走れ、電車に間に合わない!
なあ、異次元のタマゴって知ってるか?
「……(スヤア)」
異次元のタマゴ……略してイジタマ。
「……(スヤスヤ)」
……。
「……(スヤアスヤア)」
いつまでも寝てんじゃねえよ!
「どわっ!?」
全くお前、いつまで寝てるんだよ……。
「うー、頭がガンガンするぜ……声デカいわお前」
お前がいつまでも寝てっからだろうが!
「いやだからそれ止めろってマジで」
……うむ分かった、ボリュームを少し落としてやろう。
「で、どうしたん……どふぁっ!?」
いやいや、続けて驚き過ぎだろ。何だよ。
「やべぇ、電車に間に合わない!」
はあ?
「あと十五分で電車が出発してしまう!」
おいおい、マジかよ。図書館なんかで寝てるからだぞ。
「……え、ここ図書館なの?」
何言ってるんだ、お前がここに勉強したいって言って来たんじゃないか。
「いや、だってお前、さっき……あんな大声……」
うるさいな。いいんだよ、たかが大学生の小説なんだから。
「え、ちょ、おま、何言って……」
大学生の小説の中ならなあ、急に知らないオッサンが女の人の腕掴んでも捕まらねえし、急に見たことある黄色いクマさんみたいな人がはちみつをせびりに来るし、挙句の果てには世界を舞台にしたチェスが始まったりするんだぞ!
「お前、大学生の小説に何か恨みでもあんのか……?」
図書館で大声で叫ぶくらい、どうってことねえよ。
「おうおう、分かったから。一応視線が痛いから外出ようぜ、な?」
大体、お前も電車に間に合わねえとか叫んでたくせに……。
「あーはいはい、分かったから……って、ああっ!」
おう、今度はどうした。
「もたもたしてたせいで、あと十三分で電車が出発してしまう!」
えっと、ここから駅までは二四〇〇メートルだから、ざっと八分走れば電車にちょうど間に合うな。
「……え、お前キャラ変わり過ぎじゃね?」
あのなあ、だから大学生の小説の中ならなんだってオーケーだって――。
「ああ、はいはい分かった分かりましたよ」
ところで、早くいかねえと電車に間に合わねえぞ。
「おう、そうだったそうだった。確か、八分走ればいいんだったか?」
おう、それでちょうど駅に着くぜ。
「おう、サンキューな! じゃ、ダッシュだ!」
八分後。
「はあ、はあ、はあ……やばいな」
ん、何がだ?
「お前が『八分後』と言うだけで、八分経ったことになるし、俺はその間ずっと走り続けたことになってるから、何か息が上がってるし」
だろ? これが大学生の小説の良さだよな。
「それでさ」
おう?
「お前が一番最初に言ってたやつ、あれ、何だ?」
おう、異次元のタマゴだ!
「それ、何?」
お前、急に余裕出てきたな。
「まあな。あとは五分間歩くだけだし」
それもそうか。で、知ってるか、異次元のタマゴ。
「いや、知らねえな。何だそれ」
前に、異次元のユデタマゴ……略してイジユデの話をしただろう?
「されてねえよ」
なん……だと……?
「冗談だ。されたされた、異次元のユデタマゴの話。何が異次元だったのかはよく分からなかったけどよ」
おう、そうか! だが、何が異次元か分からないってのは、どういうことだ?
「何か、ただただひたすら旨すぎるユデタマゴ、っていう話だった気がするんだけど」
おう、確かにそんなこと言ったな。
「それは、ただ上手に作られたゆで卵ってだけじゃねえか?」
……。
「それって、別に異次元のユデタマゴとかいう大層な名前を付ける必要はなかったのでは……?」
……。
「なあ、やっぱりそうなんじ――」
まあ、それはおいといて。
「おいとかれた!」
異次元のタマゴ、略してイジタマってのはな……。
「おい、やっぱり大層な名前なんていらな――」
うるさいな、しつこいやつは嫌われるって前に言ったはずだぜ?
「いや、でも……」
嫌われるって言っても、作者のジャックパンダさんにだぜ? お前、次から出番減らされるぜ? いいのか、それでも。
「すみませんでしたあっ!」
おう、あいつ、許してくれるってさ。
「……お前、作者と友達感覚かよ」
それでな、イジタマってのはな……。
「お、おう……」
タマゴの中でも、次元が違う旨さなんだ!
「聞いたことあるやつ! イジユデの時にも聞いたやつだ、それ!」
うるさいなあ。仕方ないだろ、だってそうなんだから。
「お、お前なあ……その展開は、何度も続けてると飽きられるぜ?」
うぐっ。
「作者に」
ぐわっ! すみませんでしたあっ!
「で、異次元のタマゴってどうやって作るんだ?」
何だお前、ノリノリだな。さっきまでのイジタマを馬鹿にした態度はどこへやら、だな。
「別にそんなに馬鹿にはしてないけど……イジユデの時も作り方とか喋ってたなと思って」
そうだったっけか。
「おう」
お前、馬鹿だなあ。
「……えっ!? 何故突然馬鹿呼ばわりに」
異次元のタマゴなんだから、異次元のニワトリが産むに決まってんじゃん。
「新しい異次元キター! じゃねえよ」
おう?
「お前、イジユデ、イジタマと来て、今度はイジトリかよ。どこまで異次元なやつがでてくるんだ」
異次元のニワトリを勝手に略すな! 異次元のニワトリは異次元のニワトリだろうが!
「お、おう……なんかすまんな……」
ひたすらにイジタマを産み続ける光景はまさに圧巻だぞ。
「いや、知らないけどな」
にしても、お前って本当に馬鹿だよなあ。
「……え、またっすか。今度は何すか」
だって、異次元のタマゴってどうやって作るのとか言ってたけどさあ。
「おう」
イジユデは、ユデタマゴなの。あれは、調理後の姿。つまり、その能力があれば誰でも作れるってわけよ。
「よく分からんが続きをどうぞ」
イジタマは、元のタマゴの状態で既に異次元なの。つまり、作るとかどうとかいう問題じゃないわけ。分かる? つまり、ニワトリが産んだその瞬間から異次元でないと、イジタマってのは生まれないの。オーケー?
「よく分からんがオーケー」
あ、そうそう、この店で売ってるケーキって、イジタマ使ってるって噂だぜ。
「……えっ!?」
世間的には、パティシエの腕がすごいって噂になってるんだけどな。俺らイジユデ同好会の会員の間じゃ、この店のケーキからはイジタマの味がするって持ち切りさ。
「ま、マジかよ……!」
だがしかし、この店には一つ、致命的な欠点があってな……。
「おう?」
落雁がないんだよ……! 何でだよ、置いとけよ、落雁をよ……!
「いやお前、この店ガッツリケーキ屋じゃねえか。ケーキ屋に何望んでんだよ」
阿呆か! 日本人ならまず洋菓子じゃなくて落雁だろ!
「何そのこだわり。ちょっとその価値観よく分かんない」
ところで、駅着いたぞ。
「お、おう。サンキュ……あれ?」
ん、どうした?
「俺の見間違えか? 今、電車が出たのが見えたんだが……」
お、おかしいな……確かに、八分走って五分歩けば十三分で電車の出発ちょうどに駅に着く計算だったんだが……。
「……あ、そりゃ間に合わないわ」
何で?
「だって、お前がいろいろ話しかけてきたせいで、俺の歩調は乱れまくりだったからな」
あ、すまねえ。
「……いや、別にいい。それより、重大な問題が一つある」
ん、何だ?
「この会話のタイトルをよく見ろ」
お? おう……見たぜ。
「この会話のメインは、果たして電車だっただろうか」
ん、いや、イジタマの話だったような気もするな。
「いいのか、この体たらくは」
まあ、いいんじゃないか?
「何故そう思う」
だって、これは大学生の小説の一つなんだからな。
「果たして、そもそも小説と呼べるのか?」
そこを気にしたら負けだぜ、旦那。何せ、大学生なんだからな。
「そっかあ、じゃあ仕方ないかねえ……」
ところで、バミトントンって知ってるか?
「え、まだ続くの?」
2017年度千葉大学文藝部部誌『大正桜』所収




