2話 閉場
そういえばあけおめです
腰まである長い金の髪と血のように紅い瞳が特徴の少女。
見た目はやや幼く十代の前半から半ばにかけてといったところだろう。
氷のような美しさをもつその少女は、初対面でありながら俺はよく知っていた。
「嘘だろ……メリー・スプラトゥスなのか……?」
「ええそうよ。貴方がそうなのね……ふうん……」
こちらを値定めするような目つき。
声は見た目にそぐわず思っていたよりも低かった。
……いや、確かどこかで低い声という設定だと書いてあったな。メリーを生み出した絵師が。
「……何よその目。私の主人は貴方なんでしょう?」
「主人……?」
……天の声はバディがどうだかと言っていたが、メリーがそうなのか?
俺にとってのバディ……俺を主人と呼ぶこいつが。
狂川モンペというイラストレーターがオリジナルキャラとして描いた少女である。
まだ数枚しかSNS上にあげられておらず、しかし俺はその数枚の絵が魅せるメリーの表情の虜となってしまった。
「紅剣……何この名前? まともな名前を親は付けてくれなかったのかしら」
毒舌を吐く彼女の口元からは小さな牙が覗いていた。
これぞメリーの最たる特徴。吸血鬼である証だ。
『顔合わせは終わりましたでしょうか。それではまず【ステータス】と心の中で唱えてください。戦士達の愛の結晶の力を見ることが出来ます』
「……【ステータス】」
メリー・スプラトゥス(吸血鬼)
スキル 【木の盾】Lv1
職業 未設定
するとメリーを見るだけで彼女の情報が頭の中に入ってくる。
……が、あまり詳細と呼ぶには足りない。
ステータス、というからにはゲームさながらに攻撃力や防御力なども分かるのかと思っていたがそんなものは無かった。
しかも職業は無し……。
「無職、か」
「は?」
メリーの目が細くなる。
汚物を見るような目だ。
「それは、貴方が、私のイメージを固めていなかったからでしょう! 剣士なり魔法使いなり思い浮かべていればそれに見合ったスキルも覚えられたのに!」
「はて、イメージとは……?」
『確認できましたでしょうか』
と、メリーの声を遮って天の声が聞こえてくる。
『愛の結晶とはつまり、戦士達の創造の具現化です。どこまで愛の形が具体的か。姿形、種族、性格、能力等々。考えていればいるほど想像通りになったはずです』
「見た目と名前、スキルしかないぞ!」
どこからか声があがる。
どうやら俺と同じ状況の者がいるようだ。
『それは見た目と名前しか愛の具体性が無かったからです。救済処置としてスキルを一つ加えておきました。これで最低限闘えるとは思いますが』
つまりは、俺が最も好きなキャラクターのメアリーについて見た目と名前しか分かっていなかったから目の前のメアリーのステータスはこうも不完全となってしまったのか。
『まずは互いを知るということで談笑の時間とします』
ここで天の声は終わってしまった。
なにその合コンみたいな流れは。
「と、いうことらしいんだが……なんかごめんな」
「いいわよ別にもう。変な職業にされなかっただけマシと思えば」
とりあえず機嫌を直したようにメリーは俺を見る目を少し和らげる。
……性格かぁ。どんな性格を思い浮かべていたんだったか。
メリーについて俺が独自に考えたことは無い。
その全てがモンペ先生による公式情報だ。
だから恐らく……
「ツンデレ……?」
「はぁ? 誰がツンデレよ。貴方のような人間を好きになるはずが無いでしょう」
駄目だ。
ツンの方が強すぎてデレが見つからない。
そしてまたも視線が痛い。
「さっきから貴方、格好つけてないかしら? 本当の貴方はもっと弱くて醜い性格をしているはずよ」
「醜いって……」
弱いという方は否定できないけれど……
「この状況であえて冷静に努めようとしているのは褒められるべきことだけど……自分自身を騙すのは良くないわ。言っておくけれど、私が誕生するまで、貴方の心の内は全て聞こえていたのよ?」
「えっ……!?」
「同人誌販売会如きを戦場だとか、同士が戦友がどうだとか、卑屈になって自分可哀想だとか。全て格好つけたメッキの心じゃないの。私は貴方の弱く醜い心が生み出した従僕。ハッキリ言って違和感だらけで気持ち悪いのよ」
あ……あ……
「もう一度言うわね」
「あ……」
メリーは再度繰り返した。
「気持ち悪いのよ」
「あ……ありがとうございます!」
つい出てしまった感謝の言葉。
自らを従僕と呼ぶ見た目は年下の少女。
そんな彼女が冷たい目をし、俺の足をヒールの高い靴で踏みながら気持ち悪いと吐き捨てたのだ。
言うしかないだろう。
お決まりの文言を。
「そう、それでいいのよ。あースッキリした。格好つけて周囲とは一線引いて自分は違いますってスタンスが気に食わなかったけれど、それでこそ貴方だわ」
「褒められているのかなそれ……」
「褒めてはいないわよ。ただ私が満足しただけ」
……今のところ口の悪い少女という印象しか無いのだが。
しかし見た目は俺のどストライク。理想の具現化であることは確かである。
だから、罵られようとそれに快感を覚えそうにもなるのだが……なるべく耐えておきたいところだ。
決して周囲を見てしまったわけではない。
見た目小学生の少女に甘えたり土下座したり……いい大人がやっていい範疇を越えた景色を見せられて現実に戻ったわけでは……決してない。
「君は世界を救う俺の大事な仲間だ。よろしくな」
手を差し出す。
メリーはそれを見ると
「……私に触りたいとか思っているんじゃないでしょうね」
「ただの握手だわ!」
メリーはそれでも恐る恐るといった速度で俺の手を取ろうとする。
中々触れないメリーの小さな手。もどかしくなった俺は自分から近づけて……通過した。
「……うん? もしかしてホログラムだったり?」
いや、さっき俺はメリーに足を踏まれた。
その感触と痛みは残っている。
だとすれば何が問題なんだ……。
『そろそろ気が付いた戦士もいるでしょうか。愛の結晶とは言っても愛にかまけていれば世界は救えません。なので、性的接触に関しては透過するよう設定しました。性交だけでなく、性的興奮を覚えながらの接触は須く透過します』
「……貴方」
「ち、違うんだ!」
最悪だよこの天の声。
どんなタイミングで何を言ってくれちゃってるんだよ。
『……ちなみにですが、今現在で性的興奮を覚えながら接触を試みた戦士の名は紅剣、とぅろぷ、ばーちゃるびしょうじょちゃん――』
次々と名前が挙がっていく。
なぜ先頭を俺の名にした?
「Why?」
変態のリーダーみたいになっているではないか。
「……まあいいわ」
ため息をつきながらメリーは俺の手を握った。
今度は通過することなく、しっかりとメリーの手の感触を感じられた。
「貴方がそんな人間だってことは私が一番よく分かっているから。だから……許してあげる」
「……デレた?」
「違うわよ」
最初よりは距離感が縮まっていると信じて、俺はメアリーの手を握り返す――瞬間にまた通過していった。
「およ? およよよよ。紅剣殿も無事に親睦を深められたか」
「ラブリー・チャルメラさん」
またも冷たい目が復活したメリーに平謝りしているとラブリー・チャルメラさんが自身のバディらしき幼い少女と手を繋ぎながら歩み寄ってきた。
筋肉では無く脂肪に包まれた巨漢とリコーダーが覗くランドセルを背負った幼女の組合せは犯罪的だ。間違いなく通報案件である。
誰が見ても親子ではないし兄妹でも無い。誘拐現場にしか見えないだろう。
手を繋いでおり幼女が嫌がっていないことも、ただお菓子などで懐柔したのだと……って、手を繋ぎながら!?
「凄いわねあの男……」
メリーも感心した声を出す。
確かに……ラブリー・チャルメラさんがまさか幼女と手を繋いで何も興奮しないとか、これまでの彼を知っていれば有り得ないことだが……
「……はっ!? まさか!」
「どうしたの?」
「よく見てみろメリー。あの手を」
遠目から見ただけではラブリー・チャルメラさんと幼女は手を繋いでいる。
だが、近づいてくるにつれてそのからくりが分かってきた。
幼女はただ手を上に上げているだけ。ラブリー・チャルメラさんはただそこに手を重ねているだけ。
通過しているにも関わらず、まるで手を繋いでいるかのように重ねているのだ。
悲しい……悲しいぞラブリー・チャルメラさん……。
「……所詮は貴方と同類ね」
「ちが……くはないけど」
否定は出来ない。
メリーの手を握れないとはつまりそういうことなんだろう。
「紅剣殿はまたロリババァですかな。拙者のような純真無垢な真に幼き少女を愛でるのも良いですぞ」
「おい」
「ラブリー・チャルメラさん、俺は年上の包容力と年下の可憐さを供えた合法ロリが好きなんです。確かに、見た目は若い方がいいでしょう。ですが、精神的ババアも捨てたものじゃないですよ!」
「おい誰がロリババアだ」
メリーが俺に一蹴り、ラブリー・チャルメラには傍らの幼女が袖をつねっていた。
「いたたたた……ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
どんな時でもお礼は忘れない。
それが俺とラブリー・チャルメラさんである。
『歓談はここまでに。会話はどこでも出来ましょう。そう、どこの世界ででも。そろそろ救うべき世界へと旅立つ時です』
「とは言っても、どうやって闘えばいいんだよ。まともに喧嘩すらしたことないのに」
「俺、母ちゃんにしか叩かれたことないぞ」
『安心してください。戦士達の愛の結晶は闘いの術をそれぞれ身に付けています。強弱はあれど、それでも戦士達よりは強い。それが千。異世界の魔王にとってこれほどの脅威は無いでしょう』
つまりは……いやこれ以上はよしておこうか。
言わない方が身の安全だ。
「つまりは魔物の子みたいな……?」
「いやポケットなモンスターだろ」
「俺はスタンド的なのを思い浮かべたぞ」
「ネコ型ロボット……」
「デジ――」
『そこまでです。それ以上は言わせません』
天の声の抑制の声とともに、危険な発言をしていた5人に光が降り注いだ。
そして、次の瞬間には消えていた。
『それでは九百九十五の戦士達よ。世界を救ってきてください。報酬は……そうですね、その愛の結晶を基の世界に連れていける。これでどうでしょうか』
「俺の嫁、猫耳生えてるんだけど……」
『問題ありません。周囲から耳は見えないようにしましょう』
「リアル妹いるのに新しく妹増えることになるんだけど……」
「問題ありません。もう一人妹がいることにしましょう。義妹でも可です」
次々とあげられる質問に対し淡々と天の声は答えていく。
魔王の討伐に対して皆が乗り気になってくれるように。
「ちなみに……死んだらどうなるんだ?」
だから、この質問をせざるを得なかった。
楽観的な彼らを諫めるためにも。
俺の質問に対して呑気な雰囲気となっていた皆へと緊張感が走る。
『問題ありません。元の世界へと戻るだけです。ちなみに先ほどの五人の元戦士達も強制的に元の世界へと戻しただけです』
ほっと安堵するが、次の言葉で固まった。
『ですが愛の結晶は消え去ります。あくまで報酬。未達成の者に払われるものはありません』
「つまり……俺達が死ねばこいつらも死ぬってことか……?」
『相違ありません』
繰り返してしまったことで現実感を帯びてしまう。
ここまで会話し、多少なりとも心を通わせたメリーが、俺が死んだら消えてしまう……?
『また、愛の結晶が致命傷を負えば同様に消え去ります。回復は可能ですので何かしらの回復手段を得ることを推奨します』
見れば、メリーの体は震えていた。
俺はそっと、震えを止めようと彼女の肩を抱きしめようとして……通過していった。
「……」
「……」
何となく気まずい。
メリーも何でこの状況でといった呆れ顔をしている。
『では転送します。死ぬ気で奮闘してください。愛する者を死なせたくなければ』
こうして俺達は異世界に飛ばされた。
どうやらこの草原も中間地点であったようで、飛ばされた先は岩石だらけの地帯であった。
見渡せば先ほどまでと地形こそ違えど、人数は変わっていなかった。
1000……では無く995だったか。男達と、同数のバディ。
見渡す限りに広がる彼らがいることで安心感を覚える。
「ようし、さっさと倒すぞぉぉぉ!」
誰かが先手をきった。
その後を雄叫びを上げながら他も続いていく。
これだけの人数だ。
魔王とて倒せるはずだろう。天の声も言っていた。魔王にとって脅威だと。
魔王のいる場所は分からない。
だが、数の暴力で出会う敵全てを倒す勢いで駆けていけば自ずと対峙することだろう。
隣を走るメリーを見ながら俺は絶対に死なない……死ねないと誓いながらいつからか腰に下がっていた木の剣を掲げる。
「うおぉぉぉぉぉ!」
こうして始まった995の戦士達の快進撃は僅か数時間後、魔王……の配下である四天王……の直属の部下……が操る魔物に出会い全滅。全員辛うじて生き残ったようだが散り散りなり世界中へと逃げていったのであった。