてねぇのはストレスを与えないためってのと、下級貴族への示しってとこか。ま、そういう事情があんのよ。……呪装の起動キーとしてしか認識されてねぇおっさんを傀儡化とかよぉ……やめてやれや。救われねぇどころの話じゃねぇ」
「待って! 待ってよ! 私は、そんな話……聞いたことない!」
「上澄みしか知らんトップシークレットだからな。あ、口外はやめておけよ? 割とマジで。消されるぞ」
「貴方はッ!」
プレシアは椅子を蹴って立ち上がった。両の拳が強く握られ、純白のテーブルクロスに皺が寄る。
「一体、何者なの……!? 貴族の間でもシクスの存在を知る者は一人もいなかった! 協力者も、出資者も、誰一人見つからない! そんな貴方がどうして国の秘密を知っているの!?」
問いに答えることなくシクスは席を立った。話す義理なしとばかりに背を向けて歩きだす。
「貴方の目的は!? どうして……もうすぐって時に、そんなことを吹き込んだのよ……ッ! 貴方は……この王都で、何がしたいの……?」
「いずれ分かる。いずれ、な」
歩みを止めることなくそう言い放つシクスに対し、プレシアは釈然としない苛立ちを覚えた。
散々スラムを搔き乱し、こちらを省みることなく知る必要のない情報を吹き込み、何を尋ねても取り合うことなくはぐらかし、要領を得ない言葉だけを残して去っていく。
最悪な気分だった。胸に蟠る鬱屈の念を分けてやろうと思い立ち、プレシアはシクスの背中へと呪詛を吐き捨てた。
「子どもはいるか、だって? 作るわけないじゃない。こんなクソみたいな世の中で」
部屋の出口へと向かっていたシクスは、プレシアの言葉を耳にして歩みを止めた。
その様にどこか溜飲が下がる思いを感じたプレシアは続けて呪詛を吐き出した。
「こんな力をもし遺伝させたら……絶対に恨まれるもの。自分の子どもに刺されて死ぬなんて末路は……御免だわ」
弱音を吐くことはなかった。組織の長として毅然とした振る舞いを求められていたから。
愚痴を吐くこともなかった。仲間に心配をかけたくなかったから。
目の前の男なら……心の澱を吐き捨てる対象に丁度いい。どうせ全て柳に風と受け流されるのだから。
一時の気の迷いから口をついて出た言葉だ。大した反応は期待していない。
乱雑に椅子へ腰掛け頬杖をつく。そしてプレシアが耳にしたのは――押し殺したような笑い声だった。
「くっくっ……そうか……自分のガキに刺されるのは御免、ね」
「……お気に召す言葉だったかしら? なら良かったわ」
「いやぁ……全くもって面白くはねぇな。だが……気に入ったよ。俺は……案外、お前のことを好きになれそうだ」
「はぁ……?」
相変わらず要領を得ない発言しかしないシクスは、そこでゆっくりと振り返った。漆黒の瞳と目が合う。闇を凝縮したような瞳は嘘偽りのない感情を宿している。
そしてシクスは――かつて見たことのないほど獰猛な笑みを浮かべた。
「俺の目的を一つ教えてやる。このクソみてぇな世界を変えることだ。……ガキ拵えるのに無粋な遠慮をする必要なんざねぇ世の中に、な」
「貴方は、何を言って……」
「まぁ、それも追々な。期待して待っとけ」
話を切り上げたシクスが部屋の扉に手をかけた。
まだだ。まだ肝心な話を聞いていない。
プレシアは再度椅子を蹴り立ち問い掛けた。
「待って! 貴方も……『例の件』を……ライザルと協力するつもり、なの……?」
「…………? いや、そのつもりはないが……」
「……信じるわよ、その言葉。絶対に、あの男を……焚き付けないで」
「…………フッ、そういうことか。……なるほど……善処しよう」
言質は取った。これでライザルが軽挙妄動に走ることもないだろう。
部屋を出ていくシクスを見送ったプレシアはどっと押し寄せた疲労に膝を折った。淑女然とした仕草をかなぐり捨てて机に伏せる。
得体の知れないあの男と言葉を交わすのは酷く神経を使う。十は老け込んだ気分であった。
ともあれ、よし。
どこまでも――いっそ愚かしいと思えるほどに――寛容なシクスは、薬を盛ったことなど意にも介していない様子で出ていった。此度の事件における最大の脅威は取り払われたと思っていい。
「あの……」
身を弛緩させて息を吐くプレシアに護衛の女がおずおずと声をかけた。
「これは私の勘なのですが……あの男、多分……何も分からず適当に返事してましたよ」
「……そんなわけないでしょう」
「いえ、本当に」
「…………」
「……どうしますか?」
「…………一応、監視は続けましょう」
「それが宜しいかと……」
シクス。あの男は一体何なのか。どんな深謀遠慮を巡らせてスラムに干渉しているのか。
何も考えていないなんて有り得ない。有り得ないが……腹心の部下がそういうのであれば信じないわけにもいかない。
――シクスが本当にただの考えなしだったらどれほど楽だったかしらね。
ただの無能が国の上層部の秘密を握れるわけがない。
もたらされた秘事を出鱈目と断じることは容易いが、あの男の言葉には短慮を許さない本物の熱があった。
全てが真実であるならば、身の振り方を考えなければならない。国の中枢を掌握する計画も見直しが必要だ。
何よりも『例の件』の後に訪れるであろう混乱に備えなければ。
「勇者ガルド……本当に余計なことをしてくれたわ」
『例の件』の端緒を開いた反逆の勇者は何処で何をしているのか。
考えても詮無きことである。行方知れずの勇者のことよりも、今は喫緊の課題を片付けるのが先決だ。
資金繰りと根回し、そして対外折衝に終わりはない。
【魅了】の効力が落ちるのを防ぐため、プレシアは眉間に寄った皺を揉みほぐしながら自身の書斎へと赴いた。
▷
やはりプレシアはいいやつだったな。俺は俺の勘の冴え具合に改めて感心した。
美味い飯と酒を馳走してくれたうえに寝床まで貸してくれた。あげくクソほど待たせたのに文句の一つも言わねぇときた。聖人かよ。俺ならブチ切れて叩き起こすね。
ちょっとばかし癇癪気味なのと話をぼかすのはマイナスだが……それも取り立てて騒ぐほどの欠点ではない。
むしろ気が合いそうだぜ。飲み仲間になったら面白そうだ。
流れで国王のおっさんの話をしちまったが……色街のトップに居座るようなやつが口を滑らせるとも思えんし、まぁ問題はねぇだろう。
『例の件』とやらの輪郭も掴めてきた。国の外への大規模進出かな? 恐らくは。
馬鹿なことするねぇライザル派閥は。魔物ひしめく不毛の地で生きて帰れるわけないだろっていうね。
外への遠征を繰り返すやつらは未知の呪装や国外で採れる禁制品がもたらす金の流れに心を奪われた。そして無茶な遠征を決行と。そう考えれば矛盾がない。
ライザルの思い上がりってのは、つまりはそういうことだろう。やはり狂人か……。
もちろん俺はそんな馬鹿げた自殺に付き合う気はない。まぁ、その心意気は買うけども。狂っていようが、国の政策に踊らされている連中よりかは断然好感が持てる。
スラムが例の件、例の件と騒ぎ立てていたのは……破滅するであろうライザル派閥の後釜狙いかな?
プレシアが接触してきたのは、二人で仲良くこの地を牛耳ろうぜというお誘いだった……と。しかし、ライザルとしては平穏無事に帰ってくるつもりだったので、己の不在時に勢力図を拡大しようと目論むプレシアを牽制しておきたかった。
プレシアはライザル派閥が遠征を成功させて今以上に力を付けたら困る。だから俺に手を貸すなと言ってきたのだ。
資金面の援助があれば遠征の成功率は上がる。それを看過できなかったんだろう。
ライザルが俺の協力を得られると信じて疑っていないのは、遠征の成功が闇市を潤すからだろう。それはシクスにとっても喜ばしいことだ。言わば先行投資ってわけだな。なるほど互いに利があると豪語するわけだ。
『例の件』の真相見たり。おいおい完璧な推理か? 詩劇の名探偵役もびっくりの頭脳だな!
そうと分かれば話は早い。俺はさっさと身を隠すとしよう。ライザルへの投資は悪い話ではないが、狂人をビシネスパートナーに据えるのはちと怖い。
冒険者連中がスラムにやって来た理由は謎のままだが……これは焦らず探っていけばいい。つかミラとノーマンがいるんだからそのうち勝手にどうにかするだろ。
万事、問題なし。
俺は意気揚々と宿へ帰ろうとして。
「よぉシクスさんよ! 随分と……プレシアと懇ろみてぇだなぁ?」
廃屋の壁に背を預けているライザルに話し掛けられた。
あー……どうすっかなぁ、これ……。




