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愛し、愛され、それだけを 後編

 

 自称神と名乗った男は、逃げ去る背中を見つめながら目尻に浮かんだ涙をすくう。少女が神社にやって来た時、男はいい暇つぶしができたと喜んだ。願いをかなえてやると期待を持たせ、やっぱりやめたとそっぽを向くのが男の遊び方だった。けれど、自分から男の誘いを断る人間は久しぶりであった。これはいい、と男は笑う。たまにはリップサービスというのをしてやってもいいかもしれない。男は少女から伸びるいくつかの糸の中で、とりわけ細く、すぐに切れてしまいそうなそれに触れた。


「気に入った。ならば、あの娘の言う不完全をくれてやろう」


 男がその場をくるりと回ると、着地した足は人間ではなく愛くるしい猫のものとなっていた。

 くしくしと顔を撫でると、さて行くかと言わんばかりに走り出した。糸が細いのは、出会える縁がとてつもなく希薄だから。そして、すぐ切れそうというのはなんでもない諍いであっという間に二人の関係が壊れてしまうから。そういうものを、不完全な関係というのだと、男は解釈していたのだ。



「おーい!そこの男子生徒!」


 夕日が段々と沈み、空は明け色から紫色へと変わっていく。大学らしき校舎の廊下で、歩きながら本を読んでいた青年がいた。後方からその男子を呼ぶのは友人だろうか。声のする方向に振り向いた男子は、手に持っていた本を片手でぱたりと閉じて抱え持った。黒髪に黄緑の瞳が印象的な人物だ。一方、後方の男子生徒はチャライと言う言葉が一番しっくりくる。染めているらしき茶髪の髪に、耳にはピアスが幾つか付いていた。そんな容姿に反して目はたれ目である。


「なんだよ」

「いやーそれがさ、今度やる合コン人数足りないんだけどさ、お前どうよ?」


 満面の笑みで近づきながらそう切り出す男子生徒に、話しかけられた方はうーんと唸った。


「…ごめん、なんかピンとこないや」

「またそれかー」


 呆れたようなその言葉とは裏腹に、断られたにもかかわらず相変わらず満面の笑みを浮かべた茶髪の青年は、小首をかしげながら問いかける。


「まあ、そんなこったろーと思ったけどな。…見つかりそーか?」


 問われた方は黙って首を振った。そっか、とまた笑みを浮かべ、元気に手を大振りしながら去っていった。一人小さく手を振り返していたが、相手が見えなくなるとそっと黙って手を下した。

 先程の、見つかりそうか?と言うのは青年の運命の相手のことだ。男子が運命なんて、と言うかもしれないが、青年は本気でそれを信じていた。青年にとって、運命とは一目惚れと同義だ。幾つもある運命、一目惚れの中でも一際大きく揺らぐなにか。

 それこそ、運命の糸で繋がれた相手、とでもいうのか。たとえどんなにその糸が細くとも、見つけたら絶対に幸せにして見せるのにと、誰が聞いても現実を見ろといわれそうな思いを、青年は大事に抱えていた。

 

 また本を片手に歩き出そうとすると、前方から微かに猫の鳴き声がした。気になってその声のする方に行くと、一匹の猫がニャーニャーと絶え間なく鳴いていた。気になって見ていると、猫が青年の方を見た。目が合う。すると、今まで絶えず鳴いていた猫がピタリと鳴き止んだ。

 しばらく見つめあっていると、唐突に猫が走り出した。


「えっ、お、おい!」


 突然のことに青年が茫然としていると、猫がまた止まってこちらを振り返った。それはまるで、来ないのかと言っているかのようで…


「…分かったよ、行けばいいんだろ?」


 全くというふうにため息を吐いて青年は猫に付いて走り出した。それに、猫は満足そうに一鳴きした。


 猫に付いて走っているうちに、随分遠くに来てしまっていた。見かけに反して体力があるらしい青年は、しかし知らない場所でどうすればいいのかと困っていた。付いてきたのは間違いだったのではないか?そう頭の中に疑問が過る。それでも、猫を追いかける足は止まらない。青年の頭の中の何かが訴える。このまま進め、と。

 そのまま走っていると、猫は唐突に角を曲がり勢いよく跳躍した。


「きゃっ!な、何!?」


 青年も猫の後に角を曲がると、猫に飛びつかれたらしい少女が尻餅を付いていた。

 焦げ茶色の髪を腰まで伸ばした少女。先程、神社で彼氏が欲しいと願った少女である。


「あの…大丈夫?」


 そういって青年が手を伸ばすと、少女がこちらを見上げた。その瞬間この子だ、と青年は証拠もなく思った。この子が、求めていた運命だと。少女はじっと見つめてくる青年に、微かに身じろぎする。けれど、その表情はじっと見つめられていることに対する羞恥心であり、警戒心などは見られない。


「えっと…大丈夫です」


 そう言って、青年の手に掴まった少女は、よろけながらも立ち上がった。それでもまだ視線をそらさない青年を、少女もまじまじと見つめ返す。少女自身、青年に何か感じるものがあったのかもしれない。

 その間にも、確信めいた感情が青年の中で膨れ上がっていく。


「…ねえ、一目惚れって、信じる?」


 それは、確かどこかの地方のナンパの文句だと頭の冷静な部分が突っ込むも、予想以上に緊張している青年は言い直すことが出来なかった。青年の言葉に驚いているのか、少女の目はこれまでにない程真ん丸だ。可愛いな、と青年が眺めているとみるみるその頬が朱色に染まっていき、目線は下に下がっていく。それでも青年が根気よく待っていると、ゆっくりと少女の頭が縦にこくりと揺れた。


「…信じます」


 か細く囁くように呟かれた言葉に、青年は自然と頬が緩むのを感じた。次に出てくる言葉は、勿論付き合ってください、である。きっと、その言葉にも少女は恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに小さく頷くのだろう。

 そんな様子を、先程の猫がほんの少し後方で、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら見ていた。そして、満足そうにニャ―と、一鳴きした。

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