聞かせて、
僕の振った手に当たった香水の瓶は、地面に転がってゆっくりと止まった。
それでも、記憶は蘇る。
臭い、声、言葉。
感触も、冷たさも、恐怖も。
「っは…ごめ、…ッ…」
「ちょっ、君大丈夫!?
落ち着いて!
ゆっくり息出来る?」
背中を擦られ、穏やかになる僕の呼吸。
久しぶりに思い出した。
ずっとずっと忘れていたのに。
「…ごめん、もう大丈夫…
ありがとう、助かった…」
「謝るのは私の方だよ。
君がそこまで苦手だと知らなかったから…
本当にごめん」
公園の自販機で買ってきたらしい水を差し出しながら彼女が言った。
僕が代金を払おうとすると、彼女はゆるりと頭を振る。
「無神経な事しちゃったから、そのお詫び」
「良いって言ってるのに…
…それじゃあ、代金の代わりに僕の話を聞いてくれないか。
面白くもない、暗い話だから勿論聞きたくなければそれで構わない。
…僕の身勝手な愚痴に付き合ってもらう事になるから」
「…私が「嫌だ」って言うと思う?
聞かせて、君の事。
知りたいの、貴方の事を」
真っ直ぐな瞳。
眩しくて、目を逸らしたくなる。
「……薄々、気付いてるとは思うけど、僕は他人が嫌いなんだ」
「あー、うん。
私たちと初めて会った時も凄く嫌そうな顔してたもんねぇ…」
「…けど、中学3年の頃かな。
それまでは笑ったり、泣いたり、友達もいる普通の子供だったんだ。
…信じられないかもしれないけどね」
「…………」
「…最初から順番に話をしよう。
そもそものきっかけは小学校3年生の夏。
母が知らない若い男と歩いているところを僕が目撃してしまった事からだ」
茹だるような、暑い日の事だった。