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心胆を寒からしめる剣の鋒

 流れで冒険者連中が俺の下につくことになった。

 いらねぇ……。心の底からいらねぇ……。


 シクスの武器は秘匿性だ。背後関係も、禁制品を買い漁る理由も、金の出処も謎。正体不明の有力者。

 只者ではないと勘違いさせることで手出しを控えさせ、確実に利益をもたらすことで有力者連中から見逃されてきた。


 冒険者連中なんぞを従えていたら秘匿性を損ないかねない。全てが謎だからこそシクスは警戒されていたのだ。

 ぽっと出のやつらとつるんでいたら色々と勘繰られるし、場合によっては高を括られる。ハッタリを効かせられなくなったらシクスの価値は大きく減じるだろう。


 行動をともにするのが冒険者連中というのもよろしくない。

六感透徹(センスクリア)】を使えるノーマンを筆頭に、洞察力に長けた『遍在』、そして戦闘馬鹿の『柱石』。


 こいつらと四六時中顔を合わせていたら……ふとした拍子にボロが出て、シクスがちょいと小突けば死ぬ程度の存在だとバレかねない。

 黒ローブは知らん。というかなんでこの顔触れの中にこいつが混じってるんだ? 場違いだろ、どう見ても。人選ミスか? スラムで火の魔法をぶっ放すつもりでもあるまいに……。


 会話を重ねてもやつらの目的は判然としなかった。分かったことといえばやつらも切羽詰まっているということだけだ。

 何なんだ一体……。スラムで何が起きているというのか。

 常に魔物の脅威に晒されているエンデがここまで力を入れる時点できな臭さしか感じねぇ。


 こういう時こそ一人で動きたかった。部下なんぞ足枷になるだけだ。

 今になって後悔するも、咄嗟に出てきた言い訳が『人手不足』だったのでどうしようもない。誘っておいてなんだが、俺としては断ってくれた方が助かったんだがな……。


「シクスよ……かの乙女は、いま何処で、何をしているのだ?」


 こいつらが利用している宿泊場所、もとい潜伏場所は把握しておかねばならん。その考えのもと四人の後に続いているとアウグストが鼻息を荒げながら聞いてきた。きめぇ。


「成果には報酬を。それが俺の流儀だ。報酬が欲しいなら……成果を示せ」


「ならばせめてッ! 乙女が生きているのかどうかだけでも……!」


「…………生きているさ。それは、間違いない」


「おォ……! オオッ……!!」


「言伝もある。アウグスト死ね、だそうだ」


「ンンッ! 熱烈なプロポーズ……! やはり……運命、か」


 こいつ何なんだよほんと。お前らなんでこいつ連れてきたの? 潜入に不向きとかいう以前の問題だろ。

 こいつはエンデの外に出すな。戦場に縛り付けておけって。真剣に。


「やはり……生きていたのですね。彼女が関与していた店に手紙が届いていたので一応の無事は確認できていたのですが」


 ギルドを挙げて捜索されても面倒だからな。『旅に出ます。探さないでください』とだけ書いた手紙を娼館に届けておいたのだ。その辺に抜かりはないさ。

 新聞社のガキに書かせたから筆跡で辿られることもない。工作は完璧である。


「ウェンディ氏の行方は(よう)として知れぬまま……だったのですがね」


『遍在』の言葉に探るような素振りはない。そういう態度を隠すのが上手いだけだろうがな。

 こいつは部外者の俺がどうして事情を把握しているのか気になってしょうがないはずだ。なので世間話のていを装って俺が口を滑らせるのを待っている。そんなとこか。


 まあ……部外者どころか当事者なんですけどね……。

 このままだとボロが出かねない。俺は意味ありげに笑って言った。


「特殊な伝手を持っているのさ。これで満足かな?」


「っ……そう、ですか」


 腹の中を探ってくる相手にはさっさと答えをくれてやるのが一番いい。何よりも有効な牽制になる。そしてそんな伝手はないので相手は勝手にドツボにはまることになる。これがシクス流の煙に巻く術だ。


 他愛のない雑談をそれっぽい態度で誤魔化していたら宿に到着した。

 大通りから外れた穴場だな。潜入の基本は弁えているようだ。最も、アウグストを連れてきてる時点で失格の烙印を押さざるを得ないが。


「それで……シクス、さんはどうするんだ?」


「俺も部屋を取る」


「そうか」


 ノーマンが短く答える。態度には出していないが、恐らく警戒しているだろう。得体の知れない相手が直ぐ側にいたらやり辛いことこの上ないからな。


 とはいえ、やつらは手練れだ。この状況で迂闊な発言を漏らすとは考えにくい。盗み聞きを警戒して筆談でやり取りする程度の工夫は凝らすはずだ。

透聴(インターセプト)】は機能しない前提で動く。ならば……やることは一つ。


「追って指示は出す。……あまり出歩くなよ」


 冒険者連中にそう告げた俺は、部屋に入ると同時にいつもの短剣で首を掻き斬った。


 ▷


 新たな魔法を開発する必要がある。昔の連中が式に落とし込んだ魔法よりも遥かに高度で利便性のあるものを。


 世に溢れる魔法は全て昔の連中の研究成果を流用しているだけだ。

 取捨選択および統廃合が繰り返され、実用性と安全性、確実性を重視して洗練された結果に生まれたものが普及している。その一つ上の段階を、俺が創る。


「……そうでもしなきゃ、ここは突破できなさそうだしな」


 冒険者ギルド。昼から夕方にかけては脳天気な連中が馬鹿騒ぎしているが、深夜ともなると多少は落ち着いている。


 夜中なのに酒場が開いているのは警備も兼ねているからだ。

 ギルドには対外秘の書類や禁帯出を下された呪装が保管してある。それらを目当てに忍び込もうとする馬鹿はちょいちょい現れるので、即座にひっ捕らえられるよう冒険者を配置しているのだ。


 酔いどれとはいえ数がいる。容易に突破できる布陣ではない。


 かつて治安維持担当の詰め所に侵入した時は【隠匿(インビジブル)】で事足りた。

 そもそもあんなところに潜入する輩などいない。有能な猛者は街に出払っているので、見張りに立っていたやつらは下っ端もいいところだ。


 しかしギルドは違う。死線をくぐり抜けた猛者が複数人で警備を回している。詰め所の時のようにはいかないだろう。


 侵入を察知する呪装が設置されていてもおかしくない。オリビアが魔石を加工すれば音を拾う魔道具なんかも作れるだろう。

 人の魔力を感知して警報を鳴らす呪装なんてのもあると聞く。油断すればあっという間に囲まれて断頭台行きだ。


 故に新たな魔法を創る。呪装も、世界すらをも欺く理外の法を。


 事実、そういう呪装があったのだ。ならば……俺に再現できない道理はない。


隠匿(インビジブル)】。周囲の魔力に己の存在を限界まで溶け込ませる。

無響(サイレンス)】。心の臓の鼓動も、血潮の流れすらも遮断する。

無臭(エアイレイズ)】。僅かな痕跡さえも余さず消去する。


 ……まだだ。【隔離庫(インベントリ)】。肉体を肉体たらしめる魔力を一時的に隔離する。


 併せて四つ。練り上げる。

 世界からズレるための魔法。かつて俺が砕いた『隠者の外套』と呼ばれる呪装の模倣式。名付ける。


「【不倶混淆(ケイオスフィルタ)】」


 世界が遠のいていく。音が、光が、ぐらぐらと揺らいでいてうまく認識できない。だが……これでいい。手応えはある。これは魔法が正しく発動している証拠だ。そういう直感がある。


 路地裏で魔法を発動した俺はまっすぐギルドに向かった。入口に立っている見張りを無視してスイングドアを潜る。気取られた様子はない。


 濃い酒精が充満している屋内に踏み入っても何も感じなかった。五感そのものが正しく機能していないかのような感覚だ。

 世界からズレている証拠だろう。そう思っておく。


 記憶を頼りに歩き、奥へと通じるドアを開ける。音は鳴らない。

 ほんの少しの隙間を作るだけで滑るように身体が入っていった。潜入成功。


 何度か通ったことのある道を行く。廊下で巡回と思しきやつら三人とすれ違ったが一切気付かれることはなかった。

 想像以上の効果である。今度オリビアの目にどう映っているのか聞いてみるのも面白いかもしれん。


 目的地についたので魔法を解く。

 後遺症は……特にねぇな。長く続けてたら感覚が麻痺しそうだが短時間の使用なら問題なしか。普段使いして感覚を慣らしておく必要があるな。


「ふぅ……」


 軽く息を吐いて集中する。

 ここへは情報を集めに来たわけだが、気を抜いているとこちらの内情を悟られかねない。……もうひと工夫しておくか。


偽面(フェイクライフ)】。顔の造形はあえて変えずに固定する。

鎮静(レスト)】。沈着冷静を恒常に保つ。

触覚曇化(プレスジャム)】。無意識に表出する反射的な仕草を抑え込む。


 併せて三つ。練り上げる。

 心理的動揺による反応を鈍麻させ、対手の眉を読む能力を無効化する。


鉄面(ビターライフ)】と名付けよう。


 こいつ何も知らねーのか? なんて思われたら癪だからな。これを使えば防御は完璧。あとは思わせぶりな発言を連発してやつが口を滑らせるのを待つとしよう。


 相手にこちらの内情を悟らせず、俺は勇者の立場を利用して事の真相を聞き出す。最高だな。


 威圧的に映っているであろう無表情を携え、俺は目の前の扉を三回ノックした。

 扉の下部からは光が漏れている。ギルドマスターのルーブス殿が起きているのは確認済みだ。夜分遅くまでご苦労なこって。


「空いている」


 入室許可が出たので扉を開ける。

 心胆を凍てつかせる寒気が吹き抜ける。研ぎ澄まされた殺意の奔流。それはまるで命の脈動を停めんとする寒波のようだった。


 喉元に『空縫い』が突き付けられている。

 為す術なく殺されかけたのだと認識して、それでも冷静でいられたのは、俺が死に慣れているのと【鉄面(ビターライフ)】のおかげだろう。魔法の効果がなかったら……俺はみっともなく悲鳴を上げていたかもしれない。


「…………ッ!? 勇者、ガルド殿……?」


 不意を打って奇襲を仕掛けてきたルーブスは、逆に不意打ちを食らったかのように目を見開いて硬直していた。


 ビビるよな。分かるよ。勇者が夜分遅くに訪ねてきたら、そりゃびっくりするだろう。


 だけどなぁ……いきなりとんでもねぇ呪装を突き付けられた俺の方が焦ったぞ! 心臓止まるかと思ったわ! クソがッ!

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― 新着の感想 ―
しかしガルドの合成魔法は不思議。 というかガルドだけが使えるのが不思議。 やってる事は古代の人々と同じ、魔力のパズル。 狙った効果が出るように魔力を組み替えてる。 んで魔法に限らず汎用性があるものは…
そりゃあルーブスさんからしたら、鉄壁の布陣を敷いてるのに連絡一つなく、いきなりドアの前に気配が現れたんだから警戒するでしょうよ。 バトルの基本は先手必勝。 どう考えてもロクな奴じゃないですからね。 …
ノックされた瞬間に敵と判断してるのこええ
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