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花よりしとね

「自由行動……すか」


「そうだ」


 俺の部屋に来たノーマンが指示を寄越せと言ってきたので適当にやってろと言い放つ。ノーマンは何やら怪訝そうな表情をしていた。


「不服か?」


「いや……案外、緩いんだなと思ってな」


「一から十まで指示しなければ動けないような無能じゃないだろう?」


「……アンタの言う『その時』に備えておけって解釈でいいんだな?」


「そういうことだ」


 どういうことか分からんが俺は適当に相槌を打った。

『その時』なんてねぇよ。アレはただの口から出任せである。

六感透徹(センスクリア)】持ちのコイツなら疑ってかかってきそうなもんだが……わざとコッチに合わせてんのか? 恭順な態度を崩さないのがどうにも気に掛かる。


 ま……昨日成り行きとはいえギブアンドテイクの関係を結んだからな。そりゃ表立って敵対することはねぇか。


「アンタはどうするんだ?」


「俺は勝手に動く。こちらのことは気にするな」


「……詮索はするなと」


「そういうことだ」


 俺はこいつらの目的を知らない。そのうえ『例の件』とやらの詳細も掴めていないままだ。

 この状況は非常にまずい。愚図な輩が淘汰されるスラムでは情報の鮮度が物を言う。伝手や能力の証明になるからだ。


 周回遅れの醜態を晒しているやつは徹底的にナメられる。早急に、しかし誰にも悟られぬよう遅れを取り戻さねばならない。


 そのためのアテはある。プレシアだ。

 あいつは俺に嘘をつかなかった。敵対したくないとの言葉も本心から来るものだろう。ちっとばかし圧をかけて探れば例の件とやらの輪郭くらいは掴める。

 ついでに冒険者連中が探してる情報もすっぱ抜ければ上等だ。


 同盟の結成はしない方向でいく。ライザルに目を付けられそうだからな。

六感透徹(センスクリア)】が通じないような狂人は俺の手に余る。馬鹿と鋏は使いようなどというが、鋏を持った馬鹿はさすがに使いこなせる気がしない。やつとはこれまで通り距離を置くことにしよう。


 善は急げ。方針を固めた俺は早速スラムの色街へと足を運んだ。

 色街の印象は以前来た時とさほど変わらない。日の当たらない猥雑な裏通りだが、それでも一定の需要があるので人が集まってくる。


 中にはお忍びで来てる貴族なんかもいるだろう。無駄に私財を蓄えているやつらはここで欲とともに金を吐き出している。


 吸い上げられた金は全て色街のトップの懐へ向かうのかね?


 色街に入ってすぐ呼び止められ、恭しい態度で迎え入れられた俺は、連れてこられた部屋の内装を見てそんなことを思った。


 金の鎖で吊るされた絢爛豪華なシャンデリアは十を超える腕木が備わっている。

 白色の壁に飾られた絵は色彩豊かな風景画だ。風光明媚な山嶺から蒼白のコントラストが見事な海景画、家屋と雑踏を描いた街景画などが所狭しと、しかし煩くならないよう飾られている。


 群青、金、白の三色を基調としたカーペットは一目で高級品と分かるほどに精緻な模様が編み込まれていた。偏執的なまでに整えられた一品は所有者を王侯貴族かなんかと錯覚させるに足る趣を感じさせる。


 椅子のクッションは柔らかく、まるで沈み込むかのようだ。肘置きの位置も丁度いい。俺が泊まった宿の安モンとは雲泥の差だ。

 王城の食堂もかくやの長さのテーブルには純白ビロードのテーブルクロスが掛けられている。食卓に添えられていながらシミ一つないのは念入りに手入れされているのか、それとも少しでも汚れたら新品にすげ替えているのか。


 そんな白の食卓には高級店でも並ばないような食事の数々が盛り付けられている。

 特筆すべきはその全てが銀食器で彩られていることだ。


 ティーウェアからゴブレットカップ、カトラリーまで全てシルバーで統一されている。磨き抜かれたスプーンの曲面がシャンデリアの光を反射して輝きを放った。


 贅を極めるという言葉がこれ程までに似合う光景はそうないだろう。国王のおっさんの食事でもさすがにここまではしねぇ。成金のバカ貴族でももう少し手心を加えるぞ。


 意味が分からん。だが意図するところは分かる。

 即ち、最上の(もてな)しといったところか。


「ようこそ。歓迎するわ、シクス」


 昨日とはまた違うドレスで着飾ったプレシアは薄く笑みを浮かべて言った。


 部屋の中にいるのは俺とプレシア、そして護衛の女だけだ。人払いは済ませているようで、誰かが部屋の外で聞き耳を立てている様子はない。


 やはり俺の勘は正しかった。プレシアに敵対の意思はない。


「過分な饗宴を催していただき光栄の至りだ、プレシア嬢。ここまで雅趣に富む席を設けていただけるとは予想外だったよ」


「気に入ってもらえたなら嬉しいわ。貴方のために用意させた甲斐があるもの」


 俺のために、か。大したリップサービスだが……ただの方便ってわけでもなさそうだ。

 どうしても俺の機嫌を取りたいのだろう。より正確に言うならば、心証を損ねないようにしたいのか。


 俺は食卓に並んだ豪勢な食事の数々を見回した。

 どれもこれ高級品であることは疑いようもない。さすがに野菜の品質までは分からんが、瑞々しさから上等なものであることがうかがえる。


 おいおいありゃ生の魚かよ! あんなの限られたやつしか口にできねぇぞ!

 保存状態を維持した輸送が難しいうえ、下処理を間違えたら腹を下すので一般に普及してない珍味である。この一品だけでもプレシアの本気の度合いが察せられるというもんだぜ。


「ふふ……ぜひ賞味なさって」


「そうか。では……頂こう」


 俺は早速生の魚を口の中へ放り込んだ。舌で押せばほぐれる身に詰まった独特の味わいが口内を満たす。

 ふむ……これには白ワインだな。俺はゴブレットを傾けた。芳醇で、それでいてしつこ過ぎない酸味が喉と鼻を抜けていく。まろやかな酒精はそこらの安物とは一線を画す上品さだ。

 これは……美味い。褒めそやしの修飾がいっそ無粋になるほどに。金貨にしたら一本五十か六十か。そういう品だ。


「……それで、シクス。貴方がここに来たということは……私たちに協力すると受け取っても」

「待て。まぁ……待ち給えよプレシア嬢。そう急くものではない。まずは食を共にして友誼を深めようじゃないか」


 俺は腹が減っていた。

 なにせ夜通しで椅子に座りっぱなしだったからな。その後も水くらいしか飲んでいなかった。冒険者連中の前で飯を食うのも、なんかこう……シクスっぽくなかったし。


 そこへ来てこのご馳走だ。食うだろ。そりゃ食う。

 会話しつつなんて勿体ねぇ。待てを聞き入れるのは人様に飼い慣らされた哀れな畜生くらいだぜ。食いたいモンは食いたい時に食う。それが俺だ。


「そ、そう……」


「うむ」


味覚透徹(フレバークリア)】発動。あー……いい。いいね。この肉もまたいい部位を使ってやがる……!

 焼き加減も俺好みのミディアムレアときた。香草もいい具合に肉の臭みを消している。下処理にも余念がない。


 ……これは……百点……いや、まだだ。まだ上があるはずだ……!

 しかし最高地点に近いことは疑いようもない事実である。九十八、といったところか……!


 野菜で口直ししてからブレッドとスープを一口。うむ、美味い。エンデの雑な塩味で誤魔化したスープも乙なモンだが、やっぱり素材そのものの味を活かしてこそだな!


 ゴブレットのワインを飲み干すとすかさず護衛の女がお代わりを注いだ。

 おいおいなんつー待遇だよ。色街のトップ様ってのは毎日こんな暮らしをしてんのかね? 羨ましいもんだぜまったく。


 全力で味わっていたら皿の上の料理は全て空になっていた。

 ふいー食った食った。【味覚透徹(フレバークリア)】を使ったのなんて久し振りだぜ。

 慣れるとそれ無しじゃいられなくなるので使用を控えている魔法の一つであるが、今は味覚強化の使い時だった。そう断言できる。


「随分と……お気に召したようね」


「ああ。最後の晩餐に食せれば幸福だろうと思えるくらいには美味だったぞ」


「っ…………そう……」


 最大限の賛辞を送ったつもりだったのだが、どうやらあまりウケなかったらしい。

 プレシアは苦味を帯びた表情を滲ませた後、煙管の火皿に発火の魔石を放り込んだ。吸い口を咥え、紫煙を燻らせてから言う。


「シクス。私は……この暮らしに満足しているわ。そこらの貴族連中と変わらない……いえ、それ以上の贅沢に浸れる環境を手に入れた」


「…………? …………そうだな」


「私を慕い、恭順を誓った者には……命を脅かされることのない環境を提供している。娼婦たちにも過度な無理強いはしてないわ。馬鹿な客の身ぐるみを剥がしてるのは、うちの子たちを守るためでもある」


「…………?? ああ……そうだろうな」


 まずいな。プレシアが急に己の身の上を語り始めた理由が分からん。まるで流れが読めんぞ。


 しかし、何よりもまずいことがある。


 それは…………唐突に襲ってきた強烈な眠気である。


「国の中枢に食い込んで……私は相応の権力を帯びたわ。馬鹿な貴族を傀儡にして、色街の甘露を啜らせて……私は、ここまで、成り上がったの」


 腹を満たしたからかな……。『遍在』の監視から解放されて気が緩んだのかもしれん。一晩中寝ずの番をしていたツケがここへ来て回ってきやがった。


「生きようと思えば、どうとでもなるのよ。私たちが……貴族の連中にどう思われてるかなんてどうでもいい。革命なんて……いらないわ。シクス……貴方も、そう思うでしょう?」


 なんでスラムの連中は言葉の端々をぼかすんだろうな?

 馬鹿が付くほど正直なエンデのアホどもの会話を見習って欲しいもんだ。眠気も手伝って何も頭に入ってこねぇよ……。


 俺は落ちそうになる瞼を必死に持ち上げながら言った。


「例の件、か」


「そうよ」


 そうらしい。


「ライザルは……あの馬鹿は、いよいよ行動を起こそうとしてる。代替わりの機に乗じて仕掛ければ成功するなんて……考えなしも甚だしい。犬死にする未来しか有り得ないわ」


 いい具合に酒が入ったからか限界が近い。このままぐっすりと寝たらさぞ気持ちいいだろうという誘惑に抗えねぇ……。


 クソッ……ねみぃ……ねみぃぞオリビア……!


(頼むからクソみてぇな意思を飛ばしてくるのやめてくんねーかな?)


(どうにか、こう、眠気に効く回復魔法を送れないか?)


(無理に決まってんだろ。死ね)


(昨日死んだ)


(結局死んだのかよ……)


 意識を繋ぎ止めるためにオリビアにちょっかいをかけてたらプレシアが声を荒げた。やべ、何も聞いてなかったわ。


「シクス、だから貴方は――あいつに協力しないで! 私に従うの! 従えッ! シクスッ!」


 瞬間、ぐらりと視界が揺れた。焦点がぶれる。

 う、お……やべ、寝落ちする……! 【鎮静(レスト)】……!


「…………プレシア嬢、頼みがある。寝室を……貸してくれないか?」


「っ……え……? 効いてない……?」


「ああ、話を聞いていなかったことは……そうだな、謝ろう。最近、少し動き通しでね……例の件だ、例の件。分かるだろう? 先ほど飲んだワインで……少し酔いが回ったかな? そういうわけだ……寝室を、貸してくれ」


「…………案内、してあげて」


「…………はい。シクス殿、こちらへ」


「すまんな。この借りは……いつか返そう」


「……ええ」


 護衛の女の後に続いて部屋を出る。

 座っている時は限界かと思ったが、立って歩いたことで多少は意識が回復した。


 それでも、やはり限界だったらしい。

 寝室に通された俺は上着すら脱がずにベッドへダイブした。沈み込むような柔らかさを肌で感じる。


 美味い飯を食い、酒を飲み、そして惰眠を貪る。最高の贅沢だ。

 プレシア派閥は俺と事を構える気はないみたいだし……まあ、多少の無礼には目を瞑ってくれるだろう。

 俺も目を瞑った。意識が落ちる――

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オリビアと仲いいな
死ねが悪態じゃなく解決になるヤツも珍しい
真実の名前じゃないと聞かない系の催眠か
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