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3話 vsサル 1

 ココナッツ村と入り口にかけられた看板にある名前。

 実はこれはココナッツではなくココナッシが正解らしい。

 だが、誰かが読み間違えてココナッツと呼んでしまったことからいつしかココナッツ村と、看板を作り替える時から名前を改めたそうだ。

 誰も彼もがのほほんとした村。

 およそ悪と呼ばれる者など生まれることは無いと思わせる雰囲気の村に俺とメリーは滞在していた。


「紅剣さん、その木の枝はこっちに頂戴」

「メリーちゃんはこっちで一緒にお菓子を作りましょうか」


 まだ数日しかいないはずだが警戒心皆無な村故か、馴染んでしまった。


「火を熾しておいてくれるかい紅剣さん」

「あ、はい……」


 生まれてこの方、火を熾したことなど無いのだが……。

 こんな時、魔法でちょちょいと点けられれば便利だが残念ながら俺に魔法は使えない。


「すいません……どうやれば火を熾せるのでしょうか」

「ありゃっ。紅剣さんはやったことが無かったかい。そしたらそっちはオレがやっておくから薪割りを頼めるかい?」

「わ、分かりました……」


 何も出来ない自分が恥ずかしいが、出来ることはやっていきたい。

 金も持っていない俺とメリーを拾ってくれた村人達に出来る唯一の恩返しだ。


 とは言え、火熾しもそうだが薪割りとてやったことが無い。

 とりあえず斧を振りかぶって……振りかぶって振り下ろすと薪の端が僅かに欠けた。


「……」


 難しい。

 まず命中させられない。それに斧が単純に重い。

 筋力そのままってどういうことよ。

 俺自身も身体能力強化されるのかと思いきやそのままって……だから魔王の配下の配下の配下に負けるんだよ全員。


 どうやら、ゲームのように見た目に反した強さを持つ、なんてのはこの世界ではメリー達バディくらいしか当てはまらないらしい。後は魔物と呼ばれる存在か。

 人間である限りは身体能力はその域を出ることは無い。間違っても人間は人外と呼ばれることは無いのだ。

 この世界が魔王に統治されようとしている。その一因だろう。


 とは言え……

流石に剣を振れば動物型の魔物を斬ることが出来る。

 斧を振れば木樹型の魔物を伐採することが出来る。

 槌を振るえば鉱石型の魔物を砕くことが出来る。

 

 魔物とて驚異的な強さがあれど死なないわけではないのだ。

 俺達が闘い方を知っていれば決して勝てない強さではない。

 その証拠に、俺達が挑み敗北した魔物のほとんどが倒し方を知らなかったから。

 火が効かない水を吸い取る雷を無効化する。

 魔法しか通用しない、剣のみ有用。

 魔物の情報を知らずにごり押ししようとした結果、俺達は数で挑んだにも関わらず敗走することとなった。



 だからまずは闘う準備を……と思っていたのだが


「紅剣さんあそぼー」

「葉っぱ千切ってー」

「お人形さん取ってー」


 子供たちが俺を離そうとしない。

 村人に任された仕事を終わらせたと思ったら、遊び相手に任命されるのだ。


「め、メリーさん……これ、よろしければ」

「花を摘んできました。貴方に似合うかと」

「これおいしいど。オラが仕留めたシカ肉だぁ」


 メリーはメリーで人気者である。

 貢物を山のように目の前に積まれている。

 あいつ……見た目は12歳くらいなんだけど、大丈夫なのか?

 この村はそういった性癖の男が多いとか……。

 変な男に連れていかれないかな……お菓子とかで釣られないかな……。

 

 俺の心配をよそに、メリーは貢物を置き去りにして


「言っておくけれど、貴方も同じ穴の狢だからね」


 俺に一言。

 そして、貢物の中から使えそうなもの、食べられそうなものを見つけては子供たちや村人に配って回ったのであった。

 その優しさを俺にも分けて欲しい……。

 いや、男達も肩を落としていた。

 俺は彼らの肩をポンと叩いて頷く。

 今夜は酒盛りだ。





「……頭痛い」


 翌日、見事に二日酔いだ。

 男衆との酒盛りは途中から『そういえばメリーちゃんと紅剣さんいつも一緒にいんべ』とか言い出したヤツがいたせいで、何故か一気飲み対決となってしまった。

 この世界……というか村の酒が強いのなんの。

 日本酒みたいな酒ばかりなためあまり多くは飲めない。

 普通はチビチビと飲むはずが煽るように飲んでしまったためめでたく頭痛に襲われている。吐き気が無いだけまだマシだろうか。


 そこいらに転がっている男衆を踏まないよう気を付けながら顔を洗いに井戸へ向かう。

 魔王の脅威がすぐそこに迫っているくせにこの村は平和だ。

 飲み水も争うことなく分け合える。迷い込んで来た居候である俺達にすら渡せる程に。


「あら、起きたのね」

「……メリー」


 井戸の縁でメリーが空を見上げていた。

 何が面白いのか、俺の顔を見て笑っている……まさか俺の顔が面白いわけじゃないよな。


「顔を洗いなさい。……少しお酒臭いわ」

「お、おう……」


 季節がいつなのか分からない。そもそもこの世界に四季があるのすらも怪しい。

 朝の冷たい水で顔を洗い、ついでに喉を湿らす。酒焼けした喉に気持ちいい。


「準備が出来たら行くわよ」

「行くって……何処に?」


 俺の質問に対しメリーは怪訝な顔をする。

 

「貴方はこのままここで余生を過ごすっていうの? それもいいけれどね、どうせならもう一度魔王に挑むとか思わないのかしら」

「いや……再戦は考えてはいたけど……いきなり挑むのはどうかと」


 まして俺とメリーだけ。

 あの時よりも数が圧倒的に足りていない。

 せめて……ラブリー・チャルメラさんとは再会したいなぁ。


「だから修行するのよ。その木剣でここいらの魔物を倒せるようにならなきゃ話にならないでしょう?」

「修行……?」

「そう、鍛えるのよ。その甘ったれた根性は無理かもしれないけど、弛んだ身体を絞り上げることは出来るわ」

「そこまで弛んでは……いないと……」


 ラブリー・チャルメラさん程では無い。

 だが、まあ腹は横に割れているのは事実だ。


「運動開始よ」


 前触れも無くメリーは走り出した。


「ちょっ」


 しかも村の外へだ。

 魔物も少なからず生息する森の中へと走り出したメリーを俺は追いかけようと走り出す。


「ほら、早く私を捕まえてごらんなさい!」


 それは海辺でこそ真価を発揮する台詞なのだが、森の中では単なる鬼ごっこである。

 俺は周囲を警戒しながら、突然魔物が飛び出してきてもいいように腰に下げた木剣に片手をかけながら走る。


「ほらほら」


 メリーは俺にギリギリ捕まらない距離を置きながら走る。

 悔しいことに後ろ向きだ。

 俺の苦しむ顔を見ながら涼しい顔で走っている。

 途中で木の枝が前を遮ろうと、後ろに目があるのか屈んで避ける。


「そういえば、今更だけどさ」

「何かしら?」

「メリーは吸血鬼だろ?」

「ええ。ヴァンパイア……生き物から血を吸い取る種族ね」

「吸血鬼って日の下に出て来て平気なのか? 蒸発するとかって聞いたことあるけど」

「本当に今更ね」


 メリーは走りながらも嘆息し、頭を下げる。

 その真上を細い木の枝が通過していき、追っていた俺の額に当たる。


「ぶげっ」

「平気も何も、なぜ吸血鬼は日の下に出て来てはいけないのかしら? 別に太陽に嫌われているわけでもあるまいし」

「……そういえば何でだっけ」


 ずっと暗いところにいたせいで眩しいとか……?

 いや、これでは蒸発する理由にならないな。

 そもそも、それなら少しずつ日の下に出て来れば克服も可能だろうし。


「ただのイメージなのよ。十字架もニンニクも個人の好き嫌いはあれど、絶対的な弱点にはなり得ない。銀の弾丸は撃ち込まれれば普通の人間だって死ぬでしょう? 銀の毒が吸血鬼の再生力を妨げるかもしれないから、確かに弱点かもしれないけれど」


 そうすると吸血鬼は太陽にも十字架にもニンニクにも平気で銀の弾丸は人間と同じだけ弱くて、そして……


「身体能力は高いのか?」

「そうよ。血を吸えば吸う程ね。誰だってお腹が減っていれば力が出ないのと同じよ」


 ……ということは、メリーはバディであることを除いても強い方なのではないだろうか。


「だけど、問題はこのスキルなのよね。それと職業」


 しかし足を引っ張るのはやはり俺であった。

 メリーが吸血鬼である。このイメージは恐らくプラスに働いたのだろう。

 だが、その力と職業を何も思い浮かべなかったからこそ、彼女の戦闘技能はほとんど無に近い。


「まあ職業に関しては考えがあるから問題は無いわ。貴方も私と同じく職業は無し。何かしら闘えないといけないわね」

「俺とメリーは無職か……」

「無職は貴方だけよ。私は職業が無いだけ」


 何がどう違うのか分からないが逆らえる気配ではない。

 

「魔法使いとかになれば魔法が使えるのかな……」

「そうね。適性はあるでしょうけれど、魔法を使って闘うという手段もいいかもしれないわね。貴方がどんくさければ、後ろから魔法で闘ってもらいましょう」

「随分と詳しいんだなこの世界に」

「この世界のナビゲーターも兼ねているからね。ほら、魔王の配下から逃げる時に私が先導したでしょう? 正確な逃げ道を知っていたから貴方を案内していたのよ」

「あれは、そういうことだったのか」


 てっきり俺を置いて逃げているんじゃないかと思っていたが安心した。

 よく考えれば俺が死ねばメリーも死ぬのだ。

 どちらかが生き残れば良いというわけでは無い。


「それなりの知識が私の中にはあるわ。だから、知りたいことは私に尋ねなさい」

「……はーい」


 ふふんと薄い胸を張って笑みを見せる彼女に俺は思わず見惚れてしまう。

 ……そうだよな。俺の理想像そのものだ。彼女の笑顔は俺にとって最も見たい笑顔なのである。


 と、メリーは立ち止まる。

 俺は彼女にぶつからないように足を止め、彼女を捕まえるべく手を伸ばし……通過した。

 いつになったら俺はメリーに触ることが出来るのだろう。


「この奥よ。手頃な魔物がいるわ」

「手頃な魔物? 【ウサッギー】とか【リッス】か?」


 ほぼウサギやリスだ。

 少しばかり爪と牙が鋭いが大人しい魔物で俺にも倒すことが出来る。

 よほどのことが無い限り致命傷を受けないし死ぬことは無い。

 これでもメリーや村人から魔物についてのレクチャーを受けているのだ。

 魔物博士とは呼ばれないが虫取り少年くらいには魔物について詳しくなった。


「いいえ、【クマッ】よ」


 クマだった。

 この森の主。俺の世界のクマがデフォルメで人食であり力防御ともに優れた魔物。

 一撃で死ぬね、俺が。


「……(ブンブンブン)」


 無言で首を横に振る。

 大声を出して気付かれでもしたら大変だ。

 クマは意外と早い。逃げても追いつかれ殺されてしまう。


「……冗談よ。本当は【クレイジー・モンキー】。集団だと少しばかり面倒だけれど、私も手伝うから頑張ってみなさい」

「初めて聞く魔物だな……」


 サルのようだけれど、その頭にクレイジーと付いているのが気になる。

 確か、動物型の魔物の発展形だったか。

 

「身のこなしがすばしっこいのと手先が器用なのが特徴ね。後は群れていることが多い」

「2、3匹はいるってことか……」


 だけどメリーが手伝ってくれるというのなら何とかなるだろう。

 サル……ねえ。

 人間に近いようだけれど、人語を話せたら嫌だな。

 斬る時躊躇しそうだ。


「武器を構えて」


 メリーに促されて木剣を抜く。

 すでに【ウサッギー】と【リッス】の返り血を浴びたこいつは血吸いの木剣と呼んでも差し支えないだろう。


「……いい? あまり物音を立てちゃ駄目よ。こちらが接近していることをなるべき気付かれないように」


 メリーが体を寄せてくる。

 身長差から俺の胸までも無いのだが、メリーの髪の良い匂いが鼻腔をくすぐる。


 前を歩くメリーにその事実を勘づかれないように、サルに対してよりも注意しながら歩いていると、不意に落ちていた木の枝を踏みつけてしまった。


「あ、やべ」


 バキリという音が小さくも響き渡る。

 メリーがこちらを振り返る。

 ごめんごめんと片目を瞑って舌を出したら足を思い切り踏まれてもう片目を指で塞がれた。とても痛い。


「馬鹿なことやっていないで、行動するわよ」

「……やったのはメリー」

「五月蠅い。ここからは貴方が決めなさい。逃げる? 迂回する?」

「……それなら突撃だ」


 ぱちくりとメリーが目を開閉する。


「……その心は?」

「もしサルの魔物が頭の良い奴なら先回りしてるだろ。ならあえての突撃で虚を付いてやろう」

「そこまで頭が良くなかったら?」

「その時は突撃の勢いで倒すのみ」


 我ながら頭の悪い作戦である。

 だが、メリーはその頭の悪い作戦を採用した。


「じゃあ私が前を行くわね。【クレイジー・モンキー】が来たら倒してくれるかしら?」

「任せてくれ」


 そんなわけでメリーの後ろをおっかなびっくりついていく。

 メリーは実戦派のようで、俺に闘う機会を作ってくれることが多い。

 現在滞在している村へ向かう道中も小型の魔物とは何度も闘わさせられた。


 いつでもサルに攻撃できるように付いていくと拓けた空間に出た。

 そこには5匹のサルと……そして【クマッ】の死骸が横たわっていた。


「はい、戦闘開始」

「めっちゃ強いじゃねえかぁぁぁ」


 群れればクマよりも強いサルとの闘いがこうして始まったのであった。


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