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Steal・3 違法捜査チームですか?


 俺は安物の黒いスーツに、同じく安物の革靴を履いて、特別犯罪捜査班のオフィスに入室した。

 そこは思った以上に狭い部屋で、デスクは全部で5つしかない。

 そのうちの4個はくっついていて、一つだけ離れている。

 離れたデスクには『チーフ』と書かれたプレートが置いてあった。


「空いてる方、どっちでも座って」


 俺と一緒に入室した苺が言って、自分はさっさとチーフの席に向かってしまう。

 紹介ぐらいしてくれてもいいだろうに。

 オフィスには俺と苺以外に、女の子が一人だけデスクに座っている。

 チーフ席の前、入口から見て右側だ。

 女の子のデスクにはディスプレイが2つにキーボードとマウスが置いてあった。


「分析官ってやつ?」


 俺は女の子の隣のデスクに腰を下ろした。


「あんたと一緒」


 女の子は俺の方を見なかった。

 女の子は金色のショートカット。

 窓から差し込む光が反射して目映いぜ。

 服装は白いTシャツと紺のミニスカート。

 それから底の厚い茶色のブーツ。

 服装的に、捜査官ではなさそう。

 捜査官は外に出ることが多いので、基本的にはスーツだ。

 しかも安物を着ることを強要される。

 まぁ、身なりのいい捜査官なんてウザいだけだから、懸命な判断だ。


「俺と一緒? 泥棒か?」

「ちーがーうー」


 女の子はグルっと椅子を回して俺の方を向いた。

 可愛らしいが、非常に幼い顔立ちをしている。

 未成年かもしれない。


「その子はウリエル」


 苺が言った。


「ウリエル? 天使かよ」


 俺は笑ったが、すぐに聞き覚えがあることに気付いた。

 それも、真っ当じゃない方の世界で聞いた覚えがある。


「はーい。あたしがウリエルでぇす」と女の子。


「ヘイズと同じように、司法取引でチームに加えたの」

「加えたの、って、お前、ウリエルって超有名クラッカーじゃねぇか」


 破壊したサイトの数は百を越え、侵入したサーバーの数は数え切れず、流出させた情報はいくつかの国家を揺るがした。

 生きる伝説みたいなウルトラビッグネーム。

 それがクラッカーウリエルだ。


「あなただって超有名な怪盗じゃない」


 クスッと苺が笑った。


「あと、あたしクラッカーじゃなくてウィザードな?」

「ウィザード?」

「天才的なハッカーをそう呼ぶらしいわ。よく知らないけれど」


 苺が補足しながら肩を竦めた。

 ウリエルは椅子を回してディスプレイの方を向いた。


「へぇ。苺ちゃんって犯罪者チーム作ってんの?」


 言いながら、俺はウリエルの足首を確認した。

 そこには俺と同じタイプの追跡装置がはめられていた。


「ドリームチームよ。どんな難事件も解決できる最高のチーム。私が目指すのはそこ。ほら、これが今回の事件の証拠品よ」


 苺が何か小さな物を投げてよこした。


「証拠品投げんなよ」


 俺はその物体をしっかりキャッチした。

 それから、物体を見る。


「ダイヤモンドの指輪か?」


 非常に透明度が高い。

 俺は指輪を天井のライトに透かしたあと、軽く息を吹きかけた。

 ダイヤモンドはとっても長く曇った。


「キュービックジルコニアか」


 ダイヤモンドによく似た人工の石。

 それがキュービックジルコニア。

 本物のダイヤモンドなら熱伝導率が高く、息を吹きかけてもすぐ透明に戻る。

 長く曇るなんてことはあり得ない。


「そ。さすが現役の怪盗。すぐ分かったわね」

「そりゃそうだろ。模造品盗んでも意味ねぇし」


 俺はキュービックジルコニアの指輪を手の中でクルクルと回した。


「でも、一般の人は気付かないものよ。特に宝石に疎い男性はね。鑑定書らしき物も一緒にあったから、騙されるのも無理ないわね」

「それが今回の手口か。これ、幾らで売りつけたんだ? ブラッドオレンジのやつは」

「50万円」

「わーお。丸儲けだな。これ、通販で二千円ってとこか?」

「送料込みで千五百円」


「すげぇ。さすがだな。月に1つ売れりゃ、十分楽な生活できるじゃねーか。訪問販売だろ?」

「ええ。プロポーズ間近の男性に売りつけたのよ。でも、ブラッドオレンジにしてはショボいと思わない?」

「1年も沈黙してたんだ、小手調べってとこだろ? それより、どうして発覚したんだ?」

「プロポーズした相手がキャバ嬢だったからよ」

「ああ。察した」


 金に変えようと思って質屋に行ったら偽物だと言われ、男を責めたのだろう。


「たぶんだけど、他にも被害者はいると思うのよね」

「どうかな。騙しのテクが落ちてないと確信したなら、次はもっと大きく出るんじゃね?」

「ブラッドオレンジならね」

「なんだ? 苺ちゃんは別人の犯行だと思ってんのか? 果物のブラッドオレンジはあったんだろ?」


 なければブラッドオレンジの案件として特別犯罪捜査班に回ってくるはずがない。


「ええ。取引が成立した時に、粗品ですって被害者に渡したようね」

「ははっ、堂々としてんなぁ」

「でも私は引っかかってる。本当にブラッドオレンジなのか、って」

「おいおい、模倣犯かもしれねぇのに、俺をブラッドオレンジで釣ったのか?」

「模倣犯という証拠はないわ。でもあなたなら、分かるかと思ってね。ブラッドオレンジとはライバルでしょ?」

「ライバル? 同じ泥棒ではあるが、俺は怪盗タイプで奴は詐欺師タイプだ。土俵が違う。まぁ、意識はしてたがな。たぶん向こうも」


 だからこそ、絵を盗んで返して、そしてまた盗むなんて循環が起こるのだ。

 もちろんブラッドオレンジは侵入ではなく、堂々と騙して持って帰った。

 返却時にわざわざ指摘してやった警備の不備は、何の意味もなかったというわけだ。


「まぁ、本物のブラッドオレンジならそのまま逮捕すればいいし、模倣犯なら本物が怒って出てくるかもしれないから、それはそれでいいのよね」

「ま、名前の通ってる犯罪者は模倣犯が嫌いだからな。俺も一度、模倣犯の野郎を……」

「出し抜いたわね、知ってる」

「苺ちゃん俺のストーカーか?」

「ある意味ではね。あなたを捕まえるために、あなたのことを四六時中考えていたから」

「怖い怖い」


 俺は肩を竦めて息を吐いた。

 それから、指輪を苺に投げた。

 俺が持っていても仕方ない。

 本物なら、このままくすねるというのも一興だが。


「それにね、個人的にも興味があったの。あなたにも、ウリエルにも」

「あたし?」


 突然名前を呼ばれたウリエルが、キーボードの手を止めた。

 こいつはさっきから何をしているのだろう。

 実はゲームだったりして?


「ええ。殺人者以外の有名な犯罪者には興味があるわ。知識やスキルをいい方に使えば、きっと素晴らしい成果を残せると思って」

「ふぅん。さっそく成果出たよぉ?」

「聞かせてウリエル」

「被害者は本当に普通のサラリーマン。裏はなぁんにもない。週末にキャバクラ通うのが唯一の趣味」


「そう……。ブラッドオレンジが狙うにしては、あまりにも小物ね」

「裏がないってなんで分かるんだ? 何したんだ?」

「んー、被害者のスマホとPC乗っ取って、中身調べただけだよぉ」

「おいおい、それってちゃんと令状あるんだろうな?」


「何言ってるの?」苺が驚いた風に言った。「被害者を調べたいって言って、そんな令状出るわけないじゃない」


「うげぇ、違法捜査かよ。俺ら犯罪者としては、違法捜査されちゃたまんねぇな」

「だからあなたたちがいるの。私の知らないところで、勝手に動いちゃったのよね? そうでしょ? ウリエル」

「そーでーす。勝手にやりましたぁ」


 ウリエルは楽しそうに言った。

 苺に利用されているだけなのだが、分かってないのか?

 それとも、ハッキングできれば何でもいいっていうオタク根性のなせる技か?


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