丸投げアウトソーシング
「よぉ、随分と遅かったじゃねぇか」
教会に先回りした俺は椅子に腰掛けてオリビアの到着を待った。
エンデの教会は裏通りの外れにある。定宿からはさほど離れていない。だというのに、オリビアが到着したのはあれから三時間ほど経過した後だった。
遅れた理由について聞くのは無粋かねぇ。
「…………」
俺の気さくな挨拶を無視したオリビアがひどく沈んだ足音を響かせて礼拝堂の身廊を歩く。俺が座る椅子の反対側に力なく腰掛けたオリビアは自嘲気味な笑いをこぼした。
「なんだよ。神父の真似事でもしてくれんのか?」
「冗談。俺ぁ困ったら女神と勇者に祈ろうって教えを恥ずかしげもなく広める神父ってやつが気に入らねぇんだ」
「そうかよ」
萎びた語気の返事だ。得意満面は鳴りを潜め、不貞腐れたガキが作るつっけんどんなツラを浮かべている。それはせめてもの強がりなんだろうが、尖らせた口がかえって弱さを際立たせるようだった。
「一つ聞きたいんだが」
「…………」
「クロードの頼みを聞き届けるっつー選択肢はなかったのか?」
話があると言われて馳せ参じたら聞かされたのは『聖女』の力をアテにした頼みごとだった。しかもそれは赤の他人の悩みを解消してほしいというもの。さぞ落胆したことだろう。
だがしょうがない一面もある。傍から見ればオリビアは奉仕が生きる理由なのではないかと思ってしまう生活をしている。そういう方面で頼られるのはごく自然な流れだ。
皮肉なのは、それが全て己の恋愛対象を釣るためにしていたことで――そしてようやっと探し当てた対象に『聖女』としてしか見られていなかったことである。
噂と実績が先行しすぎたんだ。個人的な感情を育むには接点も時間も足りなさすぎた。積み上げた功績が重すぎて『聖女』の印象が覆らなかったのだろう。
それでもクロードの願いを叶えれば機運が巡ってきたかもしれない。
感謝されるのはもちろんのこと、少なからぬ縁が結ばれることになる。戦場で会えば話をする切っ掛けにもなるだろう。
そして何より恩を売れる。アドバンテージとして見れば破格だ。見方によっては莫大な借金を肩代わりしたようなもんだからな。
そんな相手に迫られて否を突きつけられるやつがどれほどいるか。いるにはいるだろうが、少なくともクロードはその手合いじゃない。確実に揺れることになる。
言い方は悪いが、良心に付け込めたのだ。その機を不意にしたことになる。
これで良かったのか? そういう意図は伝わっただろう。オリビアは小さく鼻を鳴らした。
「まあ……それが一番賢かったんだろうけど……でも嫌だったんだよ」
「クロードに利用されることが?」
「惚れた男が、人の頼みを考えなしに聞く女になびくような薄っぺらなやつだったら……嫌だなって、そう思ったんだよ」
「難儀な性格してやがる」
「ほっとけ」
弱々しく吐き捨てたオリビアが椅子に片膝を立てた。一つ息を吐き、膝に顔を埋めて言う。
「……アタシも、孤児上がりなんだ」
「だろうな。薄々察してたよ」
「へぇ。どこで?」
「その眼は異質だ。ガキの時分じゃ周りに……親にすら馴染めなかっただろう」
「ご明察」
魔力で組まれた式を見極めることができる。とんでもない能力だ。恐らくこいつには人の才能まで見えているんだろう。
だが……人が光の模様にしか見えないというのは問題だ。意思疎通に齟齬をきたすのは想像に難くない。
多感な時期のガキにとっちゃ地獄に等しいんじゃないかね。アンジュなんかも似たような理由で潰れかけたクチだろう。強力な能力の一言で片付けられない欠点がある。
「気付いたらこの街にいてね。死にものぐるいで生き延びたよ。クソみてぇに辛かったけど……今となっちゃいい思い出だ。周りから隠すように育てられてた時よりもよほど生を実感できたよ」
「そりゃたくましいこって」
「だろ? 身の振り方っつーのもそん時に学んだよ。厳しい環境だからこそ得られるモンがあった。……アタシはそういうふうに育ったせいだろうな。孤児院の話を持ちかけられた時に思っちまったんだ。そんなの必要なくねーか、ってな」
「……それは持ってるやつの意見だな」
「わーってるよ。ないよりはあった方が絶対に良いに決まってる。でもアタシはそんなのやりたいやつがやればいいって思っちまったんだよ。……それに、アタシ一人の力でどうこうできる問題じゃないことには変わりねぇ。安請け合いなんて、できねぇよ」
不器用なやつだ。よほど自分の心に折り合いをつけるのが苦手と見える。本当に大事なものを一つだけ決めて、それ以外を切り捨てるって選択ができないんだろう。
「そういうことなら納得だ」
「はン……それに、もしもアタシが援助を盾にしてクロードに迫ったら……アンタはあたしを排除しようとしただろ?」
「いや? 今回ばっかりは静観を決め込むつもりだったぞ。言い出したのはあいつだからな。自分で蒔いた種なら自分で刈り取るべきだ。そこに俺が出張るのはお門違いだろ」
「そうかよ。そりゃ惜しいことをした」
「まぁ……お前が考えなしじゃなくて安心したのは事実だ」
「……そうかよ」
オリビアは小さく呟いてそっぽを向いた。
本当に意固地なやつだ。節を曲げないとでも言うべきか。独力で底辺から頂点の一角へと伸し上がった矜持なのかね。
まこと愚かしいことだが……ゆえに好感が持てる。しょうがねぇ、話をつけるか。そう思って立ち上がったところ、オリビアも同時に立ち上がった。
弾かれたような勢いだ。目と口は大きく見開かれ、その容貌は驚愕に染まっていた。
「あ……え…………」
言葉にならない声が漏れる。唐突な豹変っぷりは精神の錯乱を想起させたが、意識はしっかりとしているし目の焦点も合っていた。身体に変調をきたしたわけではないようだ。
あの反応、心当たりがある。恐らく【伝心】だな。
意思のやり取りを交わす【伝心】はなんの前触れもなく他者の声が頭の中に響くようなものだ。俺は日頃から救援要請がバンバン届いているので慣れているが、一般人からすれば虚を衝かれた気分になるだろう。術者の練度が低ければなおのこと。
「…………」
やり取りが終わったらしい。前髪をくしゃりと握り潰したオリビアが椅子に腰掛けて顔を背ける。
「お相手は?」
「…………ギルドの……連絡役」
「内容は」
「……魔物が、活性化しだした。三日後、前線に戻ってもらうって」
そうか。まぁ、時期的にはそろそろだと思ってたよ。
溶岩の竜騒動からひと月以上経つ。悪意を前借りしてぶち撒けたような事件の余波は落ち着き、やがていつも通りの日常が戻ってくるというわけだ。
魔物畜生をぶち転がす日々。オリビアの居場所は血なまぐさい前線にある。クロードとは暫く顔を合わせることもないだろう。
「金級の地位を返上すりゃ自由時間も増えるんじゃないか?」
「アタシはこの街に育てられた。見捨てるって選択肢はねぇよ」
「そうか」
難しい立場だな。『聖女』としての立場が最大の目的を達成する障害となっているのに、その重荷を下ろすことを自分自身が許せない。
近いうちに潰れるぞ、そりゃ。
「……何も、できなかった」
「そうだな」
「こんな機会は……もうないかもしれない」
「かもな」
下手な慰めは逆効果だろう。
そう思って正直に言葉を返したら会話が途切れ、沈黙の帳が下り――それも束の間、喉を震わせるような呼吸と鼻をすする音が返ってきた。
「泣くなよ。金級だろ?」
「でも……っ……嫌われたかもしれないし……このまま……終わりなんてさぁ……っ」
「おいおいあんま馬鹿にすんなよ。クロードがあれしきのことで人を嫌うもんかよ。寧ろ己の未熟を恥じてる頃だろうぜ」
「でも……でも……っ」
ったく、ウジウジしやがって。金級ならもっとしゃんとして欲しいもんだぜ。
……まぁ、これがオリビアの素なのかもしれんな。尊大で勝ち気な態度も淑女然とした振る舞いも、苛酷な境遇の中で獲得した処世術なのだとしたら納得がいく。
人は己の境遇を選べない。わけのわからん体質に悩まされることもあれば、愛する夫を亡くして子を失うこともある。死んでも生き返る勇者なんつーバケモンに産み落とされることもある。
個人じゃどうすることもできない流れってモンを運命と呼ぶのだろう。
だったら、そんなの覆してやらなくちゃあな。
「おい、オリビア。お前が前線に戻る前に契約の履行を済ませておきたいんだが」
「……契約?」
「もう忘れたのか? 俺はお前から力を借りた分だけお前に力を貸す。アーチェの新薬開発は俺にとっても割と重要な課題でね。お前の眼のおかげで随分と捗った。それに見合う対価を俺はまだ払っちゃいねぇ」
歩みを進める。ろくに清掃もされてない教会は信仰の陰りを如実に示すようだった。
この街には祈れば救われるなんて教義は似合わねぇ。成果には対価を。神父の真似事はできねぇが、性格の悪い悪魔の真似事ならやってやるさ。勇者という毒を食らった意気込みに免じてな。
「汝、オリビア。迷える子羊よ」
聖句も説教も詠めん。俺の掲げる教義は一つ。利に依って立ち、利に依って動く。それだけだ。
「望むことを言え。何でもは無理だが、力の及ぶ範囲でなら手を貸してやる」
オリビアが目を見開いて俺を見上げる。頬に伝った涙を袖で拭い、祈るように目を閉じ、喉の震えを押し殺した声で言った。
「なんとか……なんとか、して欲しい……」
「引き受けた」
クソほど雑な注文だが、細かくあれこれ指定されるよりはよほどいい。動きやすいに越したことはないからな。これならいくらでもやりようがある。
それに……これは諸々の課題を片付けるいい機会だ。商人連中を黙らせる策にもなる。
割と怪しい動きをしていた俺のことを詮索せずに黙ってくれていた女将への餞別としても上等だろう。
出口に向かって身廊を歩く。振り返らずに言う。
「付いて来い。『聖女』の威光を借りるぞ」
「あ……あぁ……。なぁ、本当にどうにかなるのか……?」
「おう。俺を誰だと思ってんだ? それくらい朝飯前よ」
「どうする気なんだ……?」
「んー? お前もさっき言ってただろ?」
【隠匿】。存在感を消し、教会の扉を開いてから振り返る。裏通りに射し込む光を後光のように背負って俺は言った。
「孤児院の経営なんざやりたいやつがやればいい。そういうわけで面倒な諸々を押し付けに行こうぜ」
業務委託だ。アウトソーシングってやつね。
『聖女』の名さえ貸し出せば慈善事業も営利事業に早変わりよ。さあて、ビジネスを始めるとしますかね。




