復讐の炎は地獄のように我が心に燃え
事件発生から一週間後。
ピアニスト宮藤セイジの突然の死は各メディアによって大きく取り上げらた。その理由についても様々な憶測が飛んだが、警察が情報を規制したために、ただ『自殺』として世に知らされた。
伝説的と言われても、それは所詮クラシック界というある意味特殊な世界での事。
世間は次第に宮藤セイジの死について興味を失い、そして忘れていった。
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「おや、深山さんに神前さん。二人一緒なのを見るのは久しぶりだね」
大学のカフェ。夕方になり人もまばらな中で見知った顔と出会い、ショウキはにこやかに手をふり、ユイは呆れた目を向け、ユウリはあからさまに顔を歪めた。
「話しかけないでよ。知り合いだと思われるじゃない」
「……効いた。今のストレートはナチュラルに傷ついた」
てめぇなんぞ知り合いですらねぇと言われ、ショウキの笑顔の仮面が外れる。
「ユウリも素直じゃないってか、本当はわだかまりなんて無いのに、何でそんなツンデレしてんの?」
「いつ私がデレたのよ。……まあ本気でうざいとは思うけど、仲良くもできないわ。……みんなが私に望んでいるのは『宮藤ショウキの対抗馬』なんですもの」
「そんな下らない派閥まだ気にしてんの? というか学生間に派閥ができてる現状がちゃんちゃらおかしいと私は思うけど」
ユウリの言葉を、ユイはあっさりと切り捨てた。
友人やライバルは必要だろうが、それぞれが御輿をかついでの派閥争いは、ユイにはまったく理解できない。
別に御輿が凄ければ自分が偉くなれるわけでもあるまいに、何と戦っているのだろうかここの学生は。
「……まさか深海を連れてきたの、自分の派閥に取り込むためとか?」
「怒るわよ。大体深海くんが派閥とか気にすると思う? あの子はユイと同じで、周りを気にせず我が道を行くタイプだわ」
「そうなん? じゃあ入学してきたら、それとなく気にしとくか」
出る杭は打たれる。派閥嫌いなユイもそれくらいは理解している。
もっともユイは打たれる前に打ち返す杭だ。今では誰も打とうとしない。
「深海くんか。父さんは死んじゃったけど、彼この大学に来てくれるのかな」
「この付近で音大ここだけじゃん」
「そうだけど。深海くんも最近はコンクールとかで注目されてる上に、音楽界との繋がりが父さんだけだったからね。どっか遠くても、良い教授や設備のある大学にスカウトされるんじゃないかって事」
「……そうね。才能も実力もあるのに誰も唾をつけてないんだもの。下手をすれば争奪戦になるんじゃないかしら」
「そして本人はそれを気にせず『近いから』つってこの大学に来ると」
「……」
クランドの未来を的確に予想していたつもりのユウリとショウキだったが、ユイに言われると本当にそうなる気がしてきた。
クランドは間違いなく遠くの一流進学校よりも近場の二流校を選ぶタイプだ。音大も同じノリで決めかねない。
「……どうしよう。私あの子の将来が凄く不安になってきたんだけど」
「アンタは深海の何なのさ」
我が子の未来を案ずる母親のようにオロオロするユウリに、ユイは呆れたように言う。
「……まさか深山さん本気でクランドくんに惚れた?」
「何でも色恋沙汰に結びつけたがるのは、欲求不満な証拠らしいわよ」
「なるほど。寄るなケダモノ」
「……うん。もう泣いていいかな」
無表情なユウリと軽蔑の視線を向けるユイに、ショウキの涙腺がちょっと緩くなる。
そしてショウキの心の貯水率が限界に届きかけたところで、それは突然学内を走り抜けた。
「!?」
「……ピアノ?」
バンと扉を開け放つような勢いで響き渡る音色。それに続いて奏でられるのは、荒れ狂う波のような連音。
「これは……」
「まさか」
その音色に三人は聞き覚えがあった。以前に聞いたときとは別の曲のようにすら聞こえるが、その旋律は確かにあの曲をなぞらせる。
『神無月の嵐』
声を合わせると同時に、三人は立ち上がり走り出した。
この旋律を奏でる誰かに会いたい。知りたい。知らなければならない。
それぞれの思いを抱えて、ピアノの音色に誘われる。
「ここ……よね?」
そして辿り着いたのは、宮藤セイジが使っていた部屋だった。
ドアは開きっぱなしになっており、それでピアノの音色が外まで聞こえてきたのだと知れる。
それでも、学内に響き渡るほどピアノを『鳴らせる』のは並大抵の事ではない。
「学内のトップ3はここにいるわけだけど、誰だと思う?」
「私はもう違うわよ。案外関屋教授とか?」
「無いでしょ。宮藤先生の亡霊とか?」
「それね」
「……は?」
冗談にユウリがのってきて、ユイは抜けた声をあげる。
そんなユイに苦笑しながら、ユウリは開きっぱなしのドアを潜り抜ける。
「亡霊は亡霊でも、宮藤先生じゃないわ。そうでしょう?」
ユウリの言葉に答えるように、チャンチャンとピアノが鳴る。
「素晴らしい演奏だったわベートーベンさん」
「お褒めに預かり光栄ですモーツァルトさん」
ピアノの前に佇んでいたのは、ベートーベンの亡霊――深海クランドだった。
平日だというのに学校をサボってきたのか、私服姿のクランドはゆっくりと三人に向けて礼をする。
「え?」
そしてクランドの礼に合わせたようにドアが閉じる。そしていつの間にそこに居たのか、関屋教授がいたずらに成功した子供のような顔で言う。
「役者が揃ったところで始めようか深海くん」
「はい」
それに答えると、クランドは滑らかに鍵盤を撫でるように弾き連ねる。
「さあ、真実の旋律を奏でましょうか」




