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ルフの物語  作者: 水栽培
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07 目標

 今生の父は、寡黙で優しい人だった。多くを語る事は無かったが、言葉の端々、行動の端々から確かな愛情を感じる事ができた。手先の不器用な人で農閑期の木工品の出来にはなかなかに困らされたが、俺が刃物を扱えるようになってからは作業を分担する事で解決した。村から持ち出す事は叶わなかったが、父が作ってくれた軌道の読めない竹蜻蛉と回らない独楽は俺の宝物だった。

 父はその寡黙さが仇となり、村での立場はあまり良いものではなかった。村に親戚の一人も居ない移住者であったことも関係があったのだろう。面倒で旨味の無い役割を押し付けられるのは珍しい事では無かった。

 母が、それを補った。ある程度の実績を積み、ある程度の証拠が集まってから、既婚女性のネットワークを利用して政治的に報復をした。それ以前から父のした事がどれ程村の役にたっているか、理解されにくい部分を噛み砕いて説明したりと下準備を充分にしていたらしい。以後、父が面倒事を押し付けられる事はなくなった。面倒事といっても父からすればさほど面倒な事でも無かったようで、時折自分から面倒事を引き受けて帰ってきたからあまり状況に変わりは無かったが。ただ、押し付けられて引き受けるのと自発的に引き受けるのとでは周囲からの印象が違うようで、軽んじられる事は無くなっていた。

 俺の家族構成は四人家族。父は両親が他界して身一つでソマ村に来ており、母の両親は母の兄と暮らしていたがこれもまた俺が幼い頃に亡くなった。だから祖父母は居ない。母は兄弟とは仲が良くないらしく、叔父と会う機会はあまりなかった。

 四人家族の残りの一人、俺の兄は俺とは年子だった。母に似て活動的で落ち着きが無く、愛嬌があって村では愛されていた。兄は母親似、俺は父親似だとよく言われたものだ。兄は元々偉ぶるような性分でもなく、頭の出来では俺に敵わないと悟ってか兄貴風を吹かせるのは早々に諦めたようだった。どちらが兄とも弟ともつかない関係が続き、兄弟仲は良好だった。

 寡黙で優しい父。人当たりが良く頭の良い母。明るく愛嬌のある兄。良い家族だった。


 俺は、なぜあの家族の一員になりきる事ができなかったのだろう。彼らは俺を家族として扱ってくれた。彼らが俺に愛情を注げば注ぐ程、俺は彼らの顔をまともに見れなくなっていった。前世の事を話しても、彼らになら受け入れて貰えたのではないかと思う。でも、そうはならなかった。彼らは死んだ。もはや打ち明ける事はかなわない。





「仇討ちをしよう」


 そう思い立ったのは、パーシムの魔術寮に籍を置いてから八ヶ月程たった頃だった。

 家族の遺体をそのままに、ソマ村もトルソ村もザボネ国すら見捨てて逃げたのがいつまでも気にかかっている。状況的に仕方が無かったとは言えるが、理屈を捏ねても感情の問題は解決しない。なにより、村や国を見捨てた事よりも家族の死体を目にして尚理性的に動けた……違う、家族の死に然程ショックを受けなかったという事実が重い。これでは父が、母が、兄が、あまりに報われない。あの村で過ごした日々はいったいなんだったのか。


 そこで、仇討ちだ。楽しくなくとも笑えば楽しくなるように、型をなぞれば中身が付いてくるという事はある。仇討ちを目標に据えれば、あるいは家族に対する情も正常なものに近づくかもしれない。

 ……実際の所、形に残る何かをやって、良心の呵責から逃げたいのだろう。仇討ちという、正常な家族愛を持つ人間が行いがちな行動をなぞる。それによって、自分は家族の仇討ちを立派にやり遂げたのだから情の薄い人間ではないと言い訳できるようになりたいのだろう。


 動機はどうでもいい。実際、家族も村も隣村も滅ぼされてしまった俺には、仇討ちを行う権利が慣習的に認められるだろう。何の目標も無くただ逃げ続けて命を永らえるよりは、たとえ仇討ちでも目標があった方が人生に張りがでる。


「その為に、力を付けねばならない」


 大国に育ちつつあるドリアナを叩き潰そうというのだ。生半な実力では不可能だ。魔法の研究は勿論の事、政治にも影響力を持つ必要だってあるだろう。個人で国と戦うなどできるものでは無い。

 身の丈に合わない目標だと思う。しかし、不可能ではないと感じていた。魔法を学ぶまでは国相手に戦うなど考えもしなかっただろう。大真面目に国全体を相手取った仇討ちを検討し始めたのには訳がある。魔法さえあればそれが可能だと思える程魔法には力があり、なおかつ研究の深度が未開拓もよいところだったのだ。成り上がりは夢などでは決して無い。後先さえ考えなければドリアナを叩き潰せる、そんなチャンスがきっと回ってくる。



 この八ヶ月を簡潔にまとめてみよう。到着早々魔術寮に赴き、魔法を見せ、寮生になり、それからずっと勉強をしていた。大きな出来事はこれだけだ。他に特筆すべき出来事としては、ザボネ領主が降伏しザボネ領がまるまるドリアナの支配下に入った事、元ザボネ領主は隠居し息子に跡を譲った事、元ザボネ領主の息子は土地を召し上げられドリアナ領主の直属の部下になった事、ドリアナの他国への侵攻が一時止んだ事……このくらいか。


 地理を充分に把握していなかったから方角に関しては言及を避けていたが、現在滞在しているパーシムはドリアナの東にある。ドリアナは大陸の西の端に位置する大国で、侵攻開始前の時点で大陸の三割近い面積を保有していた。急峻な山や耕作に不適な土地を多く抱え、海に接すれども港に適さず、国力は高いとはいえないものではあったが。そのドリアナの東南東にザボネがあり、ザボネの東北東にクリントがあった。その東がパーシムである。いずれの国も、北の端が海に接している。厳密にはこれらの国の間に小国がいくつかあるが、国というよりは町レベルの領地であり、語る程のこともない。近隣の国と協定を結び、従属に近い関係にある。

 パーシムの東にフィカスがあり、それで大陸の北側の国は全てである。大陸南方には三国あり、西から順にミリカ、スグリ、ペカネという。大陸の南北は東西の端を除き山脈によって分断されており、交流が薄い。南方の情報はあまり入ってこない。スグリの北、大陸中央のやや南西に皇族の館のある都がある。昔は経済の中心だったらしいが、いまは寂れて史跡以外に見る物も無いそうだ。政治への意欲の薄い皇帝が数代続き、佞臣にそそのかされ各地の領主の権限強化にお墨付きを与えてしまったらしい。


 さて、ドリアナがザボネを吸収して大陸の四割二分程の領土を得て、南方はともかく北方諸国は皆流石に焦り始めている。クリント・パーシム・フィカスは同盟を締結したものの、フィカスは不審な動きを見せるペカネを警戒してろくに動けず、クリントはドリアナに取り入ろうと蠢動する勢力に足を引っ張られまともに協調できる状態に無い。今滞在しているパーシムはクリントに物資を提供すべく唯一まともに挙国一致の勢いで頑張ってはいるが、クリント国民とパーシム国民の間に確執が生まれつつある。パーシムが頑張っているのはクリントが落ちれば次は自分だからだ、パーシムはクリントを盾にして自分は無傷で助かる気でいる。そんな風聞が流れているらしい。事実ではあるがとりたてて同盟国を悪しざまに言う必要もあるまい。ドリアナの工作か、クリント内部の親ドリアナ派によるものか。パーシム国民とて自分たちの生活の質を落としてまでクリントに物資を提供し、未だ戦闘が起こらず何も働きもせぬうちから文句を言われてはたまったものではない。クリントに対する国民感情は徐々に悪化し始めている。

 情勢は、よろしくない。だからこそ出世のチャンスがあるとも言える。


 クリントは恐らくドリアナの調略によって落ちるだろう。そうなれば次はパーシムだ。パーシムが攻撃を受けるのはいつになるか予想が難しいが、一年程度は大丈夫だろう。戦端が開かれるまでに力を付けねばならない。できれば兵器開発で功績を挙げたいが、間に合わなければ最悪戦働きもせねばならないかもしれない。頭や胸を貫かれれば死ぬ。できれば戦場に出ずにすましたい。




 最新の情勢はこのあたりにして勉強の成果をまとめてみよう。勉強内容は魔法に限らない。この国では魔法開発の為には雑多な知識があった方が良いという方針らしく、数学・化学・物理などの理系科目に限らず歴史や語学も学ばせている。魔法使いの生まれは様々で、文字の読める者も読めない者もいる。年もバラバラだ。授業形式は大学の講義に近く、各々自分に必要だと考える教科を選択する。数学・歴史は新魔法開発のカギになった実績があるが、化学・物理は未だ実績はないらしい。化学・物理は魔法を応用した兵器開発に役立つのではないかと期待されているそうだ。語学は文献を読むのに必要であるから履修率が高い。実績があるというのはやはり大きいらしく、数学・歴史が人気なようだ。


 数学・化学・物理は上級の科目になれば意外に高度なものであった。文明程度が中世ヨーロッパ的なファンタジー世界といった風合いであったから正直なめていた。よくよく考えれば中世ヨーロッパの学問の水準は低くなかった気がする。近現代で常識とされている一部知識が発見されていないだけで、学問のレベルが低いわけでも現代人に比べ頭が悪いわけでもないのだ。少なくともトップクラスの連中が俺より頭が悪いわけが無い。考えれば当たり前の事であるが、先入観というものはそれすらわからなくさせてしまうのだから恐ろしい。頑張ってはみたがちょっとついていけなかったので中級にランクを落とした。


 歴史はひたすら暗記。初級から地道にやっているが、初級クリアで一般常識としては充分らしいのでそこでやめるつもりだ。歴史的経緯は知っておかねば乱世を生き残れない。ある程度頭に入れておく必要がある。歴史に付随する地理の知識も有用だ。おおよその気候的特徴や産物がわかる。戦場になりやすい土地、防衛に適した土地、適さない土地。流通上重要な土地、旨味の無い土地。土地の情報といくつかの歴史エピソードを優先的に覚え、おおよその土地の特徴と住人の気質を頭に入れた。そろそろ初級を終えられる。


 語学。ソマ村で字を教わった事があるが、あれは複数ある文字のなかの一つにすぎなかったらしい。三種ある表音文字の中の一種、日本語でいえばカタカナ的なポジションの文字だったようだ。表音文字とは別に表意文字が一種あり、漢字と同様の役割を果たしている。大陸統一の過程で異なる言語が統合され、その結果扱う文字が増えたらしい。文法は違うが複数の文字を扱う点で日本語に近い。つまり、会話はともかく読み書きが難しい。まだ初級の内の三科目しか終えていない。読めば大意はつかめるが、まともに文が書けない。口語と文語でルールが違うのも面倒だ。




 さて、魔法だ。まず魔法の資質だが、大抵の人間は魔力を扱えるらしい。これは人間に限った話ではないらしく、ある程度高等な脊椎動物は大体魔力を持っていて、身体強化や体調の調整、あるいは補助的なエネルギー源として魔力を消費しているそうだ。

 身体強化や体調の調整、補助的なエネルギー源としての魔力の消費、つまり人間が使う魔法以外での魔力の消費を総称して原始魔法と呼んでいるらしい。原始魔法とは別の魔法、体外に出した魔力を糸に変え図形を作り上げる魔法は、今の所人間以外が扱っている例は記録されていない、とのこと。

 魔力はほぼ人類全体が扱えるが、魔法はそうではないらしい。体外に魔力を出して糸を作るだけならなんとかなる。しかし魔力も魔法糸も視認できないから、意味のあるものが作れない。だから、魔力を注ぐだけで魔法を構成してくれる魔法カードが普及している。


 魔法糸を視認できる人間。どうも、これはこの国では俺しかいないようだ。上級まで終えても文献を調べてもそういう話は一度も聞かなかった。他の国にも居ないのかもしれない。居たとしても俺同様保身の為に、あるいは後援者の政治的理由で秘匿しているのではないだろうか。なんにせよ、少なくとも希少な能力ではあるらしい。


 魔術寮にいる人間は少数の例外を除いて皆魔法が使える。魔法糸が見えないのにどうやって魔法を使っているか。勘や、イメージによるものらしい。なんとなく魔法糸を作り、なんとなく図形を組み上げ、なんとなく完成させる。俺にはまねができない。彼らは選ばれた天才だった。

 いままでもずっと、魔法使いというのはフィーリングで魔法を組み上げてしまう天才の仕事だったらしい。魔法的には凡人だった人がそういった天才達から聞き取りを行い、どうにか学問の形にまとめたのが魔法学の起こりだったそうな。正直、座学は魔法の歴史と具体的な既存魔法の紹介ぐらいしか役にたたなかった。あとはだいたいトランス状態に入る為のコツのような話ばかりである。


 俺は天才ではないが、希少な能力をもっている。これを活かさない手はない。回復魔法をコピーしたように既存魔法をいくらでもコピーできるのだ。ただし、記憶力の許す限り。立体を作図する技術をもっていないし、光度や色を正確に記すのも難しい。紙に描いて残せない以上暗記するしかない。魔法糸単品であれば書き残せない事もないので、糸の情報は日本語で書きとめている。能力が露見すれば色々と面倒だから、日本語で尚且つ暗号風に書き記している。暗号風と言っても魔法糸の種類が多く途中で面倒になったこともあって、暗号のパターンとしては酷く単純なものだ。一つ解読されればそのまま全て解読される程度の意味の無いものに過ぎない。気休めだ。

 魔法のコピー。コピー自体は俺の専売特許というわけではない。魔法の効果を観察し、なんとなくでコピーしてしまうような奴もいる。ただ、俺よりは時間がかかるうえに正確ではない。それに、自分が作れない魔法糸があるとうまくコピーできない。俺は手本をそのまま写し取るだけだ。何の苦労も無く、百パーセントのコピーが出来る。当然俺の方が評価が高くなる。我ながらひどいイカサマだ。ひどいイカサマだが、凡人からすれば彼らの才能もひどいイカサマに思える。彼らの才能も、俺の能力も、共に生まれつきのものだ。気に病む必要は無いだろう。


 既存魔法をコピーし、魔法糸の情報を蓄積し、魔法糸を組み合わせて新魔法を作り、時々国の依頼で魔法具を生産する。そうしている内に気付けば魔術寮入寮から八ヶ月が経っていた。やる事があると時間が経つのは早いものである。




 俺ももうすぐ十歳になるが、この国の成人は十五歳だ。政治に関わるには早い。新魔法を片っ端から発表すれば接近してくる者もあるかもしれないが、いいように使われておしまいな気がする。こちらから、これはと思う誰かを見つけて縁を結びたいところだが、まあ難しいだろうな、外国出身の孤児という出自の問題もあるし。

 政治か……政治の世界で生きていける気がしない。しかし国の力を借りずにドリアナを滅ぼすなど不可能だろう。国の力を借りるには多少なりとも政治に関与する必要がある。尚且つ、できれば俺は末端の人間としていいように使い捨てられたくはない。で、あれば政治の世界に足場が必要だ。


 前途は、明るくはない。目標が出来て悩みが増えた。しばらくは気分の晴れない日が続くだろう。

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