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偽りの婚約者  作者: 京泉
巡る季節

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22/26

束の間の⋯⋯

 その日の新聞はアルバ様が「薬」の中毒で社交界から姿を消し、「薬」の横流しと身分を笠に着て好き放題していたミディアムとウェルダム、パラミータの追放に揺れるトロス公爵家、フィレ侯爵家とスカラップ侯爵家の不祥事が一面をかざった。

 「薬」の横流しルート、「薬」の効果、その危険性について専門家の見解と、続けてミディアム達の所業に対する匿名の貴族の証言が会話調に書かれていた。

 

 そして、なによりも読者の目を惹くのは侯爵家の人達の写し絵。


 その中にセリオル様の姿もあった。写し絵の中のセリオル様に笑顔は無く、真剣な表情で写るセリオル様は少し、疲れているように見えた。


 そんな彼らの記事の隅に私とセリオル様の婚約が解消されたと短く書かれていた。


「お嬢様、招待状が届いております」

「ありがとう⋯⋯スカラップ侯爵家のお茶会⋯⋯」


 メデュに渡された招待状はスカラップ侯爵家からのもの。

 こんな時でも表向きは何の支障もないと振る舞わなくてはならないなんて、侯爵家とは辛い立場よね。


「ドレスコードは、「コート」着用」

「まあっ! まさかアノヘタレはまた同じ事をするのではありませんか!? 大丈夫なんですかお嬢様」


 メデュのセリオル様の呼び方は「アノヤロウ」から「アノヘタレ」に変わった。

 その呼び方も良くないと何度窘めても直らないのだから⋯⋯癖になってるわよねこれは。


「大丈夫よ。今はパラミータやミディアム、ウェルダム⋯⋯アルバ様の件で侯爵家も求心力を取り戻す為に大変な時期なの。このお茶会は重要な会なのよ。それに、私はセリオル様を信じる事にしたの」


 侯爵家も大変だろうけど、私個人も大変だった⋯⋯一週間前、スカラップ侯爵家のお家事情を聞いた日、騙されていると思っていたのは私の思い込みだったと知った日。私の本心を曝し、それでも偽りの婚約者を終わりにするのだと再度婚約破棄を願い出た私にセリオル様は「この世の終わりだ!」と叫んで気を失った。

 ⋯⋯令嬢が倒れるより儚げで庇護欲をそそられる倒れっぷりだったわ。

 なんとか客室に運び、侯爵様から「そばにいてやって欲しい」と言われた私は目覚めるまでセリオル様の寝顔を見ていた。

 寝ていても本当に「顔」が良くて少し悔しかったのよね⋯⋯。

 魘されているセリオル様の額の汗を拭っていた時、突然目を覚ましたセリオル様は私の手を握ってはらはらと涙を流した。


 誤解が解けてお互いが想い合っている、それなのに別れるなんて嫌だ。「受け入れる」と言ったのは強がりで受け入れられないと咽び泣くセリオル様に絆されなかったとは言えない。

 そんな姿を愛おしいと思ってしまったのだから。容姿が好みだからと一目惚れしたけれど、泣き虫なセリオル様も好きになってしまったのだもの仕方がない。

 でも、セリオル様は筆頭貴族である次期スカラップ侯爵を継ぐ者。強くなって欲しいとも同時に思ったのよ。

 そして私は決めたのだ。これからはもっと素直になろうと。


 こういうのを割れ鍋に綴じ蓋と言うのかしら⋯⋯。


「婚約は白紙になったけれど、セリオル様が始めからやり直したいって」

「それでお茶会からですか⋯⋯」


 セリオル様にとっての「始まり」は二年前の冬になってしまうから、言葉を交わした日が私達にとっての「始まり」なのだ。

 だってそうじゃない? あの日から私達はお互いに傷付け合い、騙し合っていたんだもの。

 そこからやり直す事で私達の本当の関係が始まると思うの。まあ、それが上手くいくかどうかは解らないのだけれど。


 でも、当面はスカラップ侯爵家の地盤を固め直す事が最優先なのよね。


「お嬢様⋯⋯アノヘタレとの婚約が無くなってお嬢様への風当たりが強くなりませんか?」

「もうっメデュ呼び方⋯⋯良いのよ。それくらい」


 今更、周りからの視線なんてどうでも良いわ。それよりもこのお茶会で私に対する見方が変わるかも知れないし、スカラップ侯爵家の評価も変わるかも知れない。


 私の姿勢にかかっているの。


「お嬢様、本当にあの方がお好きなのですね」

「⋯⋯ええ、メデュに顔の形が変えられなくて良かったって思うくらいに」

「あら、お嬢様の為でしたらいつでもぶん殴る用意はしておりますよ」

「⋯⋯顔はやめてね」


 思わず苦笑する。メデュならやりかねない。

 

 私は再び招待状を開いて頰が緩んでしまった。


 ──会いたい──


 セリオル様の文字で一言だけ。

 多分、私はこの一言が欲しかったのだろう。心がじんわりと温かくなった気がする。

 ふと視線を感じて顔を上げるとメデュが微笑ましそうに見つめていた。どうやら見られていたらしい。恥ずかしくなってしまって私は招待状を封筒に戻して引き出しの中に隠すようにしまった。


「ふふっお嬢様がこんな風にお笑いになる日が来るなんて。私、我慢して良かったです」

「⋯⋯そんなに?」

「はい。この一年、こんな表情でしたよ」


 メデュが目尻に指を当ててクイッと上に押し上げる。

 ⋯⋯そんな顔してたの、私。


「その笑顔を見れただけで、私は幸せですわ」

「もう! からかわないで!」


 私は頬に手を当てる。少し熱くなっているような気がした。でも、悪い気はしない。むしろ、嬉しいかも。

 私が笑っているのを見てメデュも嬉しそうだった。


 

 けれど、セリオル様とのやり直し。これが順調ではない始まりを迎える事になったのよ。

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