この手に限る
大変お待たせいたしました……!
砂粒混じりの乾いた風が吹き抜けていく。
全身を覆う砂除けローブを着ていても、舞う砂粒の全てを防げるわけではない。暑さ寒さなら補助魔法でどうとでもなるんだがな。
お代わりと言わんばかりに一陣の風が吹き荒れ、はためくフードが髪を叩く。砂粒が付着した髪のゴワゴワとした感触が不愉快で、俺は思わず舌打ちした。
「風がつえぇなー……今日はもう帰ろうぜ」
「いやいや、ここで帰ったらただの無駄足じゃないですか」
「なんか適当な理由つけりゃギルドも納得してくれんだろ。風が強すぎて魔石を落っことしてきたとかよ」
「誤魔化せるわけないじゃないですかー。どうせ後日改めて付き合ってもらうことになりますよ?」
「へーへー、わーったわーった。ならさっさと片付けてくれや」
「もう……」
ニュイがフードを被り直しながらため息をつく。その隙間から覗く表情には呆れの色が浮かんでいた。内心で『また言ってるよこの人』とでも思ってるんだろうな。
やれやれだ。ため息つきてぇのはこっちだっつの。
ったく……ギルドはいつまで討伐ノルマとかいうクソみてぇな制度を課し続けるつもりなのかね。
不毛でしかない。まるでこの砂漠地帯みてぇだとは思わんかね?
腰に吊るしていた水筒を取って水分を補給する。瞬間、強く吹いた風が口の中に砂粒を運んできた。
口の中を潤したそばからこれだぜ。嫌になるね全く。
唾を吐き捨て、八つ当たり気味に砂を踏み躙るも気分は晴れなかった。
魔物の暴威を前借りして一斉にぶち撒けたような騒動から一ヶ月と少し経つ。
ほんの最近まで魔物畜生どもは随分と大人しかったのだが、どうやらそれも終わりのようで、各地の魔力溜まりではぽこぽこと魔物が発生して人様に迷惑をかけていた。まるで冷却期間は終わりだと言わんばかりに。
そうなればエンデの冒険者どもがつられたように活気付き、比例してギルドも活発になる。そして各種ノルマの消化も進めなきゃならなくなるわけだ。
不景気の時は特例で免除されてたんだがな。ありゃ楽でよかった。
しかし、ギルドとしては冒険者どもがぬるま湯の浸かり心地の良さに味を占めるのは避けたいのだろう。半ば脅しに近い形で魔物狩りを奨励している。少々必死すぎないかと勘繰ってしまうくらいに。
……竜騒動を二度と起こすまいとする逸り気か。それとも何か別の要因が――
「来ました! 数……四! 砂鬼です!」
意気軒高な声が砂塵を裂いて耳に届く。数歩先を先行して歩いていたルークの声だ。
数、四ね。出る幕じゃないな。
「適当に片付けろー」
「はい!」
フードを捲り視界を確保したルークが駆ける。踏ん張りが効きにくい砂の地面を物ともしない軽やかさ。足捌きのキレがこの前までとはまるで違う。
極限ともいえる戦闘を経てそれなりに成長したのだろう。技術的にも、身体の造り的にも。
駆け付け一閃。
急加速とともに繰り出された一撃が突出していた個体の頸部にめり込んだ。例の呪装剣は使っていないので両断とまではいかないが、絶命に至らしめるには過不足ない。
「しいッ!」
ヒット・アンド・アウェイ。
数で勝る相手を前にして足を止めるのは愚か者のすることである。或いは圧倒的強者の特権だ。
ルークは後者ではないので素直に距離を取った。急制動からの後方跳躍。舞い上がる砂粒がその脚力の力強さを物語っていた。
ルークに飛び掛かっていた砂鬼の爪が虚しく空を裂く。隙だらけだ。
接地と同時、両脚が撓り、爆ぜる。切り返しの刺突。喉笛を捉えた。あれも致命傷だろう。
「残り、二匹!」
下位の魔物は賢くないが、まるっきり馬鹿というわけでもない。使えそうな道具があれば手に取るし、同士討ちを避けるよう立ち回る程度の知恵はある。対面の相手に警戒を抱くこともまた然り。
お仲間をあっけなく倒された残りの二匹が警戒を露わにして重心を低くする。二対一組。どちらかがやられたらもう片方が敵を仕留める構えだ。
魔物は自らの命を顧みない。根底に恐怖心がないから命を犠牲にした戦術の選択に葛藤が生まれない。つくづく歪な生命体だ。
ルークが円の軌道を描きつつ砂鬼へにじり寄る。距離を保つためか、砂鬼の脚も同じように円を描いた。
そしてルークが追い風を背負う。突風に乗ったルークが虚を突いて駆けた。
「っ、らぁ!」
軽やかな疾駆から放たれた横薙ぎが一匹の側頭に入る。ルークが辻斬りよろしく駆け抜けたため、残りの一匹の迎撃は間に合わない。これで一対一。
「……ふぅ。怪我はしなさそうですね」
「そうだな」
ルークを見守っていたニュイが安堵を滲ませる息を吐き出した。
四匹同時ともなれば怪我の一つは負うかと思ったんだがな。ま、残り一匹までいけば消化試合もいいところだ。心配はいらんだろう。
「先に魔石取っておくぞ」
「はいー」
討伐ノルマをこなしたかどうかは魔石の提出数によって判断される。回収は絶対だ。
アホ面を晒して倒れている砂鬼の胸部をショートソードで掻っ捌く。小石サイズの魔石を取り出すと、砂鬼は光の粒になって砂塵の彼方に消えていった。
「エイトさん、今の見てました? どうでした!?」
粛々と解体作業をしていると、始末を終えたらしいルークがはしゃぎながら感想をねだってきた。俺は言った。
「ザコ相手に小細工を弄しすぎだな。あんなもん真正面から叩き伏せろよ。それでようやく半人前だ」
「……もっとこう、立ち回りを見てくださいよ。反撃を貰わないように動きを改めてみたんですけど」
「そりゃ大前提だ。褒めるようなことでもねぇだろ」
「……メイさんなら褒めてくれるのになぁ」
「飴と鞭ってやつだ。あいつがお前を甘やかすから俺がきっちり言ってやらにゃならん。面倒な仕事押し付けやがって。そもそも……」
砂鬼から魔石を引き千切り、ニュイが持つ袋の中に入れる。まだ規定数には達していない。
「あの黒ローブはどこで何やってんだよ。お前らのお守りはあいつの役目だろ?」
なぜこんな風の強い日に砂漠地帯くんだりまで足を運ばなくちゃならんのか。その理由が黒ローブの不在である。
ギルドから早くしろとせっつかれるまではまだ余裕があったから酒でも飲もうと外を出歩いていたらチビどもに捕まった。いわく、黒ローブがどっか出掛けてるので代わりに付いてきてくれとのこと。
酒代を出すというので安請け合いしたが……正直判断を誤ったな。こんな日に砂漠地帯なんて来るもんじゃねぇ。
衣服の間から入り込んだ砂粒が身体に纏わりついて気持ち悪い。はやいとこ首を切ってサッパリしたいぜ。
「メイさんは……まぁ、その……ルーク、どうする?」
「んー……エイトさんならいいんじゃないかな」
チビ二人が俺の顔を伺いながら声を潜めた。風に掻き消されそうな小声だが、俺はぬかりなく【聴覚透徹】で盗み聞きしている。
俺にならいい? はて。そりゃどういうことだ。
俺が答えを出すより先にルークが言う。
「実は……メイさんはとある商人の護衛任務を受けたらしいんですよ。それなりに内密な話だからあんまり広めないで、って言われました」
「なんかひと月くらいエンデに戻ってこれないかもって話です」
「……へぇ。そりゃまたご苦労なこって」
俺はそれっぽく適当に返した。チビ二人に背を向ける。
……商人の護衛、だぁ? 嘘にしちゃお粗末すぎるだろうよ。
街道を行き来する商人が警戒するのは魔物ではなく賊の類いだ。そこまで数がいるもんでもないが、商隊が襲われることは稀にある。酒や娯楽、女のせいで身を持ち崩したやつなんかは一攫千金を狙って短慮に走るからな。
そういうやつらを抑止しようと思うのであれば、必然雇うのは屈強なやつになる。筋骨隆々の野郎を御者台に座らせておくだけで威嚇になるからな。魔法使いの女なんてむしろ賊をおびき寄せるための飾りにしかならない。
……いや、逆にか? 敢えて線の細い女を護衛に回すことで賊を釣り出した後、荷台に隠れ潜んでいたむくつけき野郎が悠々と出てきて不埒者を一網打尽にする……そういう策ならアリだ。
だがこの線はないだろう。
人を襲うような賊が近場に出没したら真っ先に共有される。商人にとっては死活問題だからな。被害を隠し立てする意味がない。
そんな事件が起きたら俺子飼いのガキが情報を拾っているはずだ。それがない時点で近場では事件が起こっていないと考えられる。
それに、エンデはようやく不景気から解放されたところだ。いわば書き入れ時である。この時期に護衛を必要とするほどの商人がよその街へ出掛けるとは考えにくい。
それも一ヶ月ときた。長すぎるだろ。王都に観光でもしにいくのかよ。賊の釣り出しなんかにそこまで日数をかけるわけもない。話を広めないでくれ、なんて釘を刺すあたり変に徹底してやがる。
総じて不審だ。まぁ、十中八九嘘だろうな。
どこかへ潜入する任でも拝命したのかね。あいつが隠密行動に向くタイプとは思えないが……何かしらの理由があるんだろう。
これ以上は情報の確度が低すぎて憶測の域を出ない。考えるだけ無駄ってやつだな。俺は考えるのをやめた。
「あいつがいりゃ探知で楽できるんだがな。いないってんなら仕方ねぇ。おらさっさと残りの魔物を探せ。ノルマを稼ぎ次第帰るぞ」
「たまには手伝ってくれてもいいんですよ?」
「ニュイ、俺にゃお前らチビのことを立派な冒険者に育て上げるっつー義務がある。俺は心を鬼にしてお前らに非情な命令を下さなければならない。分かったら口を動かす前に足と目を動かせ。ほれ、ほれ」
「それだけ口を回しておいてよく言いますよほんと」
黒ローブに似て口調にトゲが出てきたニュイを無視して討伐を促す。ニュイは口を尖らせ、ルークは苦笑していたが……その間も二人は油断なく周囲を警戒していた。気の緩みが命取りになると身を以て知った者の気構えだ。
……ま、こんだけやれてりゃ上等か。石級のペーペー連中の中では頭一つ抜けていると評していい。根拠のない思い上がりを発揮してつまらん結末を迎えることはないだろう。
その後、ルークとニュイは間を置かずに砂鬼三匹と犬頭二匹、蛇蝎一匹を仕留めた。規定数達成である。さー、帰って飲むぞ。チビどもの金でな。
▷
時は夕刻に差し掛かる少し前。門を抜ければ鬱陶しいほどの人熱れが充満する目抜き通りがそこにある。
炙られた肉が発する匂いが空きっ腹を刺激してやまない。早いとこ飯にしたいところだが、優先すべきはギルドへの報告だ。夜になると受付終わるし。
「っはぁ〜、疲れたぁ!」
「お疲れ、ニュイ。砂漠はまだ慣れないね……。あ、エイトさん、ギルド行く前に風呂行きましょうよ」
鬱陶しそうに髪を掻き上げたルークがひとっ風呂浴びる提案をしてきた。
聖女様がテコ入れした公衆浴場は未だに大人気で、一仕事終えたやつらの憩いの場として盛況を博している。
本来ならば俺はその利権をしゃぶり尽くす立場にいたはずなのだが……それはいい。過ぎたことだ。そして誘いには乗らない。
「二人で行って来い。俺は川で水浴びりゃそれで十分だ」
「えぇ……どうしてですか?」
「節約だ節約。それに人でごった返してるところは好きじゃねぇんだ」
「一日の締めに風呂ってのもいいものですよ?」
「石級のチビが贅沢覚えやがって。とにかく俺はいい。さっと身体洗ったらすぐにギルドに向かう。お前らも早く来いよ。お前らとパーティ組んでることになってる以上、ノルマの報告は同時にする必要があるんだからな。んじゃそういうわけで」
「はぁーい」
釈然としない調子の返事を聞き流して人混みを進む。……この辺でいいかな。【隠匿】。
存在感を消してから人混みを脱する。表通りから外れ、裏通りを抜け、人の目がない路地裏へ。
……誰もいないな。よし。俺はいつもの短剣で首を搔き切った。
教会で復活を果たした俺は清潔そのものである。ふぅ~サッパリしたぜぇ……! やっぱ一日の締めはこれに限るね!
ダイレクトマーケティングの時間です!
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