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偽りの婚約者  作者: 京泉


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アイスティー

 初めて? かも知れない。

 あの人と二人、隣り合わせで揺られる帰りなんて。


 ゆっくりと進む馬車の中で私はぼんやりと歩いて帰っていた日々をなんとなく懐かしく思い返していた。

 送られてみたい。その念願が叶っているのにいざ送られてみてもあの人はぎゅっと私の手を握り俯いたままだし、私もただ車窓を眺めている。


 ついさっきまで今日も私は帰る手段を考えていた。


「セリオル、シュリン嬢を「任せた」ぞ」


 帰りの挨拶をした時、エポラル王太子殿下はあの人にそう告げた。

 あの人は殿下に深い礼を執り私を引き寄せて強く頷いていたけれど、また歩いて帰る事になるのだろうと思っていたの。


 王宮から家まで頑張れば歩いて帰れなくはない距離だけれど夜道になるし、これまでは歩きやすいワンピースだったりまだ動きやすいドレスだったりなんとか歩いて帰れたけれど、今日のドレスと靴は歩く事を想定していないデザインだった。

 靴は脱げばいいだろうけど繊細なレースと柔らかいフリルはどこかに引っ掛けてしまったら破れてしまうし、何より露出は控えめだけれどこんな豪華なドレスで夜の街を歩くのは身の危険を感じる。

 歩いて帰るのは無謀よね。夜は少し高くつくけど街馬車が安全かな。

 

「お兄様、帰りましょう」

「皆さんにセリオル様といつ婚約するのか聞かれましたのよ。ふふっ、もうクタクタですわ」


 当然のように私を「遠慮」させるパラミータとミディアムにうんざりするけれどそんな事よりどうやって帰るかよ。

 早く私が「遠慮」しなければ彼女達は引かないし、帰る手段がなくなってゆく。


「私は大丈夫です。今日はありがとうございました。では──」

「行くよ。シュリン」

「え、あ⋯⋯っ」


 驚き過ぎて足がもつれ、バランスを崩した私の腕を取ったあの人は二人に背を向けると馬車へと私を押し込んだのだ。


「なっ、何をされているのお兄様!」

「ちょっと! セリオル様! わたくしを置いていくなんて、ないですわよね?」


 また驚いてあの人を見れば焦りを見せるパラミータとミディアムに冷えた視線を向けていた。

 意外、だった。これまであの人はそんな視線を彼女達に向けた事はなかった。その冷たさに私は少し、震えてしまった。あの人が何故か怒っているのだと分かったから。


「ウェルダムの馬車があるだろ」

「そんなの帰してしまってるわよ!」

「⋯⋯あそこにあるのはフィレ侯爵家の馬車だろ」

「!?」


 息を呑んだ二人と同じ方向を見るとフィレ侯爵家の馬車の御者にウェルダムが何かを言っているのが見えた。


「何で⋯⋯帰したんじゃないの!?」

「ウェルダム! 貴方何をしているの!?」


 何をしているのか⋯⋯なんて、それはまるっと貴女達の事よね。

 私を歩いて帰らせる為にこれまで「何をしているの?」を繰り返して来たじゃない。


「さっさと帰れって言ったのにコイツ、親父の命令だって嘘つきやがるんだよ」

「まあっ! 主人に盾突くなんて! 使用人のくせに。お前はクビよ。ええ、わたくし達に盾突くなんて後悔させてあげるわよ」


 ミディアムとウェルダムも侯爵家の者だとしてもフィレ侯爵の命令ならそちらが絶対なのではないのかしら。

 だって彼らはフィレ侯爵家に仕える者なのだから「主人」はその家長である侯爵。主人の指示に従うものだもの。それが彼らの仕事なのだから。

 でも、もし、二人がフィレ侯爵に本当にクビを訴えたら⋯⋯。


「早く出してくれ」


「お兄様!?」


 私の表情を読んだのだろうか。「彼らは大丈夫だ」と呟いたあの人は呼び止めるパラミータを振り解いて馬車を出させたのだ。


 そして今。


 いまだあの人は俯きながらも私の手を握り続けている。

 ミディアムに冷たい態度を取ってしまった事を後悔しているのだろうか。

 彼女に向けたあの凍える視線は本当は私に向けるものだったのかもしれない。

 私を送るのはエポラル殿下に言われたから⋯⋯だから私に対して怒りを覚えているから⋯⋯何も話してくれないのかなって考えて私は頭を振った。

 

 それでも嬉しいと思ってしまう。

 あの人に送られてみたかった。それが叶ったのだから。


 結局、あの人は家に着くまでそのまま一言も発さなかったけれどその手はとても熱を持っていた。それでも私には幸せな時間だったのよ。



「お前の色のドレス⋯⋯念願⋯⋯」

「三回⋯⋯」


 スカラップ侯爵とお父様が呟き、あの人を睨む。

 当のあの人はなんだか頬を赤らめて今にも泣きそうになりながら両腕を広げていた。


「シュリン! やっぱり俺達は両思いなんだ!」

「っ! きゃあっ」


 勢いのまま私に抱きつこうとしたあの人にお父様が代わりに抱きついて止めてくれた。

 え!? そこ? そこだけ拾ったの!?


 私の話を聞いてお父様はあの人がミディアムと三回連続で踊った事に憤り、侯爵様はミディアムがあの人の色のドレスを身に着け婚約者然と振る舞った事と、何よりも私が送られてみたかったと言う願いに号泣し出した。


「すまなかった! すまなかったシュリン嬢! 思い込みが激しいなどと⋯⋯シュリン嬢がセリオルに遊ばれていると思っても当然だっ」


 ⋯⋯泣き上戸なのね侯爵様。


 侯爵様が号泣して、あの人までハラハラと泣き始め、お父様と私は苦笑を交わした。


 埒があかない。

 私は思い込みと恋心を曝け出した訳なのだけれど⋯⋯じわじわと恥ずかしくなってきたわよ?

 

「こ、侯爵様、理由があるのですよね、多分。それを教えてください」


 そうよ、まだ私はミディアムとウェルダム、パラミータの茶番を放置している事も、あの人が送ってくれなかった事も、スカラップ侯爵がそれにどんな関わりをしているのかも⋯⋯聞いていないの。

 

 どうしようかとメデュに助けを求めて私はまた苦笑する。私と目があったメデュはニヤリとしたから。

 ああ、あの目は話の内容次第では「やってしまいなさい」の目。

 神様どうか、メデュにあの人の顔が変えられませんように。


「メデュ、寒いけれど酔い覚ましに冷たい物を。そうね、アイスティーをお願いするわ」

「畏まりました」


 アイスティーと聞いてあの人は、はっとした表情を見せた。


 私も伝えなくてはならない事がある。アイスティーも好きになったのだと。


 怯えた顔色を浮かべたあの人に私は微笑んでみせた。

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