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『ラプラスは生涯でひとり、主を決め、その方のために未来を見る力を使います。私はそれをゴットフリートと定めました。ですが、彼の王としての務めに力を使いすぎたのです。穢れが私の力を弱めています』

 赤い双眸に凝視され、ランスロットは動けなかった。

『本来はいけないことなのですが……。この穢れを祓える者を探しました。見つけたのですが、彼女の未来はふたつ見えるのです。貴方と共にあれば、もしかすると彼女は生きられるのかもしれない』


 ラプラスが伸ばした幼い手を握ると、映像が流れ込んできた。見知らぬ少女とアップルパイを食べているランスロット。このアップルパイに見覚えがあった。以前、この国のおいしい菓子を集めた本に紹介されていたものだ。


『お願いします、ランスロット。彼女を見つけてください。彼女は近いうちに、愛する勇者に殺されてしまう』

 今度は違う映像が映し出される。何か言い争ううちに、彼女は男に斬り倒された。男の顔に見覚えがあった。腕は立つが素行が悪いと評されている勇者のはずだ。名前は思い出せない。ランスロットに見覚えがあるぐらいなのだから、セシルに聞けばすぐに誰か判明するだろう。


「……承知した」

 ここに来たことを王に知られてはいけないと、すぐにランスロットは自室へ戻った。石はもしものために持っていて欲しいとラプラスに言われたので、カサンドラに黙って拝借した。

 そしてセシルを呼び出し情報を繋ぎ合わせた。勇者はフレデリクとわかり、彼の故郷とアップルパイの店が同じニルバーナだった。


 謹慎しているので密かにではあるが、自由に動けた。ヒントはそこにあるとすぐにニルバーナに向かう。アップルパイの店にいたのが、ラプラスに見せられた映像の中にいたダフネだったというわけだ。


 にわかに信じがたい話だ。しかしダフネにも、ランスロットが嘘をついているとは思えなかった。

「危険なことはわかっている。巻き込んですまない」

 ランスロットに頭を下げられてダフネは困惑する。

「だが俺は、ゴットフリートを守りたい」


 蒼玉のような深い碧に、一点の曇りもなかった。ラプラスの力の翳りがゴットフリートに悪影響を及ぼしているのなら、それを取り除きたかった。

 以前の聡明なゴットフリートに戻ってほしい。ランスロットの願いはそれだけだった。

 国のためや、王のためではない。ひとりの友として。


「魔物の穢れ……。私の力を使って大丈夫でしょうか?」

 治癒能力は聖なる力と言われ、魔物のそれとは正反対だと思われる。ダフネは不安に思い、魔導師のセシルに問うてみた。セシルも腕を組んで小さく唸ってしまう。

「俺は攻撃とか防御とか、戦うための魔法一辺倒だから詳しいことは……。だけどラプラスが君の力に賭けたいと言うんじゃ、他に手はなさそうだし」


 未来が見える魔物が言うのだ。彼女とてプライドがあるだろうから、なにも見えないダフネたちの代替案など受け入れてくれないだろう。

「……隠していてすまなかった」

 ぶっきらぼうに呟き、ダフネの肩をポンと叩くランスロット。昨日の男と違い、触れられることに拒否感はなかった。




 王都の隣街、エルトロはさすがに賑やかな街だった。夜でも灯りがたくさんついている。ダフネの家の周りとは大違いだ。

 関所と目と鼻の先の場所にある宿屋を今夜は選んだ。明日はセシルと懇意の者が見張りの当番の日らしく、それを狙って入ると説明をされた。


 宿には食事のできる場所がなかったので、外で夕飯を食べることにした。店もたくさんあるからダフネは楽しくなってしまう。

 すれ違う人たちは皆、ランスロットとセシルに目を奪われている。ふたりとも背が高く容姿端麗、おまけに所作が美しいので人目を惹きやすいのだろう。


 小さな店の方がひとが少ないので落ち着いて食事ができるだろうと、人の並んでいない古びた食事処に入る。

 予想とは裏腹に、すでにできあがっている若い男と、その取り巻きらしき女性たちが騒いでいた。店を変えようと3人は引き返す。

 しかしダフネの視界の端が、騒いでいる男の後頭部に既視感を覚える。声にも聞き覚えがあった。

「フレデリク……?」


 まさかとは思いながら声を掛けてしまう。

 振り返った容貌は、雰囲気こそ違ったが、ダフネが想い続けていたフレデリクだった。

「何だ、お前?」

 ひどく刺のある声と視線だった。昨日のならず者たちを思い出してびくりとしてしまう。フレデリクはなめ回すようにダフネを頭のてっぺんから爪先まで何度も視線を動かす。


「様をつけろよ、サマを」

 遮るように、ランスロットが間に割って入った。

「ケンカ売ってんのか、テメー!」

 あまりの柄の悪さに、ダフネは小さくなって震えてしまう。ダフネの知るフレデリクはここにはいない。怯える彼女を励ますように、黒髪の騎士は肩を抱いた。その優しさに驚いてダフネはランスロットを見上げる。


 フレデリクはランスロットを睨み付けていたが、記憶のシナプスが繋がったようでニヤニヤと挑発するように薄く嗤う。

「なーんか見たことあると思ったら、噂の近衛さんじゃないですかー。あんな美人とヤッたのに、王様に叱られたらこんな田舎娘って、守備範囲広いっすねー!」

「貴様が知らぬだけで、彼女は清らかで美しい。貶められる存在ではない」

 女の前だからってカッコつけやがって、と鼻で笑いながらフレデリクはダフネを改めて見る。


「……ん?お前、どこかで」

 ランスロットに言われた通り、本当に忘れられていた。ショックで目の前が真っ暗になる。フレデリクが故郷で過ごした18年は、都会のたった3年で置き去りにされた。

 よろめいたダフネをランスロットが華麗に受け止めた。フレデリクの背後で取り巻きの女性たちがふたりの様子にときめいているのがわかったので、彼はおもしろくない。

「ダフネさん、大丈夫?」

 後ろにいたセシルも心配そうに声をかける。ダフネ、という名前はさすがに聞き覚えがあった。大嫌いな田舎で、彼にずっとつきまとっていた少女。


「お前……ケーキ屋の……!」

 都会の女性たちと比べると洗練された美しさはないが、最後にダフネを見た時よりずっと大人に、可憐になっていた。だから気がつかなかったとも言える。

 しかしすぐにフレデリクの視界からダフネは消えた。ランスロットが立ちはだかったのだ。

 噂の近衛がここまで彼女を守ろうとするのが、フレデリクの興味を煽ってしまった。


「こいつ、ずっとピーピー言いながらオレにつきまとってたんだぜ?オレのお古(・・)で近衛サマはご満足なん……」

 あまりに無礼だとランスロットが動こうとした時、何かが横をすり抜けた。そして渾身の右ストレートをフレデリクの頬に叩き込む。まともに食らった勇者は見事に後ろに吹っ飛んだ。女性たちの悲鳴が上がる。


「私はお古なんかじゃない!新品だ!」

 仁王像のように恐ろしい顔をした聖女が立っていた。怒るポイントがずれている気がして、ランスロットは可笑しくなる。

 あんなに怖がっていたはずなのに、このパンチの鋭さはどうだろう。アップルパイを作っていると腕力が鍛えられるのだろうか。

 小さく肩を震わせ堪えていたが、ダフネが振り返ったタイミングで我慢しきれず大笑いを始めた。


「ランスロット……?」

 彼がこれほど笑っているところを見るのは、付き合いの長いセシルでもあまりない。ゴットフリートが変貌してしまってからは、初めてかもしれない。

「行きましょう」

 ぷりぷりしながらダフネは店を出る。セシルは店主に謝罪をし、笑い転げるランスロットの襟首を掴んでダフネの後を追った。

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