進め、イジユデを得るために
なあ、週5で止まる総○線って知ってるか?
「……」
週5で止まる総○線……略して――。
「……」
む?
「……」
あれ、スルーですか? もしもおし?
「……」
もしもおし? あれ、聞こえてないのかな……そうか、なら仕方がない、かくなる上は、この俺の炎の拳をもってこいつの目を覚まさせてやらねばなるまい……いくぞ、せーのっ!
「阿呆かっ!」
……! 何だ、聞こえてんじゃん。
「当たり前だ! 俺の視界にドアップで現れながら大声で喋りやがって! そんなに大声じゃなくても聞こえるっつーの!」
いや、だって、お前が俺の話を無視するからだな……。
「いや、阿呆かお前」
何で?
「何でって……こっちこそ、何で好き好んでお前とお喋りなんぞしなきゃならんのさ」
うわ、ひっでーな、お前、最低だわ。
「いやいや……ついこの間、俺に『異次元のユデタマゴ』とかいう史上最高にどうでもいい話を延々としてきたのはどこのどいつだ?」
ふむ、異次元のユデタマゴ……略してジゲユデの話をしたのは俺だな。
「すまん、俺が悪かったから……ジゲユデは勘弁してくれ……」
何なんだお前、お前が、略した時の名前がイジユデなのは嫌だと言うから、わざわざジゲユデにしてやったのに。
「すまん、本当にジゲユデだけは……せめてイジユデで頼むわ」
まあ、いいだろう。で、確かにイジユデの話をしたのは俺だな。
「うわ、あっさり自分だと認めやがったな……」
で、それがどうしたんだ?
「どうしたもこうしたもないわ! あんな無駄な時間はもう二度と御免なんだよ!」
ふむふむ、それで?
「話しかけた時の言葉があの時と全く同じ語り口だったからな、無駄な話はたまったもんじゃないと思って無視することにしたんだよ」
ふむふむ、なるほどな……。
「お、分かってくれたか?」
ああ、痛いほどにな……。
「ほう、痛いほどに分かってくれたか、そうか……ならとっとと失せ――」
で、週5で止まる総○線って知ってるか?
「……まさかコイツ、全然分かってねえ?」
いやいや、お前の言いたいことは痛いほどに分かったさ、さっきも言ったじゃないか。
「分かったなら、何故同じ問いを何も無かったようにサラッと言いやがった……?」
いや、お前が言いたかったのは、イジユデの話ってこの上なく無駄な話だったなあって、そういうことだろ?
「おう、そうだよ、だから――」
実際、俺もそう思ってる。
「自覚あったのかよっ!」
いやはや、死んだ時に転生で得られる能力の話なんて、不毛だなあとずっと思ってたんだよ。
「思ってたんなら何故わざわざ俺に語った?」
え? ……ノリ、みたいな?
「みたいな? じゃねえよ!」
まあ、それはともかくとして。
「俺的には、それはともかくで片付けられる話じゃないんだが……」
いいじゃんいいじゃん、片付けちゃえ。で、だ。
「お、おう?」
今回は、イジユデの話じゃなくて週5で止まる総○線の話なんだ。
「……つまり、何が言いたい?」
イジユデの話が無駄だったからって、週5で止まる総○線の話が無駄だとは限らないだろう?
「……あれ? 何か理に適ってるような気が……しないな。俺が言ってるのはそういう問題じゃ――」
で、週5で止まる総○線って知ってるか?
「……うん、もういいや、何だか」
知ってる? ねえ、知ってる?
「うわ、何かうざい……いや、知らないけど」
週5で止まる総○線……略してシゴトソ。
「お前、毎度毎度変な略し方するよな」
だって、口が疲れるからな。
「やっぱりその理由だった!」
いいじゃんいいじゃん、誰も口が疲れるから略すって理由は禁止してないぜ?
「その言葉もどっかで聞いた気がするぞオイ……」
で、シゴトソって知ってる?
「なあ、そのシゴトソっての、すげえ分かりにくくないか?」
お前はまた、俺の略し方に難癖をつけるのか? 面倒な奴め。
「面倒とか言うな! 週5で止まる総○線のどこをどう取ったらシゴトソになるんだ! というかそもそも週5で止まる総○線ってのも何だよ!」
ブフっ……!
「……む?」
ワッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!
「笑い過ぎだ! そして何故笑う!」
だってお前、こうもお前が馬鹿だとは思わなくて……。
「な、何だと……?」
だって、総○線って何だよ! とか馬鹿の極みだろ、そんなの普通に分かれよ……!
「違う! 俺は週5で止まる総○線って何だって言っただけで、総○線って何だとは言ってな――」
総○線ってのはな、千葉と東京を結ぶ鉄道路線でな……。
「総○線についての解説すんな! 俺だってそのくらいは知って――」
各駅停車と快速が走ってて、特に俺が言ってんのは、黄色い帯を巻いてる各駅停車の方なんだぜっ!
「だーかーら、そのくらい知っとるわ! そしてどや顔ヤメロ」
んで、その総○線では人身事故が多発しててな……。
「そんなもん常識だ!」
更には毎日の通勤ラッシュの混雑でも遅延が発生する始末でな……。
「ああ、色々な理由で毎日のように遅延してるな」
それっ!
「ビシッと指さすんじゃない。で、何だよ」
総○線の黄色い方がほぼ毎日のように遅延するってンで、一部の大学生がつけたニックネームが……シゴトソってわけだ。
「……いやいや、シゴトソって……それはパッと聞いても何の話か分かり辛いからやめた方がいいって言ったじゃ――」
実はな、一部では、その車体に巻いた帯の色が黄色であることから、その黄色がイジユデに見えた人々が、イジユデをゲットするためにホームから飛び降りている……とも言われているんだよ。
「……えっ?」
いやはや、俺もイジユデを作る能力が欲し――む?
「……」
……何だ、そんな驚いたような顔をして。
「驚いたような、じゃなくて実際驚いてんだよ」
何で?
「え、いや、だって……総○線の人身事故の原因がイジユデ、ってこと?」
おう?
「い、いや、ちょっと待て……何か頭が混乱して……」
いや、この間にも言ったけど。
「おう?」
イジユデってのは、死んだ時に一定の条件を満たしていた時、転生の時に持つことができる能力として、イジユデを作る能力があって、それでやっと作れるんだぜ?
「お、おう、つまり?」
つまり、この世に絶望した人たちが、総○線の黄色い帯を見ていると、そのせいで無性にイジユデが食べたくなって、イジユデを作る能力が欲しくなって、その為には一度死ななきゃいけなくて……ってことらしいぜ。
「……な、何てこった……! お前の話はずべて繋がっていたのか……!」
おうとも。言ったろ、週5で止まる総○線の話は無駄とは限らないって。
「す、済まねえな、俺、お前のことタダの馬鹿だとばかり思ってたよ……」
フフフ。崇めてもいいぜ。
「流石に崇めはしないけどな」
うわお前、ナチュラルにサラッと言いやがったな。ここは迷えよ。
「いいだろ、この間のイジユデの件もあるし、おあいこだろ」
まあ、それもそうかもな。
「おう!」
……ちなみに、さっきの話は全部嘘だけどな。
「……む」
全部、今、即興で作った設定だ。
「……うん、何か、知ってた気がする」
人身事故の理由なんて、人それぞれに決まってんだろ。
「うわ、こいつにまともなこと言われるとすげえ腹立つな……!」
千葉大学文藝部第三十二回さらし文学賞投稿作品