我が身の不幸
二年B組の高瀬ミサが、美術室から落下した石膏像を頭に受け意識不明の重体。
犯人は二年C組の白山ヒメらしい。
事件の翌日。学園全体に流れた噂は、ヒメを苛むには十分すぎる悪意をもたらした。
噂を聞いてヒメを見に来る野次馬たち。中には直接噂の真相を聞きに来る無神経な人間まで居た。
無論そんな連中はクランドが眼力と無言の圧力で追い払ったが、それでもヒメの精神を圧迫する。
昼休みになるころには、教室の外に人垣ができており、ヒメは早退しようかとすら思い始めた。
大体何故ヒメが犯人なのか。
確かに警察に事情聴取を受けたが、犯人扱いなどされていない。むしろ教師に掴まれて悪化した手首を心配されたほどだ。
では誰が石膏像を落としたのか。実はそれを聞かれると、ヒメの立場は少し悪くなる。
石膏像が落とされてから高瀬ミサが発見されるまで、それほど時間が経っていたとは思えない。
しかし美術室には鍵がかかっており、石膏像が落ちた時間の前後に美術室に入れたのは、鍵を持っていたヒメだけ。
普通に考えれば、石膏像を落とせたのはヒメだけなのだ。
まあ窓は開いていたので、学園内にスパイダーマンもどきでもいれば話は別だが、それを言えばキリがない。
「……うざいな」
(あ、深海さんがキレた)
不意にボソリと呟くクランドと、彼の我慢に限界がきたことを悟るヒメ含むクラスメート。
いつも不機嫌なように見えるが、実は穏やかな性格をしているのがクランドである。
そんなクランドがキレた。何かやらかすのは確定したと言っていい。
「須川。噂を流してるのは誰だ?」
「え? 誰か扇動してるの確定?」
「噂が広がるのが早すぎる。あの厚化粧の女子か?」
「あー、三科さんの事なら多分そう。高瀬さんの友人でね。『ミサが白山に殺されかけた』って言いまくってるよ」
そこまで聞くと、クランドは立ち上がり教室を出ていく。
突然のことに呆気にとられるヒメだが、クランドが何をやらかすのか心配になり、慌てて後を追う。
「ちょっ、修羅場の予感!」
そしてさらに後を追うアキ。これまたさらにぞろぞろと追うクラスメート。
二年のクラスが並ぶ廊下はにわかに騒がしくなり始めた。
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「下らない噂を流すな」
二年B組のドアを開け放つなり、件の女子生徒に言い放つクランド。
いきなりの展開に、言われた女子生徒、三科キョウカはしばし唖然としていたが、数秒かけてクランドの言葉の意味に気付くと噛みついた。
「いきなり何よアンタ!? ホントのこと言って何が悪いの!?」
「事実じゃないから悪い。白山に犯行は無理だし、むしろおまえが犯人じゃないかと俺は思ってる」
その発言に、言われたキョウカはもちろん、ヒメやアキ、その場に居た全員がぎょっとした。
ヒメは一瞬自分を庇うために、クランドが適当な事を言っているのかと思ったが、彼の性格的にそれはないとすぐに否定する。
しかしヒメの無実はともかく、キョウカ犯人説は何故なのかという疑問は消えない。
「はあ? アンタ頭いかれてんの?」
「おまえよりはまともだから安心しろ」
「っ、じゃあ白山が犯人じゃないって何で言えるの!? あの時白山以外美術室には居なかった。だったら石膏像落としたのも白山以外いないじゃん!」
「それは簡単だ。白山は左手を痛めていて、重いものを持てない」
その言葉に、何故かついてきていたC組の生徒たちが「そういえば……」と反応する。
「石膏像はものにもよるが15キログラム前後。体育会系でもなければ、大柄でもない白山が片手で持ち上げるには無理がある」
「っ、そんなの怪我したふりかもしれないじゃん!」
断言するアキラに、僅かに動揺しながら返すキョウカ。
しかしアキラは冷めた声でそれを一蹴する。
「白山が派手にこけたのは何人も見てる。それにあの事件の騒動で悪化したから、警察でも診てもらって確認済みだ」
「じゃあ誰が石膏像を落としたのよ!?」
「知るか」
ヒステリックとすら言えるキョウカの問いに、クランドは少しも動揺せずに返した。
しかしその答えに自身の優位を感じ取ったのか、キョウカはあからさまに見下した目をクランドに向ける。
「偉そうに言っといてなにそれ? 白山以外に犯人居ないなら、白山がやっぱり怪しいじゃない」
勝ち誇るキョウカ。その様子に、ヒメやC組の生徒たちも不安になりはじめる。
「そもそも石膏像は誰にも落とせなかった。白山も含めて誰にもな」
だがクランドは、強気なキョウカの態度に焦ったようでもなく、相変わらずの平坦な声で返した。
「はあ? 何言ってんの? 窓に石膏ひきずった跡があっ……」
「当時美術室には鍵がかかっていた。白山が開けるまで美術室には誰も入れなかったわけだ。石膏像を落とした後に窓から脱出したなら、白山か他ならぬアンタが気付いただろう」
「……なっ!?」
「事件前後に美術室に入れたのは白山だけ。だがその白山が石膏像を落とすのは無理がある。そもそも石膏像は本当に落ちてきたのか?」
問いかけるように言うクランドに、キョウカはあからさまに動揺した。
それは一瞬のことだったが、クランドにとっては十分だったのだろう。
「犯行は白山含めて誰にもできなかった。第一発見者のおまえの証言を信じるなら……だが」
言外にキョウカが嘘をついている可能性を示唆するクランド。それにキョウカは唇を噛み、心外だとばかりに声をあげる。
「っ……証拠もないのに!?」
「証拠もないのに白山が犯人だと触れ回ったのは誰だ?」
いっそ殺意すら感じさせる眼光を向けるキョウカに、クランドは動じず言い返した。
するとそれに賛同するように、付いてきていたC組の生徒たちから「そうだそうだ」と声が上がる。
「別に俺はおまえが犯人かどうかなんてどうでもいい」
(何か凄いこと言い出した!?)
散々キョウカを追い詰めておいての発言に、その場に居た全員が呆気にとられる。
「だけど、これ以上白山を犯人扱いする気なら、覚悟はしておけ。因果応報。悪意には悪意で応える」
そう言うと、クランドは言いたいことは言ったとばかりに踵を返す。
ヒメはそれを追おうとしたが、ふとキョウカのことが気になり振り返った。
「……」
般若。そう表すに相応しい怒りの形相を浮かべたキョウカが居た。
キョウカはヒメの視線に気付くと、人を殺せそうな質量を持った目を向けてくる。
……ゾッと背筋が冷えた。
これ以上ここにいたら殺される。そう半ば本気で感じながら、ヒメは慌ててクランドを追ってB組の教室を後にした。




