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一日目(一)

 キャンプの初日、私たちは炭を起こしバーベキューをした。いつもは庶民の食卓に並ばない程上等な肉を仕入れ、一同舌鼓を(したつづみ)打っている。


「お肉、美味しいね」


 皆が口を揃えて高級なお肉の感想を口にした。


「ママ、おいちいお肉だね」


 娘の栞那も大人と同じ感想を述べた。安い肉と高い肉の違いなどおそらく分かっていないだろう。ただ大人と同じ感想を口にしたいというおませな性格がそうさせているのだと思う。


「栞那にも違いが分かるのねー。おいちいお肉だね」


 隣で食べていた伸江ちゃんが娘と目線の高さを合わせるようにしゃがみ込み、頭をなでている。


「伸江ちゃん、お肉美味しいね」


 伸江ちゃんに頭をなでてもらっている妹が羨ましかったのか、裕斗も同じようにアピールしている。


「あらー、裕斗君もお肉の味が分かるのねー」


 そう言いながら裕斗の頭もなでてくれたのだ。


『伸江ちゃん、ありがとう』と言いたげに妻が伸江ちゃんに目配せすると『いいのよ』と言いたげな笑顔が妻に向けられた。


「あっ! 流れ星!」


 突然大きな声をあげたのはトミちゃんである。今日は八月十二日。おそらく彼女はペルセウス流星群の流れ星を見たのだろう。毎年この時期に見られる流星群であり、条件の良い時は一時間に四十個ほどの流れ星を見る事ができるのだ。


「えっ! どこ?」


 サッポロビールをこよなく愛する庄ちゃんがロング缶を持ちながら慌てて夜空を見上げた。


「庄ちゃん、遅いよ。もう消えちゃったよ」


 無理もない。流れ星は一瞬で通り過ぎてしまうものである。流れ星を見ながら三回願い事を唱えると、願いが叶う。と、私のお婆ちゃんが昔言っていた。


 しかし三回も願い事を唱えさせてくれるほど、ゆっくり流れる流星はない。もしもそんな流星があるなら私は唱えるだろう。


 ――娘に彼氏ができませんように。

 ――娘に彼氏ができませんように。

 ――娘に彼氏ができませんように。


 と。


「ねえ、パパ。またお星さまのお話してくれない?」


 言いながら、栞那が私に近寄ってきた。


 今年のゴールデンウィーク、我が家は四人でキャンプを張った。富士山の麓のキャンプ場である。私は『月は約三十日で地球の周りを一周する事』『地球は一年で太陽の周りを一周する事』『今見えている星の光は何百年も前に光った光である事』など、星に関するうんちくを語ったのだ。


 そんなうんちくに栞那は関心を持ち、小さな瞳を輝かせていた。


「よーし、栞那。今日はオリオン座のお話でもするか」


 私はそう言って娘を抱え上げる。


「うん」


★       ☆



  ☆ ☆ ☆ 



☆       ☆


「冬に見られる星座だから今は見えないんだけどね、オリオン座の真ん中に三つ並ぶ星があって、その星を四つの明るい星が囲っているんだ。あっ、厳密に言うと四つじゃなくてもっといっぱいのお星さまがあるんだけどね。で、その四つの星の左上の赤く見えるお星さまのお話だよ」


「赤いお星さま?」


「そう。赤いお星さま。でもその赤いお星さまはもうおじいちゃんなんだ。いつ死んでしまってもおかしくないくらいのおじいちゃんなんだよ」


「お星さまも死んじゃうの?」


「そうだよ。お星さまにも寿命があるんだよ。太陽さんにだって寿命はあるんだよ。でも太陽さんの寿命は百億年で、今は四十五億歳だから、まだ五十五億年は生きていられるんだけどね」


「四十五億歳?」

「太陽も死ぬの?」

「オリオン座のその星が死んだらどうなるの?」

「地球にも寿命があるの?」


 と、興味を(あらわ)にしたのは娘ではない。四歳の娘が億という単位に反応する訳がない。反応したのは大人たちである。


「わっ、どの質問から答えればいいかな。んーと、太陽みたいに自分で光を放つ星の事を『恒星』って呼ぶんだけど恒星には寿命があるんだ。でも地球とか月とか金星とか、自分では光を出さない星には基本寿命はないよ。大きな恒星が爆発を起こして死んでしまう事を超新星爆発っていうんだ」


「へー」

「そうなんだ」


 大人たちは理解したようだが娘は意味が分からずぽかんと口を開けている。


「そう。で、そのオリオン座の赤い星は『ベテルギウス』っていう名前なんだけど、そろそろ爆発してなくなってしまうらしいんだ。天文学者によっては『もう爆発してる』っていう人もいるんだけどね」


 すると庄ちゃんが首を傾げた。


「文ちゃん、ちょっと待って。もう爆発してるって、今でもそのベテなんとかって星は見えてるんでしょ? てことはまだ消えてないんじゃないの?」


「ベテルギウスまでの地球からの距離は640光年だから、俺たちが去年の冬に見たベテルギウスは640年前に光った光なんだよ。だから今この瞬間にベテルギウスが消えたとしても640年後までは見える事になるんだ」


「へー、そういう事なんだ」


 一同感心したように頷いている。中学の時に理科で習ったはずなんだけど……。


 すると妻が遠慮がちに右手をあげた。


「パパ、光年……て……何?」


 え? そこから説明必要? と思ったが説明する事にした。


「光の進む速さの事だよ。花火大会に行った時、花火がパッと開いてから数秒後にドーンて音が聞こえるでしょ? あれって本当はドーンって音と同時に花火が開いてるんだけど、光が伝わる速さは音が伝わる速さより速いから先に花火が見えて後から音が聞こえるんだよ。で、今ここで地球全体が大爆発を起こしたとして、その爆発の光が一年かけて届く距離の事を一光年っていうんだよ」


「へー、判ったような……」


 私の説明が下手だったのだろう。妻の頭の上には?マークが湯気のようにゆらゆらしている。


 するとトミちゃんの旦那さん――加藤(ひで)、通称秀ちゃん――が口を開いた。


「文ちゃん、その星って、幾何学の専門家と天文学者が発表した時空のひずみがどうのこうのってやつ?」


「そう」


 一同全員が私と秀ちゃんの顔を順番に見回した。娘は難しい話に飽きてしまったようで妻の腕の中で寝息を立てている。


 二週間程前、アメリカの幾何学者と天文学者が共同で論文を発表した。四次元の世界は存在する。そして千光年以内に位置する大型の恒星が超新星爆発を起こすと時空にひずみが起こり四次元の世界が我々の前に現れるというものである。


 私がその事を一同に説明すると、おーちゃんが「ハイ、文ちゃん」と右手をあげた。


「おーちゃん、どうしたの?」


「質問! 四次元とか三次元てどういう事?」


「二次元は上下と前後だけが存在する世界で昔のマリオのゲームみたいな世界の事。マリオは前から敵がきても上にジャンプするしかないでしょ? 左右という概念がないんだ」


 一同目を輝かせながら頷いている。私は続けた。


「三次元は上下、前後、左右のある世界の事で、今俺たちがいる世界が三次元の世界。で、四次元には『四次元()()』と『四次元()()』という概念があるんだけど、『四次元空間』は三次元の上下、前後、左右の他にもう一つの方向が存在する世界の事。今回騒がれているのは『四次元時空』の方なんだけど、『三次元+時間』で表す世界の事なんだよ」


 私が説明を終えた瞬間、強い風と共に地面が大きく揺れた。


「地震だ」などと言える余裕のある者はいなかった。あまりの揺れの大きさに悲鳴さえ出す余裕がない程であった。明らかに縦揺れの直下型地震である。幸い我々はキャンプ場という開けた場所にいた為、倒れてきそうな物などは周囲にはない。


 二分程で揺れは収まった。


 私は揺れが止まった今、腑に落ちない事があった。確かに縦揺れの地震であったが阪神淡路の地震のような「下から突き上げる衝撃」ではなかったのだ。「上から下に落とされる」ような感覚だった。高層ビルのエレベーターが制御を失い、一気に地面に叩きつけられたような気さえした。


「みんな! 大丈夫か!?」


 真っ先に冷静になった庄ちゃんのその言葉を聞いた女性陣はさっきまでの恐怖を思い出し、堰を切ったように泣き始めた。


 すやすや眠っていたはずの娘は妻の腕の中でわんわん泣いている。私はとっさに息子の裕斗に覆い被さっていたようで、胸の中から聞こえてきた「パパ痛いよ」という弱々しい声にはっとした。


「裕斗! 大丈夫か」


「うん」


 その瞬間、周囲が真っ暗になった。


「え? 停電?」


 真っ暗であるため声の主は見えないが、間違いなくトミちゃんの声だった。


 停電であるはずがない。今の今まで我々に光を届けていたのはホワイトガソリンを燃料にするランタンだったのだ。燃料式の灯りが停電によって消える訳がない。


 我々はスマホの灯りを頼りに懐中電灯を探した。

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