勇者パパになる!
道中ずっと引きずってきたので、ひのきの棒は四分の一ほど、擦れてなくなっていた。
魔王城に辿り着いたのは良いのだが、魔物の姿が全く現れない。
「俺の力に臆して逃げたのかな? いや違う」
魔王城は既に数年間、手入れされず放置され荒れ果てた様子であった。
しかし王の間、扉の手前で異様な雰囲気を察知する。
「扉の先に魔王が居る……」
まあ、そんなこたぁお構いなしに扉を蹴破り、中に侵入した。
するとそこには……
魔族の王たる魔王がそれはそれは奇麗な土下座を敢行していた。
王のプライドを投げ捨てた渾身の土下座こそが異様な雰囲気の正体であった……
泣きじゃくりながら許しを懇願する魔王にもびっくりしたが更に驚いたのは、魔王が幼い少女だという事だった。
一般人から見ればとても魔族の王とは思いもしないだろうが腐っても勇者の俺には第六感で魔王だと分かってしまうのだ。
「ちょ……泣かないでくれよ……」
目も当てられないほど可哀想なので声をかけてしまった。
俺の言葉に顔を上げこちらを視認した魔王は目の下に涙を溜め、よろよろと近づき抱きついてきた。
「パパーーー!!」
「……は? 今なんて……!?」
理解できない頭を整理しようと必死になっている間に魔王は俺の腹部に顔を潜らせ匂いを嗅ぎ始める始末であった。
が……その刹那に魔王の表情は急変し俺を蹴り飛ばし一歩、退いた。
「ぐえっ……」
幼女といえども魔王なのでそれなりに力は持っており壁までぶっ飛ばされた……
「……勇者よ、何のつもりなのだ!? パパに化け、我を揶揄いに来たのか!?」
「全く、それはこっちのセリフだよ……」
「白を切るか!!」
魔王が指さす先には歴代魔王の肖像画が金色の額縁に入れられ掛けられておりその一番右を示している様子だった。
「少し待っていろ」
魔王はその場を去り、数分後、自分の身の丈より遥かに大きな髑髏の彫刻が彫られた魔族のそれらしき鏡を息を上げながら(わかいい……)引きずり、俺の前に置いた。
「ハァ……ハァ……ゆう……しゃ……お前の……顔……見てみ……ろ」
鏡に映し出された俺の五体は肖像画のそれと瓜二つであった。
「…………はあああああああああ!?」
奇人の証で変貌した俺の姿形は前魔王、つまり現魔王のパパにあたる容姿にそっくりになっており驚きの余り俺の目の前は真っ暗になった。
―― 頭部に柔らかな感触がするので薄目を開けると魔王に膝枕されていた。
ブロンドの髪に翠眼の瞳、透きとおるような純白の肌、体躯、肢体はさながら人間の幼女そのものだった。
気持ちがいいので暫くこうしていようと思ったのだが目を覚ました事に気づいた魔王は急に立ち上り、またしても一歩退いた。
勢いよく宙に舞った俺の頭部は重力に逆らえるはずもなく後頭部を強打し鈍い音を奏でた。
「いってぇ……鈍い音したよ今……俺の頭大丈夫か?」
強いて言うならば頭は大丈夫だが中身は手遅れであろう。
これが魔王の攻撃手段なのだろうか?いや、俺が気を失っている間に幾らでも殺るチャンスはあったはずだ……まあHP無限にあるから死にはしないけど。
どうもしっくりこない、これが本当に魔王なのか!?イメージでは悪辣極まりなく血も涙もない奴だと想像していたのだが……
そこに存在するそれはいい意味で俺の期待を裏切った。
考えてみればクリスタが「殺さないで」とかハゲ丸が腹切りしようとしたのもこの姿のせいだったのか……申し訳ないことをした気分だ、しかし疑問が残る、何であいつら魔王の姿知っていたんだ?
これはすぐに判明する事になる……
このままでは話が進まないので隅で怯えている魔王に歩み寄り屈んで優しく話しかけた。
「なあ魔王、さっき俺のこと、パパって呼んだよな? それに何で膝枕なんてしてたんだ?」
頬を赤く染め両手で顔を隠し片目だけ覗かせて魔王は喋り始めた。
「死んだはずのパパと勘違いをしたのだ…匂いを嗅いで勇者だと分かった、容姿が余りにも似ておったので、つい……膝枕を……」
魔王の話を要約するとこうであった。
前魔王が五年前に他界した後、現魔王の性格、威厳の無さ故に魔王城の魔物は城を捨て去って行ったらしい、そして今日、超絶やばいオーラを感知した魔王は恐ろしさの余り土下座をして恐怖に怯えていたがそこに現れた俺がパパそっくりだったので勘違いして抱きついて来たとのことだった。
「オ……オレ……一応、勇者だし? お前、倒さないといけないんだけど……」
潤んだ瞳を輝かせこちらを見つめる魔王に俺の心は翻弄される、そして非常な現実を突き付けてきた。
「お主、いつからその姿なのかは知らぬがそのまま人間の街に戻れば殺されるのではないか?」
……クリスタ、ハゲ丸は魔王の姿を認知していた……ってことは街の人間は皆知っていたのか?狂人も退くほど、スライム狩りに明け暮れていた俺だけが知らなかったんじゃ……
そもそも俺はあいつら仲間が出来るまで人と関わる事なんて無かったからな……
……次第に俺の顔から血の気が引いていき、膝を地に落とした、泡を吹いている俺を見てか魔王は何故か頬を赤く染め、ある提案をしてきた。
「のぅ、勇者よ、お主はパパが蘇ったことにして魔王城で暮らすとよい!復活したとなれば出て行った魔物たちも戻ってくるだろうが魔王の我以外にはお主が勇者だと言うことはわかるまい!」
魔王に促されたが俺に選択の余地などない、ここにいられなかったら【家なし勇者ホームレス】になってしまう。
提案を受け入れる為、頷こうと足に力を加え、立ち上がろうとした瞬間に魔王の顔は陰り涙ぐみながら言葉を継いだ。
「……我は……ずっと……一人で寂しかったのだ、パパが……いなくなってから……ずっと、ずっと……一人ボッチで……毎日、毎日、辛くて……苦し……くて……」
鼻をすすり涙する魔王は溶けてなくならない灰の様に積もった、感情を我慢できなくなり俺にしがみついて泣いている。
俺は世間のしがらみ何て面倒だと思っていたし最初に集めた仲間も只の戦力としてだった、でも…あいつら出て行ってから少しだけ……物足りなかったな……
「……俺も寂しいのは嫌いだ…… なあ魔王、ここで一緒に暮らしても構わないかな?」
泣きつく魔王のちっちゃな体躯を優しく包み込み、背中をポンポンと叩き、宥め落ち着かせ、頭に手のひらを乗せ軽くなでなでしてやった。
徐々に落ち着きを取り戻した魔王は俺を離そうとしないまま顔を上げ、枯れきっていない涙と共に、本音を零した。
「ぐずっ……勇者……我からも……頼みがある……お主のこと……【パパ】と呼んでもよいかの……?」
息を詰まらせながらもハッキリと問いかけてきた魔王に微笑みながら頷き返事をした。
「お前名前なんて言うんだ?」
「……レウラ」
「よし! レウラ、今日から俺はお前のパパだ!!」
――こうして俺は勇者だけど魔王のパパになっちゃった!