返せ、異次元のユデタマゴ
なあ、異次元のユデタマゴって知ってるか?
「いや知らないな。なんだそれは?」
異次元のユデタマゴ……略してイジユデ。
「え、略しちゃうの? それ略す意味あるの?」
いやだって……毎回毎回、異次元のユデタマゴ、異次元のユデタマゴと言っていたら、俺の口が疲れてしまうじゃないか。
「お前が疲れるからなのかよっ! 恐ろしくプライベートな理由だな、おい」
いやいやいや、いいじゃないか。だって、プライベートな理由は駄目って言われた覚えはないぞ? 言われてないなら、問題ないだろう?
「まあ、確かに問題はないのかもしれないが……普通やらなくないか、プライベートな理由で略称決めるって」
むう……あれやこれやと文句が多い奴だな。分かった、お前の意見も聞いてやる。
「お、俺の意見……?」
おう。次の三つの内、お前が一番気に入ったものを異次元のユデタマゴの略称としよう。ほれ、選べ。一、イジユデ。二、イジユデ。三、イジユデ。
「全部イジユデじゃねーか! 他にねえのか、他に!」
何だお前、イジユデ嫌か? いいじゃないかイジユデ。俺は悪くないと思うぞ、イジユデ。
「やだよ!」
何で?
「だって、イジユデって……何か、語呂がゲジゲジみたいでもぞもぞする」
……。
「おい。何で喋らねえんだ」
いや、だって……ゲジゲジって……「ジ」しか合ってないぞ? お前、さては馬鹿だろ?
「違う! というか、字面の話じゃない!」
じゃあ何の話なんだ?
「語呂だっつったろ! 要は……そう、発音の問題さ」
発音ん?
「そうだよ、試しに十回言ってみろ! そうすりゃ、お前だって似てるって気付く!」
そうかあ? 何かとても信じられない……。
「いいから、言ってみろって」
お、おう。ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ、ゲジゲジ、イジユデ。いや、混ざらんぞ?
「お前……たっぷり百文字使ってゲジゲジ、イジユデ、と連呼するやつがあるか。ちょっとゲシュタルト崩壊起こりそうになったわ」
いやいや、やれって言っておいてお前……それはないわ。
「いやまあ、確かに言ったけど……お前には無駄だと分かって俺はなんてことをやってしまったんだと絶賛後悔中だ」
誰かがお前が後悔してるのを絶賛してるのか? 誰だ、そんな物好きは。
「いや、違う! いや、もういいや、で、何だっけ?」
うむ?
「いや、だから。本題。何の話だったっけ」
ああ、イジユデについての話だな。
「……あのさ、せめて今だけ、そのイジユデっての止めてくれねえ?」
む?
「何か、本当にゲジゲジの仲間みたいなイメージ持っちゃって」
むう……勝手な奴め。分かった。
「おお、ありがとう、心の友よ」
随分と大袈裟な奴だな……それでは、異次元のユデタマゴ、略してジゲユデ、というのはどうだ?
「嘘だろ! 語呂ほとんど変わってねえよ! というか、イジユデよりもゲジゲジに近付いてるわ! 字面的に!」
何なんだお前……イジユデは嫌だと言ったり、ジゲユデも嫌だと言ってみたり……お前、友達少ないだろ?
「……」
おい、何故黙る。……ん。まさか、図星か? お前、本当に友達いないの?
「……うるせえよ」
ワッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!
「笑い過ぎだ!」
いや、すまんすまん。確かに、考えてみれば、これほど我儘な奴には、俺が付き合ってやるのが妥当か、と思ってなあ!
「……うるせえうるせえ」
ふう……ふう……さて、本題だが。
「ああ、えっと……その……ゲジユデ、だったか?」
違う。ジゲユデ、だ。
「……で、そのジゲユデが、何だって?」
もう略すの面倒だから、普通に異次元のユデタマゴでいいや。
「……てめぇ!」
いやいや、そう怒るなって。さて、本題行くぞ。
「お、おう……?」
異次元のユデタマゴとはな……ユデタマゴの中でも、レベルが違う旨さなんだ!
「……?」
……?
「……え、それだけ?」
……え、不満か?
「阿呆か! それくらいなら字面から想像できるわ!」
……え、マジで?
「普通だ! お前俺を馬鹿にしてんのか!」
イジユデからでも、ユデタマゴの中でレベルが違うくらいに美味いやつって想像できる?
「それは無理だ!」
なら……
「ジゲユデでも想像は無理だからな」
なん……だと……?
「おう、どうしたお前」
いや、よく俺が言いたい事が分かったな、と思っただけだ。
「……お前、やっぱり俺を馬鹿にしてんだろ」
いやいや、そんなことはない。あ、で、それの作り方なんだが……。
「え、お前、異次元のユデタマゴの作り方知ってんの?」
いや、普通知ってるだろ。むしろ、それ知らないのにお前に向かって、なあなあ、知ってるか? とか言わねえよ。普通だろ。
「うわあ……何かこいつにまともっぽいこと言われるとすげえ腹が立つ……」
……何か?
「いえ何でも」
で、作り方……何だが……。
「ゴク……ッ」
どうも、死んだ時に一定の条件を満たしていると、とある女神の下に転送されるらしくてな?
「……うん?」
で、その時に、転生する時に持つことができる能力として、「異次元のユデタマゴ」を作る能力があるそうなんだ……! それを会得すると、生卵を両掌で十五秒間包み込めば、異次元のユデタマゴに変化しているらしいぞ……!
「死んで……転生で……持っていく? あれ? 何かそんな話、どっかで聞いた覚えが……」
勘違いだ。
「え?」
勘違いだ。そんな話ある訳がない。
「え? でも……」
考えてもみろ。転生の時に貰える能力が異次元のユデタマゴを作る能力って……正直どうよ?
「お前がそれを言うか……まあ、確かにあんまり要らねえなって思うけど」
どんな物好きだよ、って思うだろ?
「うん、確かに」
ところがな、居たんだよ……その物好きが。
「え?」
しかも、今、お前の目の前に。
「え?」
つまり、俺だ。
「わーお……」
ただ、死にたくはないからなあ……。
「まあ、そりゃあそうだわな……」
どうしようかな。
「それはお前、どうしようもないんじゃ……」
……。
「……」
……。
「……ん?」
……ん、どうした?
「……いや、えっと……続きは?」
……続き? そんなもん無いが?
「……は? ……マジで?」
……マジで。俺このどうしようもないよねえって状況を愚痴りに来ただけだから。
「……て……」
て?
「てめえ……」
おう、なんだ?
「てめえ、今、俺が失った時間を返せよ!」
そいつは無理だな、それは異次元のユデタマゴにいってくれ。
「くそっ! 返せよー!」
2016年度千葉大学文藝部部誌『白秋』所収