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――――僕たちは、ずっとずっと一緒だよ
あの日の約束は、永遠だと信じていた。
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「……は?」
アップルパイを作るために、籠いっぱいにもいだ庭の木になっていたリンゴ。山盛りの頂点がバランスを崩し、草の上に落下すると抗議の音を立てた。
「お前は愛しの勇者に殺される。それを免れるために、俺が保護すると言った」
淡々と告げられ、ダフネは呆気にとられてしまう。
背の高い黒髪の男性がダフネの元にやって来たのはつい先刻。自宅の庭で突然声をかけられた。
身なりは旅の剣士に見えるが、肩当てや胸当て、腰に提げた鞘などに金による見事な装飾が施されており、身分はかなり高いと田舎暮らしの彼女でも一目で判別できる。
容姿端麗で、蒼玉のような双眸は特に印象的だ。けれど整い過ぎていることが無表情に見えて、近寄りがたく感じる。
この国における勇者というのは、魔物を退治する者のことをいう。騎士や剣士になるには身分や金銭が必要だが、勇者は腕に覚えがあれば誰でもなれる。剣の使い手でなくとも構わない。
ダフネの幼馴染みのフレデリクは、この辺りでは名の通った剣術使いだった。都会で腕を試したいと3年前、彼が18になったときに勇者となって一旗揚げるため王都へ行ってしまった。
ダフネは3つ年下、当時まだ15歳。両親の庇護の下から離れるのは難しかった。
しかしダフネは信じていた。距離が離れても気持ちは通じていると。彼女が4歳のときにフレデリクと少々強引に交わした結婚の約束は守られるものだと。
それなのに待てど暮らせど文のひとつも寄越さない。風の噂も聞こえてこない。フレデリクの両親に尋ねても、放蕩息子の愚痴を垂れ流されるだけ。
久方ぶりにフレデリクの話を聞けたかと思ったら、言うに事欠いてダフネを殺すとは、頭の整理がつかなかった。
「意味がわからないですが……」
「こんな面白くない話を何度も聞きたいとは酔狂だな。フレデリクは王都で名うての勇者となり、お前のことは黒歴史としている。というか、微塵も覚えていない。都会の美人を取っ替え引っ替え楽しんでいる」
抑揚の少ない青年の言葉だが、ダフネは黒こげになりそうなほど怒りの炎を燃え上がらせる。
「お前がひとりでのこのこ会いに行くと、愛しの勇者は怒り狂って斬って捨てる。そういう予言をされた」
確かに彼女は、近々王都へ物見遊山に行くつもりだった。それなのにこの水を差す予言。一体誰の嫌がらせだろうか。
「ランスロット!やっと見つけた……」
ヨロヨロと走ってきた眼鏡をかけた男性は芸術的な形をした彼の背丈と変わらないサイズの杖を持っていた。左手を膝についてゼエゼエと息を切らせている。魔導師と思われた。
長さのあるプラチナブロンドの髪はいかにも手触りが良さそうだ。彼も育ちが良いのだろうと思われた。目鼻立ちも整っていて、穏和な印象を受ける。
今さらながら、この失礼な男性の名前すら聞いていなかったことにダフネは気がつく。自己紹介もせずにとんでもない予言を伝えてきたことに腹が立った。
「貴方に保護していただく謂れはありませんので!」
ぴしゃりと言い放ち、勝手口の扉を開く。落ちたリンゴを拾い忘れたと思ったが、取りに戻るとあの顔を見なければならないと思うとやる気が失せた。ばたんと勢いよくドアを閉じる。
「ランスロット……彼女に何を言ったのかな?」
ようやく呼吸の整ったセシルは姿勢を正すと、杖を掌サイズに小さくしてランスロットに問いかける。
「アレに言われたことを分かりやすく伝えただけだ」
ダフネに打ち捨てられてしまった赤い果実を、ランスロットの大きな手が拾い上げる。口許に近づけると甘酸っぱい匂いが鼻孔をくすぐった。丁寧に育てられていると、ランスロットは感心する。
「君の分かりやすくはケンカ売ってるよ!絶対!」
長年の付き合いであるセシルには聞いていたように予想できる。彼は己の持久力の無さと、ランスロットの有り余る体力を呪った。これで無駄な精神力が必要になること請け合いだ。そしてそれはセシルの負担になる。
「……ここのアップルパイは美味いらしいな」
ダフネの家はケーキ屋を営んでいる。アップルパイが絶品だと菓子ガイドにも掲載されるほどだ。
ランスロットは甘いものが大好きだった。リンゴを手に店の出入り口へ移動する。セシルも慌てて背中を追った。
いくら本に紹介される菓子を作っているといっても、ここは隣の家との距離が徒歩5分はあろうかという場所なのでそれほど込み合うことはない。店で食べられるスペースがないということもある。
代わりにアップルパイに限り通信販売を行っていた。これが良い商売となっていて、ダフネの家は困窮するということはなかった。魔法技術の発達というのはありがたい。恵みに感謝しながら両親と共にアップルパイを黙々と作り続ける。
店のドアにぶら下げているベルがカランカランと音を立てた。
「いらっしゃいま……」
近頃、接客はダフネの役割となっていた。カウンターに立つと、正面にランスロットとその連れがいる。ダフネは隠し事ができないタイプなので、露骨に嫌そうな顔になった。
当のランスロットにそれを気にした様子はない。リンゴを片手に持ったまま、ショーケースの中で整然と並んでいる様々なケーキたちに目を奪われていた。都会のそれと違ってきらびやかさはないが、洗練されていない出で立ちに妙な安心感がある。
ダフネの様子に頭を抱えたのはセシルだ。ランスロットが彼女を怒らせたのは間違いない。この怒りを鎮め、何とか王都にこの娘を連れて行かねばならない。
「先ほどは失礼しました」
セシルは深々と頭を下げる。ダフネはいきなり謝られたことにぎょっとしてしまった。
「ちょっ……!やめてください!」
ランスロットはともかく、この男性に謝られるようなことは何もない。ガラス張りの厨房の向こうにいる両親にも何事かと思われてしまうとダフネは慌てた。セシルは眉を八の字にして顔を上げたが、気を取り直して口角を上げた。
「我々は王都からやって来ました。私はセシルと申します。彼の相棒です。こちらはランスロット。近衛を務めています。あの……突然で驚かれると思いますが、ダフネさん、貴方をある方の元へお連れしたいのです」
「ある方?」
「お前なら治せるかもしれないと言っ……」
ダフネは慌ててランスロットの口に1番手近にあったケーキを突っ込む。
「ほっ……他の人には……」
心臓がばくばく音を立てる。両親しか知らない、フレデリクにも言っていないことがダフネにはあった。
「大丈夫です。私たちと、貴方を必要としている方しか知りません」
「……美味いな」
碧眼を柔らかく僅かに細める。その艶やかさに、ダフネは思わずどきりとしてしまった。