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五 護衛(一)

 今日は番頭ばんがしらの邸宅からの護衛である。護衛についてから三回目の呼び出しだ。護衛の用がある日は、室戸家の用人か、その使いが来て、屋敷まで行くことになっていた。

 番頭の屋敷から室戸の屋敷までは、さほどの距離はないが、上士屋敷が並ぶ辺りは、壁が長くて人通りが少ない。場所によっては襲撃の危険はあろう。


 番頭の屋敷の控え所で他の供侍と待っていると、用人が呼びに来る。今日は早かったな。たぶん、番頭は室戸派なのだろうな、などと思っていると、駕籠かごの準備ができたとのことだ。門を出て、外の安全を確認する。郡代が駕籠に乗り、供侍が前後につく。用人が駕籠の左、俺が右後ろについて、駕籠担ぎの人足が掛け声を発し、出発した。

 しばらく掛け声だけが暗闇に溶けている。今日も何事もなく終わるだろう、と思っていると、正面から提灯を掲げた、一見して胡乱なやくざ者が向かってくる。後ろを伺うが、後ろからは来ていない。俺は素早く駕籠の前に出て、分かりやすく鯉口に手を掛けながら、声を上げる。

「郡代様の駕籠である。用がなければ道を空けてもらえないか」


 こういった輩は、高圧的過ぎても反発するし、下手に出ると付け上がる。しかし何の利もなければ避けるはずだ。


「ちょっと手元が不如意でよ。近頃羽振りが良いと噂の室戸様によ、少し無心を頼めないものかと思ってな。どうかね」

 男たちからはあからさまな敵意。しかもこの国の話し方ではない。流れ者か。それなのに室戸の名を言った。これは襲撃で間違いない。


 俺は鯉口を切って抜き放つと同時に、正面の男に近づき、鋭い気合を放ちつつ、袈裟掛けに打つ。もちろん、峰打ちだが、肩は折れたかもな。男たちは怒号を上げて、匕首や長脇差を抜き、俺に殺到してくる。しかし俺にはまだまだ余裕があった。匕首を突き出した男の腕に強く峰を叩きつけると、その男は匕首を取り落とし、腕を抑える。腕が折れただろう。

 長脇差の男二人は、飛び退って体勢を整えようとする。さすがに喧嘩慣れしている。とは言え、その動きは俺にとってみれば鈍重で、たかが流れ者の喧嘩流に過ぎない。俺は下段の構え、飛び退る左の男に向かい、無造作に近づく。右下から左上への切り上げで、長脇差を弾き飛ばす。次の瞬間には右の男に峰を返した胴薙ぎをぶち込む。返す刀で左の男にも峰で袈裟打ち。

 呼吸が何回か繰り返される間に、四人を倒した。不具にはなったかも知れんが、死にはせんだろう。


 闇の中から、五人目がゆっくりと姿を現す。着流しの浪人。歩き方を見ても、手練れだとわかる。重心が動かず、ゆったりと流れるように近づいてくる。俺よりも、だいぶ歳上だろう。刀は抜いていない。居合を遣うのか。

「荒っぽいがな、あんさん。ひひ。久しぶりに面白い獲物じゃのう。これは殺しがいがありそうだ」

 峰を返している余裕ではなさそうだ。こちらも殺すつもりでかかるしかない。


 正眼から右足を一歩引いて八双に構える。しかし刀をあまり立てず、後ろに傾け、右肩に担ぐような構えにする。居合が後の先なら、こっちは先の先、初発の速度で制しよう。相手の鋭い圧力を、身体の左側に受け止め、仕掛ける隙を伺う。浪人も足を止め、左手は鯉口に、右手はだらりと下げている。やはり居合の構えか。しかし遣うと分かっていればやりようはある。

 口ぶりに比べ、浪人の動きはひどく冷静で、漫然と仕掛けてくることはない。こちらが半足動けば、それに合わせて前後する。そろりと右に動いても、徒らに距離を縮めたりせず、合わせて回る。まだ涼しい春の夜とは言え、無言の駆け引きに、汗が噴き出してきた。道場稽古なら既に動いて何度も入れ替わっているだろう。しかし真剣の重みは、重量だけ模した木刀や竹刀とは違う。

 容易に人を殺す。そして容易に殺される。師匠の言葉が頭をめぐる。身体は獣のように研ぎ澄まされているが、頭がついていくかが不安になってきた。その時、浪人が口を開いた。

「あんさん、人を斬ったことがないな」

「うるせえ、今から斬る」


 これを合図に浪人が右手を柄に掛ける。左に足を出したのを、俺は見せかけだと看破し、刀を傾けた八双のまま無声のまま突進する。浪人はにやりと口元を曲げながら、抜き出した刀を一文字に斬りつけてくる。居合の刀が俺の身体に届く前に、勢いを乗せた八双の刀が浪人を袈裟斬りにした。浪人の身体の肉と骨を断ち斬った感触が手に残る。止めが必要かと思ったが、これは真剣勝負ではなく、護衛だった。血振りし、懐紙で刀を拭いて収める。

 腰を抜かしている人足を起こし、体勢を立て直す。供侍の一名に郡代が声を掛け、町奉行を呼ぶよう指示した後、すぐに室戸屋敷に向けて再出発した。幸い、その後は何事も起こらず、無事に屋敷に到着した。


「いや、本当に出るとはな。城谷の腕なら大丈夫と、源之丞から太鼓判があったとは言え、お主も初めての真剣であろう。さすがに少しひやひやしたぞ」

 郡代は、本当にひやひやしたとは思えない、呑気な声で言う。

「は。少しお見苦しいところをお見せしました。真剣の重み、漸く知ってございます」

「ま、首尾よく退けられて何より。怪我もないようじゃな。頼みにしているぞ。し遂げれば、わしは必ず約束を守る」


 ほっとした。まずは無事で切り抜けられたこと。郡代の信頼を失わずに済んだこと。そして、郡代はこんな時にも約束を守ると繰り返した。当初は護衛など気が進まなかったが、これこそが本当の希望ではないかと思うようになっていた。


 そこに町奉行が飛び込んできた。

「室戸様。ご無事で何よりでござる。供回りの者にもお怪我はなかったでござるか」

「大丈夫だ。城谷が撃退してくれたでな。確か流れ者のような者が五人、四人は博徒崩れか何か、うち一人は着流しの浪人で凄まじい居合を遣った」

「それなのですが・・・闘争の跡は残っていますが、一人も残されておりませんでした」

「逃げたか。しかし浪人は城谷が斬ったと見えたが」

「血は残っておりましたが、人間は跡形もなく」

「不思議じゃな」

「不思議でございます。この短時間で、大怪我をした人間を連れて逃げられるものでしょうか。辻番は気づかなかったと言っています」

「分からんな。使嗾した者が、証拠を消すために更に援護したとでも」

「そこまでは。しかしこれで終わりとは思えません。我らも見回りを増やしますが、室戸様も十分な備えをお願いいたし申す」


 やっぱり、厄介なことになった。あの浪人は確かに斬った、と思う。死に至ったかは分からないが、深手を負わせたことは間違いない。他の博徒崩れは、肩や腕を折っただけだから、動けないことはないが、町奉行所の動きよりも早く、全員が逃げおおせるというのはやはり不自然のように思えた。何か大きな力が背後にいて、闘争の跡を消し去ったのではないか。

 しかし、だからと言って逃げ出すわけにはいかない。この闘争が終わるまでは、この船から降りることはできない。いったん決意したことだ。最後まで守り切るしかない。


番頭: 平時では警護担当、戦時の際は侍大将となる武官のトップの役職

駕籠: 偉い人の乗り物。中央に乗り物があり、前後二名の人足が担ぐ

鯉口: 刀の抜き出す箇所で、簡単に抜けないような機構が付いている

無心: 悪いけど金貰えない?

袈裟掛け: 向かって右上から左下(坊主の掛ける袈裟の方向)に斬り下ろす動作

匕首:   白木の鞘で鍔のない短刀のこと

長脇差:  別名長ドス、少し長めの脇差(短刀)。匕首と合わせてやくざがよく使う武器

峰:    刀を裏返した刃のない部分のこと

不具:   腕や肩が使えない人のこと。江戸時代は骨折も治せなかったらしい

着流し:  袴を着けていない状態(浴衣みたいな)

八双:   右拳を右耳あたり、左拳を胸の前に持ってきて、刀を立てる構え

初発:   一発目

町奉行:  城下町の安全を司る役人のトップ

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