捌け、異次元のニワトリを
なあ、イジボウって知ってるか?
「何だって、イ=ジボウ?」
何だそれ、区切る場所おかしくねえ?
「まあ、某国の人名みたいだな、とは思ったけど」
その区切り方ならそうなるわな、という感じだな。
「え、今のはこっちが悪いのか? お前がいきなり変なこと言いだしたからだろ?」
いやいや、知らんがな。
「知らんがなて。お前が言いだしたのに」
まあ、いいか。
「いいんかい」
でさ、イジボウって知ってる?
「いやお前、阿呆ですか?」
なっ……お前に阿呆と言われる日が来るとは。
「いやだって、ついさっきあんな区切り方をした時点で察しって感じじゃね?」
うん、知ってた。お前がもし知ってるなら、イジボウが人名には化けないわな。
「だろ? イ=ジボウなんて男、知ってるかって言われても知らんがなで終わりだしな」
ハハハハハハハハハ! 確かにな!
「いきなり大声出すな。耳が痛え」
おう、すまねえ。で、イジボウについては?
「んーと……異次元のボウガン、みたいな?」
……はあ?
「だから、異次元のボウガン。撃ってしまえば何でも貫く、最強のボウガン、みたいな」
バシュッ! ってか。
「おう、そんな感じだ」
お前から新しい異次元について聞かされるとは思わなかったぜ。
「んー……自分で言ってて思ったけど、異次元のボウガンって何に使うんだ?」
まあ、例えば道を塞いでる大木にむけてぶっ放して大木を消滅させたり。
「いや、なかなかそんな状況に遭遇しなくない?」
空から布団が舞い降りてきた時に、視界が塞がれるのを防ぐために布団に向けてぶっ放したり。
「それは、布団が弾けて羽毛が空を舞って、結局視界が埋まるパターンでは?」
大地を覆い尽くさんばかりの数多の銅像に向けてぶっ放したり。
「それってボウガンで壊せるの!? ねえ、大丈夫なの!?」
まあともかく、目の前に現れた邪魔なブツにむけてぶっ放すという使い方がオススメでありますな。
「お前が挙げた例えは全て意味分からなかったけどね!」
ハハハハハハハハハ! 違いないな!
「いやお前が言ったんじゃねえか」
……って、違えよ!
「うおっ、ビックリしたあ……」
何だお前! 何だお前!
「お、おおう、うるせえ……」
何だお前!
「お前お前って、連呼し過ぎじゃない? どした?」
何だお前、異次元のボウガンって何だよ!
「え、イジボウの話じゃなかった?」
イジボウは異次元のボウガンじゃないんじゃ!
「お、おう……じゃあ、何なんだよ」
イジボウとは、異次元の包丁のことじゃ!
「お、おう、そうか」
異次元の包丁のことじゃ!
「もう聞いたわ。え、ていうかどこから出てきたその略称は」
え、何が?
「異次元の包丁を略すんだったら、イジホウじゃない?」
いやいや、阿呆かお前。
「え、何故急に責められたんだ?」
イジホウじゃ、言いにくいだろうが。
「えっ!?」
言ってみ、イジホウ。
「イジホウイジホウイジホウイジホウイジホウイジホウ……言えるぞ」
……俺は言えねえんだよ! だから、ホの部分に濁点をつけてイジボウにしたんだ!
「はい。分かりました」
で、何故イジボウの話をしたかといえばだな……。
「おう」
異次元のニワトリっているじゃん?
「皆さんご存じ異次元のニワトリみたいに言うな」
え、だってお前は知ってるだろ?
「知ってるけど知らねえわ」
それどういう状況だ?
「異次元のニワトリって、そんなにメジャーな生物なん?」
えっ!? メジャーじゃないのっ!?
「メジャーじゃねえよ! 何ならお前の親父に訊いてみろ!」
俺の一家は皆普通に知ってるけどな。ていうか、皆知ってるはずなんだから、お前こそ親父に訊いてみな。
「嫌だよ! 絶対変な顔される!」
まあ、知らないっていうなら説明してやるが、異次元のニワトリは、異次元のタマゴ――通称イジタマをひたすらに産み続ける、ひたすらに尊い、とさかが虹色と金色が混ざり合ったような色をしてる鶏だ!
「えっ、とさかが虹色と金色……?」
まあまあ、そんな細かいところに拘るなって。
「そのとさかの色って無視していい細かいところなのかな……?」
まあ、気にすんなって。それはともかく。
「お、おう。で、異次元の包丁がどうしたん?」
イジトリを捌くのに必要なんだよ、その包丁が!
「はあ?」
だって、イジトリだぜ? 異次元のニワトリなんだぜ?
「おう、それがどうした」
異次元のニワトリが、そんじょそこらの普通の包丁で捌けるわけがねえだろうが!
「え、いや、あの、異次元のニワトリって鶏の一種……なんだよな?」
でも異次元だぜ!?
「お、おう……?」
駅前のフライドチキン屋さんがイジトリを使って超絶旨いフライドチキンを作ろうとしたらだな……。
「まずフライドチキン作るのにイジトリ使おうって発想が俺的には驚きだよ!」
フライドチキンを作るために肉を切ろうとしたらだな……。
「お、おう、したら……?」
包丁の方が弾き飛ばされちまったんだ!
「は、弾き……?」
すごいだろ、イジトリは普通の包丁くらいなら弾き飛ばしちまうんだぜ!
「そこで何故お前が胸を張ってんのかは謎だな」
だから、イジトリを料理に使おうとしたら、異次元のものが切れる包丁、略して異次元の包丁、略してイジボウが必要なんだぜっ!
「そうか、よかったな」
いいもんかっ!
「びっくりするわ、デカい声出すな」
異次元の包丁はな、作ってるやつが世界に一人しかいないんだぞ!
「まず作ってるやつがいることに驚きを禁じ得ないな」
いるに決まってんじゃん。需要あるんだから。
「需要あるのか」
当たり前だろ。イジトリを調理して食いたいってやつは世界にごまんといるんだから。
「そんなやつが世界にいっぱいいるのか。知らなかったぜ」
ふっ……君ねえ、無知は罪だぜ。
「シンプルにうざいな。で、異次元の包丁の職人がどうした?」
いやだから、イジトリを捌こうと思ったら、そいつに注文を出さなきゃいけない。
「まあ、作ってるのが一人しかいないなら、そうするしかないわな」
まず、その料金が高い!
「いくら位するんだ」
注文一回につき、三億円。
「……ぼったくりにもほどがあるなオイ!」
昔々、一回で三十本とか阿呆みたいな注文の仕方をしたやつがいたそうな。
「……え、何だそれ」
で、面倒だなあと思った職人さんは、注文一回当たりの金額をべらぼうに高くしたんだと。
「それは普通、注文一回につき五つまでみたいな数量制限を設けるやつでは?」
まあ、イジボウなんて作ってるやつだからな。あの方の考えてることを平凡なやつらが理解しようとするなんて、おこがましいぜ。
「お、おう……」
まあ、よしんば金を三億円集めたとしてもだ。
「集めるんかい」
だって、イジトリ捌きたいじゃん!
「イジトリ捌くの!?」
捌く!
「……そうか」
で、金を集めたとしても問題があるんだ。
「ちなみにどんな?」
あの方はな、工房を直接訪ねるか、もしくは紹介でしか注文を受けてくれないんだ。そして、知り合いにイジボウ工房の顧客はいない。
「それは、つまり……?」
つまり、俺たちはイジボウ工房を直接訪ねなければならないんだ!
「俺たちってなんだ俺たちって。俺は行かねえぞ」
なっ……お前、付いてきてくれないなんて薄情だな。
「なぜそこまで言われなければならないんだっ!」
言うわ! イジボウ工房はなあ、遥かなる山の上にあるんだよ!
「何だそれ。どこの山だよ」
詳しくは知らないが、とにかく遥かなる山の上にあるんだよ。詳しくは知らないけど。
「知らねえのかよ! お前、それでどうやってその工房に行くつもりだ!」
分からん。だが、きっとどうにかなるはずだよ。世界はとっても広いんだし、いざとなったらイジユデ同好会の同志にでも頼るさ。フッ。
「イジユデ同好会……異次元のユデタマゴ同好会か。そこの連中は、その工房の場所を知ってるのか?」
知らんけど。
「……お前、どこまでも行き当たりばったりなんだな」
フッ、好きに言ってろ。俺はそれでも、イジボウ工房へ向かうぜ。
「ちなみに訊くが、お前は何故その工房に行きたいんだ?」
ハハハハハハハハハ! 馬鹿だなお前は!
「うっ……耳がキーンとするわ。もうちょい声のボリューム下げろ」
いや、だってさ、言ったじゃんか。イジトリを捌くための包丁がイジボウなんだぞ?
「お、おう」
だったら、イジボウを欲しがる理由なんて、イジトリを捌くために決まってんだろ!
「いやだから、お前は何でイジトリを捌きたいんだよ」
フッ……愚問だな、君。
「もったいぶんなって」
イジトリっているだろ?
「今までずっと話してたな」
イジトリは、イジタマを産むだろ?
「さっき言ってたな」
イジタマとイジトリで、異次元の親子丼を作って、俺は和食の世界を制するんだ!
「……そっか。まあ、頑張れよ」
そのために、まずは三億円を集めないとな!
「道のりは遠いな、頑張れ」
でも俺は、イジトリを捌くために頑張るぜっ!
「まあ、頑張れな、本当に」
ちなみに、イジボウは四十五歳未満は使用禁止らしいから、手に入ってもしばらくは使えないけどな。
「……ん、何だって?」
まあ、そんな細かいことは気にせずに工房へ行くぞ。今すぐ行くぞ。
「……ん、オイ、お前本当に大丈夫? 大丈夫なん? オイ!」
2017年度千葉大学文藝部部誌『薫風』所収




