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九 希望

 家に戻ると、佐切が何も言わずに飛びついてきた。

「仕事が片付いた。これから出るのでは、すぐに夜になってしまう。明日早朝、ここを出よう」

「はい」


 大した荷物もないから、出立する準備はすぐにできてしまう。今日あった出来事を、佐切に語っていると、ふと権六の行動に思い当たる。

「権六は勘定方だったから、ひょっとしたらこの藩が危機的状況ということを知っていたのではないか。郡代が早く家老にならなければ、藩は手遅れになってしまう。この上意討で自分が返り討ちになることで、それを早めるしかないと思っただろうか」

「さあ、そのことは私には何も。でも真面目な兄上が考えそうなことです」

「俺でも、良かったのにな」

「え」

「逆で、良かったろう。刺客なんて、無役の俺の方がよっぽどお似合いじゃないか」

「四郎様は、私の気持ちを無視したかったといことですか」

「なんでそうなるのか・・・」


 そこまで言って、権六の最期の言葉を思い出す。「鈴蘭」つまり、佐切がいたから。逆ってわけにはいかんだろ、佐切を頼んだぞ、と言っている権六が、まぶたの裏に浮かんでは、消えた。

 全く、兄妹そろって強情な。

 とは言え、奴の凄まじい剣、技を思い出すに、彼我の差はほんの一髪。俺が死ぬ結末も十分あり得た。権六に関しては、俺の思い過ごしかもな。


 表に我が家を訪なう声がする。室戸家の用人じゃないか。まさかまた護衛しろというんじゃなかろうな。もうその任は解いてもらった、はず。俺が引き戸を開けると、何も言わず、油紙に包まれた書類を俺に手渡し、にやりと笑って、すぐに去っていった。何だいったい。

 油紙を広げてみると、佐切と俺の、二人分の通行手形が入っていた。全く、行き届いているこった。



 翌朝、俺たちは生まれて初めて藩を出る。城谷も佐渡賀谷もなくなって、四郎と佐切は手を取り合って生きる。手形もあるから、江戸まではたどり着けるだろうが、その先はどうだろうか。

 権六が身命をなげうってつないだ藩の命脈は、郡代が何とかしてくれると信じるしかない。同じく、俺と佐切も、命ある限り生きる。出立する俺たちの背中を、朝焼けが押す。かすかな希望があると信じて、明日への一歩を踏み出した。





 忍源之丞と名乗っていた男が、その様子を遠くから無表情で見ている。

「あんまり、うまくいかなんだな。原因は、やはり手を下し過ぎたのじゃろうかえ。我が主さまに怒られてしまうのう」

 言っていることは反省のようだが、何も浮かんでいない、血色のない真っ白な表情と全く合っていない。もしこれを見た人間がいれば、異常者か物の怪と思っただろう。

 暫く四郎と佐切の背中を見ていたその影が、跡形もなく消えた。




(了)


今回は時代小説に挑戦してみました!

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