雨の日
「今日こそお布団干したかったのに。雨って嫌ね。」
理咲さんは、頬杖をついて窓のそとを眺めている。
しとしとと雨だれが窓に囁く。
横顔にぼんやりと落ちる影。
わたしは雨って大好き。
理咲さんは傘をさすのが嫌い。
だから、雨の日に外出するときは
必ずわたしと一緒。
理咲さんより少しだけ背の高い私は
上手に彼女を雨から避ける。
社会の目線からも。
傘をさしていると、思い切りふたりで外を歩ける。
なんて小心者のわたし。
「あなたが好き。」
会社のビルの屋上で
彼女に告白されたとき
その瞳は何の躊躇いもなく、真っ直ぐで
葛藤を越えた人の優しさに満ちていて。
結婚するならこんな人がいいな。
密かにそう思っていたから
ただ素直に、申し出を受けたのだ。
一緒にお昼ご飯を食べながら
公園でのんびりするのが好きだった。
彼女といると、世界はいつだって暖かくて
そう、まるで母の懐に抱かれているような
今まで知らなかった安息を得ることができたのだ。
同じOLの制服に身を包んで
会社のなかでは先輩と後輩。
廊下で会うと、こっそりウインクしてくれる
お茶目な彼女。
家に帰っても変わらず世話好きな彼女に
つい甘えてしまう末っ子のわたし。
「ねぇ、そろそろ夏実を両親に紹介したいんだけど。」
そう、本当に甘えん坊だった。
「紹介って・・・会社の後輩として、ですか?」
理咲さんは顔を曇らせた。
「彼女として、人生のパートナーとして・・・なんだけど。」
私は恥ずかしくなって顔を赤くした。
彼女も、頬を染めている。
「でも、そんなこと・・・受け入れ難いんじゃないでしょうか。」
彼女を両親に紹介する、なんて考えたこともなかった。
男性は働きに出るもの、女性は家を守るもの。
そんな古い考えに、未だに縛られたふたりだもの。
彼女とこのまま暮らしていければ、幸せだったし
誰かに認めてもらう必要なんてないと思っていた。
「夏実はずるいわ。」
いつになく激しい言葉。
彼女は今にも泣き出しそうだ。
「気づいているのよ。外で手を繋ぐの、本当は嫌なんでしょう。」
ぎくっとした。
他人の目線が怖いのは本当のことだ。
女性としかお付き合いをしたことがない彼女。
彼女が初めての女性であるわたし。
付き合って一年になるが、慣れないことも沢山ある。
そう、愛し合う方法についても
白帯のわたし。
黒帯の彼女にリードされっぱなしだ。
「恥ずかしいんだもん。」
目を逸らして言った。
わたしが彼女にしてあげられることといえば。
雨の日、傘をさしてあげることくらい。
その他のことは、いつでも彼女の方が上手にできて
わたしはお荷物なのではないか。
堂々と手を繋げるくらいに
わたしは彼女と対等だろうか。
劣等感を口にできるほど
大人にはなれなくて
わたしは黙ってしまった。
「もう、知らない。」
彼女は小さく嗚咽を漏らしながら
家を走り出る。
外は雨なのに。
*
雨の中で泣く彼女は綺麗だった。
下を向いて
何度も涙をぬぐっている。
迷子の女の子みたいに。
傘を差しだすと、一度は振り払ったものの
大嫌いな雨に濡れて
不快でたまらなかったのだろう。
観念して、傘の中に入ってきた。
「理咲さん。」
彼女の濡れた髪が肌にはりついている。
私はそれを一つずつ指でとかす。
「今日は雨よ。」
すねて私の目を見ようとしない。
子どもの様な彼女を初めて見た。
いつも母の様に私を守ってくれた人が。
これが、母性なのか
はっきり解らないけれど
愛しくてたまらなくなって
傘を彼女に渡して
思い切り、抱きしめた。
「痛い。」
彼女は傘を落として
大粒の雨の中、ふたりで濡れた。
「本当に理咲さんは、傘を持つのが下手ね。」
私は傘で彼女を隠して
そっと口づけをした。
彼女は顔を真っ赤にして
わたしを見つめて言った。
「夏実、男の人みたい。」
「男は知らないんじゃなかったっけ?」
ふたりぶんの笑い声。
雨が私たちを隠す。
雨は私たちを
ふたりだけの世界に閉じ込める。
今まで、彼女が一人で抱えてきたものに
わたしは気づかないふりをしてきた。
「理咲さん。」
けれどそれでは本当に、
彼女を雨から守れない。
「わたしと結婚してください。」
晴れの日も、胸をはって
あなたの横で笑っていられるように。
強くなりたい。