嘘から出た聖女
「建材の搬入を急いで下さい。この通りは日が暮れると人が増えてきますからね。ケガ人を出すことも諍いを起こすことも許しませんよ。これは『聖女』様による慈悲の計らいであることをお忘れなく」
「うぃーす!!」
『聖女』の付き人ニコラスに化けた俺が音頭を取ると筋骨隆々の野郎どもが景気の良い返事を寄越した。大小様々な建材を担いだ者たちが定宿へと荷を運ぶ。
その中には力自慢の冒険者の姿もあった。流した噂をいち早く仕入れて駆け付けたお人好しの類だろう。もしくは孤児上がりかね。
ま、勝手に手伝ってくれる分にはなんの問題もない。俺は一つ頷いてから宿の中へ入った。
「家具の状態は如何ですかな? 見る限り随分と使い古されているようですが」
俺がそう声を掛けると、丸テーブルの下に潜って細部を検分していた男がすっくと立ち上がった。軽く服の汚れを払って言う。
「経年劣化の跡が目立ちますね。細かい箇所に割れと反りが見られます。現経営者の祖父母の代から使用されていたのですから当然でしょうな」
ニコラスが接触した豪商の一人、複数の工房を経営しているアルトは年季の入ったテーブルを平手で押した。ぎっ、と鈍い音が鳴り、角度が僅かに傾く。
「少々安定感に欠けますが……使おうと思えばあと十数年は保ちます。朽ちて使えなくなるのは当分先かと」
「ほう」
「ですが、ヒビ割れた箇所が多いのはあまり宜しくないですね。特に天板の亀裂は危険だ。大人ならともかく、児童にとっては時に凶器になり得るかと」
「それはよくありませんね」
俺はテーブルの表面に指を滑らせた。ざらりとした触感が五指に伝わり、指先がヒビに引っ掛かる。
確かに、勢いや角度によっては柔肌を裂く刃物に変ずるやもしれんな。
「少しでも不備があるものは取り替えましょう。活気横溢なお子様がふとした拍子に大ケガを負ったら目も当てられません」
「仰る通りですな。では手配は我々の工房が請け負いましょう」
「頼みます。飾り気はいりません。とにかく丈夫で質実なものを手配するように」
「かしこまりました。提案なのですが、多少背の低いテーブルとチェアを二セットほど用意するのは如何でしょうか」
「……なるほど、ありですね。ではそのように」
「お任せ下さい」
恭しく頭を下げたアルトは部下を呼び付けて家具の手配を進めた。
さすが大きな工房を纏める立場の人間だけあって話が早い。利用者目線からの提案もなかなかに的を射ている。最善を卒なくこなせるタイプなのだろう。出色に至るのもむべなるかな。
「ニコラス殿。宜しいですかな?」
「ん? おお、スピニン殿。どうかされましたかな」
恰幅の良い男、紡績業の経営者スピニンが営業スマイルを浮かべながら揉み手をした。
「各部屋の寝具類の確認が終わりました。結論から申しますと、およそ半数ほどは買い替えを検討するべきかと」
「理由を簡潔に頼みます」
「使用されていない期間が長かったものには虫食いや変色が発生しておりました。汚れが目立つものも少々。あれをお子様に使わせるのは」
そこで一区切りしたスピニンは声を潜めて囁いた。
「……『聖女』様の名を落とすことに繋がりかねないかと」
「変えましょう。手配を頼みます」
「ははっ」
「そうですね、あとは衣類も頼みますよ。……分かってると思いますが、要らぬ見栄を張ることのないように」
あまり高価な召し物を用意するな。暗にそう告げたところ、スピニンは笑みを浮かべて応えた。
「ええ、ええ。万事抜かりなく手配しますとも!」
軽妙な調子の声を出したスピニンがこなれた辞儀を披露する。去り際、俺だけに聞こえる声量で一言。
「諍いの火種になりかねませんからな」
孤児のくせして自分よりもいい暮らしをしている。
過剰な支援を施せば、そんな嫉妬の声が上がるであろうことは想像に難くない。生活水準を引き上げすぎると周りとの軋轢を生みかねないので、適度な見極めが必要になる。
自分よりも待遇がいいから自分も孤児になる、なんて馬鹿げた発想をするガキが現れたらことだ。
野郎連中が建材をきびきびと運び込んでおり、手狭になってきたので外へ出る。
現場の指揮を取っているのは建設業の経営者であるギルベルトだ。書き起こした見取り図に目を走らせながら細々とした指示を出している。
「進捗のほどは?」
「ん? おおニコラスさん。こっちは順調ですよ。暇してた冒険者の方々が手ぇ貸してくれたんで遅滞無し、どころか捗りすぎてるくらいですね」
「結構なことです」
俺の定宿はそこそこ手入れはされているが、老朽化の波は端々に表れている。最低限の補修は済ませておかねばなるまい。ガキがはしゃいで床が抜けたら困るしな。
加えて防音策も必要になってくる。事前に話は済ませておいたが、改めて確認のため問う。
「改善は可能ですかな?」
「概ね問題ないかと。鎧戸部分がどうしても手薄になるんで、そこは向こうさんにも協力を依頼しておきましたよ」
「娼館側にも?」
「ええ。合板を噛ませりゃだいぶマシになるはずだ。向かいっ側の建物もそこそこガタが来てたからちょうどいい。何よりも」
生来の気質からか、わりと砕けた口調で話すギルベルトは野性的な笑みを浮かべた。
「いい宣伝になるしな」
「いやはや、皆たくましいことです」
俺は飾らない本心を商人連中へ贈った。
孤児院の経営。一人や二人では維持すること叶わぬそれを、俺は『聖女』オリビアのもとへと集まった豪商たちへと丸投げした。
それぞれの分野で突出した業績を上げている商人連中が十人も集まって財を投じれば資金面の問題は解決する。
他の街では数百、数千の人間が教会に寄付金を奉納しているが、エンデではその役を大成した商人が担う。
言葉にすれば簡単だが、ことはそう単純ではない。やつらは海千山千の猛者を蹴り落として分野のトップに躍り出たエリートだ。信ずるものは神ではなく己である。純粋な善意だけで金を手放しはしない。
俺は先日、商人連中にデメリットを押し付けることで金を吐き出させた。よって、今度はメリットを押し付けて金を吐き出させる番である。
「成功した理由はなんだと思ってますか?」
「んー、一言で表すならば誠意ですねぇ。私どもは粗悪品を店に並べることを良しとしません。恥部を晒すようなものだと思っているからです」
この街随一の武具店を商っている商人が新聞社のガキのインタビューに答えている。
「誠意ですか」
「ええ。数打ちの品を格安で売る。なるほど駆け出しの冒険者には受け入れられるでしょう。ですが、それはほんの一時凌ぎに過ぎません。むしろ悪手であると考えております。武器とは己の命を預けるに足る相棒であるべきであって――」
商人が己の商売哲学を朗々と語る。その一言一句を書き留めんとして新聞社のガキが羽ペンを走らせていた。近く、その武具店が新聞の一面を飾ることだろう。
慈善事業は成り立たない。ならば営利目的のパトロンを数人集めればいい。そういう話だ。
『聖女』オリビアはとある理由から孤児院を設立しようと思い立った。その意思に共鳴し、物資や金銭による後援を申し出たのが十名の名高き商人である。
そんな美談を商売実績とともに拡散すれば計り知れない宣伝効果となるだろう。
転写魔法の使い手不在問題は未だ継続しているため、ガキどもの新聞社は市場を独占している。いっそ不健全と評していいパワーバランスだ。敵に回すと恐ろしく、しかし味方として機能するのであればこれほど美味しい話はない。
商人たちは、エンデ住民のほとんどが目を通す新聞に広告を打つ権利を買ったのだ。
「……オッサン、あん時の言葉……覚えてたんだな」
「はて、誰と勘違いされているのですかな? 私は『聖女』オリビア様の付き人ニコラスですよ」
「とぼけんなよ。覚えてたから……この話を持ち掛けてきたんだろ?」
ツナが言ってるのは溶岩竜騒動の時の話だ。
こいつは、こいつらは新聞社の売上でやりたいことがあると言っていた。運命に見捨てられたやつらを助けたいと。
自分たちは全くの偶然で爪に火を灯すような生活から脱することができた。しかし、選ばれなかった者たちは今なお明日の我が身を憂う生活を強いられている。
両者の間に厳然と立ちはだかる運命という名の壁。それを覆すのだと、ツナは一丁前なツラを引っ提げて言ってのけた。
やりたいやつがやればいい。そう、だから俺はやりたいやつに仕事をぶん投げたのだ。
新聞社という強みを持つ組織に『聖女』ブランドを与え、商人という後援者を用意した。
後はガキどものやる気次第でどうとでもなる。俺が築き上げた地盤はそう簡単には崩れねぇ。
強力な利権同士が螺旋のように絡み合った収益構造は運命だってぶち抜いてくれるだろうさ。
子は鎹。機は繋いでやったんだ。精々気張って繋ぎ止めておくんだな。
唯一の懸念点はガキどもが商人連中に飲み込まれちまうことだが――
「……ではひと月に支給する食料のお値段はこれくらいでどうでしょう」
「こちらは継続的に大量買付するんですよ? もっと下がりますよね?」
「ははは……ではこのくらいで」
「もう少し下がりますよね?」
それも問題なさそうである。
商談の席ではアンジュがガキとは思えない強気姿勢で商人相手に交渉を仕掛けていた。
【読心】に【六感透徹】を駆使すればこれ以上は破談するという限界まで攻めることも可能だ。たかがガキと侮ろうものなら逆に一杯食わされることになるだろう。
しかし、尋問官になったら一生困らないであろう能力群を商売の場で光らせることになるとはさすがに予想できなかったな。これも巡り合わせってやつかね。
「本当に……助かってる。今の俺はそれくらいしか言えないけど……いつか……恩は返すよ。俺たち、今さ、すげー充実してるんだ」
「何のことやら判じかねますが……まあ、此度の件に対する感謝の言葉として受け取っておきましょう」
「バレバレの演技をする意味あんのかよ……?」
【無響】は使用している。周りに聞かれる心配はない。ツナもそれを承知で話しているはずだ。
しかし演技はやめない。それが【偽面】の真髄に通ずるが故に。
俺は優雅な所作で身を翻して歩を進めた。
作業の邪魔にならないように、ということで少し離れた場所に今回の件の発端となった三人がいる。
「……本当に、ありがとうございます。オリビア様」
「んっ……! いえ……私は、その、ただニコラス様にどうにかならないかと打診しただけでして……私自身は何も……」
「それでも、貴女の名の下にこうして人が集まった。……善意の寄付とは違う、利害の一致による協力体制だけど……それだけが全てじゃないはずだ」
「……ええ。そうですね」
切っ掛けはそこら中に転がっていた。女将やガキども、孤児上がりの冒険者。
どうにかしたいという想いを寄せ集めて艱難辛苦に立ち向かう。
人ってのは、そうあるべきなんじゃないのかね。俺はそう思うよ。
「その人柄を見て、多くの人が動いてくれる。……僕は、オリビア様みたいな冒険者になりたいです」
「あのっ……あの、私……でも……実は……」
「切っ掛けはどうあれ、ですよ。為した事実に嘘はありません。僕は、貴女を尊敬します」
「……ぁい」
チッ。オリビアめ……せっかく人がお膳立てしてやったんだからもっとアピールしろや。締まらねぇ顔して縮こまりやがって。薬キメてんじゃねぇのかよ。
まぁいい。やつらのことは放っておこう。俺はなんとかして欲しいという願いを聞き届けたわけだしな。あとは当人同士でどうとでもすればいいさ。
「あの……ニコラス、さん。この度は……本当になんて御礼を申し上げてよいか……」
「ん? おお、貴女はこの宿の女将さんの……えーと……」
「ティーナと申します」
「これは失敬。それに礼は不要ですよ。私はそこに居られるお二方の、真摯なる願いを叶えるほんの一助を担っただけですので」
「その一助がなければ……私はきっと何もできないまま……終わっていたでしょう。本当にありがとうございます」
女将は深々と頭を下げた。
長い、長い辞儀をした女将がゆっくりと上体を起こす。くすんだ茶の長髪から覗いた顔は――どこか釈然としない陰りを湛えたままであった。
「ふむ……時に御婦人。私の見当違いであればよいのですが……まだ何か懸念でもあるのですかな?」
「あ……その、なんか……夢を見ているみたいで。まだこの状況を受け止めきれていないと言いますか……朝から驚きっぱなしで……」
まあ驚くよな。ここまで大事に発展したのにすんなり受け入れられたら……それはそれで図太すぎるわな。要らん心配だったか。
俺は軽く笑って誤魔化した。
「はは、そうでしたか」
「ええ。……なんででしょうね。ここ最近……私が少し困った素振りを人に漏らすと……いつも、誰かが、私を助けてくれるんです。不思議ですよね?」
「人徳の為せる業でしょう。誇るべきことです」
「そんな……私に、徳なんて……」
女将は手を握り込んで胸の前に添えた。
……まぁ、そう簡単に癒える過去じゃないか。それは俺にだってどうにもできん。時間が解決するのを待つしかねぇわな。
さて、ニコラスならばこういう時になんと言葉を掛けるか。思考を巡らせていると後方から声が響いた。
「おーい、オッ…………ニコラスさん。少し相談したいことが……」
小走りで駆け寄って来たツナがそこで言葉を切った。絶句する、とはまさにこういうことなのだろう。
「え……」
「……あ」
俺は姉上たちが一定の範囲にいる場合、その存在を知覚することができる。それは勇者に備わった機能の一つだ。兄弟の絆などという上品なものではない。
だとしたら、これは絆と称していいものなのだろうか。
「………………う、そ……でしょ」
女将とツナが目を合わせる。互いの存在を確かめるように。幽かに残った繋がりを手繰るように。
そうして、十秒ほど。ツナが消え入りそうな声で呟いた。
「……母さん?」




