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陰の地へ

「全員、揃ったな」


 冒険者ギルドにある一室。質朴な装飾と、事務に必要な最低限の備品のみを設えたギルドマスター室に重みのある声が響く。


 部屋の主であるルーブスは縞黒檀の机に両肘をつき、部屋の中央で横並びに立つ四人を眼光鋭く睨めつけた。

 残虐非道な魔物すら射竦(いすく)める威圧。ただならぬ気配を発する組織の長の姿を目に収め、呼び出された冒険者はそれぞれ異なる反応を返した。


 一人は透き通るような自然体で。

 一人は傲岸不遜に腕を組み。

 一人は神妙な顔で畏まり。

 一人は居心地悪そうに身を縮こめて。


 四者四様。

 ルーブスは微動だにせず、ただ視線だけを巡らせて全員と目を合わせた。一呼吸の間を置いてから宣言する。


「これより……君たち四人に最重要任務を言い渡す」


 集まった四人に動揺はなかった。顔合わせの段階からある程度の察しがつき、ギルドマスターの纏う剣呑な雰囲気から、この上なく厄介な任を下されるであろうことは予想できていたからだ。


 持ち前の勘が痛いほど警鐘を鳴らしており、無意識に眉間へ皺を寄せていた銀級のノーマンが端的に尋ねる。


「機密度と追加補充可能な人数、推定される任務期間……後は、一応聞いときますが、遺書を書いておく必要はありますかね?」


 軽妙な調子で問い掛けたつもりの言葉は、普段のそれとは異なり隠し切れない戦慄を帯びていた。


 今、この場に招集された四人は自らの死を明確に自覚したことがある。駆け出しの頃はもちろん、上澄みの一員に名を連ねた後もそうだった。溶岩の竜の顕現により死地へと赴いた件は記憶に新しい。


 それでも、彼らは死線を潜ってきた。九死に一生を得て地に足を着けている。

 中には個人の力量によらない全くの偶然――運命のようなものに命を救われたこともあった。


 運も実力のうち、という言葉がある。であれば、彼らは掛け値なしの実力者であった。


 これほどの猛者が集まったならば楽に片が付くだろう。

 ノーマンはそうは思わない。彼の脳裏に過るのはこの上ない憂患と心痛だった。

 現時点で分かっていることはただ一つ。これほどの猛者を集めなければ収拾がつかない事態が発生したのだということだけだ。


 ノーマンの軽口を受けたルーブスは蝋で固めたように眉一つ動かさず、遊びも慈悲もない調子で告げた。


「最重要機密だ。よって追加の人員は出せない。隠密性も必要だ。少数精鋭でことにあたってもらう。期間は最低でも一月はかかる見込みだ。遺書は――」

「んなモン必要ねェ」


 静かで、しかし轟くような声がルーブスの言葉を遮る。

 鍛え抜かれた上半身を惜しげもなく晒し、組まれた両腕はさながら丸太の如く。打ち付けた杭のように立つアウグストが鼻で笑った。


「この俺様がいるんだ。命の心配なぞ……するだけ無駄ッてモンだろう。下らん前置きはァ……聞いてられん」


 それは慢心と呼ばれてもおかしくない言動であったが、積み上げた実績と裏打ちされた実力がそれを強者の自負へと押し上げていた。

 アウグストはルーブスの眼光を真っ向から受け止め、見下し、跳ね除けてから、充満する緊張感を物ともせずに言った。


「勿体ぶるのは……ルーブスさん、アンタの悪い癖だ。その無駄なやり取りは……俺様からトレーニングの時間を奪う。さッさと終わらせてくれ。筋肉が……疼いてるんだ」


 吐き捨てたアウグストは自身の肉体に力を込めた。ミチッ、という音を響かせて自己主張したアウグストは満足したように目を瞑って黙り込んだ。


「……ならば、単刀直入に言おう」


 話の腰を力尽くで折られたルーブスは涼しい顔で続けた。


「と、言いたいところだが……その前にこれだけは聞いておこう。下りたい者はいるか?」


 端的な問い掛け。その一言は今回の任務が一筋縄ではいかないことを強調するかのようだった。


「先ほども言った通り、今回の任務は最重要機密だ。今ならば下りることを認める。咎めもしない」


「ただ、任務の内容を聞いてからは下りることは許されない……ってわけですね?」


 ノーマンの確認に対し、ルーブスは小さい首肯を返した。


「適任だと思う者を集めた。だが、強制ではない。今ならばある程度の調整も利く。もう一度言う。下りるなら今のうちだ」


 ルーブスの念押しに対するリアクションは各々異なっていた。

 アウグストはただ屹立することで参加の意思を表明し、ノーマンは諦念に近いため息を小さく吐き出すことで逃げないとアピールした。


「私は下りません」


 残る二人のうちの一人、空気のように透明で静かに佇んでいた『遍在』のミラが言う。


「与えられた任務を熟す。それだけです」


 余計な修飾を排した宣言は、その淡白さに反して力強い意思が込められたものだった。

 与えられた任務をただ片付けるだけでは金級の位には手が届かない。自ずから死地へと飛び込み、かつ想定以上の成果を上げ続け、かくあれかしと範を垂れることが能う人物にのみ金級の位は与えられるのだ。


 言葉のうちに秘められた闘志を鋭敏に感じ取ったアウグストがミラの背を叩いて笑う。


「くッくッ……言うようになったじゃねェか……! チビの頃に稽古をつけてやった甲斐があるってもんだなァ!」


「触らないでください。あと声がうるさいです。機密性が高いと言われたことを理解していないんですか。あと顔もうるさいです。あと服着てください」


「んん……いい罵倒だが、惜しいな……これでもう少し肉がついてりゃ完璧なんだがなァ……貴様では柱が立たん」


「……チッ」


「おいおい……もしかして、これを俺が纏めなくちゃならねぇのか? 冗談だろ……」


 険悪な火花を散らす金級二人、そして頭を抱える銀級のノーマン。

 その隣で、今の今まで身を縮こめていた人物が恐る恐るといった仕草で手を挙げた。


「あ……あのぉ〜」


 途端、隣の三人がぐるんと首を回して振り向き、ルーブスが鋭い視線を声の発信者へと向けた。

 針の(むしろ)に座る思いを味わった銀級のメイは、引き攣りそうな頬を意思の力で押さえつけて平静を装った。


「その、任務を下りたいというわけでは、ないんですけど……一つ聞いても宜しいですか?」


「何かね?」


 自信なさげに挙げた手をゆっくりと下ろしたメイが俯きがちな視線を隣へと向ける。並ぶ三人をチラと見てからルーブスに視線を移し、震え混じりの声を出した。


「なんと言いますか……その、私……場違いじゃないですか……? もっと適任がいたのではないかと、思うのですが……」


 ギルドマスターに呼び出された冒険者は合計四人。

 治安維持担当総括。『遍在』のミラ。

 魔物討伐の急先鋒。『柱石』のアウグスト。

 次代ギルドマスター候補。銀級のノーマン。

 そして最後の一人が火の魔法を操る銀級のメイである。


 名だたる猛者の中になぜか放り込まれた銀級のメイは困惑とともに疑問を吐露した。なぜ自分が選ばれたのか、と。


 役に立てる気がしない。むしろ足を引っ張るのではないか。


 メイの胸中に渦巻く疑問にルーブスが答えた。


「理由ならある。君でなければならない理由がね。それは任務に加わった時に話そう。……どうするかね。再三になるが、強制はしない」


「…………」


 目を閉じたメイが思考を巡らせる。

 最重要任務。集められた顔ぶれ。少数精鋭の徹底。任期の長さ。

 それらを勘案して導き出されたのは――絶大なリスクの高さ。


「やります」


 そしてそれは踵を返す理由にはならなかった。要するに、いつものことである。


 覚悟を決めたメイのかんばせを一瞥し、ルーブスは鷹揚に頷いた。


「よろしい。では全員の参加が決定したところで本題へ移ろう。先日、この街へ来る予定だった馬車が襲撃にあった。窃盗目的の犯行と断定していい。奪われた積み荷にはギルド宛てに届く予定だった『もの』がある。君たちには……その或る『もの』を奪還してもらう」


 どんな無理難題が課されるのか。その一点のみに集中していた四人は揃って拍子抜けの表情を浮かべた。


「オイオイ……失せ物探しは俺様の領分じゃねェぞ。そんなモンはミラ一人で事足りるだろう」


偽面(フェイクライフ)】という稀少な魔法の使い手であるミラは潜入や情報収集を得手としている。エンデの街では失せ物探しにおいて彼女の右に出るものはいない。


 そして失せ物探しに最も相応しくない人物がアウグストという男であった。

 尋常ならざる図体は他者の目を引き、後ろ暗い事情を抱える者へ警戒を抱かせる。兎にも角にも目立つので潜入などはもってのほかだ。隠れ潜むことが不得手な本人の気質も負の方面へと働く。人選ミスと言うほかない。


 ミラはアウグストの言葉を表立って肯定しなかったものの、内心では賛同していた。むしろアウグストのことを邪魔だとさえ感じていた。犯人に警戒を抱かせるくらいなら随行させないほうが百倍マシだと思っていた。


 百戦錬磨、才気煥発のルーブスがそんな初歩的な人選ミスをするはずがない。

 そう思案したノーマンは思考を一つ先へ進めた。


「犯人は猛者揃いで、制圧にはアウグストさんの力が要る。そういうことですね?」


 鋭敏になった勘が正解を手繰り寄せる。

 眉一つ動かさずに頷いたルーブスが説明を続けた。


「現場に居合わせた御者(ぎょしゃ)が言うには、連中はただの野盗ではないとのことだ。熟達した手際と速さで馬車を急襲、目当ての『もの』を盗んでから即座に姿を晦ませたらしい。犯行時間はおよそ十秒。明らかにただものではない」


 ルーブスの話を頭の中で精査したミラが呟く。


「十秒、ですか。異常ですね。集団で動いて、かつその練度となると一般人ではないでしょう。目的を盗みに絞っている点も気に掛かります。犯人らはその馬車の積み荷をあらかじめ把握していた、ということですか?」


「そう考えるのが自然だろうな」


「となると、通商に網を張れる組織……貴族同士の内ゲバか何かですか? そもそも、奪われた『もの』とは?」


「知らされていない」


 ミラの疑問をルーブスが両断する。大きく息を吐き出す様は、まるで溜め込んだストレスが漏れ出したかのようだった。


「こちらには……奪われた『もの』の情報が一切知らされていない。任務の期限を一月と仮定したのは……そのためだ。君たちには、何が、誰の手で奪われ、誰の手に渡ったのかを突き止めたうえで、かつそれを回収してエンデに持ち帰ってもらいたい。非常に腹立たしいが……依頼元が情報を出し渋っていてね。元々はエンデに届けられる予定の『もの』だったのだから、こちらがどうにかしろとのことらしい。ふざけた話だ」


 ゆるく(かぶり)を振ったルーブスが目頭を押さえる。それを見たミラは抗議の言葉を飲み込んだ。言い争いは不毛にしかならないと悟り、これからの算段を立てるほうがよほど建設的であると判断したためであった。


 ルーブスの心労を慮ってか、軽妙な調子でノーマンが尋ねる。


「はぁー、そんな馬鹿な要求をし腐ってるのは、どこでふんぞり返ってる馬鹿貴族ですか?」


「国王だ」


 何気なく返ってきた言葉に四人が目を見開く。

 国王の命は何においても優先される至上命題である。半ば自治地区と化しているエンデでもそれは変わらない。


 上意下達を怠った時点で組織は腐る。

 エンデの街で冒険者が好き勝手をやらかせば街は終わりだ。そのためにギルドがあり、荒くれを統率するギルドマスターがいる。


 そしてエンデの街はこの国の組織のうちの一つである。王からの命令を無下にしたら国家転覆の嫌疑をかけられても文句は言えない。

 勇者の協力を拒み、心ない貴族から外患誘致だのと悪罵の声を浴びせられている現状、これを断ることはできなかった。そういうことである。


「これは……王命なのだ。まあ、実際は宰相か文官が王の名を借りただけだろうが……実態は問題ではない。王の名で発令されたという事実がある以上、我々に拒否権はない。全身全霊をかけて片を付ける。金級を二人も動員するのはそのためだ」


 ミラ、ノーマン、メイの三人は事の重さを受け止めて顔を引き締め直した。アウグストは事態の重さを把握しておらず平然としていた。


 メイが腑に落ちたと言わんばかりに呟く。


「なるほど……私は連絡役ですね」


「そういうことだ。使えるようになったんだろう?」


「はい。あの時……勇者ガルドさんに魔法をかけられた時に、感覚を掴みましたので」


 溶岩の竜騒動の折、勇者ガルドはメイに対して二つの魔法をかけた。

 世界を俯瞰して知覚するかのような魔法【超感覚(オーバーセンス)】、および【伝心(ホットライン)】。


 研ぎ澄まされた精神状態で魔法を行使した経験が、メイの中で眠っていた【伝心(ホットライン)】の才能を目覚めさせた。

 ギルドにも【伝心(ホットライン)】を使える職員が常駐しているが、メイのそれはギルド職員の練度を遥かに凌駕する。元々所有していた探知の才が後押しとなった結果であった。


「自衛ができる【伝心(ホットライン)】使いは貴重だ。代わりはいない。予断を許さない状況だ。君にしかできない役割がある。それが、銀級のメイ、君が選ばれた理由だ。期待している」


 ギルドマスター直々の激励に身を奮わせたメイが居住まいを正した。


「死力を尽くします」


「頼んだ」


 両者の間で覚悟のやり取りが交わされる。緊張の余韻は、一人の男によって破壊された。


「あー、盛り上がってッとこ悪ィが、一ついいか?」


 わざと冷や水を浴びせるような物言いをしたのは彼なりの気遣いであった。

 命の心配なんてする必要ない。そう言わんばかりにアウグストが割って入る。


「別に竜を相手取るってわけでもねェのに……大袈裟じゃねぇか? ノーマンとミラが探る。俺がブッ飛ばす。メイが報告する。それで終わりだろ」


 圧倒的な強者は物事を深く考えない。

 ただ己が為すべきを為せ。実力に裏打ちされた明快な結論は、普段であれば手放しに褒め称えるものであったが、ルーブスは今回ばかりはそれを良しとしなかった。


「アウグスト」


 柱が揺らぐ。

 組んだ腕を解いたアウグストが徒手を腰溜めに構えた。刺すような殺気にあてられ、咄嗟に迎撃の姿勢を整えた故の結果だった。


「アウグスト。今回ばかりは楽観するな。死ぬぞ」


「……へぇ? 『人狼』サマにそこまで言わせンのかよ」


『人狼』のルーブス。それは、冒険者一人ひとりの力量を把握し、戦場で卓越した陣頭指揮を執り、個を集団へと纏め上げた男の名前だ。

 人々を狩る側へと昇華させ、魔物を狩られる側へと貶める。飢えた獣の爪牙は未だ健在で、捕食者の呼気は最強の芯に届き得る。


「釘を刺しておくに越したことはないさ。君たちに赴いてもらうのは……私の古巣だからね」


「古巣……まさか……」


「ああ。華の王都、その片隅にある吹き溜まり、スラムへと向かってもらう」


 王都のスラム。常人では立ち入ることはおろか、近づくことすら憚られる地域では、常に昏い闇が顎門(アギト)を広げて獲物を待ち構えている。

 単純所持で法に触れる禁制品や危険な呪装がそこかしこに溢れる魔境。暴力と欲望の坩堝。愚者と弱者、そして余所者を排斥する悪の楽園。


「アウグスト、君は確かに強い。魔物との戦いではそれだけで十分だ。しかし人を相手取るとなると話は変わる。慢心するなよ。智慧と悪意に殺されるぞ」


「……フン、アンタがそこまで言うなら肝に銘じておこう」


 そう言って両者は殺意の矛を収めた。

 思わず呼吸を止めていたノーマンが思い出したように深呼吸をしてから話を戻す。


「ルーブスさん、犯人がスラムのやつらだっていう情報は確かなんですか? 空振ったら取り返しがつかない遅れになりますよ」


「犯人らの練度から推し測るに……十中八九、王都スラムの連中の仕業だ。馬車の始発が王都だったことも理由として挙げられる。積み荷の情報を掴んだ一派が馬車を追跡し、頃合いを見計らって襲撃を仕掛けたのだろう」


「一ついいですか」


 一連の話を聞き、ミラが小さく挙手する。ルーブスは視線で発言を促した。


「そもそも、なぜ王都にそのような退廃地区が存在しているのですか? 犯罪者の巣窟なのでしょう。勇者を向かわせて一斉摘発すればよいのでは?」


「貴族も一枚岩ではない。栄えた悪徳がもたらす甘露に縋る者もいるということだ」


「……では、せめて今回の件を勇者に片付けてもらうことはできないのですか? 王都は彼女らのお膝元でしょう。私たちに頼るよりもよほど確実では?」


「私も提案したさ。答えは『この件に勇者を関わらせるわけにはいかない』の一点張りだ。そこで我らに白羽の矢が立ったのだよ。重ね重ね、ふざけた話だ」


「そうですか……。であれば、私からは以上です」


「ああ。他に何かある者は?」


 きっかり五秒の沈黙を数えたルーブスが一つ頷き、机の引き出しから三枚の紙を取り出す。

 それは人相書きであった。三枚それぞれに一人の人物の顔が描かれており、いくつかの補足が記載してある。


「君たちの向かうスラムには要注意人物が三人いる。恐らく、今回の件において避けては通ることのできない人物だ。頭に焼き付けておきたまえ。王都に派遣していたギルドの斥候が書き記したものだ」


 前置きしたルーブスが人差し指で紙をついと滑らせる。数歩前に出た四人が紙面に視線を落とした。


 こけた頬に三白眼、不敵に吊り上がった口元が特徴的な男の絵。


「ライザル。禁制品及び呪装の調達を担う武力集団の頭目だ。王都の外への遠征を繰り返して魔物を倒し、配下の人間を鍛えるとともに原生生物から採れる毒や呪装を拾い集め、その売買で勢力を拡充している。順当に考えるのであれば黒幕はこいつだ。しかし接触には最大限の気を払え。下手を打てば死ぬ」


 死の宣告を受けて唾を飲んだメイが尋ねる。


「未知の呪装、ですか」


「ああ。『空縫い』に並ぶ呪装を所持している可能性が捨てきれない以上、正面からの接触は避けるべきだ。できるだけ敵対は避けろ。以上」


 警告を終えたルーブスが二枚目の紙を滑らせる。


 豪奢な長髪、整った容貌、特徴的な垂れ目に草臥れた雰囲気を纏う女。


「プレシア。王都色街を束ねる女だ。人材の豊富さと人脈の広さはライザルの比ではない。色街を通じて王都の貴族連中の大半と繋がりを築いている。単純な脅威度はライザルの勢力に劣るが、目を付けられたくないのはむしろこちらだ。排他的な性格で、面倒ごとをなによりも嫌う。貴族を唆して勇者を動かしたこともあるそうだ。一筋縄でいく相手ではない。下手に刺激すると何をしでかすか分からん」


「フン。色街を纏めているということはァ……この女も娼婦なのだろう? 俺様に任せろ。すぐに……丸裸にしてやろう」


「ミラ、この馬鹿の手綱を握っておいてくれ」


「……約束はできかねます」


「…………」


 微妙な空気を払拭するようにルーブスが最後の一枚を滑らせた。


 凶悪な人相、人を刺す目付き、人を喰ったような笑みを浮かべ、黒を纏う男。


「シクス。数年前、急激に頭角を現して闇市の支配者に上り詰めた男だそうだ。こいつは……殆ど全ての情報が謎に包まれている。実力も、協力者も、背後に控える権力者の正体も、何一つ判明していないそうだ」


 ノーマンが軽く唸り、解せぬと言いたげに首を捻った。


「そんなやつがどうして闇市をシメることができるんですか。先の二人に排除されて終わりでは?」


 先の情報が確かならば、目立った動きをする余所者は秘密裏に消されて然るべきだ。


「これは憶測になるが……」


 至極当然な疑問に対し、ルーブスはそう前置きしてから続けた。


「排除できなかったのではないか、と予想している。この報告書を寄越したギルドの斥候は追跡の術に長けているが……シクスという男を追跡すると、いつも気取られて逃げられるそうだ」


 上級の斥候を撒くのは難しい。少なくとも、ただの一般人では不可能だ。【六感透徹(センスクリア)】を持つノーマンならば追跡自体を察することはできるだろうが、振り切れるかどうかは運にかかっている。

 その情報だけでシクスという男が只者ではないという事実が窺えた。


「まんまと逃げ遂せたこの男は、後日何事もなかったかのようにスラムを訪れて散財するようだ。金の出処も逃走経路も不明。プレシアの人脈を駆使してもその正体を掴めなかったと聞く。断言しよう。コイツは――」


 カツ、カツと、ルーブスはシクスの人相書きを人差し指で小突いた。


異常(イレギュラー)だ。スラムを闊歩しておきながら痕跡一つ残さないなど有り得ん。知らぬ間にケツの毛の本数すら数えられているのが王都のスラムだ。新参風情が我が物顔を引っ提げられる環境ではない」


「……つまり、それほど警戒に値するってことっすね」


「武力と権力の頂点が手出しを控えている。……或いは、最も警戒すべきはこの男かもしれん」


 真に迫ったルーブスの声は、かつて王都のスラムで半生を過ごした経験から来るものだったのだろう。そうあたりをつけた四人は再度人相書きに視線を落とした。

 見下し、挑発するような笑みが描かれた紙面はまるで手配書のようであり、また深層の闇へと誘う招待状のようでもあった。


「ハッ! 上等じゃねェか」


 両の拳を打ち付け、滾る闘志の熱を発したアウグストが笑う。


「向かってくるようなら叩き潰す。いつもと大して変わらねェ! 失せ物探しなんて退屈な任務は終わらせてさっさと帰ってくるぞッッ!」


「私は自分の身よりもこの街のほうが心配ですけどね。私がいない間に悪党が暴れなければいいのですが。…………あっ、スライっぴを誰かに預けないと…………」


「金級二人に俺とメイ……まぁー、何とかなんだろ。……スラムの連中との腹の探り合いか。いい経験にならぁな」


「私も、足を引っ張らないくらいには……やってみせますよ。情報収集くらいなら、できるはず……!」


 突如として冒険者ギルドにもたらされた王命。未曾有の事態の解決を任命された四者がそれぞれの思いを胸に決意を新たにする。


 目指すは王都。華咲き乱れる日向から遠ざけられた退廃地区。


 草木も眠る宵闇の空の下。

 冒険者ギルドの最高峰戦力が陰の地を目指し、その足を踏み出した。

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― 新着の感想 ―
シクスは売買などを請け負っているだけで、独自の勢力もなく制裁を行うことも手出しできない領域があるわけでもない。バックが大物であると思わせてはいるが、元締め扱いされてるということはシクスの名前を借りてる…
[良い点] 影の地!?(違う) この先、闇があるぞ
[一言] >陰の地 エルデンリングじゃねーか!
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