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詰みの景色

 華の王都といえども日が沈むにつれて喧騒が遠のいていく。

 能天気な連中がそこかしこで羽目を外しているのが王都だが、さすがに朝から晩までお祭り騒ぎとはいかない。夜になれば非行を生業とする輩が活発になるのはここでも同じだ。意味もなく出歩くやつは愚か者の烙印を押されても文句はいえまい。


 そして、そういう脛に傷を持つ連中が活発になる時間だからこそ得られるモノもあるのだ。

 王都の裏通りにある寂れた教会でシクスへと変装した俺はゆったりとした足取りで闇市へと向かった。


 いつ、どこで、誰が目を光らせているか分からないスラムでは常に人の目を意識した立ち居振る舞いを要求される。怯えや挙動不審を露わにするのは以ての外だ。その時点で本人のあずかり知らぬところで格付けが済まされ、搾取される側の人物として認識される。


 好奇心や観察するような視線を表に出すのも良くない。騒動の引き金になりかねないからだ。

 賢い立ち回りを身に着けていないやつが情報やモノを持ち帰ると大抵の場合ろくなことにならない。裏経由で入手したモノが表で取り沙汰されると国の連中が動かなければならなくなる。バランスが崩れるのだ。


 スラムと国の上層部はそれなりに癒着している。片っ端から弾圧するよりも管理が楽なのだろう。おこぼれに与っている貴族連中もいるしな。騒動をスラム内に抑えているなら過干渉はしないというスタンスなのだろう。


 そういう絶妙なバランスを理解できないやつは歓迎されない。暴力をチラつかされて追い返されるのがオチだろう。それで引かないようなマヌケなら後の展開は薄々察しが付く。


 ならばこれ見よがしに武力をアピールすればいいかというと、これも違うからややこしい。

 格下と侮られることはなくなるが、あからさま過ぎる態度は周囲に警戒を抱かせる。その腕っぷしを引っ提げてスラムまでやってきて、さて何をしでかそうとしてるんだ? ってな具合だ。


 スラムは腕力が全ての無法地帯だと勘違いしているような馬鹿は早々に手厚い洗礼を受けるだろう。

 見どころがあればどこぞの舎弟として拾われるかもしれないが、脳みそまで筋肉でできているようなやつは駄目だ。利をもたらさない。故に捨てられる。


 閉鎖的な領域だ。極端な排他性を有していると評していい。

 元々スラムで生まれ育ったやつならば多少のやんちゃも目を瞑ってもらえるが、余所者に対してはその一握の慈悲も働かない。


 スラムは、賢しらで、かつ有益な者だけを求めている。俺はこの単純明快な結論を導き出すために五つの人格を使い潰す羽目になった。


 シクスという人格は、王都のスラムという闇に消えた人格たちが遺した集合知を基にして成り立っている。

 泰然自若としていて理に聡く金に糸目をつけない。騙されたほうが悪いという暗黙の了解に目くじらを立てず、しかし侮られることは許さぬ矜持を持つ。ひとたび現れれば下手な貴族など比べ物にならないほどに闇市を潤している。


 これだけ実績を揃えれば一廉の人物の出来上がりというわけだ。こちとら伊達に人格を捨ててないんでね。最適解を突っ走らせてもらったよ。


 シクスという男の異常性が広まった後なので、俺は夜のスラムを堂々と闊歩していても襲われることはない。小さいグループはもちろんのこと、それなりの規模の組織を運営している連中も俺に手出しを控えている。実にいい気分だ。顔パスってやつだな。


 廃屋の窓から通りを観察していたやつらが静かに身を引っ込め、そして慌ただしく駆けていく。闇市店主の使いっ走りかなんかだろう。俺が来たことを知らせに行ったな?

 闇市にゴザを広げるには星の光では心もとない。いつ誰が死角から襲ってくるか分からんからな。相互監視の目が光っている昼間でないとリスクが勝る。故に夜は身辺警護が整っている上澄みしか店を出さない。


 だが俺が来たなら話は別だ。

 金払いがいいシクスが来た。そういう情報を届けることで見張り連中は日銭を稼ぐ。弱者なりの知恵ってやつだな。寸刻もあれば品を用意した店主どもが揉み手をしながら寄ってくるだろう。


 だが残念。本日の俺の目的は物色(ショッピング)ではなく調査(リサーチ)だ。


 今のエンデにはミラがいない。いつもいつも良いところで俺の邪魔をする『遍在』がいないのだ。これは紛うことなき好機である。


 欲望渦巻く王都のスラムは斬新な商法の見本市だ。一般人にとってはちっとばかり刺激的なので法やらなんやらで規制されがちだが、そこは俺流のアレンジを加えてやればいい。それを今のエンデでお披露目すれば短時間で荒稼ぎできるだろう。


 機運が巡ってきたな……。いい具合にヒリついてきたぞ。

 吊り上がりそうになる口元を意識して制御し、【鎮静(レスト)】を発動して平静を保つ。

 さて、ビジネスを始めるとしますかね。


「…………! シクスの旦那!?」


 夜のスラムは光源に乏しい。そこらに発光の式が刻まれた魔石灯が点在しているが、それでも対面の相手の顔を認識するのにも少々の時間を要する。

 護衛にランタンを持たせて店を開いていた店主の一人が一拍遅れて俺に気付き、焦った様子で駆け寄ってきた。早速だな。今日はこいつから色々と話を聞くことにしようか。


「よお。俺がいない間に何か変わったことはあったか?」


 俺はとりあえず世間話のジャブから始めた。

 こいつが口を滑らせたならよし。情報料を請求してくるならばそれもまたよし。主目的は調査だが、最新の情報が得られるならば金を握らせてやってもいい。


 闇市へは割と頻繁に顔を出しているが、それでも追いきれない情報はいくつもある。隠者の外套事件のときもそうだった。

 聞くは一時の恥。知らぬは一生の恥。シクスならばその恥すら金で濯げる。つくづく便利な人格だ。


「変わったことって……旦那、何を悠長な……っ!」


 おっと……。俺は気を引き締め直した。


 日が落ちてからも堂々と店を構えていられるあたりこの店主はそれなりの序列にいると見ていい。上客を確保しているか、それなりの勢力子飼いの商人なのか、それとも両方か。

 そんなやつがここまで血相を変えるとは……よほど面倒な事件が起きたに違いない。本当に物騒なところだよ全く。


「随分と取り乱すじゃないか。何かあったか?」


 ここで注意すべきなのは無知を悟られないことだ。愚直に情報を欲しているのだとバレたら格が落ちる。


『俺はある程度の事情を把握しているが、念のため情報を擦り合わせておこう。金ならくれてやるぞ?』というスタンスを貫く。

 落ち着き払った態度で余裕を演じ、細かな声の抑揚で印象を操作する。手慣れたもんだ。ほんの少しの瑕疵も無い。人格を犠牲にして身につけた処世術である。


「何かあったのかって……旦那……!」


鎮静(レスト)】をかけて準備は万端。

 どんな話を聞かされても切り返せるよう構えていると、わなわな震えていた店主が何やら吹っ切れたように息を吐き、やれやれと首を振ってから俺の背中をバンと叩いた。


「旦那。俺ぁ、心底から呆れたよ。旦那にとっては……この事態すら『何かあったか』の一言で切って捨てちまう程度の些事ってことですね?」


 おっと……これはこれは。話が嫌な方向に拗れたな。冷静になっていなかったら舌打ちが出ていたかもしれん。俺は軽く鼻を鳴らして笑みを作っておいた。


 シクスは侮られることを嫌う。他ならぬ俺がそう作り上げた。

 その弊害がこれだ。相手がシクスという存在を過大評価して多くを語らないのである。


 相手は『シクスなら既に情報を仕入れているだろう』という(てい)で話を進めていて、俺もそれを否定しないから時たまこういうすれ違いを起こす。そして俺は『いやほんとに知らないから教えてくれ』とは口が裂けても言えない。シクス人格の唯一の欠点である。


 この店主では埒が明かない。俺は店主の護衛の男に視線を向けた。

 お前もなんか知ってるだろ。なんでもいいから口を滑らせろ。

 俺の視線を受けた護衛は太い腕を組み、愉快な詩劇でも見るかのようにニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「聞きしに勝る肝の据わりっぷりだな。神出鬼没のお手並み拝見ってとこか」


 いやそういうのいいから……。なんだよ神出鬼没って。勝手に変な呼び名をつけるな。


「ははっ……ちげぇねぇ。旦那がこれしきの事で取り乱すわけねぇか!」


 店主のオヤジも便乗してくる。俺は余裕の空気を纏って言った。


「フッ……そういうことだ」


 クソッ……シクス人格の悪いところが出てやがる。何が起きているのか知りたいのに素直に聞き出せないもどかしさよ。格を落とさないために強がることしかできねぇ。


 ……一度撤退するか。適当な有象無象に化けてからスラムに戻ってくればそこら辺のやつから情報を聞き出せる。

 よし。それでいこう。俺は来た道とは別の方向へ歩き出した。そのまま引き返したら逃げたと思われる。適当な廃墟で首を切って出直そう。


 そう思っていたのに闇市の連中がひっきりなしについてくる。


「旦那! 本当に……やるんですか?」

「シクスさん……とうとうか」

「無謀すぎる……いや、言うだけ野暮、か」


 なんなんだお前らよぉ! 言葉を濁すんじゃねぇ!

 言えよ、はっきりと! 俺が何をしようとしてるってんだよ! まるで身に覚えがねぇぞ!


六感透徹(センスクリア)】を使うまでもなく分かる。この状況はまずい。詳しいことは何一つ判明していないが、なにか得体のしれない陰謀に巻き込まれてることだけは分かる。


 冗談じゃねぇ……。シクスは俺が補助魔法を駆使して作り上げた絢爛豪華なハリボテだ。直接的な戦闘になったら即座に瓦解する。

 今までは金の力で誤魔化していたに過ぎない。闇市が潤うことで得をする連中は多いので今までは手出しされなかったが……もしも手練れに囲まれたら俺はあっさりと死ぬ。


 王都のスラムにはエンデの冒険者連中とタメを張れる人材もいる。加えて、そういうやつらは対人技術をもれなく習得している。厄介さで言えばエンデの連中より上だろう。

 スラムのやつらは正々堂々などという理念をゴミ以下としか思っていない。数と地の利を活かして合理的かつ速やかに排除するべく動くはずだ。勝てるわけないだろ。ふざけるな。


「大袈裟に騒ぎすぎだ。俺は事を荒立てる気はない」


 俺は本人の意志をよそに盛り上がってる馬鹿どもに向けて平和的解決を望んでいることをアピールした。

 同時に【聴覚透徹(ヒアクリア)】を発動して周囲の反応を探る。


「なんだ……やる気じゃないのか……?」

「てっきり徹底的にやり合うものかと……」

「馬鹿だな。ありゃ向こうが勝手に突っかかってきてるっつーアピールよ」

「降りかかる火の粉は払う……ってか」

「この期に及んで挑発かよ! 旦那もトばしてんねぇ!」


 信頼が……無駄に積み上げてしまった信頼がここへ来て足を引っ張っている……。

 挑発なんてしてねぇよ。人の言葉は額面通りに受け取れっつの。俺は平和主義を尊重する男なんだよ。


 このままでは進展が見込めない。俺は何気ない所作で周囲を見渡した。

 探せ……解決の糸口……はっ、思わせぶりな笑みを浮かべて壁に背を預けているアイツは……!


「どけ。控えてろ。少し……話をしてくる」


 ぞろぞろと付いてくる野次馬連中を下がらせて歩を進める。俺が贔屓にしている故買商のオヤジは軽く手を挙げて応じた。


「シクスの旦那ぁ……いよいよ、やるんですね?」


 なぜどいつもこいつも俺が喧嘩腰だと思い込んでいるんだ。俺が暴力で物事を解決したことがあったか?

 ちっとばかり物騒な呪装や毒の類を頻繁に仕入れてただけじゃねぇか。……いや疑われるには十分なことやってんな。


無響(サイレンス)】発動。周囲に声を拾われないようにしてから問い掛ける。


「オヤジ……今回の一連の流れをどう見る?」


 このオヤジは情報通だ。盗品を扱うような人物だし、独自のルートを築いているんだろう。それをさり気なく聞き出す。


「あっし独自の見解になりやすが」


 顎に手を添えたオヤジが確信の色を帯びた声で語る。


「旦那がちょっかいをかけた時期がドンピシャだったんでしょうねぇ。ちょうど『例の件』が出回り始めた直後だった。バタバタしてるところへ旦那が顔を出すもんだから……先方(せんぽう)も焦ったんでしょう。食われる前に食ってやろうってんで旦那を名指しした、ってとこでしょうね」


 …………?

 誰かにちょっかいなんてかけた覚えはないが……。例の件とは?

 まずいな。何も分からん。俺はゆっくりと目を瞑ってそれっぽい空気を出しながら言った。


「まぁ、大方そんなところだろうな」


「まさか旦那はこれを狙って……?」


「想像に任せる」


「くっくっ……やっぱり旦那の底は見えねぇ……!」


 オヤジは湧き上がる興奮を抑え込むかのように身を震わせた。こらえきれぬ愉快の念を口の端に貼り付けて言う。


「前代未聞だぜ……ツートップでも手を出さなかった闇市を纏め上げた挙げ句、色街のシノギに手を出そうってんだからよぉ……! プレシア派閥は完ッ全にブチ上がってますぜ? 単騎で一大勢力との抗争おっ始めるなんて正気の沙汰じゃねぇ……! アンタはどこまでイっちまうんだ……!? なぁ! シクスさんよぉ!!」


 ……………………?

 ……………………??


 なるほど? なるほどね?


 うーん……シクス人格、詰んだかもしれん。

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― 新着の感想 ―
安置から程遠いとこに自分から行っちゃった
シクス爆誕までに、1〜5の人格潰したって… それって洗脳されてから速攻で闇市に行ったってことだよねw 詐欺とかスリとかの悪行の過程をすっ飛ばして闇市w 品行方正で全てを救いたいとか言ってたガル君から…
あーそーゆーことね、完全に理解した
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