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 ダフネの住むニルバーナの町から王都までは、歩くと2日ほどかかる。セシルが疲れきってきたのは、その道のりをランスロットのペースに合わせて寝ずに1日で来たからだそうだ。当のランスロットはけろりとしたもので、さくさく来た道を引き返している。

 復路はダフネを連れているので超人的な歩みはみせていない。むしろ彼女に合わせてくれている。紳士的だ。

 本当は馬車や飛行魔法を使えばもっと早く移動できるのだが、あまり目立たないようにするため使っていないとのことだった。


 ダフネの秘密――――それは治癒能力の持ち主であること。それも、かなり強力な。聖女とも呼ばれる。

 女性の治癒能力者(ヒーラー)は処女でなくなるとその力を失ってしまうため、ある一定の能力を越えると年齢関係なく尼寺へ入れられてしまう。そして力を失うまでずっとそこで過ごすのだ。それは5年後かもしれないし、一生かもしれない。


 フレデリクとの結婚を夢見ていたダフネにとって、これは絶対に他人に知られてはいけないことだった。両親は彼女の思いを尊重してひた隠しにしてくれていた。バレると褒賞金目当ての者に密告される可能性があるのだ。


 王都からの使者、しかも近衛だということで、ダフネと両親はかなり身構えた。

 だが彼らはこれは国王も知らない極秘事項で、ある方に頼まれてダフネの力を貸してもらいたいと言った。その方は自ら動くことはできないので王都へ連れて行きたいという。不吉な予言もその方からの預りものらしい。

 もちろん、用件が済み次第ダフネは自宅へランスロットとセシルで送り届けると言う。


 ダフネ一家を説得する間、ランスロットはセシルの隣で美味しそうにアップルパイを食べ、なくなるとぼんやりしているだけだったが、懸命に話すセシルにダフネは同情してしまった。同時にとてもいい人なのだなと好感を持った。

 この人を困らせては良心が痛むと感じ、絶対に他言しないことを条件にダフネは王都への同行を了承した。

 報酬は半額を前払いでもらった。王都までの旅費も彼らが負担してくれるとのことだ。さすが宮仕えは金払いが良い。


 ひとり数歩先を行くランスロットの背中を眺めながら、歩幅を合わせてくれているセシルに低声で話しかける。

「あの人って、いっつもあんな感じですか?」

「無口だし、ぼーっとしてるけど、剣の腕は確かだから」

 確かに強そうではある、とランスロットの凛々しい背中を見る。後ろ姿まで美しい。


 セシルも疲労困憊なので、今夜は早めに休もうと夕刻には宿を決めた。酒場も兼ねているところだったので、夕食時にはすでに酔っぱらいもいて、ダフネは辟易する。

「おねえさーん、俺たちに酌してくれよー」

 質の悪そうな若い男が絡んできた。少し離れたテーブルから仲間と思われる集団の卑下た笑いが聞こえる。こちらは食事中だと見てわからないのだろうか。許可なく肩に置かれた手は嫌悪感しかない。


「俺の連れに手を出すな」

 ランスロットが立ち上がって男の腕を掴むと捻り上げた。痛みに男は悲鳴を上げる。

 降参した男を解放すると、ランスロットは食事を再開する。食べる姿も作法も綺麗だ。さすが近衛だと感心した。


 部屋に戻ろうと3人は2階へ行く。ダフネは廊下でランスロットに手を握られた。乙女はその感触に動揺する。

「こっちで休め」

 ランスロットとセシルの部屋に来るように言われた。目を白黒させているダフネの手から、セシルは彼女の部屋の鍵をするりと奪ってしまう。


「君の部屋は俺が使わせてもらうよ」

 そう言ってさっさとダフネがひとりで休む予定だった部屋に入り、内側から鍵を掛けてしまった。

「えっ?えっ?」

 事態を飲み込めないダフネは、ランスロットに部屋に引きずり込まれた。


「何で?何であんたとふたりっきりの部屋に……!」

 閉じた扉の前でダフネは真っ赤になりながら抗議する。ランスロットはシャツの手首のボタンを外しながら寝台に腰かけた。

「心配するな。俺はお前に欲情したりしない」

 断言されるとダフネは18歳の女の子として、それはそれで複雑だ。地元ではかわいい看板娘と名が通っている。

「あのならず者たちに襲われでもしたら厄介だからな。同じ部屋なら守りやすい」




 ランスロットの懸念は的中してしまった。ふたりはそれぞれのベッドで休んでいたが、深夜になると夕飯時にあしらった男たちが部屋へ乱入してきた。

 扉を蹴破る音に驚いて飛び起きたダフネだが、すでに目覚めていたランスロットに静かにするよう合図される。

 こくこくと何度も頷き、掛け布団を抱えてベッドの端で小さくなる。


 頼りないランプしか灯りのない中、剣を構えているランスロットを見た複数の男たちは下衆な笑い声を響かせた。手には思い思いの武器がある。多勢に無勢。勝機は彼らにあると思ったのだろう。雄叫びを上げながら一斉にランスロットに襲いかかった。


 それは閃光のようだった。

 あっけなく男たちは床に倒れ込む。ランスロットがまとめて縛り上げているところにセシルもやって来た。

「遅い」

「仕方ないだろう。俺だって疲れてたんだから」

 ランスロットのあまりの強さに、ダフネは呆然と彼の端整な横顔を見つめていた。


「さて、どう落とし前をつけてもらおうか」

 眼鏡の奥で灰色の瞳がニヤリと意地悪に笑う。

「ネズミにでもしちゃう?」

 セシルの提案に男たちは恐れ戦いた。

「……そうだな。今までもこんな狼藉を働いていたのだろうし」

「それじゃあ……」

 セシルは呪文詠唱をして魔導師の杖を振る。男たちの頭の上で大きく弧を描くと優しい光の粒子がはらはらと舞った。


 眠りの魔法だったようで、男たちは瞬時に眠ってしまった。

「お前が邏卒(らそつ)に突き出しておいてくれ。俺たちでは騒ぎになる」

「あんたバカでしょ!私でも騒ぎになるわよ!」

 荒くれものたちを女の子ひとりでふん縛ったとなれば、それこそ大騒ぎだ。勇者に祭り上げられてもおかしくない。


 最近は勇者が不足するほど、魔物の動きが活発になっていた。国が不安定になると魔性が蔓延(はびこ)るのだ。

「まあまあ、ダフネさん、落ち着いて。ランスロットも眠いのはわかるけど、もうちょっと考えよう?」


 結局、宿の主人に引き渡して、邏卒を呼んでもらった。ランスロットたちのことは伏せてもらうよう多めのチップを握らせて。

 どうしてそこまで注意を払うのだろうと、ダフネは不思議に思った。

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