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ルフの物語  作者: 水栽培
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06 国外へ

 あれから半月。俺は自国を脱出し、敵国とは反対の方角……敵国と国境を接していない国に逃げ込んでいた。俺の出身国は、もうもたないだろう。


 あの村を脱出してすぐに山中の水場で魔法を練習し、あっさりと回復魔法を習得した。身体能力強化時の妙な感覚、やはりあれが魔法の燃料ともいえる魔力を動かす際の感覚だったらしい。特に試行錯誤することもなくああも簡単に使えてしまったのはちょっと想定外だった。

 魔力を体の近辺に出し、それを練って糸に変え、糸を組み合わせて図形を作る。あとは対象に糸を繋ぎ、糸に魔力を流し込んで発動するよう念じれば効果があらわれる。図形を形作る線である糸を魔法糸と呼称する事とする。完成した魔法糸の形や色や光度を変えるのはまだ成功していないが出来るような気はする。が、そんな事を練習するより最初から目的の形・色・光度を明確にイメージして作る方が簡単で手間が無い。

 回復魔法の対象は人間に限ったものでは無いようで、虫の治療も成功した。植物も再生した。果実のなる樹を見つける事は叶わなかったから試していないが、果実をもいだ後すぐに回復魔法をかければ実が生るのではないか。果実の材料になりうるものを用意する必要はあるが。


 ともあれ、魔法を習得後三日程山中をさまよい、勘に任せて進んでみたり川沿いに下ってみては悪路に難渋したりとかなりいい加減に進んだものの、無事自国内の町に到着した。警備の兵の尋問にあったがどうにか戦災孤児であると信用してもらえた。九歳児である事が役にたったようだ。大人であれば証拠もなしに信を得るのは簡単な事ではなかったろう。

 その町で子供好きで同情心の強そうな大人達から情報を聞き出す事に成功した。やはり、俺の村も隣村も壊滅したらしい。隣村での足止めに成功した事で砦を一つ防衛することに成功し、ぎりぎりの所で国が助かったそうだ。隣村の防衛にあたった部隊も隣村の村人も英雄として扱われているらしい。俺が厄介者として邪険に扱われずに済んでいるのも、隣村と関係のある村出身である事と無関係ではないだろう。

 図書館は無し、新聞は無し、貸し本屋はあるが子供の扱いが悪い。品ぞろえも少なく賃料高く、見るからに最近の本では無い。地図ぐらいしか期待できない。地図も、社会情勢次第では閲覧不能かもしれない。紙の情報は諦めた。

 敵国の名前と自国の名前、敵国とは反対の方角にある隣国の名前がわかった。敵国はドリアナ、自国はザボネ、隣国はクリントというらしい。嘘をつきそうなオッサンではなかったし、信じて良いだろう。敵国の名をしっかり記憶した。尚、俺の村の名はソマ、隣村の名はトルソという。


 その後、近隣の町の情報を得て移動し情報を集めるという事を繰り返し、いよいよ自国ザボネがまずい状態にある事を悟る。見聞きした情報を元に脳内に作られた地図。日本史を多少齧った程度の俺の知識でもこれはまずいとわかる程、致命的な拠点を複数抑えられている。トルソ村での戦死者を英雄と讃えるのも良くわかる。防衛に成功した砦がドリアナ軍の侵攻を背後から脅かし、侵攻が阻害されている。地形の関係で砦を孤立させてしまうのも難しい。この砦が落ちていれば早々に国が滅んでいる。

 しかしそれも時間稼ぎにしかなっていない。挽回は無理だろう。王族や高官を亡命させる準備が進められていると考えられる。亡命が成るのが先か、砦が落ちるのが先か。砦の前に内応者によって王都がやられるかもしれん。勝ち目が見えないこの状況で、裏切り者の一人や二人出るのはなんらおかしい事ではない。


 やはり、魔法技術を安売りしなかったのは正解だった。魔法に関する情報を集めたが、やはり特殊技術らしい。魔法具無しで魔法が扱える人材は優先的に魔術寮に入寮を許され、魔法研究者として育成されるそうな。未来の無い国でそんなところに拘束されてしまってはたまらない。せめて隣国、できればそのまた隣の国の魔術寮に行きたいと考えた。ドリアナが世界征服をする気でもない限り、ザボネとあと一国程度占領すればしばらくは収まるだろう。数年程度は腰を落ち着けて魔法を学びたいからクリントのさらに隣の国を目指すことに決めた。クリントまで占領されれば大陸のおよそ半分がドリアナの領土になる。そうなったら大陸から脱出しよう。そのままの勢いで世界征服、というか大陸統一に乗り出すだろうから大陸内のどこにいても戦争の危険がある。


 魔法を利用せずに仕事や食事をどうにかできるか不安だったが、体が頑丈で身体能力が高かった事もあって食事は意外となんとかなった。村育ちでサバイバル知識があったのが大きい。生存に必要な分の食料は確保できた。ソマ村トルソ村近辺の山とは植生が異なり、食べられる植物の知識が無く植物性の栄養が不足しがちになった時期は少し肌が荒れた。その頃には人との会話に慣れていた為、食べられる野草の情報を提供して貰い事なきを得た。

 消耗品は出来が悪いながらも大体自作できたから路銀も大して必要無かったし、集めた食料は二束三文とはいえ多少の金に換えられたから金に困るという程の事もなかった。自分の傷を治せるというのはやはり強い。怪我前提の狩りや工作だってできる。心臓の負担や心と脳の疲れはどうにもならなかったが、筋肉や筋、腱、関節の痛みは回復魔法で治せたので多少の無理は利いた。回復魔法の効果を考えると、疲労回復に回復魔法を利用しては筋力増強の妨げになるかもしれないが。


 魔法の実験をし、情報を集め、金を稼ぎ、どうにかクリントに着いた頃には半月が経っていた。




 クリントではザボネがまずい状態にあるとの認識は一般的であるらしく、次は自分達の番かと戦々恐々としているらしい。ザボネとドリアナの情報に飢えている様子だった。

 通過してきた町や村の様子、得られた情報から推測した戦況と今後の予想。それを提供すれば皆が皆食いついた。それをきっかけに縁を結び、雑談をする仲になって職を紹介してもらうのは然程難しい事ではなかった。欲している情報をしっかりと押さえ、わかりやすく噛み砕いて客観的に伝える。これがある程度できたのが良かったらしい。九歳という年齢も相まって実際の能力以上に高く評価され、随分環境の良い職にありつく事ができた。

 日雇いの仕事をいくつか受け、連絡役をやってみたり売り子をやってみたり。計算能力を買われて商人の下で働かないかと勧誘されたが、また移動する予定があるからと断った。ザボネが落ちれば次はクリント。クリントに攻め込むのは元ザボネの兵になるだろう。ドリアナの既存の領地にはドリアナ兵をある程度残す必要があるし、元ザボネ領が落ち着くまでは元ザボネ領にもドリアナ兵を配する必要がある。残ったドリアナ兵だけでは数が心もとなく、扱いが難しい元ザボネ兵に比べて消耗が惜しい。元ザボネの兵が前線にたつ事になる可能性は高い。そうなれば、クリント人のザボネに対する感情は悪化する。ザボネ出身の俺の扱いがどういったものになるかは想像がつく。肩身の狭い思いをするのは御免だ。


 ザボネでも感じた事だが、想像していたよりも随分孤児に対するあたりが柔らかい。戦災孤児が珍しいのが理由だろう。ここ数十年、大きな戦が無かったらしい。大陸には日本における皇室もしくは将軍家にあたる存在が在るらしく、その下で地方領主が各地を統治する形をとっていたようだ。皇室もしくは将軍家にあたる存在、これを仮に皇帝と呼ぶ。大陸全土を支配する国名をタルフという。小競り合いはあるものの基本的に安定しており、そこそこ平和に暮らしていたらしい。多少のなまりはあるものの言語が共通なのはその為か。大陸の南北の端では別言語かという程なまりが違うとも聞いた。気候が違うからだろう。


 ドリアナが戦争を起こす予兆はあったらしい。ひどい飢饉と前後して軍備の増強が進み、周辺国から借金を重ねていたようだ。商品作物に力を入れて食料生産をおろそかにしていたらしく、天候不順による商品作物の収量激減、ザボネでの商品作物の豊作による値崩れのダブルパンチで金銭が得られず食料を充分に輸入できなかったらしい。ザボネへの敵愾心が高まったのを利用して政治への不満をザボネにぶつけさせたのが戦争の始まりではないかと噂されている。

 国内向けには大義名分を用意してあるものの、周辺国や皇帝に対するそれは充分ではない。当然、周辺国からは経済的に制裁を受け、皇帝からの調停も受けた。今はその推移を見守っているという状況だが、長く平和が続いた為か、各地の領主が力を付けて皇帝の権威には陰りが見られるらしい。おそらく、これでドリアナが仮に引き下がったとしてもこれをきっかけに戦国時代が遠からず到来する。また、ドリアナが引き下がるとも思えない。引き返せないところまで来ているように見える。戦争までする気はなかったのだろう。世論のコントロールに失敗した印象を受ける。


 ドリアナとザボネの戦争はドリアナが勝つ。勝敗がすでに明らかなこの状態で調停が成功するかどうか。見聞きした範囲での今の皇帝の権威では、ちょっと難しいように思える。調停を無視して攻め込めば、ドリアナが勝つ。勝てば、皇帝を無視した事もあって引っ込みがつかなくなる。周辺国も皇帝は頼りにならぬと軍備を始める。世の中が乱れる予感がする。


 クリント・ザボネを挟んでドリアナとは反対方向にある国の名はパーシムというらしい。そこで魔術寮に入ろうか。数年は大丈夫だろう。

 パーシムではクリント程には歓迎されまい。身ぎれいにして縁があった人からの紹介状をいくつか用意してから出発だ。金銭も充分溜まったし、本格的に社会が乱れる前に移動してしまわないと通行規制強化の可能性もある。潮時だ。


 クリントに滞在して半月。ドリアナが調停を無視してザボネを攻撃し続け、ついにトルソ村を犠牲にして守った砦が落ちたとの報を聞き、クリントを後にした。

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