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ルフの物語  作者: 水栽培
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08 無制限

 永らく街に出ていない。寮生は魔術寮とそれに付随する施設だけでも充分に生活していける。基本、外に出る必要が無い。俺は元々性格的にインドア派であるので、必要が無ければ本当に外出しない。人が全く居ないなら出ない事もないが、残念ながらパーシムの魔術寮は王都にある。寮から出る事はすなわち人ごみの中に自ら出向く事を意味する。俺は人ごみが好きではない。自然、籠りがちになる。


 起きて食堂で食事を摂り、校舎に移動して講義を受け、工廠に移動して魔法具を複製し、食堂で夕食を摂って部屋に戻って寝る。だいたいこれで一日が終わる。

 食事は基本朝夕二食、人によっては街で昼食を摂る。俺は買い溜めした保存食をたまに齧る程度で昼食を抜く事が多い。街に出るのが嫌だからだ。パーシムに入るまでは色々な街や村に立ち寄り土地の人と交流したものだが、必要がなくなってしまえばこんなものだ。薄れていた人と関わる事への抵抗感も引き籠り生活ですっかり元に戻っている。村で暮らしていた時よりも悪化しているかも知れない。そろそろリハビリをしておかないとまずいのではないか。

 風呂は基本的にはサウナのようなものになる。湧水の豊富な地域であるらしく、寮生の待遇の良さもあって毎日入る事が出来る。俺の貢献具合と給金があれば五右衛門風呂を個人的に作ってもらう事もできたろうが、変に目立つ事はしたくないので諦めた。



 さて、魔法具だ。魔法具とは、文字通り魔法を籠められた道具である。トルソ村で見た回復魔法カードもこれにあたる。俺はこれを生産して給金を貰っている。給金の九割は学費と施設利用費として天引きされるが、残った一割でも王都の給与水準を考えれば充分高給取りと言える。基本給+出来高制であるから雀の涙程しか貰えない寮生もいるが、大抵の寮生は休日に街で嗜好品を買う程度の給金がある。学費と過去の施設利用費を返済し終えると慣習的に魔法使いと認められる。卒業や称号授与といったものは無い。魔法使いとしての実績を買われて別の業界に呼ばれる者も居るが、魔術寮に入寮後そのまま一生魔法使いとして魔術寮に所属するのが一般的である。国の研究機関であり、転職は厳しく制限される。魔法具の生産が出来ないものは、何もしなければ毎月の基本給による返済額よりも学費と施設利用費の月額合計の方が高い関係で借金が膨れ上がり、雀の涙程の賃金で飼い殺しにされる。魔法具以外にも新魔法の開発と伝授、あるいは講師としての仕事をこなす事でも給金を得る事ができるので、魔法具作成ができない寮生は講師をしながら新魔法開発の研究をするものが多い。魔法学以外の科目に限り上流階級の子弟にも講義の参加が有償で認められており、講師をして得られる給金は少ないものではない。講師の仕事をするだけでも借金の完済は可能であるから、魔法具作成がいつまでたっても出来ないと悲観して自殺するものは殆ど居ない。


 魔法具の生産方法は単純で、工廠に納品された魔法具もしくはその部品に設置型魔法を籠めるだけである。設置型魔法とは外部から供給された魔力を消費して魔法を出力する形式の魔法で、術者から離れても消えないという特性を持っている。なにかしらの物質に固定するのが一般的である。魔力を供給されるまでは休眠状態にあり、休眠時は光を失い魔力消費がゼロになる。維持に魔力を使わず、魔法行使には使用者の魔力を使う為、使用回数に制限は無い。魔力を扱える者の魔力が枯渇しない限り無制限に魔法を使える。この設置型魔法という魔法形式を習得するのが最初の関門となる。

 一度形式を理解してしまえば楽なもので、使える魔法のほぼ全てを設置型魔法に変える事が出来る。ほぼ、と付くのは設置型魔法化しても使い物にならない魔法があるからだ。対象指定や方向・距離の指定など、使用時に術者が状況に応じて微調整しなければ使い物にならないような魔法。そういった魔法は道具に籠めても扱いが難しく、需要が少ない。攻撃魔法は設置型魔法化が難しい物が多く、使い物になる攻撃魔法具を生産できるのは優秀な魔法使いに限られる。自然と生産量も少なくなり、位の高い者の手に渡ったり拠点防衛に使われたり破損を恐れて温存されたりと一般兵が扱う機会はあまり無い。トルソ村で攻撃魔法が使われなかったのはそういうわけらしい。


 回復魔法カード。かなり高度な魔法だが、生産量は少なくない。どこの国でも需要が高く、これさえ作れるようになれば金に困る事は無くなるとあって、魔術寮の寮生から人気の高い魔法だからだ。民間に広く伝わる神話というか伝説に回復魔法に関するエピソードがあり、子供の頃からそれを聞いて育つものだからイメージしやすいというのもあるのだろう。架空の臓器に住む虫が定期的に肉体の情報を魂に書き込みに行くとか、魂には過去の肉体の情報が残っているから魔法でそれを肉体に写し取って回復するとか、そういった描写がある。虫以外は俺が読み取った回復魔法の内容と一致する。史実を下敷きにした伝説なのだろう。

 工廠には魔法具の見本が展示されており、職員に頼めば実演してもらえるようになっている。実物を観察したり、説明を受けたり、見学したりして、作れそうだと感じたものを各々研究する。作った物の使用感を職員に確認してもらい、実用に足る出来だと認められれば生産実績に加えられる。魔力消費が多すぎるとか不備があるとかで不良品と判定されれば給金は増えない。生産実績が少ない内は常駐している職員のテストをその場で受ける事になるが、だいたい二十程も同じ魔法具を生産すればテストをパスできるようになり、後日別の部署でまとめてテストされる形になっている。


 一度作れるようになってしまえば魔力の続く限り量産できるが、それまでが長い。他人の作った魔法を見よう見まねで作るというのは天才達をもってしても難しいらしい。一人の寮生が作れる魔法具は一般に二種類から三種類程度。大抵の寮生が回復魔法カード+入学試験時に披露した魔法を応用した魔法具の二種類しか作れない。自然、魔法具の生産数は偏りが大きくなる。どこの国も似たような状態らしい。

 そんななかで片っ端から魔法をコピーして全部の魔法具を作って見せればどうなるか。それが解らない程馬鹿でもない。情報が漏れれば外国からも狙われるだろう。誘拐か、できねば暗殺か。なんにせよ国外からは脅威と見なされ国内では監視が強化されるのは明白だ。俺が作れる魔法具は三種類だと偽っている。



 研究と生産を、共に数少ない魔法使いに頼っている。一度発明した新魔法も、難解な魔法であれば扱える魔法使いが増えず生産数が伸びない。生産に時間と魔力をとられ、研究が進まない。魔法学が確立されて百年以上たっているらしいが魔法研究は遅々として進んでいない。




 魔法を使うには魔力を消費する。魔力は有限であり、回復が追いつかない程使えば枯渇する。枯渇すれば原始魔法も使えなくなり、身体能力は低下し臓器にも負担がかかる。魔力は自然回復するが短時間で使いすぎると回復ペースが落ちる。これは魔力を生成する臓器が疲労するからだと言われている。その臓器、魔力生成器官は心臓と隣り合った位置にあり、これを破壊されると魔力が使えなくなるとされる。魔力生成器官と心臓と脳は回復魔法の対象外らしく、回復魔法で魔力生成器官の疲労が癒える事はない。


 回復魔法で魔力生成器官の疲労が癒える事はない。そう、信じられている。入寮してからの八ヶ月間の研究で、俺がその常識を覆した事を知る者はいない。


 魔力生成器官は疲労さえなければ非常にハイペースで魔力を生産しており、俺の手持ちの魔法ではどれほど使っても回復ペースを上回る速度で魔力を消費する事はできない。魔力の枯渇が起きるのは、ひとえに魔力生成器官の疲労による回復速度の低下が原因である。魔力生成器官の疲労を癒せるという事は、すなわち無限の魔力を手に入れたも同然である。俺がドリアナへの復讐を決断したのは、この特殊魔法に拠るところが大きい。後先さえ考えなければドリアナを滅ぼす事も出来るだろう。特殊魔法を広め、寮生総出で昼夜を問わず魔法具を量産し、圧倒的な魔法具の量によって短期間でドリアナを押しつぶす。数さえ揃えられればそれが出来てしまう程、魔法具は強力だ。

 だが、この特殊魔法が流出すれば恐らくまずい事になる。カード型の物が発明されて出回れば社会も大きく変化するだろう。影響範囲が読み切れない。無責任な事はあまりしたくは無いので、できればこの手を使わずにいきたい。ドリアナを個人的な怨恨で滅ぼそうとしている男が無責任な事はしたくないなどとどの口で言うかと自分でも思うが、それは別だ。仇討ちは果たさねばならない。が、それとは無関係な所で無意味に被害を与えたくも無い。


 回復魔法は大雑把に分解すれば、魂情報読み取り・魂情報復号化・指定範囲コピー・肉体情報形式に暗号化・材料を元に肉体情報通りに肉体構成・指定範囲の物質を肉体構成に使用、の六種のパーツに分けられる。それぞれのパーツをさらに細かくわける事もできるが、一層複雑になるので割愛する。と、いうか俺も性質を把握しきれていない。他人が作った魔法糸をコピーして内容を分析しただけで、よくわからない部分が多い。

 このうちの魂情報読み取り、これは魂が肉体情報を読み取るのに使う経路を利用している。肉体から魂に伸びている経路をたどる事で肉体に対応した魂の情報アドレスを調べる事ができる。まずこれで魔力生成器官の魂でのアドレスを特定した。

 魂、と呼んではいるものの、実際それが何なのかはよくわからない。肉体の情報を収集しているらしい事、肉体情報が収められているエリア以外にもなにがしかの情報が収められているエリアがある事。わかっているのはそれぐらいだ。ひとまず伝説にちなんで魂と仮称する。

 次に、魂情報復号化と肉体情報形式に暗号化。これを元に肉体情報復号化と魂情報形式に暗号化する糸を作る事に成功した。ゼロから作るのは難しくとも、改造なら意外となんとかなるものである。肉体情報も魂情報も暗号化状態では視認できないが、復号化したものは視認できる。回復魔法は復号化・指定範囲コピー・暗号化が高速で行われていた為、魔法糸単位に分解するまでわからなかった。魂情報復号化によって疲労が無い状態の魔力生成器官の情報を得る事に成功した。情報量が膨大で、これを覚えるのが最も大変だった。

 魔力生成器官の情報を得る事に成功したが、これは役にたたなかった。最も苦労したが、役に立たなかった。これを肉体情報書き込みに利用してやれば魔力生成器官を回復する事もできただろうが、複雑すぎて常用できるものではなかったのだ。

 別のアプローチを考え、魔力生成器官に関してあれこれ実験を行った。魔力生成器官に回復魔法が効かないのは、魔力生成器官の魂情報の更新頻度の高さが原因だった。回復魔法を自分自身に短い間隔で断続的にかけると魔力生成器官に疲労の兆候が見られない事からの推測だ。その推測を元に、魔力生成器官の魂情報の更新頻度を低下させるか、固定できてしまえば回復魔法で魔力生成器官を癒せるようになるのではないかと考えた。

 これが成功した。まず、魂情報読み取りを解析し、魂が肉体情報を読み取る仕組みを理解した。その読み取り先を、魂情報自身に書き換える魔法を作った。魂情報復号化と肉体情報形式に暗号化を利用して、肉体情報形式に暗号化された魂情報を魔力生成器官の肉体情報と誤認して読み取るように誘導した。これを自身の体に設置型魔法化して籠めた。魔力供給は魔力生成器官から供給され自動化されている。これによって魔力生成器官の魂情報はループし、固定された。魔力供給が絶たれ設置型魔法が機能を停止しない限り、魔力生成器官に対応する部位の魂は自身の情報をひたすら読み取り続ける。肉体の魔力生成器官の疲労が魂の情報に反映される事は無い。

 あとは、回復魔法を自身にかければ魔力生成器官が回復する。これによって俺の魔力は尽きる恐れがほぼなくなった。


 入寮して八ヶ月、寮の部屋に戻ってはひたすらこの研究をしていた。回復魔法が魔力生成器官だけに効かないというのはどうも怪しいと思っていたのだ。回復魔法を構成する魔法糸の意味がおおよそ解っていたから、魂データを肉体にコピーする際に除外されているか、でなければ更新頻度の問題だろうと考えた。どちらも、魔法糸を視認し意味を掴む事ができる俺であれば解決できそうに思えた。多少苦労したとしても十分な見返りがあるように思え、強い魅力を感じて最初の研究対象に定めたのだ。結果として、多少の苦労では済まなかったが。

 苦労はしたが恩恵は計り知れない。後先考えずに回復魔法を乱発できる。脳と心臓は除外指定されているので回復できない。心臓は解らないが脳を回復すると記憶が巻き戻ったりするからではなかろうか。しかし心臓と脳以外はいくらでも回復できる訳であるから、肉体の疲労など気にする必要がなくなったわけだ。乱用しすぎて脳や心臓に異常がでては困るのであまり頻繁に使う気はないが、やろうと思えば出来るというのは安心感がある。

 研究過程で副産物も生まれている。回復魔法のスリム化と、部分回復魔法だ。回復魔法のスリム化は文字通り、無駄が省かれて消費魔力が減っている。図形の複雑さも随分マシになった。感覚で組まれていたから最適化がなされていなかったのだ。暗記した無駄な魔法糸も今後の魔法開発で役に立つことがあるだろう。部分回復魔法も名前通り、特定部位だけを回復する魔法だ。回復魔法は体全体にかかるから無駄が多かった。魔法を展開するのもちょっと面倒だった。魔法カードがあれば魔力を注ぐだけで済むが、道具無しで魔法を使うならいちいち立体図形を意識を集中して作らなくてはならない。疲れやすい部位に対応した簡略化した回復魔法は設置型魔法を学ぶ以前では中々有用だった。設置型魔法を学んでからは肩こり用の部分回復魔法カードを自作して活用している。近々魔力生成器官専用部分回復魔法カードも自作する予定だ。俺以外にはまるで意味のない物だが、これがあれば脳や心臓に異常が起きるリスクを最小化して魔力回復が行える。


 八ヶ月もかかってしまったが、これでようやく別の研究に進める。魂情報固定の特殊魔法を広めずに、ドリアナを潰す。それを可能にするものを開発せねばならない。

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